青春100%   作:完結の陽炎

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第6話「思春期」

 唯との再会を果たすため美鈴の家へ向かう。

 その日は週末であーちゃんが既にいる。

 正太郎と内場が行った頃には自己紹介も済ませていた。

 

「久しぶりしょーたろ、内場」

「おう久しぶり唯」

「久しぶりやな南戸。元気そうで何よりや」

「うんうん。唯はいつだって元気だよ」

 

 唯からのお土産でお手製クッキーを頂く。

 小学生の頃よりも腕を磨いたようだ。

 そのお返しとばかりに正太郎も動く。

 

「ほらよ、再会祝いのオレンジジュース」

「あ、覚えててくれたんだ」

「当然だ。では乾杯」

「うん、かんぱーい!!」

 

 元気よく杯に見立てた缶を当てて飲む。

 暑い中、冷えたオレンジジュースは美味しかった。

 唯の習い事は夏休み中は無しで2学期から再開となる。

 夏休みの最終日に両親が迎えに来てくれる予定だ。

 

「オレとしては、唯の音楽スキルに興味がある」

「ピアノのことだよね? 唯、まだあまり上手くないけど」

「構わん。弾けるときがあれば聞かせてほしいぜ」

「わかった。ピアノがあったら弾くよ」

 

 正太郎は心から唯のピアノに期待をしている。

 自分には姉のような覚醒モードがない。

 屋上で書くような特別に集中できる場所もない。

 無い無い尽しでコンプレックスまみれ。

 もしもピアノを聴きながら小説を書けたら?

 強化スキルの集中力アップを実現できるかもしれない。

 

「という訳で楽しみにしてるぜ唯」

「な、なんか唯、とてつもなくプレッシャー受けたかも」

「アニメのオープニングはテンション上がるけどさ、歌詞のせいで集中しにくいんだよ」

「あ、それ唯わかるかも。歌詞が気になっちゃうよね」

「とにかく、唯のピアノでねーちゃんに対抗できるかもしれん」

「ホントしょーたろ変わってないね。おねえちゃんダイスキなところ」

「体は大きくなったぞ。唯はあまり変わってないけどな」

「そんなことない変わったよ!! 唯だって大きくなったもん!!」

「そうか? あまり背が伸びたようには見えないぞ」

 

 幼い顔立ちに小型な体格。

 ランドセルを背負えば小学生に間違われる。

 これからに期待という事実は拭えない。

 

「よく見てよ!! ちゃんとレディーになってきてるんだからね!!」

「はいはいそこまで。唯、はしたないからやめなさい」

「み、美鈴ぅ!! しょーたろがイジメるんだよぉ!!」

「アンタはアンタで唯をからかわない」

「そりゃ悪かったな。にしても似てるぞホント」

「誰と誰のことよ?」

「唯とちーちゃん。まあ、あーちゃんだったら別だけど」

「そこは否定しないわ」

 

 人懐っこい唯は相手との距離が物理的に近い。

 逆にあーちゃんは人見知りがしやすく一歩遠ざかるタイプ。

 美鈴がさりげなく間に入ってフォローに回っている。 

 

「話は変わるけどよ美鈴」

「なによ?」

「ヒロシ兄さんは? 唯が来たのなら撮影しそうだけど?」

「真中先輩のところよ。宿題のフォロー役としてね」

「カントクか。映画作りの夢、応援はしてるけどな」

「唯も応援してる。しょーたろ、あとで一緒に行こ」

「そうだな。唯が来たって報告しに行くか」

 

 ここぞとタイミングを見ていたのだろう。

 静かにしていたあーちゃんが動き出す。

 正太郎へ渡し物をしてきた。

 

「しょ、しょーくん。こ、これ」

「ああ、約束したな。日記小説の続き」

「あ、あとこれも」

「これは?」

「さ、さいきん絵を描いてて……さ、参考になればいいかなって……」

「どれどれ……おっ、内場の漫画とはまた違った趣が……これはこれでありか」

 

