青春100% 作:完結の陽炎
打ち上げのパーティーに備えて回復に専念したい。
天地の計らいで和館の休憩室で休ませてもらう。
恋人のちなみが傍にいてくれて心が癒された。
「オレはご覧の通りヘロヘロだけど、究極形態アルティメットねーちゃんには余力ありか。優劣が実に分かりやすい。最強のねーちゃんとして、オレの期待以上を見せてくれたぜ」
「しょーくんがお姉様より劣るなんて誰も思っていないよ。あれからもしょーくんは最後まで卒業式をやり遂げたから」
「事前に段取りは知らされているから、これなら本気を出しても最後まで踏ん張れると計算済みだ。ねーちゃんのオマケ扱いを見返してやった部分はあるだろうな。既にねーちゃん超えを果たしているオレには、そんなコンプレックスの域なんてとうに過ぎているが」
ちなみの膝を枕に頭を撫でられている。
恋人のスキンシップは欠かせない。
正太郎はリラックスをして気持ち良さそうに目を細めた。
「大人だねしょーくん。カッコいいよ」
「おうとも、男はカッコつけたがる生き物だぜ。あれだけ大勢の前で言いたい事を言える楽しい時間だった。名残惜しくなるぐらいに」
「お姉様も言ってた。一生に一度の事だから名残惜しかったって」
「なんだよ、マジ余裕あるじゃないか。普通はサッサと終わらせたくなるのに……立派になったな」
姉の成長を感慨深く感じる。
それだけ正太郎は嬉しかったのだろう。
カッコいい姉をその目に焼き付ける事ができたから。
「天さんから僕の目に狂いはなかったと口説かれた」
「しょーくんが凄いってことを分かってくれて、見る目がある天地さんに感心したよ」
「嫉妬は?」
「うーん……ちょっとだけ。喜び9割、嫉妬1割だね」
サラッと一瞬だけのキスをするちなみ。
悪戯っ子のような笑顔を見せつけて。
正太郎は目を逸らしながら呟く。
「この後にパーティーがあるんだ。スキンシップは程々にな」
「はぁーい」
パーティー会場は天地家にある洋館の食堂。
映研と映制が一斉に揃って会合した思い出のある場所だ。
各自が好きな料理を自由に食べられるバイキング形式。
ケーキは龍一がお祝いで作ったものを提供している。
淳平・綾・つかさ・ヒロシ・さつき・天地・力也・こずえ。
美鈴・内場・正太郎・ちなみ・唯・勇。
そこに黒川先生と龍一も参加している。
「美鈴、乾杯音頭」
「アンタがやればいいじゃない」
「オレは送辞で全力を尽くした。次は美鈴の番だぜ」
いくら回復しているとはいえ美鈴ほど万全ではない。
仕方ないかと皆の前でグラスを片手にする。
そして一同の視線が美鈴へ注がれた。
「泉坂高校の卒業・志望大学の合格・海外留学・就職内定。それら全てをまとめての祝杯となります。改めておめでとうございます。そんな皆様の新たな門出を祝い……乾杯!!」
全員が乾杯と声を揃えてからグラスの飲み物を口にした。
それからパーティーのスタートである。
黒川先生はビールを飲んで酔いが回ってのテンションアップだ。
「うほほー!! 黒川先生の色気がサイコー!!」
ヒロシが大興奮で鼻の下を伸ばし、カメラのシャッターを切りまくる。
あらゆる角度から俊敏に動いて撮り続けた。
変態という平常運転は変わらないようである。
「コミさん、カントクを胴上げしよ胴上げ!!」
「おうやろうぜ。オラオラ真中、おとなしくしやがれ!!」
「うわあっ怖い!! 天井に当たる当たる!!」
受験で自信のなかった淳平と力也。
発表でどちらも見事に合格を果たしている。
そして他の受験組も誰一人落ちることはなかった。
「ありがとう龍一さん。美味しいケーキで皆が喜んでくれてるよ。特に弟くんが」
「ホント、東城は甘党のケーキ好きだな。あ、出発は明後日の朝だから忘れるなよ」
「了解。でも本当にいいの? 龍一さん忙しいのに、あたしのことを知ってほしいからって明日の時間まで頂いちゃって」
「むしろ俺から頼みたい。つかさが昔、どういう風に育っていったのかを知りたい」
「わかった。その代わり、龍一さんの昔話も聞かせてよ。知りたいのはお互い様だから」
つかさと龍一は明後日にはパリへ発つ。
