青春100% 作:完結の陽炎
中学生になると様々な変化がある。
男女別でのブレザー制服。
成長期を考慮して手足の袖が少し長め。
これから大きくなると親が言っていた。
その成長期により正太郎の背が伸びて声変わりとなる。
中学に入ってから言葉遣いの変化もあった。
小学生ではタメ口をしても問題はなかったのに。
中学生ぐらいになるとダメというケースがあるようだ。
特に運動部では先輩と後輩の上下関係が厳しい。
口の利き方が悪いと生意気に見られるようで嫌われやすい。
普通に喋れないことが精神的に苦痛となる。
自分を偽っているようで嫌な気持ちになる。
正直でありたいのに堅苦しく言葉を飾らないといけない。
これでは何も喋れない。
そんな極端な思考に陥ったのが正太郎だ。
先輩となるヒロシや淳平、つかさに相談をすると、いずれも無理せずにタメ口でいいと言ってくれた。
しかし身内の綾からは弟の為を思って厳しく忠告をしてくる。
敬語は今の内に慣れないと、大人になって社会に出る時に困るからと。
「じゃあ、ねーちゃんにも敬語で喋らないといけないのか?」
「私は家族だから別と考えて」
「それ差別だ」
「区別よ」
困った時に助けとなったのが内場の描いたスポーツ漫画。
後輩キャラの喋り方を模倣することにした。
朝に迎えに来てくれるつかさで試す。
「押忍つーさん。今日もねーちゃんをよろしくッス」
「あ、うん。弟くん、別に普通に話してくれていいんだよ」
「ねーちゃんが今の内に慣れないとダメだって、将来苦労するからって説教があったッス」
「その喋り方、なんか漫画っぽいね」
「ウッス。内場の漫画に登場する後輩口調を模倣してるッス」
「いいんじゃないかな。相手によって区別するという意味は果たせているし」
「さすがつーさん、理解してくれてありがたいッス」
でも姉の綾からは後輩口調が不評だった。
つかさがいいと言っていたので大目に見ている。
正太郎の言い分も分からなくはないから。
ヒロシと淳平にもこの喋り方で了解を取った。
だが、これとは別に些か戸惑うことが起きてしまう。
不思議と異性から声を掛けられることが増えたことだ。
「モテモテやな東城」
教室の席で茶化す内場も身体的な成長を遂げている。
トレードマークのメガネは変わっていない。
正太郎は腑に落ちないようで尋ねる。
「内場が女子から声を掛けられないのは何故だ? メガネが原因か?」
「メガネは関係ないやろ。顔やで顔」
「そんなに変わったか?」
「男前になってきたで。自分じゃあ気付かんやろうけどな」
「内場の漫画にあった二枚目キャラかよ。内場みたいに優しい顔をした男ってウケが悪いのか?」
「いい人止まりがオチやな。なんや自分で言うてて悲しくなってきたわ」
「そんなものか? ま、ねーちゃんが変装する理由がよくわかったぜ」
三つ編みメガネで地味なスタイルとしている姉。
おしゃれをすれば男子からモテるのは明白。
そうならないように対策をしているのだから侮れない。
「そういえば、つーさんの噂をよく耳にするぜ。カッコよさと可愛さを兼ね備えた学園の人気アイドルとしてな」
「ああ、それは僕も聞いたわ。なんでも西野ファンクラブか結成しとるらしいで」
「まるで親衛隊だ。敵に回せば面倒になるから気を付けよう。あ、人気ならちーちゃんも話に上がってるよな?」
「そら当然やろ。端本ほど可愛い女の子やったら普通にモテるわ」
「なんかラブレターもらったり、告白されたり、色々と大変らしい」
「ひとごとみたいに言うとるけど、東城はそうなっとらんのか?」
「単純に声を掛けられているだけだぜ」
「今はそうやろうけど、いずれ東城もそうなるで。時間の問題やな」
「かんべんしてくれよ。ただでさえ勉強ついていけなくてヤバいのに」
中学の授業レベルが高すぎる。
問われる内容の質と量が半端ではない。
授業を受けただけで理解をするのが困難だ。
分からないときはどうするのか?