 美術的な感性を印象付けている。

 お堅い感じかと思えばそんな事もない。

 全体的にソフトな画風というべきか。

 見ているだけで癒されていくようなイラストだ。

 

「や、役に立つかな?」

「絵が描けないオレとしてはありがたいぜ」

 

 正太郎の反応にあーちゃんがはにかむ。

 心の中で舞い上がる。

 役に立つという目的を達することができたから。

 

「……」

 

 傍で見ている美鈴の表情は固い。

 心の中がザワザワしてどうにも落ち着かない。

 何も言わないのは空気を読んでいるのだろう。

 最近という言葉が引っ掛かった。

 まだ始めてから日が浅い。

 なぜ絵を描くようにしたのか?

 そんなことはわかりきっている。

 だが決して悪いことではない。

 誰かのために頑張れることは素晴らしいことだ。

 自分には出来ない形での支援だから。

 

「なんや、端本が絵を描けるなんて意外やな。僕にも見せてや」

「あーちゃん、内場がこう言ってるぞ?」

「あ、えっと……う、内場くんの漫画とは違うけど、それでいいなら」

「かまへんかまへん。むしろ僕と違う絵ってのが気になるんや」

 

 それにつられて他の面々も見る流れとなる。

 一番に反応したのは漫画を描く内場。

 

「こりゃ上手いな。学校の美術でトップ目指せるで」

 

 次に反応したのは唯。

 

「ちなみちゃんって絵が上手だね。ゆい、こんなスゴイ絵はじめて見たかも」

 

 そして美鈴は……。

 

「……」

 

 無言だった。

 創作物でも絵だけではジャンルから外れるのか?

 それとも別に思う所があって何も言わないのか?

 正太郎からするとあり得ないことなので。

 

「美鈴、もしかして体調でも悪いのか?」

「どういう意味よ?」

「さっきから様子が変だぞ」

「べつに。アンタには――きゃっ!?」

 

 美鈴の言葉が遮られる。

 正太郎が前置きもなく美鈴の肩に手を乗せたから。

 ここで間髪入れずに喝を入れる。

 

「奮起せよ!! ここが我らの正念場ぞ!!」

「ぐふっ!!」

 

 内場の精神へクリティカルヒット。

 穴があったら入りたい心境になる。

 メガネ越しでも分かるほどに顔が真っ赤だ。

 

「と、東城!! 僕になんや恨みでもあるんか!!」

「ないぞ」

「せやったら僕の描いた漫画のモノマネはやめてーや!!」

「今ここで使うべきだと思ったから使った。反省しても後悔はしない」

「……ねえ、いつまで手を乗せてるの?」

「美鈴がいつもの調子を取り戻すまでだ」

「アンタが言うあたしってなに? 一体アンタに何が分かるって言うのよ?」

「幼なじみをみくびるんじゃねえよ。普段の美鈴とそうでない時の美鈴を見分けられないと思ってんのか? それなら今すぐ改めろ」

 

 毎日顔を合わせているから分かる。

 小学生の頃から見てきたのだから。

 真っ直ぐで強気な正太郎。

 すっかり毒気を抜かれてしまう美鈴。

 もはや考え込むことすら馬鹿馬鹿しくなった。

 

「礼なんて言わないんだから」

「いらん。そんな水くさい事なんて無しだぜ」

 

 正太郎の手が離れた。

 少しばかり名残惜しむ美鈴だが気を取り直す。

 そして美鈴はあーちゃんのほうへ近づいた。

 

「これからは名前で呼んでもいい?」

「あ……うん。あたしも美鈴って呼んでいい?」

「構わないわ。よろしくちなみ」

 

 お互いに認め合って距離が縮まっていく。

 名前で呼ぶだけでもかなり印象が変わる。

 見守る唯がニコニコしながら正太郎を茶化した。

 