長期的な修行になるため当分は日本へ帰って来れない。
そのため明日は思い出のある街を見納めながら昔話をしてのデートだ。
「あ、ゆーくん。食堂にピアノが設置してある。これは唯とゆーくんで弾けってことだね」
「そ、そうか?」
「音楽家としてここは弾かねばなるまい。じゃあレッツゴー!!」
「おい待て急に引っ張るな!!」
唯と勇は連弾でその場を盛り上げる。
ピアノを弾いている時が楽しくてたまらない。
適度に食事と休憩も挟んでいるから疲れ知らずだ。
「力也さんの胴上げ、素敵です」
「わ、私は淳平くんが怪我しないか心配だよ」
正太郎と力也で胴上げをされている淳平。
うっとりと見つめるこずえとハラハラして見ている綾。
止めるという選択肢はないようだ。
「なあ天地、あたしが天地の女になるって決めたんだ。そろそろ呼び捨てにしたらどうだい?」
「そうですね……実は卒業をきっかけに呼び捨てにしようって思っていたのです」
「へえー、じゃあ試しに呼んでみてよ」
「では……さつき」
「……もう一度」
「さつき」
「……あはっ、いいね。心が燃えて熱くなってくる感覚って幸せだね」
さつきは少しだけ自分を振り返って語る。
本当は男に生まれてきたかった。
そうすれば女らしくない自分を気にすることもなかった。
しかし天地は真っ向から伝える。
男女関係なくあなたらしくあっていい。そんなあなたが好きだと。
それに心の底から救われるさつきであった。
「しょーくん言ってたよ。来年の答辞は絶対やらん。美鈴に丸投げするって」
「なにそれ。あたしは中学の送辞と答辞やったからお腹一杯よ」
「今回はお姉様を送る目的もあって引き受けたみたいなんだよね」
「例年のやり方をアイツが変えちゃって。来年からのハードル高くなりすぎよ。いくらあたしでもあんなのマネできないから」
「せやな。正面向いてマイクを片手に何も読まずにアドリブをかます。こんな芸当ができるんは東城とお姉さんぐらいや」
来年になったら気が変わるかもしれない。
今はそっとして聞き流すことにする。
こうして各々でパーティーを堪能していく。
そして頃合いを見計らって綾が動き出す。
「正太郎、ちょっと来て」
「何だ、ねーちゃん?」
「今から渡すものがあるから、そのまま動かないで」
「わかった」
綾が待っているのは感謝状。
裏面にはパーティーに参加した卒業生一同のクラス名とフルネームが書かれている。
それを弟の目の前で読み上げた。
「感謝状 泉坂高校2年3組 東城正太郎殿
あなたは映像制作部の中心的な役割を誠実に果たされ
また在校生代表として卒業生一同に真心のこもった送辞をされました
よって卒業生代表より深く感謝の意を表し記念品を贈呈します」
今日の生年月日、学校名、クラス名、綾のフルネーム。
それらを告げてから感謝状を手渡す。
記念品となるお菓子の詰め合わせは、相方の淳平から差し出された。
「おおこれは……美鈴が泣くのは無理ないな」
「アンタも泣いていいのよ?」
「男はそう簡単に泣かないんだよ。でもこうやって感謝を形にされるのって、照れくさいけど嬉しいものだな」
「では正太郎くん、受賞されたことについて何かコメントはないかい?」
ヒロシに感想を促されてしまう。
感謝状の名前を眺めてふと思いついた。
それは……。
「卒業生メンバーをひとりずつ呼んでコメントするぜ。あ、卒業して先輩でなくなったということでタメ口にするよ」
タメ口については卒業生一同全く異存なし。
最初に誰を呼ぶのかを楽しみにして待つ。
そして名前が挙がったのは……。
「真っ先に呼びたいのは、どう考えてもヒロシ兄さん一択だぜ」
「僕が一番になるとは光栄だね。理由を訊いてもいいかい?」
「ヒロシ兄さんが映制の独立を生み出した張本人だからな。あの時の意見で、美鈴が自分で監督となり、オレが脚本を書くことになった」
もしヒロシがいなかったら、未来は大いに変わっていただろう。
映画作りで無くてはならない存在であった。
裏ボスのようで暗躍をさせたら右に出る者はいない。