先生に質問をするにしても授業中は無理。
中断させてしまって授業が進まなくなるから。
職員室へ質問をするのも厳しい。
休み時間は限られているし、放課後にしても先生は忙しい身だ。
たとえ時間が取れたとしても、そこで理解できる保証がない。
質問をしたけど結局分からなかったというオチもあり得る。
時間の無駄というデメリットが発生しやすい。
「こういうとき、サンボウがいてくれたら」
「おいおい東城、外村からあだ名は卒業するよう言われんかったか?」
小学生気分を抜け出すため、中学に入ってからは美鈴のあだ名は禁止となった。
本人がそう言ってきた以上は黙って従うしかない。
「まだクセが抜けてないな。でもちーちゃんとか、つーさんはOKなんだよな」
「ちゃん付け・さん付けやからな。参謀という中二病な呼び方される外村の気持ちを考えてやりや」
「まだ中一だぞ」
「そういう意味ちゃうわアホ」
小学の時は同じクラスだったが中学で別々となった。
その時のあーちゃん又はちーちゃんは露骨に落ち込んだ。
一方、美鈴はチラリと正太郎と内場を見つめてからそっぽを向くだけ。
まるで感情を見せまいという振る舞いであった。
「いないものは仕方ない。頼りすぎるのもダメだ。これは試練だぜ」
「なんやねん。お得意の漫画ノリで攻略か?」
「それで出来たら苦労しないぜ。でも倒す相手が勉強という事実は認める」
強敵のボスたちを連想する。
容赦ない一斉の攻撃に手も足も出ずの満身創痍。
どこにも突破口が見えずに敗北は必至のイメージ。
もはや藁にも縋る思いで内場に問う。
「そういう内場は勉強どうなんだ?」
「アカンに決まっとるやろ」
「胸張って言うことか。あまり成績が酷いと親から漫画の取り上げ――」
「やめい。それは考えんようにしとるんや」
「……逃げても無駄だ。現実は待ってくれない」
「ぐふっ!! そ、それハズイから言うのやめてくれん?」
「なんでだよ? 内場が描いた漫画のカッコいい名台詞じゃないか」
「せやからハズイ言うとるんや!!」
黒歴史を掘り起こしてしまったらしい。
これ以上は深入りしないほうがいい。
そっとしておくのも時には必要である。
………………。
…………。
……。
放課後、正太郎は小説のネタ探しをする。
自由に校内を探検して回っていく。
そこで閃いた。
漫画やアニメなどでよく出現する学校の屋上。
果たして現実に出入りができるのか?
少なくとも正太郎が卒業した小学校では不可能だった。
扉に鍵がかけられて立ち入り禁止となっていた。
現在通っている中学校ではどうだろうか?
ダメ元で確かめてみたい。
立ち入り禁止のチェーンをくぐり抜けて、その先に屋上へ通じる階段をあがる。
扉にロックがかかっていない。
施錠が老朽化して、まともに鍵がかけられない状態だ。
修理または交換がされて然るべきだが、大人の事情でもあるのか?
そんなことは正太郎の知った事ではない。
そのまま押し開けてみると、フェンス越しから綺麗な夕焼けが広がっていた。
「これはなかなか……いいな」
ここで正太郎は思う。
他にも屋上に来る生徒がいるのではないかと。
怪しいのは塔屋にある梯子。
上がった先に誰かいるのかもしれない。
好奇心が抑えきれずに実際にのぼって確認をしてみた。
「っ!? だ、誰!?」
そこで激しく動揺をする女子生徒を発見。
その正体を誰よりも一番よく知っている。
「なんでねーちゃんが覚醒モードでここにいるんだ?」
三つ編みを解いてのストレートヘアー。
メガネを外して綺麗な瞳を晒していた。
もはや美人の一言に尽きる。
そんな状態を正太郎は覚醒モードと呼んでいる。
「しょ、正太郎なの!? もぉービックリさせないで!!」
「ビックリしたのはこっちだ」
「ああもう!! 心臓のドキドキが止まらなくなっちゃうじゃない!!」
「立ち入り禁止の屋上にいるんだ。悪い事をしてる自覚がある証拠だぜ」
「正太郎だって来てるじゃない。あと学校で保護者ぶらないで」
「梯子から足を踏み外して命を落とさないでくれよ」
「いちいち言われなくても気を付けてるから」
姉の手元に何の変哲もないノート。
そこに覚醒モードで書かれた本気の小説があるのだろう。
とても敵う気がしない。
才能の差を感じて劣等感を抱く。
それでも正太郎は諦めない。
姉を超えるという純然たる野望を果たすその時まで。
「ねえ正太郎。勉強、ちゃんとついていけてる?」
嫌な話題を振ってきた。
苦虫を潰したような正太郎の顔。
実に分かりやすい反応である。
「絶望的。難しすぎてフルボッコ状態だぜ」
「んもー、なんで素直に助けを求めないの?」
「先生は忙しいし、質問して分かるまで、ゆっくり時間かけて教えてくれると思うか? あと質問しようにも何を質問していいか分からないレベルだぜ」
わからないことがわからない状態。
専門用語や公式など、必要な前提知識が足りていない。