「やるじゃんしょーたろ。唯は見直したよ」

「内場が描いた漫画の受け売りだぜ。スゴイのは内場だよ」

「いやいや、実際にそれをマネして使う東城には敵わんわ」

「それはそうと、内場はもっと自信もてよ。オレもそうだが、唯だって内場の漫画は気に入ってるんだぜ」

「うんうん。すっごく面白いから、唯は内場のマンガ大好きだよ」

「お、おおきに。また描いたら見せたるから、楽しみにしとってな」

 

 その後、淳平が住む所まで正太郎たちが向かう。

 しかし会うだけではつまらない。

 唯の驚かしたいという要望で正太郎が囮役を買って出た。

 小学生の頃を思い出しつつ、淳平を呼び出し、誘い込み、そして……。

 

「わ!!」

 

 淳平の背後を押しながら唯が声を上げた。

 まんまと引っ掛かった淳平が腰を抜かす。

 してやったりの顔で唯の悪戯心は満たされた。

 

「久しぶりじゅんぺー。まさか唯のこと忘れてないよね?」

「あ、えっと……その……」

「ちょ、ちょっとちょっと!! 本当に忘れちゃってるの!?」

 

 残念ながら淳平は覚えていない。

 正太郎たちを一緒にいることの多かった唯。

 淳平と関わることが少なかったのかもしれない。

 

「ひどぉい。じゅんぺーの薄情者ぉー!!」

「唯、きっとカントクは過去を振り返らず、夢という未来に突っ走るんだぜ」

「意味わかんなーい!!」

「まあ、唯のことはさておき。美鈴、さっきからヒロシ兄さんが写真を撮りまくってるぜ」

 

 無我夢中でシャッターを切り続けるヒロシ。

 ターゲットは唯とちーちゃん、そして美鈴。

 美鈴が蹴りつけて止めに入る。

 もはやお馴染みの光景となってきていた。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 正太郎は考え事をしていた。

 人間関係、成績、将来の夢。

 学生であれば誰もが大なり小なり抱えてしまう悩み。

 避けることのできない現実と理想の狭間。

 不安定な時期すなわち思春期を迎えていく。

 

「ねーちゃん、入っていい?」

「いいよ入って」

 

 ある日の夜、姉の部屋へ呼び出された。

 寝る前の時間帯、風呂あがりの姉は髪をほどいてのストレート。

 いちご柄のパジャマでメガネをしていない。

 弟の正太郎でも稀にしか見れない覚醒モードだ。

 

「女は変身できていいな。羨ましいよマジで」

「でもね、女の子は準備に時間が掛かっちゃうから、毎日が大変よ」

「変装しているのが正直もったいないぜ。でも安全に過ごすために必要な事だというのは分かっている」

 

 自分の身を守るための処世術。

 周りに溶け込んで気付かせない。

 まるで擬態化するカメレオンのようだ。

 

「正太郎、成績が下がって不安になってない?」

「ないといえば嘘になる。小学の時は中の上までいけたけど、中学になってからは下の中に落ちたからな」

「学校のカリキュラムが変わっちゃうからね。2学期も少し大変になるから気を付けて」

「経験者は語るか。中学の勉強ってのはホント厄介な敵だぜ」

「でも美鈴ちゃんがいるから大丈夫じゃない?」

「うーん、あんまりアイツに迷惑かけたくねえんだけどな」

 

 小学時代なら加減を知らず、使い潰しの勢いで頼っていただろう。

 今の中学になってからは少し躊躇してしまう。

 男女の違いを無意識に感じているのかもしれない。

 

「ちなみちゃんの演技がスゴイって、よく日記に書いてあるね」

「ちーちゃんはオレの創作に通ずる所があるぜ。キャラになりきる意味で」

「絵も上手いって書いてあったね」

「あーちゃんの絵は全体的に優しくて癒されるぞ。あーちゃんの性格が出てると思った」

「二重人格……じゃないよね?」

「違うと思う。自由に切り替えができて記憶もあるから」

 

 友達をちゃん付けで呼ぶのは端本ちなみだけ。

 呼び分けの都合もあって今も変わっていない。

 演技やイラストの魅力に引き寄せられる。

 根本まで印象付いてしまって忘れることがない。

 