「僕が言わなくても、美鈴なら自分で気付いて独立したと思うよ」
「だがその場合、時間不足で映研に敗北したかもしれない。準備は早いに越したことがないからな」
だからヒロシはあのタイミングで独立を提案したに違いない。
妹への愛情が感じられる。
美鈴からすれば余計なお世話だと反抗するのも目に浮かぶ。
「さて、オレからヒロシ兄さんへのコメントは、敵に回すと大変だったけど、それはそれでレベルアップができて楽しかった。味方としても色々根回しをしてくれてありがとう」
「こちらこそ楽しかったよ。正太郎くんみたいに対等に話し合える人は中々いないからね」
敵としては最も手強い相手であり、頭脳戦において厄介な事この上なかった。
交渉事で足元を掬われないように一切油断ができなかった。
たまにネットで囲碁や将棋などを打ちあっている。
だから今後も付き合いはあるだろう。
「東大合格おめでとう。将来ヒロシ兄さんがプロダクションを立ち上げて、ちなみをタレントに引き込めるかは、ヒロシ兄さんの手腕に掛かっている」
「もし引き込めたら、キミもマネージャーとして来てくれるかい?」
「その時を楽しみにしている、と言っておくよ」
「ここでイエスと言わない所が正太郎らしいね」
「オレは現実主義だからな。プロダクションにもライバルがいて生き残りの競争があるはず。その見定めは大事だと思うんだ。用心深いと思ってほしい」
「ごもっともだよ」
「問題がなければ、ちなみへ忠義および忠誠を誓い、ヒロシ兄さんのプロダクションに貢献するよ」
「わかった。しっかりと安定したプロダクションにしてみせるよ」
「うん頑張って」
これでヒロシへのコメントは終了。
将来の楽しみにして次を呼び掛ける。
「二番手は、最大の支援をしてくれた天さんしかいないよ」
「一番に声が掛からなかったのは残念だが、相手が外村なら仕方がない」
「そこは相手が悪かったって事で。部の全員は支援の意味でナンバーワンだと思っているよ」
「それは何よりだ」
「天さんには舞台や衣装、部室……と呼ぶには大きい館だけど、とにかく映画作りに必要なものを提供してくれた。あとトラブルの時に間に入ってくれたことはマジで助かった。特に大学の学費支援はありがたいと思ったよ」
「気にするな。映画の支援はさつきさんの為、トラブルについては人として当然のこと。大学の学費については、君なら投資をするだけの価値があると判断したまでさ」
初めて会った時はドジで傲慢さが見受けられた天地。
でも正太郎との出会いで変わった。
さらにさつきを紹介され、強引に空手で性根から叩き直されたことが大きい。
それを運命として一途に惚れ込んだのだから、人生何か起きるか分からないものである。
「さっちゃんのために天地家から独立する。その覚悟があるって聞いたよ」
「今はそのための準備活動といった所だね。来年、君が京都へ来るのを楽しみにしている」
「天さんなら秘書として忠義を尽くすのに申し分なし。その時はよろしくだ」
正太郎と天地で握手を交わした。
お互いに空手で鍛えられた手をしている。
組手をして存分に高め合った関係だ。
「三番目は……カモーンつーさん」
「イエッサ。でもあたしが三番目で呼ばれたのはビックリ。弟くんとは接点少ないのに」
「小学時代から今まで、ねーちゃんを助けてくれてありがとう。あと回復アイテム要員は貴重なんだ」
「なんか後半が本音に聞こえるんだけど?」
「おやつの手作り最高。つーさんと言えばケーキだよケーキ」
「うわあ、やっぱそっちが本音だ」
「それはそうと、最終的にあの店を継ぐの?」
「うん、龍一さんと一緒に継ぐつもりでいるよ」
「ケーキ食い放題とか企画してくれないかな?」
「それで売り上げが伸びるのなら検討するけど、採算がとれなくて赤字になりそう」
「経営もやるの?」
「うん。そこも学んで競争社会で生き残れるようにしないとね」
「もし継いだら祝いに行くよ。その時を楽しみにしている」
「ありがとう。その時は連絡するね」
甘党の正太郎にとっては大いにワクワクしてしまう。
つかさがオーナーパティシエになる日は来るのだろうか?
