青春100% 作:完結の陽炎
中間が送辞を引き受けた。
意外だと思ってしまうのが正太郎。
弟子がそのつもりなら全力を尽くすのが礼儀。
正太郎の部屋に招いて打ち合わせを行なう。
ネット環境のあるノートパソコンを開いた。
「校長の前で読めばプレッシャーは抑えられるぜ。だから従来通りにやればいいんじゃないか?」
「でも師匠みたいに堂々と正面から見送りたいです」
「別に正面を向くのは構わんが、送辞の紙を持って素直に読み上げておけ」
「しかし師匠、マイクを握ったら紙が持てない。それじゃあ読み上げもできないよ」
「立ったままでマイクを固定する高めのスタンドがあるから問題ない。それでリハーサルがあるって黒川先生に聞いてるから雰囲気に慣れろ」
「送辞の書き方なんて習ってない。何をどう書いたらいいかサッパリだよ」
「ほらよ、これがサンプルだ。検索すれば例文が山盛りに出て来るぜ」
ノートパソコンの画面に送辞の例文が表示される。
それを通じて書き方を指導していく。
ボランティアで家庭教師をしたのが懐かしくなった。
「よしそれでいいぜ。あとはオレの答辞だな」
「す、すごい。迷いなくパチパチ打ち込んで」
「既に頭の中で構想はできている。それを丁寧な形にして整えるだけだ」
中間の送辞と正太郎の答辞を微調整する。
それを仕上げてネットプリントでコンビニ印刷。
去年と同様に黒川先生に見てもらってOKが出た。
アドリブになるか否かはわからない。
その時の気持ちに正直になるだけだ。
――弟子よ。ガチガチに緊張しすぎだ。師匠として見てられんぞ。
リハーサルで中間が大いに苦戦した。
壇に上がるだけでも緊張の余りに足が震える。
歩き方も固くまるでロボットのようだ。
声も震えすぎて詰まりが酷く聞いていられない。
そんな弟子に気合いを入れてもらうため正太郎が駆け出す。
中間の背中へ向かって張り手をぶちかました。
「い、痛いよ師匠!!」
涙目で文句を言う中間。
そんな弟子の両肩へ手を置く。
一喝をするようにして正太郎は言った。
「お前の緊張を吹っ飛ばしてやるつもりで気合いを入れてやった!! それでどうにかなるほど甘くなくても、弟子が苦しんでいるのを黙って見過ごせるか!!」
「し、師匠」
「お前はオレたち卒業生を見送ろうと決意して、今その場に立っているんだ!! だったら弟子の本気を見せてみろ!! オレも答辞で本気を見せてやるから共に頑張ろうぜ!!」
上手く励ませたかは正太郎でも分からない。
それでも言いたいことはハッキリと伝えた。
騒がせてすみませんと皆に向けて頭を下げる。
それからおとなしく持ち場へ戻った。
――世話のかかる弟子だ。心置きなく卒業させてくれよ。
ここから中間が本気を出す。
たとえ言葉が詰まっても、頭の中が真っ白になっても。
正面から紙を読み上げて真面目に練習をした。
ーーやればできるじゃないか。
多少詰まろうと気にしない。
それよりもベストを尽くそうとすることが大事。
師匠として嬉しくなってしまう正太郎であった。
屋上前の踊り場で昼休み。
ここで正太郎たちが集まるのも最後。
皆で弁当を広げての雑談も今日で終わりだ。
「友援会は今日で解散か。寂しくなるぜ」
「唯、もっと色々やりたかったよぉ」
「それは仕方ないぞ。勇たちは受験生だったから」
「ま、それなりに楽しかったと思っておこうや。何事も完璧なんてないんやし」
「内場くんの言う通りだよ。程々が一番ってね。だから会長さん、最後にコメントどうぞ」
正太郎・唯・勇・内場・ちなみが美鈴へ意識を向ける。
美鈴は魔法瓶の温かいお茶を飲んで一息。
それから間を置いてからゆっくりと口火を切った。
「特に会長らしいことはしたという実感はないけど、皆と一緒に過ごせる時間は悪くなかったわ。別にこれで今生の別れとなる訳でもないから、会おうと思えば会えるし、連絡も取ろうと思えば取れる。ただ皆それぞれの進路へ向かっていくだけよ」
メンバーは美鈴の言葉に黙って耳を傾ける。
美鈴を中心とするのも今日で最後となるだろう。
だから思い出として刻み込んでおきたい。
「まだ時間もあるし、せっかくだから誰かさんみたいに各自でコメントを出すわ」
真っ先に誰に声を掛けるのか?