点と点の要素が関連付いていることも把握ができていない。
もはや全体像すらも掴みきれていない。
「美鈴ちゃんに教えてもらおうと思わないの?」
「交換日記で書いてるから知ってるだろ。クラスが別々になって接点がなくなった。あと頼りすぎるのは、アイツの迷惑になるって」
「迷惑かどうかは美鈴ちゃんが決めるの。正太郎が勝手に決めていい事じゃないから」
「ねーちゃんのほうが保護者ぶってるじゃないか」
説教をされてしまうと感情で反抗したくなる。
中学という急激な変化に慣れていない。
そこは綾も一年前に通った道。
だから姉として、先輩として、正太郎を見捨てたりしないのだろう。
ふと屋上の扉が開いて姉弟が息を潜める。
塔屋からそっと下を覗くと、美鈴が仁王立ちをしていた。
実に堂々とした立ち居振る舞いである。
「いるのは分かってるから出て来なさい」
正太郎の背中が突っつかれている。
早く行きなさいよという姉からの合図だ。
隠れてやり過ごすことは不可能。
美鈴なら確実に見つけ出す。
こうなっては仕方ないとその場で口を開く。
「誰を探してるんだ? 名乗りもしない女子生徒さんよ」
「あら、クラス違ってから、あたしのことなんて忘れた? ずいぶんと冷たいのね」
「冗談だよ。そんな切れ味の鋭い刃物みたいな目で睨むな」
潔く梯子から下りて美鈴の目の前に立つ。
お互いに大きくなったが、正太郎のほうが身長が高い。
小学生の時は同じぐらいだったのに変わってしまった。
「どうせ内場からオレの行き先を知り、ここへ来たんだろ?」
「だったら何よ?」
「別に。ちーちゃんと一緒に帰らなかったのか?」
「今日は西野先輩の所よ。お互い、人気者の辛さで気が合うからね」
「確かに。つーさんが作るおやつに釣られたかと思ったりもするが」
「それはアンタでしょ?」
「ニンジャだよ」
「もう中学生なんだから、小学生のあだ名はやめなさいって言ったでしょ」
「へいへい」
ご無沙汰をしているからか。
お互いに憎まれ口を叩き合って適当なタイミングで切り上げる。
立ち入り禁止の屋上でいつまでも長居をする訳にはいかない。
「帰るか」
「そうね」
とっておきの場所であろう屋上は姉へ譲る。
美鈴の歩調に正太郎は合わせていく。
身長差によって進むペースが変わったから。
「帰ったらアンタの勉強みてあげる」
「なに? 突然なにを言い出す?」
「アンタのお姉ちゃんに頼まれてるのよ」
「いつ頼まれた?」
「休み時間に。わざわざあたしのクラスへ来たのよ」
「マジか。変装して目立たないようにしているねーちゃんが?」
「そんだけアンタのことを心配してるってことよバーカ」
「うっせえな。頭のいいヤツにオレの苦しみが分かってたまるか」
中学生らしい反抗期。
やる気はあっても実力が伴わない。
そこから滲み出る悔しさを隠しきれない。
美鈴の部屋で勉強タイム。
基礎中の基礎から叩き込まれていく。
「鬼だ、目の前に鬼がいる」
「口はいらないから手を動かしなさい」
「チッ……ここ分からん」
「ここ見て、あとここも」
テキストの内容を適切に指をさす。
勉強用ノートに鉛筆を走らせる正太郎。
躓くことがあれば美鈴に教えてもらった。
回答に至るまでには必ず原因が存在する。
前提となる条件も忘れてはいけない。
「今日はここまでよ。やり過ぎても効率が落ちるだけだから」
「その言い方だと、明日もやるように聞こえるぜ」
「当たり前でしょ。アンタ、いま自分がどれだけヤバい状況か分かってんの?」
「分かってるからこそだ。それだけお前の時間を奪うことになるぜ」
「あたしの時間をどう使おうとあたしの勝手よ」
「言ったな。途中でやめたってのは無しだぜ」
「それはこっちのセリフよ。徹底的にやるから覚悟しなさい」
「上等だ。オレはこんな所で立ち止まれない。ねーちゃんを超える野望が待っているんだ」
そのためならなりふり構わってられない。
どのような厳しい試練にも耐えてみせよう。
勉強という難敵を倒す意気込みがあった。
帰宅した正太郎は交換日記ノートを受け取った。
勉強の息抜きに最適である。
日記を通じてたまに姉が小説を書く。
今回のタイトルは幼馴染の落とし穴。
主人公のモデルが美鈴と似ていた。
「相手のモデルは内場? いやオレか」
クラスが離れたときの心理描写が生々しい。
妙にリアリティを感じさせる。
美鈴がそう思ってきたかのように見えてしまう。
「これ、相手がイヤなヤツに見えるな」
さんざん世話を焼かれているのに感謝の一言もない。
しかし男の気持ちはわかる。
口うるさい主人公に反抗をしたくなるから。
姉からの挑戦状は確かに受けた。
相方の男視点で二次創作を開始。
思わず徹夜をしてしまい、翌日の勉強会で美鈴に怒られた。
………………。
…………。
……。
勉強の理想形は、予習をして授業を受け復習をすること。
これが出来る生徒が果たして何人いるだろうか?