それは未来へのお楽しみである。
「その次に話したいのは、空手の指導をしてくれたさっちゃん」
「あいよ。食い気には勝てなかったな」
「うん、腹が減っては戦はできぬだよ」
「どこへ戦うつもりだい?」
「現時点なら進路、すなわち大学受験という戦いだ」
「見事に合格という一本を取れるといいな」
「とってみせるぜ。オレも来年に京都暮らしするつもりで頑張るから、料亭の跡継ぎ頑張って。ヒマがあれば客として顔を出すかもしれない」
「いつでもおいで。彼女と一緒に」
「わかった。あと空手のおかげで健康的になれた。適度な運動ってホント大事だな」
「そうだぞ。体を動かさないと鈍ってしまうから気を付けな」
正太郎とさつきは笑顔で拳を突き合わせた。
そこに性別の隔たりは一切ない。
人と人としての付き合いである。
「次に伝えたい相手はコミさん」
「おう」
「コミさんといえば何といってもトゲトゲ頭。どれだけ触ってもトゲトゲが戻るのが摩訶不思議」
「これは生まれつきだぞ」
結局、卒業式でもトゲトゲのままだった。
大学生となり、就職で社会人になったとしてもトゲトゲなのか?
なんともミステリアスな頭である。
「コミさんと遊ぶのは楽しかった。たまには何も考えずにバカをやってみるのも悪くない。ヒロシ兄さんが友達になるのも分かるよ」
「げへへ、そんなに褒めるなよ照れるじゃねえか」
「そんなコミさんにお願いがあるんだ」
「なんだ?」
「一度でいいから肩車してくれない? 親にやってもらった事ないし、コミさんパワーあるから出来るかと思ってな」
「いいぜ。ほら乗りな」
しゃがむ力也の首に跨って立ち上がってもらう。
身長が一気に倍になった。
目線が全く違って見える。
子どもがはしゃぐのも理解できるほどに高揚感があった。
「きっとコミさんはいいお父さんになれるよ」
「そうか。俺はこずえちゃんが望むなら、パパでも何でもなってみせるぜ」
「数々の武勇伝を生み出したコミさんなら、不可能を可能に変えてしまうだろうな」
存分に肩車をしてもらって満足する。
下ろしてもらい、ガシッと力強く握手を交わした。
そして次の相手は……。
「コミさんの次だから妄想使い」
「ううっ……結局最後までその呼び方なの?」
「大人の同窓会で再会する時には、さすがに妄想は卒業していると思いたい」
「その時は呼び方を変えて下さい」
「善処する。さて妄想使いに対しては、都内の私大で商学部へ進学。将来は会計士とか税理士か?」
「ううん、実は外村さんからプロダクションのお誘いを受けてて。将来的にはそっちへ行くかも」
「マジか? そうなるとコミさんが妄想使いのマネージャー?」
「はい。力也さんもそれでお誘いを受けています」
「なるほど。オレとちなみも誘われているから、仕事仲間として会うかもしれない」
「その時は妄想使いなんて呼ばないで下さいね」
力也のおかげで普通に会話ができている。
距離も一般的で特に違和感はない。
男の苦手意識はかなり緩和されたようだ。
そんな成長を感じながら次の相手に声を掛けた。
「お楽しみは最後ぐらいに回す意味でカントク」
「なんだか残り物みたいに聞こえるのは気のせいか?」
「気のせいだ。創作家から見ると、カントクは成長モノの主人公だぜ」
「成長モノの主人公?」
「最初はボロクソでも、途中で良くなっていき、最終的に立派になる主人公の物語。あの身分差の悲恋映画が証拠だよ」
「今でも立派になったとは思えないな」
「その通りだ。今もカントクは成長をしている最中なんだよ。青都大学でねーちゃんと共に映画作りを行ない、コンテストで一位を取り、角倉周という若手監督のお目にかかれるように頑張るといいさ」