メンバーの中で一番に声を掛けたのは――。
「まずはアンタでしょうね友援会副会長」
「だと思ったぜ。一番槍はもらった」
「映画作りの脚本と出演で世話になったわね。アンタがいなかったら映制で独立できなかった」
「畑違いの創作となったが、オレとしてもねーちゃんとの脚本対決ができて良かったぜ」
一人ずつにかける時間は短めとする。
途中でチャイムが鳴って気まずくなりたくないから。
「次はちなみ」
「しょーくんの次だね。ちゃんと分かっててくれて嬉しいな」
「色々な意味で恐ろしく感じる事はあるけど、ちなみの演技は映画作りの中核といっても過言ではなかったわ。ありがとう。きっと将来でも役に立つでしょうね」
「そういう仕事に就けたらいいけどね。でも、その時にならないと分からないから。とりあえず大学で幅広く学び、進路の選択肢を広げるってことで頑張るよ」
考え方が正太郎とよく似ている。
好きな人の影響を受けていることは間違いない。
「唯」
「えへへ、唯が3番目でトップスリーだぁ」
「映画対決の勝因として唯のオリジナルピアノも外せないわ。最大の功労者といってもいい。よく頑張ったわね心から感謝しているわ」
「うん。唯とっても頑張ったよ」
無邪気な笑顔で子どもっぽさが相変わらずだ。
それゆえに周りを和ませてくれるムードメーカーでもある。
「勇……でいいのかしら?」
「それでいい。あだ名がすっかり定着して、逆にそれでないと落ち着かないぐらいだ」
「それでそれでどうかと思うけど、まあいいわ。このメンバーの中では短い付き合いだったけど、雑務をこなしてくれてありがとう。唯に振り回されて大変かもしれないけど頑張りなさい」
「もう慣れてきたぞ。唯のお守りは何とかするさ」
子ども扱いしたのか気に食わないのだろう。
唯が抗議をしてきてギャーギャーとうるさい。
それを黙らせるため、唯の背後から勇が抱き着き、手袋越しに口を塞ぐ。
末端冷え性のため寒い冬では手袋が欠かせない。
そんなイチャイチャを無視して美鈴は次へ向けた。
「最後は貴方」
「ラストになるんは予想済みやで」
「公私混同してるかもしれないけど今は気にしない事にするわ。クセの強いメンバーの中、クッションのような役回りをさり気なくしてくれてありがとう。プロの漫画家目指してこれからも頑張って」
「おおきに。全員キャラが濃くてホンマおもろかったで」
これで各自へのコメントは完了。
昼休みも残り少なくなってきた。
美鈴は皆の前で宣言をする。
「今をもって友援会は解散!! 今までお疲れ様、そしてありがとう!!」
その場の雰囲気でメンバーが拍手をする。
美鈴の締めに合わせて各自はクラスへ戻った。
こうして高校最後の昼休みは幕を閉じたのである。
………………。
…………。
……。
泉坂高校の卒業式。
保護者として東城家から母・綾・遥、外村家から母とヒロシが参加。
内場家、端本家、南戸家、勇の家は両親が来ていた。
式が滞りなく進み、在校生からの送辞として中間が呼び出される。
今こそ訓練してきた成果を発揮する時。
中間が勇気を出して壇へあがっていく。
校長に一礼をしてから振り返り、マイクスタンドの近くで紙を広げ読み上げた。
「三年生の皆様、本日はご卒業おめでとうございます。在校生一同、心よりお祝い申し上げます」
お決まりとなる挨拶は不可欠。
何度も練習したおかげで躓くことはない。
「従来より、在校生代表は二年生の中から選ばれますが、一年生も在校生ということで、ぼく――いえ一年生の私が送辞の代表として選ばれました。とても名誉なことであり、二年生の皆様からも任されて身に余る光栄です。私には尊敬する師匠が卒業生の中にいますので、精一杯に見送りの言葉を送りたいと思います」
リハーサルで過剰に緊張をした中間を励ましてくれた。
いい師弟関係だと校内で周知がされている。
そのため正太郎に視線が幾分か集まるのも自然であった。