時間や体調など様々な要因で続かないのではないか?
過ぎ去った時間は戻らない。
取り返すための苦行三昧は筆舌に尽くし難き。
通常、途中で投げ出して諦めるだろうが正太郎はそうならない。
「おもしれぇ。どこからでもかかって来い」
上達をするコツは楽しむこと。
ちーちゃんの演技スキルを模倣してみる。
勉強というボスとのタイマン勝負。
そんな激戦の空想を浮かべて立ち向かう。
ノリノリな正太郎に幾分呆れてしまう美鈴。
それでもやる気があるならと見逃して指導を続けた。
「今日はここまでよ」
「……無念」
「ちょ、ちょっと!! 勝手に人のベッド使わないで!!」
「つれぇー、スキル使い過ぎた」
うつ伏せのまま意地でも動かない。
いくら美鈴が動かそうとしても拒否の一徹。
なりきりのテンションを維持するのは辛かった。
精神の消耗が激しく、終わった後の反動が計り知れない。
「ちーちゃん化け物だろ。こんなキツイ演技、よく何時間もやれるな」
「アンタね、言うに事欠いて端本を化け物扱いするんじゃないわよ」
「褒めてんだよ。ああ、だからあーちゃんでバランスとってるんだな」
「って、いつまで寝てるのよ。どきなさいってば!!」
こうして騒いでいると兄のヒロシがやって来る。
チャンスとばかりにカメラのシャッター音が鳴った。
ノックなしの入室と撮影で無礼極まりない。
美鈴が怒り、兄を蹴りつけてやめさせた。
「ヒロシ兄さん、もう限界ッス」
「美鈴のシゴきによく耐えたね。偉いぞ正太郎くん」
「いつからアンタの兄さんになったのよ」
「いや、本人がそう呼んでって言ってたから。ちょっと前に」
「なに勝手なことしてんの兄貴」
「いいじゃないか。僕としてはそう呼んでほしかったんだもん」
「気色悪い言い方すんな!!」
中学生になってから怒りっぽくなったかもしれない。
これも多感なお年頃ゆえであろうか。
「そういえば正太郎くん、美鈴を名前で呼ばないのはどうしてだい?」
「向こうがこっちの名前を呼ばないんで。名前嫌いかと思って呼んでないッス」
「ち、違うわよ!! 別に嫌ってないから勘違いしないでよね!!」
「だったら何で呼ばないんだよ?」
「……たまたま呼ぶ機会がなかっただけよ」
「ふむ、それなら正太郎くんから美鈴を呼んであげたら――いたっ!!」
ヒロシの言葉を遮るために美鈴が無言で蹴って黙らせる。
顔を真っ赤にして照れ隠しにも見える。
正太郎としては名前を呼ぶことに異は唱えない。
サンボウのあだ名を封じられて不便に感じていたから。
「呼んでいいの? 嫌なら――」
「か、勝手にすれば!!」
「なにキレてんだよ」
「キレてない!!」
「まあいいや。次も勉強よろしく頼むぜ美鈴」
正太郎に呼び捨てをされて武者震い。
彼女の中で何かが揺さぶられたのか?
きっかけは受け取った。
ここで呼ばなければ一生言えない気がする。
そう思った瞬間、美鈴の口が無意識に開いた。
「しょうーちゃ――っ!!」
緊張をしたのか舌が上手く回らなかった。
わざとではないが、ちゃん付けになりかけている。
名前の呼び捨てをしようとしたのに。
両手で顔を隠して今にも泣きそうな美鈴。
正太郎は迅速に動く。
女を泣かせる男になりたくない。
強引に笑わせようと美鈴の脇腹や腋をくすぐった。
「なにするんのよスケベ!!」
「あぶねえな!! 顔にビンタしようとすんな!!」
「手つきがいやらしいのよバカ!! 兄貴の見てる前ですんな!!」
「見てなかったらいいのかよ!!」
「そういう問題じゃない!!」
怒涛の掛け合いにヒロシは抜け目なく撮影。
こうしてうやむやになってしまう。
以後、正太郎は名前で美鈴を呼ぶようになったが逆はなかった。
………………。
…………。
……。
正太郎と唯の文通は今も続いている。
近況の報告でやり取りをして、たまに電話をすることもあった。
そして今、お互いに通話をしている最中である。
「えへへ、久しぶりの電話だねしょーたろ」
「送られた写真を見たぞ。そっちはセーラー服だな」
「うん、しょーたろのブレザーの制服もいいね。似合ってたよ」
「おだてても何も出ないぜ。それはそうと中学の勉強どうよ?」
「すっごく大変だよぉ。色々、科目も変わったり増えたりして」
「習い事もやってんだろ? 両立できるのか?」
唯の習い事はピアノとお菓子教室、そして空手である。
手紙で知ったとき、空手は意外に思ったが唯はハマったらしい。
その空手を通じ、一つ年上の女子で北大路さつきと仲良くなった。
偶然にも同じ中学にいて、先輩と後輩という間柄でもある。
「うん。でも勉強ばっかりだとつまんないから。習い事は続けたい」
「ご苦労なことだぜ。オレにはとてもマネできん」
「えっへん。あ、そうだ。美鈴と最近どう?」
「手紙に書いた通りの鬼だぜ。中学になってから怒りっぽくなりやがって」
「そんなこと言ってるとまた怒られちゃうよ」
「ちくしょう。ニンジャがいたらバリアで防ぐのに」
「もうー、唯って呼ばないとダメ。美鈴に言いつけちゃうよ」
「やめろ。ただでさえ勉強で地獄を見てんのに」
「だったら名前で呼んで呼んで」
「わかったわかったよ唯」
「よろしい。あ、夏休みになったら、そっち遊びに行けるかもしれないんだ」
唯からの朗報。
久しぶりに元気な姿を見ることができる。
一体どこに泊まるのか?