それが美鈴の望みでもあるのだから無駄にしないでほしい。
正太郎の言葉に淳平は真剣な顔で力強く頷いてくれた。
それだけでも充分に立派なものである。
「オレからカントクに伝えたいこと。結果を出した時こそ謙虚に振る舞える人であってほしいんだ。人ってさ自惚れが過ぎると、相手を見下したり、相手の意見を聞かなくなったり、そんな傲慢な人になったりしてさ、それは最終的に破滅する未来が待っていたりするんだよ」
「うん」
「映画監督は皆の代表であるも同然の立場。泉坂高校の部活でやった通り、脚本・役者・カメラ・裏方など多くの協力者があって成り立つ。それを自分の力だけで出来たみたいに過信しようものなら一巻の終わり。人それぞれ個性があるから、それらをまとめて士気を高め、一丸となって映画にする。映画監督は人間関係を要求するレベルが高い職業だとオレは思う」
「そうだね」
「ネットで調べてみると一人だけで映画を作る方法もあるようだ。でもカントクが目指すのは、皆で力を合わせて作る映画だと思う。そうじゃなければ、ねーちゃんが脚本でカントクの手助けをすることもなかったはずだ」
「ああ、オレは皆で映画を作りたい」
「だからこそ謙虚であってほしい。そして映画の熱意を存分に発揮してほしい。美鈴は確かに厳しかったけど、それは映画をよりよくしたいから、期待していることへの裏返しだ。人の意見にちゃんと耳を傾けてくれた。皆への心配りができていた。この辺りはカントクも存分に見て学んだはずだ」
淳平の脳裏に美鈴が監督をした時の姿が思い出される。
完成した後に泣かれた時には感動をしてしまった。
言葉に言い尽くせないほどに大事なことを教わった。
「そして何度も言ってしまっているがこの場で改めて言いたい。ねーちゃんをよろしく頼む」
「わかった」
正太郎と淳平が力強く手を握り合う。
男同士の固い約束を象徴するように。
お互いの表情はどことなく楽しげであった
「ラストを飾るのはねーちゃんだ」
綾が正太郎の目の前に来てくれる。
正太郎のほうが背が高いので見上げる形だ。
成長期の中学時代で身長はとっくに逆転をしていた。
「ぶっちゃけ、ねーちゃんに関してはノーコメントだ」
「なにそれ?」
「だってよ、姉弟だから言いたい事があれば幾らでも言えちゃうじゃないか。公の場でねーちゃんに対して、何を言えばいいんだよって話だ」
「皆に散々言ったくせに、私だけ何もないって酷くない?」
ラストを飾ると言っておきながら何もなし。
それでは流石に締めが悪い。
だから正太郎は個人的な相談をすることにした。
「明日は休日だからオレらも学校は休みだ。従姉を空港まで見送りしたほうがいいか?」
「いいに決まってるじゃない。それより遥お姉ちゃんのこと、ちゃんとねーさんって呼んであげて」
「面と向かって呼べと?」
「卒業式で呼んだでしょ。だから呼べるよね?」
お姉さんとして迫られる弟。
従姉に関しては抵抗感がある。
これまでの過程から複雑な気持ちになってしまう。
「嫌いじゃないからと言って好きとも限らないぜ。卒業式は特別だから例外だ。軽はずみに呼ぼうと思わない」
「どういう時なら呼ぶつもりなの?」
「空港の別れ際」
「ホント? そう言って呼ばないままにしない?」
「男に二言はない」
「わかった。約束だからね」
弟に対しては本当に遠慮がない。
正太郎だからこそ見せる態度や言動。
貴重な綾が見られて淳平は嬉しそうだ。
「あと今日で最後だから、ねーちゃんから受け取って、オレが書いて渡すで終わりだな」
「うん。小さい頃からずっと続いてきたから冊数がスゴイ量になってるよ」
「パソコンのデジタルでデータ残せるけど、実物のアナログがねーちゃん好みだな?」