「泉坂高校に入学して間もない頃、私は小説を書くことができる創作部へ入部しました。そこには私の師匠が部長をしていましたが、入学祝いとしてその座を私に譲られ、正直その時は右も左も分からない時期でしたので、大いに戸惑いを隠せませんでした」
押し付けられたのだが物は言いようである。
わざわざ送辞に組み込むほど根に持っていたようだ。
「しかし師匠は三年生で大学受験や資格の勉強でお忙しい身。部の引退は必然です。それは師匠に限らず、多くの卒業生に当てはまる事と思います。部に在籍を続ける方もいらっしゃいますが、それは人それぞれで選択の自由です。先生方はそんな生徒の自主性を尊重し、温かく見守って頂いています」
個人差はあるのだから同じでなくていい。
泉坂高校の自由度がある校風は教員に反映されていた。
中間は一生懸命になって続ける。
「そんな多忙な先輩方ですが、私たち後輩が困った時には、優しく相談に応じてくれました。私も映像制作部から脚本を依頼された時、小説と脚本の違いに悩み、経験者である師匠のアドバイスを受けて、映画作りに貢献することができました」
中間が師匠がいる卒業生エリアに頭を下げた。
感謝を示してのお辞儀である。
師匠の正太郎は相槌を打って頷きで返した。
「皆様にとっても思い出深いのは、文化祭こと嵐泉祭ではないでしょうか? 泉坂高校にある行事の中でも最大の目玉として有名です。特に音楽のライブは客数ナンバーワンで揺るぎない人気を誇り、毎年盛り上がっています。その他の飲食やレジャーなどの出し物でも、来客の方々が満足できるよう楽しく営業していました」
中間は師匠の助言に従い、あえて沈黙の間を置く。
これは思い出を振り返る時間を置くためだ。
一呼吸を置いて早口の予防をするためでもある。
しばらくしてから中間が読み上げを再開。
「私はまだ一年生の身ですが、次は二年生となり新入生をお迎えする立場です。そして二年生の先輩方は三年生となり、進路活動へ向かっていきます。泉坂高校の生徒として、新入生の模範となるように私たちは精進いたします」
中間は必死で気を奮い立たせている。
両手で握る紙が震えてきた。
全員の前だから緊張をするのはどうしても避けられない。
ここまでよく頑張っていると称賛すべきである。
「最後になりますが、卒業生の皆様のご活躍とご健康をお祈りして送辞といたしまふっ!!」
最後で気が緩んでしまったのだろう。
舌を噛んでしまい、痛みに耐えながら締めに入る。
今日の生年月日、在校生代表の肩書き、クラス名、中間のフルネーム。
伝え終えた直後、正太郎がいち早く拍手をしてフォローをする。
一同も意思を汲み取って大きな拍手で流すようにした。
中間は皆に一礼して振り返り、校長に改めて一礼してから自分の席へ戻る。
心なし早足だったのは。最後の失敗による恥じらいからだろう。
――最後の時こそ油断は禁物だぞ弟子。オレも気を付けよう。
今回は手加減モードのメガネなしでギリギリまで温存をする作戦。
去年の反省点を活かして消耗の激しさを計算している。
そして司会から呼び出しを受けた。
「はい!!」
これぐらいはメガネなしでも返事としてできる。
起立をして楽しそうな笑顔で軽快な足取り。
見てるほうは何かやりそうだと妙な期待をしてしまう。
壇のいる校長先生の前にやって来た。
――やあやあ校長、代表として会うのは二回目だな。今回は弟子が健闘したんで、師匠としては格の違いを見せてやりたい。だから卒業生という主役、存分にやってやんよ。
心の中で面白おかしく考えている。
位置的に校長しか正太郎の顔が見えない。
悪戯っ子のようにワクワクした笑顔である。
それに校長も応じるかのように楽しそうに笑って頷く。
――準備開始だ。
腕時計を外してポケットへしまって本気モード。
伊達メガネを装着しての忠義モードで同時発動。
ここからが本番だ。
読み上げの紙を広げて目を通す。
丁寧に折りたたんで壇に置く。
これは去年の卒業式を見た者はハッキリと覚えている。
綾がした行動を弟の正太郎が再現。
今回、マイクを握ることがないためテストの発声は省略だ。