「美鈴ちゃんとちなみちゃん、この二人を意識し始めたんだね」

「ヒマな時に二人が強く出てくるよ。どっちもスゴイ存在感があるから」

 

 ふと思い浮かぶという摩訶不思議な現象。

 何故だろうかと正太郎は戸惑っている。

 小学生の頃はそんな事もなかったというのに。

 

「そうなんだ。男の子ってそういう感じなんだね」

「女の子は違うのか?」

「うーん、私は好きな人ができた事ないから、ちょっと分からないかな」

「……すきなひと?」

「正太郎、もしかして自覚ない?」

「自覚ってなんだよ? 未経験なオレに何を期待してんだ?」

 

 二人の存在が強まったのは夏休みに入った後のこと。

 それまでは勉強が忙しくてそれ所ではなかった。

 

「えっと……美鈴ちゃんとちなみちゃんのことが好きなんじゃないの?」

「ファンクラブの連中がスキスキ言ってるけど、あんな状態異常じゃないぞ。だってアレは結局のところ、見た目で判断してるじゃん。こっちは中身の実力や結果をみているのに」

「見た目はどうでもいいってこと?」

「ねーちゃんで見慣れてるから、ぶっちゃけると気にしないぜ」

 

 美人の姉で免疫がついた弊害だろうか?

 異性の見た目に囚われず、中身の能力を重視している。

 特に際立っているのが美鈴とちなみのようだ。

 

「こういうのって当人同士の問題だから。お姉ちゃんがあれこれ言う事じゃないんだよね」

「なんだよ。美鈴とあーちゃん&ちーちゃんも、オレと同じ気持ちなのか?」

「私は本人じゃないから分からないよ。知りたいなら本人と話をしないとね」

「なにを話せと?」

「それは自分で考えなさい」

「ねーちゃんのケチ」

「なんでも教えてもらえると思わないで。正太郎のためでもあるんだから」

 

 中学生として反抗期があるのか。

 正太郎が恨みがましく睨むが、綾は素知らぬふりを通す。

 ここから次の議題へ移った。

 

「なんでねーちゃんは全科目を相手にできるんだ? ダメなのは運動の体育だけかよ」

「日頃から予習と復習を欠かしてないから」

「オレだって復習は美鈴、予習はねーちゃんで対応しているぜ」

「でも成績が伸びない? 偏ってしまう?」

「例えばテスト1日目で国語・数学・英語があったとして、どれか一つに絞らないと良い点数にならないよ。だって頭の中がグチャグチャになって覚えきれないから」

 

 明らかに脳のキャパシティーがオーバーしてしまう。

 正太郎は1日1科目にしてほしいと強く主張したい。

 それならタイマン勝負で専念して、よりよい結果が出せる。

 これでは多人数相手に一人で戦ってフルボッコになっているようなものだ。

 どれか一科目だけに絞って他の科目は捨てる。

 たとえ赤点になろうとも犠牲にする。

 正太郎が捨て身の戦術をしようかと思っても、手厳しい美鈴が歯止めとなった。

 

「言いたいことはわかるけど、学校でそう決まってる以上は覆らないからね」

「これだから大人の教師ってヤツは……少しは中学生の苦しみを考えろよな」

「文句はそのぐらいにして、ちゃんと前向きに考えようね」

「ったく、あーちゃんとちーちゃんみたいに切り替えができたらな」

 

 もし、どれか一科目だけを選ぶとしたら?