正太郎は察しがついて、その予想を口にする。
「世話になるのは美鈴のとこか?」
「うん。テストとかの成績が良かったら、という条件で」
「ご褒美もらうためにも頑張るってか。応援はしてるぞ」
「ありがとう。唯は絶対に良い成績とって遊びに行く」
こうして電話を済ませて自分の部屋へ戻る。
教材を手にして、次に向かうのは姉の部屋だ。
ドアをノックして許可を得てから入る。
「悪いねーちゃん、予習でこの辺り教えてくれ」
「どこ? あ、ここね」
復習は美鈴のおかげで何とかしているが、予習までは確保できない。
そのため夜の時間、姉に助けてもらっている。
これで授業の対策が取れて、復習の負担を最小限にする作戦だ。
「大体こんな感じ。あとはちゃんと授業を聞いて、ノートとればいいから」
「それはいいんだけど、先生が誰かを指名して答えさせるのが嫌いだ。間違えたときに恥かくし」
「気持ちはわかるけど、そうしないとダラダラしちゃうからだと思う。間違えないように気を付けるしかないよ」
「……」
「どうしたのしょーたろ? 私の顔になにかついてる?」
「メガネ」
「え?」
「メガネつけたら、オレも目立たなくなるのかなって。内場がそうだし」
「め、メガネは関係ないと思う」
「内場もそう言ってた。目立つとモテるから大変。だからねーちゃん、変装してんだろ?」
「べ、別に変装なんて大げさだって」
覚醒モードの綾なら、つかさに匹敵するほどの人気を集める。
新たなファンクラブが誕生をするかもしれない。
それで変な男が出てこないとも限らない。
用心をする姉のやり方は正しいと思う。
「ちーちゃんがさ、ラブレターもらったり告白されたり、断るの大変だって聞いた」
「ちなみちゃん、とっても可愛いからモテるんだね」
「んで、内場がその内オレもそうなる、時間の問題だって言ってた。正直それは困る」
弟からの相談に興味がそそられる姉。
複雑な気持ちにもなるが応じない訳にもいかない。
そんな選択肢は最初から存在しない。
「正太郎はそういうの興味なさそうだね」
「ねーちゃんで見慣れているから、状態異常にはならんぞ」
「それ、私に言われても困るから」
「今は女子に声を掛けられるだけで済んでる。ねーちゃんみたいに目立たなくすれば、声掛けすらもなくなると思う」
「言いたいことは分かったけど……ねえ正太郎」
「なんだ?」
「正太郎って、好きな女の子いないの?」
「ねーちゃん、美鈴、あーちゃん&ちーちゃん、唯、つーさん」
これを聞いて綾は感じ取った。
弟は異性愛をまだ理解していない。
家族愛または友情ぐらいだろうか。
中学一年という立場上、それ所ではないのかもしれない。
「私はお姉ちゃんだから別として。友達の中で一番仲良しな女の子って誰?」
「んー、仲良しかどうか知らねえけど、やっぱ美鈴だろ。アイツいないと勉強でジ・エンドだから」
必要な存在が美鈴である。
今の所、異性としての意識は皆無だが、その内わかる日が来るのかもしれない。
姉としては温かく見守りたい。
「お姉ちゃんから少しだけアドバイスするね」
「おう、くれくれ」
「マジメに聞きなさい」
「うん」
「もし『好きな子いる?』って訊かれたら『いる』って答えるの」
「ふむふむ」
「それで『誰?』って訊かれたら、友達の中で一番仲良しな女の子の名前を答えたらいいよ」
「つまり美鈴と答えればいいのか。それでどうなるんだよ?」
「うーん、けん制になるかな」
「けん制?」
「ううん気にしないで。とにかく、これでお姉ちゃんからのアドバイスは終わり」
部屋を出るように促して弟が出ていく。
綾はそのまま小説の執筆に取り組む。
書きたいことが山のように溢れたようだ。
………………。
…………。
……。
端本ちなみは不満を溜め込んでいた。
別のクラスになって正太郎と内場の交流がない。
内場の描くマンガが面白かったのに。
正太郎と演技をしたり、お話をしたり、書いてくれる日記小説を読むのが楽しかったのに。
「外村さん、突撃しよ突撃」
同じ教室で近くの席にいる美鈴。
いつも読書しているため、話しかけない限りは応じてくれない。
目つきが怖い、威圧的、愛想がない。
そんな周りの評価にも意に介さない一匹狼。