校長に一礼をしてからクルッと振り返るターン。
ここも姉の模倣である。
保護者エリアには母と遥が綾を見て微笑み、綾は恥ずかしがって俯く。
――それでは始めましょう。
心の中まで敬語になっていることを確認。
しっかりとなりきって丁寧にお辞儀をする。
そしてマイクスタンドの前で答辞を始めた。
「時の流れは早いものです。気が付けば、私たち三年生は卒業を迎える事となりました。このように皆様から盛大なお祝いを受けまして、今も喜びと寂しさが入り混じっております」
初っ端から型破りで心情のあるがままを丁寧に話す。
アッという間の出来事だったと思わせてしまう口ぶりだ。
「改めまして、校長先生をはじめ、ご来賓の皆様方に厚く御礼を申し上げます。そして一生懸命に送辞をやり遂げました在校生代表の中間くん。卒業生代表の私は成長する弟子を見届け、師匠としてとても誇らしく思います。誰もが完璧ではありません。何かしらの不完全さがあるのが私たち人間です。どうか失敗を恐れずに挑戦し、日々改善をするつもりで心掛けてみて下さい。私もまだまだ学ぶ事が多い若輩者です。現状に満足することなく未来へ突き進んでいきます」
臨機応変でのアドリブが混ざり、お決まりの内容も大半が崩れた。
弟子が最後で舌を噛んだことを気に病むことがないように。
そう願って長めの言葉が溢れてしまった。
中間は申し訳なさと嬉しさで思わず涙ぐんでしまう。
「三年前の今頃、私はある野望を抱いて泉坂高校へ受験をしました。それは入学をして中学時代の同級生と一緒に映画を作ることです」
ほぼ姉と同じセリフである。
夢を野望に切り替えたぐらいだ。
正太郎らしさが出て美鈴たちはクスッと笑った。
保護者として出席しているヒロシも同じように笑う。
真似をされた姉の綾はひたすらに気恥ずかしい様子だ。
「既に卒業されました先輩方の映画と、私たちの映画でコンテストの順位で勝負をしました。対決する相手の脚本が私の姉であり、私は幼き頃から姉を超えることを積年の思いとしてきましたので、同じく脚本を書いて対抗をしたのです。結果は私たちが勝利し、姉を超えたいという私の気は済みました。おかげ様で姉は姉であり私は私、ということでコンプレックスを抱くこともなくなりました」
綾は少し膨れた顔をしている。
自分語りを注意しておきながら正太郎がそれをするのかと。
それは正太郎も承知の上なので違う角度で話を続けた。
「兄弟姉妹の比較に限らず、他人同士でも比較はあります。これは競争社会に生きる以上は避けて通れないことです。上には上がいて、下には下がいます。その中で自分はどうありたいのでしょうか? この問いに関しまして私の答えは……」
わざと区切ることでその場の誰もが先を気にする。
正太郎を目を閉じて一呼吸を置く。
そしてゆっくりと開眼をしてから口を開いた。
「実はまだ明確な答えを見つけていません。仕事と大学を両立して、幅広く経験して学ぼうと欲張りな私ですが、実際にやってみなければ、その時にならないと分からないからです。よって私は卒業をゴールではなく、スタートとして受け止めています」
天地の秘書やちなみのマネージャーなども、その時にならないと分からないものだ。
何らかの出会いや経験などで変わるかもしれない。
だから今は視野を広げて答えを探すぐらいに留めておく。
「去年の答辞に素晴らしい言葉が残されています。いつか訪れる出会いと別れがあり、人の成長はそうやって積み重ねていく。これは私も同意です。今この時は寂しく悲しむ事があっても、新たな始まりという期待と希望の裏返しだと思い、卒業した後の未来を楽しみにしています」
綾は感激したのかハンカチで目元を拭う。
遥と母もつられて泣いていた。
それを遠くから見届ける正太郎は間を置いて続ける。
「こうして私たちが将来へ向けて旅立ちができるのは、教師の皆様やご家族のサポートがあっての事です。色々ご迷惑をかける事もあったと思います。それでも私たちを支えて頂き、ありがとうございました」