「そうだね。でもホントよく続いたよ」
「お互い、長く継続できるほどに書くことが好きだって事だ」
今日をもって完結とする。
続いてきたのが不思議なぐらいだ。
姉弟の絆を示すもので名残惜しくないといえば嘘になる。
それでも綾の門出を機に交換日記も卒業だ。
「アルティメットに成長した究極のねーちゃん。オレだけでは本気モードになっても敵わない。だが劣等感を抱くことは二度とない。映制を通じて皆で力を合わせれば、オレはねーちゃんを超えられることを証明したからだ」
「……」
「もしオレが物語として登場するなら、主役で輝くのではなく脇役として活躍するほうを選びたい。現実に置き換えるなら、天さんの秘書として天さんを主役に、オレが脇役にするようなものだ」
「脇役のほうが目立ってしまって、ヒロイン役の私に大胆な台詞を要求したよね?」
「あの映画は過ぎたことだろう。青都大学の映画作りで上手く改善してくれ」
私事の相談をしたことで何とかコメントという形にできた。
そして言い尽くしたので最後の締めをする。
「では最後に皆へ一言。ありがとう」
全員から拍手を受けてパーティーは盛り上がる。
その場で集合写真も撮ってみせた。
こうして淳平たちの卒業を大いに祝ったのである。
………………。
…………。
……。
東城家でお泊りをする遥。
パーティーで夕飯を済ませた綾と正太郎。
綾の部屋に遥が寝泊まりをして正太郎とは顔合わせをしていない。
「遥お姉ちゃん、明日は正太郎と一緒に見送りするから」
「別に無理しなくていいんだよ。正太郎を困らせるつもりないし」
「大丈夫だよ。正太郎は素直じゃないだけだから」
「……綾」
「なに?」
「卒業おめでとう。答辞すっごく良かった」
「あ、ありがとう」
次の日の早朝。
空手の鍛錬で運動不足を解消する正太郎。
朝食も早めに済ませて、少し遅めに起きた遥と綾との時間をズラす。
空港までは親から手配されたタクシーで移動。
帰りの交通費も含めて受け取ってある。
タクシーの助手席に正太郎、後ろの座席に綾と遥だ。
正太郎は野球帽を目深く被って目元を見せない。
そして空港へ到着しての見送りとなった。
「遥お姉ちゃん、卒業式に来てくれてありがとう。海外に行っても元気でいてね」
「うん。綾も元気でね。彼氏と幸せになって頑張りなよ」
綾の後ろに控えている正太郎は黙ったままだ。
野球帽を目深く被ったままで微動だにしない。
遥からはとても話しかけられる雰囲気ではない。
「ほら正太郎、遥お姉ちゃんに言うことあるでしょ?」
正太郎の後ろに回って強引に押し出そうとする。
だが綾が非力なため正太郎はビクともしない。
うーんうーんと唸って弟の背中を一生懸命に押そうとしていた。
「ねーちゃん、ちょっとは散歩でもして運動しろ。あまりに貧弱すぎる」
「う、うるさい!! ほら早く遥お姉ちゃんが行っちゃうでしょ!!」
「ねーちゃんはもういいのか? オレなりに気を遣ったつもりだが?」
「私はもう充分だから!! ほらいいから行きなさいってば!!」
「わかったから無理に押そうとするな。転んで怪我でもされたら目も当てられん」
姉をなだめてから遥の目の前に立つ。
野球帽を外して真っ向から見つめてやる。
遥の表情はどことなく戸惑っているようだ。
「正太郎……」
「今、思っていることをそのまま言おう」
「……」
「オレは小さい頃の自分を否定しない。ねーちゃんを奪うアンタが嫌いだったし憎かった。小さい頃のオレにとって、ねーちゃんは一人だけだから。アンタみたいな従姉という訳のわからんヤツを、ねーちゃんをしては断固として認めたくなかった」
綾が何か言いたそうにするが自重する。
遥から止めるなと目で合図を送ってきたから。