とても心が強いとちーちゃんは感心をしている。
美鈴のような孤高の生き様はマネできない。
ちーちゃんの演技も決して万能ではないのだ。
「いきなりなによ?」
「だから突撃だよと・つ・げ・ぎ」
「どこに?」
「隣のクラス」
「何をしに?」
「しょーくんと内場くんに会いに行くの」
「迷惑になるからダメよ」
「がーん!! なんでメーワクなのぉ!?」
ちーちゃんは男子に人気が高い。
隣のクラスに行けば大騒ぎは必至。
ファンクラブの男子たちも黙っていない。
二人をトラブルに巻き込むのは、ちーちゃんとしても本意ではないはずだ。
美鈴もそんなことは望まない。
「端本、そんなに二人と会いたい?」
「うん、会いたい会いたい」
「なんでよ? 別に彼氏にしたいとか、そんなんじゃないんでしょ?」
「えー? 友達に会いたいって気持ちに理由いるかなぁ?」
「友達ね……二人がそう思ってるか分からないのに?」
「わかるよぉ。他の男子みたいにいやらしくないもん」
「どうだか。男なんて皆スケベよ」
「偏見だぁ。それじゃあ、ホントかどうか確かめてみよーよ」
これは止めても無駄だ。
美鈴としても別に二人と会いたくない訳ではない。
むしろ会えるなら会いたいのが本音だ。
だから提案をしてみるのも自然な成り行きである。
「昼休みに待ち合わせをすれば?」
「え?」
「突撃なんてしたら目立つでしょ? 待ち合わせ場所で合流すれば会えるんじゃない?」
「あっ、いいね。それでいこう」
ここで問題となるのは待ち合わせの場所だ。
果たして都合のいいところがあるのか?
今日は我慢してもらい、決行は明日を予定とする。
美鈴の部屋で正太郎に勉強を教える。
区切りがついた頃合いに今回の件を話した。
立ち入り禁止の屋上が候補に挙がる。
他にファンクラブの目を回避できそうな場所はない。
「立ち入り禁止だからお勧めしないぞ」
「同意するけど、端本にこれ以上ガマンさせるのは無理よ」
「ファンクラブの連中を敵に回したくない。絶対に面倒な事になるぜ」
「ある意味、別のクラスでよかったんじゃない? 同じだったら敵になってたかもよ」
「そうだな。あ、週末のあーちゃんは元気してる?」
「まあ、元気は元気よ。あたしとはソリが合わないでしょうけど」
母の多忙が緩和されて平日は早めに帰れるようになった。
週末だけはどうしても遅くなるため、外村家でお世話になる日としている。
中学生に成長をしたことで、東城家と内場家はお役御免となった。
「あーちゃんはおとなしいくせに頑固だぜ。相変わらずオレの小説読みたがるし」
「日記小説、渡してあるんでしょ? 続きでも書いてあげたら?」
「今は勉強でそれ所じゃない。せめて定期テストを乗り切らないと」
翌日の朝を迎えて、外の天気は大雨。
予報によると今日一日は止まない。
これでは待ち合わせの屋上が使えない。
「ううっ……雨が憎い、憎いよぉ」
「仕方ないでしょ。また今度に延期――」
「やだ。今日のちなみ、絶対に会うって決めてるもん」
「子どもの駄々みたいなことしないの。みっともない」
「むむむ……あ、そうだ!!」
「今度は何?」
「屋上の入る前の階段とか、立ち入り禁止の付いた踊り場とかなら大丈夫だよね?」
「そうね……踊り場ならいいんじゃない?」
「やったー!! それで決まりね決まり変更はみとめません!!」
「はいはい。あとで二人に言っておくから」
この後、美鈴が二人に話を通して了解を得た。
時間が経過しての昼休み。
ファンクラブの監視が緩和される。
いくら彼らでも昼食を犠牲にはできない。
そこを突くようにして合流場所へ向かった。
「イエーイしょーくん」
「イエーイちーちゃん」
お互いに楽しそうなハイタッチ。
実にノリノリなワンシーンである。
「なんなのよ今のは」
美鈴からの突っ込み発言。
心なしか眉間にシワが寄った。
「オレはちーちゃんの演技に乗っただけだ」
「端本、久しぶりやな。元気しとる?」
「うん元気だよぉ。内場くんも元気そうだね」
「もちろんや。ほな、メシにしようやメシ。時間がもったいないで」
美鈴がシートを広げて準備をする。
それで囲むようにして弁当を広げた。
「準備いいな美鈴」