 迷うことなく国語を選ぶだろう。

 どんな内容でも知識として吸収しやすいから。

 

「英語も受け入れやすくない?」

「魔法のラテン語みたいなノリでやっても、スペルミスがしやすいんだよ。オレ日本人だから日本語でいい。英語なんていらんって反抗したくなるぜ」

「社会の歴史は?」

「あれは年号とか起きた出来事の暗記がキツイ。内場の歴史漫画は面白かったけどさ」

 

 正太郎が中学の勉強で苦痛に感じるのは暗記系の問題。

 覚えなければ解けない。

 記憶に残さないといけない。

 だが人間は忘れる生き物。

 長期で記憶を保っていくのは困難だ。

 

「ねーちゃんに迷惑かけるのは弟として不甲斐ないけど、予習の時だけでいいから助けてほしい」

「今やっている範囲ぐらいなら気にしなくていいから。甘えすぎはダメだけどね」

「わかってるよ」

「でも正太郎は逆に抱えすぎるから、ちょっと甘えるぐらいがいいかも」

「どっちだよ、まったく」

 

 バランスが大事らしい。

 美鈴で復習、姉で予習。

 その繰り返しをしていくことで何とかするしかない。

 

「ねーちゃんってさ、将来的に小説家を目指すの?」

「どうだろう……考えたことがない、って言ったらウソになるかな」

「成功するのは一握りって言うよな。プロの世界なんて想像がつかん」

「正太郎はまだ一年生だから、焦らずにゆっくり考えたらいいよ」

「一応、高校は出たほうがいいか?」

「うん。高校は行ったほうがいいよ」

「中学でこのザマなのに高校って……」

 

 正太郎はその先を考えないことにした。

 現実逃避をしないとやってられない心境である。

 好きなことだけをして生きていきたい。

 そんな願望を抱くのも無理はないだろう。

 こうして夜の時間は過ぎていったのである。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 外村美鈴にとって東城正太郎はどんな存在だろうか?

 いつでも厳しい態度や言動を受け止めて応じる。

 これは中々できることではない。

 大抵の人なら離れてしまうものだ。

 その上で生意気な女だと陰口を叩かれることだろう。

 

 小学生の頃、サンボウのあだ名で賢いヤツと認めてくれた。

 子どもは残酷であると同時に正直な面も持っている。

 美鈴はハッキリと覚えている。

 初めてサンボウと呼ばれた日のことを。

 

「テストまんてんすげぇ。サンボウだサンボウ」

 

 変なヤツだと思った。

 少なくとも他の男子と比べて嫌な感じはなかった。

 だから変に警戒をすることもしなかった。

 いつから正太郎への興味と意外性を感じたのか?

 それも昨日の事のように美鈴は覚えている。

 小学生の正太郎が隣の席で何かを書いていた。

 授業中あるいは休み時間に無我夢中で。

 真剣に取り組む姿に美鈴が物珍しさで観察をする。

 どうしても好奇心が抑えられなかった。

 そこで知ったのだ。

 ノートに小説が書かれていることを。

 あのときの衝撃は今でも忘れていない。

 その後、内場の漫画を通じて半ば押し切る形で書かせた。

 正太郎の書く小説を読んでみたかったから。

 

「唯、寝てるときに服を脱ぐクセはやめなさい。みっともないでしょ」

「だって暑いんだもん。それに無意識なんだからしょーがないじゃん」

 

 夏休み中、外村家でお泊りしている唯。

 美鈴の部屋で客用の布団を敷いて寝ている。

 同じベッドでは狭くて暑苦しくなるから、そこは美鈴がキッパリと拒否している。

 

「ねーねー美鈴、しょーたろとはどうなの?」

「何がよ?」

「唯が見た感じだとね。ちなみちゃんが最大のライバルになると思う」

「……何のライバルよ?」

「もぉー、美鈴は素直じゃないな。唯、ちゃんと分かってるんだからね」

「そういう唯はどうなのよ? 人のことを言うよりも自分の心配をしなさい」

「えっへん。唯は次こそ忘れられないよう、じゃんぺーにアピールして頑張るのだぁ」

「ふーん。ま、精々頑張ればいいんじゃない」

「美鈴ってさ、じゅんぺーのことキライ?」

「別に。ただ興味がないだけよ」

 

 実際、美鈴は淳平に対して無関心である。

 初めて会った時からあまり良い印象を持っていない。

 一応、映画という共通点はあるのだが。

 