教職員と保護者のそれぞれに深々と頭を下げた。
黒川先生は去年と同じく目元の涙を拭いている。
綾、遥、母の涙は止まることがない。
「来年は皆様が卒業を迎える番です――あ、在校生代表の中間くんは一年生なので再来年です。進路で大変な事もありますが、実際に行動をすることで情報が得られます。もし一人で解決できない時は、信頼できる友人や先生、身内などに相談して乗り切ってください」
この場を見納めするために少し長めに間を置く。
こういう機会はないだろうと惜しみながら。
もはや未練となるものは何一つないと引き締める。
「最後となりますが、泉坂高校のご発展と皆様のご健康をお祈りし、答辞といたします」
本日の生年月日、卒業生代表の肩書、クラス名、正太郎のフルネーム。
それらで伝えてからの一礼で、賑わうように拍手が注がれた。
振り返って校長に一礼し、去年の姉みたいに答辞の紙を回収。
最後まで気を抜かずに自分の席へ戻っていった。
………………。
…………。
……。
従姉の遥が海外へ戻るための空港。
見送りは綾と正太郎。
綾が別れの挨拶を済ませて正太郎へ催促をする。
それに応じて遥の目の前に立った。
「ねーちゃんはもう会えないような雰囲気出してるけど、オレは全くそう思わん。どうせまた会うからバイバイではなく、また今度が正しい」
「どうしてそう思うの?」
「将来、ねーちゃんとカントクの結婚式に呼ばれるだろうから」
その答えに後ろに姉が激しく動揺。
顔が真っ赤に染まってしまう。
「け、結婚って……ま、まだ私たち大学生だよ!!」
「なるほど。確かにそれならまた会えるわね」
「そういうことだ。その時はねーちゃんを祝福して喜ばせてやってくれ」
「わかった……正太郎はどうなの? ちなみという彼女と付き合ってるでしょ?」
「生活の基盤がしっかり出来ないと何とも言えん。仕事の稼ぎが安定するか否か、ちゃんと現実と向き合ってから考えるさ」
「夢見がちな綾とは逆だね。結婚式を開くときは呼んでくれる?」
「無責任なことは言わない。その時になって判断する」
「そっか」
遥は気になっていることがある。
今の正太郎が自分をどう思っているのか?
好かれてはいないのは分かっているつもりだが。
「正太郎はあたしのこと嫌い?」
「前の見送りで本音をぶちまけたのにまだ足りないと?」
「今の感情を訊いてみたい」
「どっちでもない。無関心でもないから安心しろ」
「……ねーさんと呼んでくれないの?」
「軽はずみに呼ぶ気にならない。でもまあ、アンタにもしもの事があるかもしれないから、あと一回だけなら呼んでもいいぜ」
「縁起でもないこと言うのね。後ろで綾が睨んでるから、あとで怒られるのは覚悟しときなよ」
「事故または事件なんて誰もが予想できないことだ。だからこそ今この時を悔いのないよう生きていくしかない。これはオレたちにも言えることだから、別にアンタだけに限った話ではない」
「正太郎って小さい頃からそうだけど達観してるわね。精神年齢が既に大人みたいで」
それは綾も感じているようで頷く。
子どもらしくない子どもだったと言いたいのだろう。
全てがそうだった訳ではないが、そういう一面は垣間見えた。
内場の漫画で情報教育も兼ねていたのが正太郎の認識。
ある意味、親からの教育よりも役立っている。
それを言えば親が悲しむだろうから決して口には出さないが。
「一生に一度のお願いは前回で使ったから二度目はない。今から言うのはただの独り言……ねーちゃんを悲しませないためにも、ねーさんには無事でなおかつ元気でいてほしいものだ」
「……あたしも独り言。綾が悲しまないよう、正太郎には無事でなおかつ元気で、そして幸せになってほしいな」
「フンッ、独り言は心の中で言うものだ」
「お互い様だね」
こうして満足をして立ち去っていく遥。
綾からは縁起でもない発言に対しての説教を受けた。
それを適当に聞き流す正太郎。
ふといなくなった遥の方角を何となく見てしまう。
その時の心境は本人にもよくわからなかった。