「存在を全否定して心に傷をつけたことは悪かったと思う。子どもの頃とはいえ明らかに言い過ぎだ。オレはねーちゃんがアンタを好きなら好きで構わない。でもそれをオレに押しつけるなっていう怒りがあった。嫌いな相手を好きになれって土台無理な話だからな」
「……」
「ねーちゃんには弟のオレしかいないから。姉ができてさぞ嬉しかったのだろう。オレはねーちゃんが喜んでくれるならそれで良かった。でもアンタ、ひょっこり現れては勝手に遠くへ帰ってしまう。そのたびにねーちゃんが悲しむのをオレは見てきた。子どもながらにオレは腹が立ったよ。アンタにそのつもりがなくても、ねーちゃんを弄んでるとオレには見えてしまうからな」
当時、最低でも年に一回は東城家に遊びに来ていた遥。
遠くにいるため気軽に行ける関係ではなかった。
正太郎にはそれが中途半端に感じて不快だったのだ。
「オレは悩みに悩んだ末、アンタを家庭教師として受け止めることにした。好きな国語なら嫌いなアンタに教わる形でも、それなりに楽しく学べると思ったからだ。好きと嫌いの相殺だ」
「うん……」
「その頃、ねーちゃんを超える小説を書くという野望があった。嫌いなアンタから学ぶ国語にもより夢中になった。アンタが来ることでオレに得がある。そう納得させることで嫌悪感を抑えつけた。そうやって上手く折り合いをつけていったつもりだ」
遥がどこか居たたまれない気持ちになった。
手紙でも書かれていたことだが、面と向かって言葉にされるとより心に刺さる。
真顔な正太郎の鋭い目つきで真実味を帯びていた。
「大きくなるにつれて、ねーちゃんは悲しまなくなった。次に会えるのを楽しみにするという切り替えができるようになった。ねーちゃんに彼氏ができたことは大きい。アンタが海外へ行って、もう会えなくなっても、彼氏がいるから大丈夫って感じに落ち着いた」
「うん……」
「国語でもうアンタに教わるものは何もなくなった。家庭教師でなくなったアンタに対して、オレは何とも思わなかった。無関心になったというべきかな? でもアンタが海外へ行った時、もう会わないだろうとあの手紙にありたっけの本心を綴った」
「うん、ちゃんと読んだよ」
「アンタが来てくれるとねーちゃんは喜んでくれる。だから泉坂高校の嵐泉祭へ招待した。オレが誘わなくても、ねーちゃんが誘うのは分かっていたけど念のためだ」
「誘ってくれてありがとう」
「好きではないけど嫌ってもいない。オレがそう実感したのはその頃だ。色々なことを学んで経験したことで心境の変化があったようだ」
小さい頃は嫌いだったのに今は嫌いではなくなった。
一貫していることは姉が喜んでくれることが嬉しいということ。
それは唯一変わることなく今後もブレることはない。
「ねーちゃんの卒業式、アンタが来れば間違いなくねーちゃんは喜んでくれる。オレが皆からの署名によって送辞に選ばれた。それがなかったら、オレはケジメをつける機会がなくなり、アンタとこうして顔を合わせることもなかっただろうと思っている」
「……」
「長くなったが結論を言おう。オレはねーちゃんみたいにアンタと仲良くはできない。小さい頃から積み重ねてきたものがあり、今更馴れ合えない。そんなオレがアンタに対して伝えたいことはひとつだけだ」
ここで正太郎は呼吸を整える。
間を置いて空気が重々しくなった。
そして……。
「これからもねーちゃんを喜ばせてやってくれ。一生に一度の、オレからねーさんへのお願いだ」
正太郎はハッキリと言い切った。
遥の目から涙が溢れて止まらない。
それでも何度も頷いている。
近くにいる綾までもらい泣きをしてしまった。
こうして遥の見送りを済ませたのである。