「朝から雨降ってたからね。こうなるって予想はしてたのよ」
「さっすが外村さん、やっぱ賢い人は違うね」
「東城、そこのからあげと交換してや」
「そっちのハンバーグで応じてやるぞ」
久しぶりに四人で集まって賑やかに過ごす。
小学生の頃と変わらない雰囲気がそこにあった。
たとえ大きくなっていても本質は変わらない。
「久しぶりに内場くんのマンガ読みたいなぁー」
「ええで。今度持って来たるわ」
「ちーちゃんが漫画派で、もう一人が小説派。好みの違いで互いの人格が独立しそうだな」
「なによそれ。小説のネタ探し?」
「まあな。日記小説の参考にする」
「やったー、またしょーくんが書いてくれるんだぁ」
「定期テストを攻略してからだ。まだ先の話な」
ふと正太郎は気に掛けた。
自分は美鈴に勉強を見てもらっている。
だが内場はどうだろうか?
少なくとも独学でどうにか出来るとは思えない。
「勉強、ヤバくないか内場」
「だ、大丈夫やて多分」
「外村さん、内場くんにも教えて――」
「コイツの面倒だけで手一杯よ、端本が教えてやればいいじゃない」
「でもちなみ、人に教えられるほど偉くないよぉ」
「ちーちゃんはそうでも、もう一人はどうかな? ちょっと交代してもらっていい?」
「うんうん、いいよぉ」
「あーちゃん、内場に勉強を教えるコトできる?」
正太郎の呼びかけでスイッチが切り替わる。
先ほどまでの軽い雰囲気がない。
物静かで綾に近い空気がそこにあった。
「う、うん。内場くんがイヤじゃなければ……」
「イヤな訳あるかいな。感謝するで端本」
「やっぱり、端本のそれだけは慣れないわよ」
「オレは楽しいけどな。あーちゃんありがとう、またいずれ会おうな」
「あ、会ってくれるの?」
「日記小説を渡す時に会えるだろ。楽しみにしておけ」
「う、うん!! 待ってるから!!」
あまり家の外であーちゃんを表に出すのは負担になるだろう。
そう判断してちーちゃんに変えさせる。
先ほどの無邪気な態度に逆戻りとなった。
「時々思うわよ。端本って実は二重人格じゃないかって」
「スイッチの切り替えできてるから違うだろう。記憶も残るって言ってるし」
「覚えてるよぉ。ちゃんと内場くんの勉強は教えるって」
「せやけど東城と違って、どっちも端本呼びやから、多少違和感あるで」
「そう? でもダメだからね、呼び分けはしょーくんだけだもん」
「まあ、やり始めたのがオレだからな。それでバランスが保てて結果オーライと」
これで内場の勉強対策が取れる。
持つべきものは頼れる友達だ。
こうして昼休みを堪能していく。
………………。
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端本ちなみをモデルにした日記小説。
夢の中であーちゃんとちーちゃんが出会うストーリー。
実体験を元に会話も上手く再現されていた。
「やっほー、アーちゃん」
「チーちゃん、こんばんわ」
自分を見つめ直すために必要な儀式というのが正太郎の解釈。
そういう素敵な考え方があるのかと受け入れる二人。
事実、今も夢の中で出会う。
もし正太郎の小説がなければ、ドッペルゲンガーの恐怖で気に病んでいたかもしれない。
共通点は呼び分けを唯一認めた正太郎。
二人にとっては大きな存在である。
自分たちをあるがまま受け止めて楽しんでくれる。
日記小説を通じて心が通じ合う。
そんな幸せを嚙み締めていた。
「チーちゃんはいいな。演技でしょーくんと楽しくできて」
「アーちゃんはどうなのぉ? しょーくん、お姉さんを超えるためにガンバしてるよ。手伝ってあげないのぉ?」
「で、でもわたしはチーちゃんみたいな特技ないから……」
役に立って必要とされたい。
相手の心に残ってほしい。
しかしアーちゃんの出る幕はない。
そもそも何か手伝えることが――。
「内場くんの漫画……支援イラスト……挿絵……絵を描く」
正太郎の自由発想法を真似して連想をする。
そこからの閃き、別の言葉を借りるなら天啓。
不思議とアーちゃんの中でピタリとハマり、直感的に試してみたくなった。
理屈抜きでやってみたい。
何かが掴めそうな感覚を得てから夢が醒める。
起きてからも記憶は残っていた。
お絵かきで夢の中の二人を描く。
背景は真っ白。
まだ何もイメージはできない。
何も飾らず、気取らず、自然な姿を示すのみ。
内場に勉強を教える合間もマスコットの落書き。
家の中限定でイラスト用の白紙ノートを使う。
外のちーちゃんは演技、内のあーちゃんはお絵描き。
自分はこれがある、むしろこれでいい。
コンプレックスが緩和されて、より心の安定に繋がっていく。
正太郎は美鈴で、内場はちなみことあーちゃん。
それぞれのサポートを受けて定期テストの対策をした。
正太郎は国語だけ別格の成績となるが、それ以外は可もなく不可もなく。
赤点と評するほど酷くはないので、最悪の事態を回避。
しかし安心するのはまだ早い。
夏休みに地獄メニューの山積み宿題。
こういうのは早い内に取り組んだほうがいい。
外村家へ集まったのは正太郎、内場、あーちゃん。
勉強に関して頭脳明晰な美鈴の独断場となった。
「問題集、自由研究、作文、読書感想文など選り取り見取りかよ。ちくしょう」
「ぼやいてるヒマがあるなら手を動かしなさい」
「メッチャきついわ。なんでこないに宿題がギョーサンあるねん」
「な、夏休みだから仕方ないよ」
一気に全てをやるには流石に無理がある。
頃合いを見計らって宿題に区切りをつけた。
そこから正太郎たちの雑談となる。
「そういえば、美鈴の家に唯が泊まりに来るのは来週からか?」
「そうよ。ご両親の車で家まで連れて来るって聞いたわ」
「成績の条件、ちゃんとクリアしたんだな」
「おっ、南戸が来るんか? 懐かしいな。今もよぉ覚えとるで」
「あーちゃん、唯は人懐っこい小動物みたいなヤツだからよろしくな」
「わ、わかった」
ここから夏休みの予定も話題になる。
もし遊びに行くとしたらどこへ行くのか?
カラオケ、ゲームセンター、公園、スポーツができる施設、映画館、ショッピングなど。
色々ある中で各自が選んでみた。
「僕は漫画のある所が外せん」
「本屋とか漫画喫茶とか?」
「こずかいキッツイから、たまにしか使えんけどな」
「あーちゃんは? 正直インドアっぽい感じするけど?」
「あ、家の外だったら……」
「おっと悪い。ちーちゃんがよく遊びに出かける所ってある?」
「カラオケ!! あとね、ゲームセンターやショッピングもいい!!」
「ちーちゃんらしいな。公園でアクションごっこした小学の頃が懐かしくなるぜ」
「あ、覚えてるよぉ。しょーくんとの演技、すっごく楽しかった。また今度やろーよ」
「長いセリフは覚えられん。戦闘メインでバシバシやり合う感じがいい」
「痛くないならいいよ。しょーくんとの共演、たのしみだなぁ」
面々の中で最も活動的なちーちゃん。
遊ぶとなれば大いに振り回していくタイプだろう。
そういう点では唯と似ているのかもしれない。
「美鈴は図書館だろ? 連れて行ってくれたあの図書館、かなり品揃え良かったし」
「映画館よ。そっちがメインの趣味だから」
「ふーん、そうなんだ」
「なに、その冷めた反応。文句でもある?」
「ないない。人それぞれだからな」
「し、しょーくんは映画みないの?」
「少しだけあるけど、実はちょっと苦手なんだよな」
一度見ても内容を理解できないことが多い。
小説や漫画と違って読み返しができない。
映画館という独特な空間と周りが気になる等で集中しにくい。
長時間で終わった後の疲労感も半端ではない。
昔、真中淳平の部屋でアニメ映画を唯と一緒に見たことはある。
それは割と楽しめたので、映画そのものが嫌いという訳ではない。
要するに内容が難しくなければいい。わかりやすさ重視だ。
「美鈴は映画館で見る派? それとも自宅で見る派?」
「どっちでもいけるクチよ。映画館が苦手なら、ここでみたらいい」
「そういえばモニターが置いてあるな。最近のヤツだろコレ?」
「そうよ。成績が良かったご褒美で買ってもらったの」
「ええな。僕もそういったご褒美があればやる気出るのに」
「罰だけでなく結果を出せたら褒美。四字熟語で何かそういうのがあったな?」
「信賞必罰ね」
「ああそれだ。メリハリは大事だぜ」
夏休みの宿題を唯が来るまでに完了させる。
朝から夕方までフルタイムで頑張った。
まさに一気呵成である。