「しょーたろが書いた小説って面白い?」

「面白いかどうかは人それぞれよ。あたしはつまらないと思った事なんて一度もないけどね」

 

 どこか誇らしげに言ってのける。

 自分だけが唯一という自信の表れだろうか。

 

「明日は図書館で本を返しに行くけど、唯はどうする?」

「唯はちなみちゃんと遊びに行ってくるよ。もしかしたら夕飯もそっちで食べちゃうかも」

「その時は電話しなさいよ。あとケガしないように気を付けて」

「唯はそんなドジしないよ」

 

 翌日、予定通りに美鈴は図書館へ行く。

 涼しげなワンピースと麦わら帽子という夏のスタイルだ。

 日光で焼けないように、肌の手入れも欠かさない。

 あまり寄り道をする気分でもない。

 美鈴が別の本を借りて自宅へ戻っていく。

 玄関に正太郎の靴が置かれていた。

 

「っ!!」

 

 直感的に兄ヒロシの部屋だと予測をして駆け出す。

 なぜ急ぐ必要があるのか?

 わからない。理性よりも先に行動をしていたから。

 

「ケガしても知らんぞ」

 

 兄の部屋から出てきた正太郎。

 見慣れたナチュラルなシャツから男の体つきが成長を滲ませる。

 自然体な幼なじみに美鈴がホッとしたのも束の間。

 キリッと表情を引き締めてから見据えていく。

 

「アンタに心配されなくても、ケガなんてしないから」

「ふーん、まあいいや。そんな事より美鈴」

「なによ?」

「思春期の対策について教えてくれ」

「……はぁ?」

「だから思春期だよ。ヒロシ兄さんに話を聞いてもらったんだけどさ」

 

 正太郎の心境に変化があった。

 美鈴とちなみの存在感が大きくなっていること。

 ヒマな時に頭の中で勝手に思い浮かぶらしい。

 

「小学生の頃は遊びたいとか、小説書きたいとか、そんなんばっかだったし。中学入った時は、勉強ヤバくて全然余裕なかったし。つい最近なんだよ、こういう感じって」

「……兄貴に変なコト吹き込まれてないでしょうね?」

「今のオレが思春期に当たる事と、あと付き合えばいいんじゃないかって――おっ?」

 

 美鈴が勢いに乗せて兄を踏みつける。

 足蹴りにされるヒロシがどこか嬉しそうだ。

 痛いことをされて喜ぶ変態なのか?

 正太郎には理解の及ばない世界である。

 

「兄貴、次に変なコト言ったら本気でしばくから」

「別に変なことは――ああ、わかったから手を振り上げないで」

「ヒロシ兄さん、なんか気持ちよさそうッスね? 痛いのが気持ちいいッスか?」

「いやいや、僕にマゾの趣味はないからね正太郎くん」

「マゾ?」

「だ・か・ら!!」

「今のは無し!! 無しで、ね?」

「あーもぉー!! とりあえずアンタは部屋に来なさい!!」

 

 これ以上、兄の傍にいると碌なことにならない。

 自室まで連れていき、正太郎に座布団を渡して座らせる。

 あとは正太郎の相談をどう対応するかだ。

 

「それで、あたしにどうしろと?」

「だから対策だよ。集中する時までこうなるのはちょっと困るぜ」

「逆にアンタはどうしたいの?」

「小説でねーちゃんを超えたい」

「そこはブレないのね」

「当然だ。何があろうと、そこだけは貫き通すぜ」

 

 誰にだって譲れないものはある。

 いかにも正太郎らしい。

 心の深掘りをさせようと問いかけを続ける。

 

「あたしとどうありたいの?」

「勉強の復習に協力してもらうだけでいいぜ」

「それで用が済んだら、あたしはどうなるのよ?」

「どうもしないぞ。成績で良い結果を出せば、美鈴が教えたことが無駄じゃなかった証拠になる。それが恩返しにもなるだろ?」

「ずいぶんと都合のいいこと言ってくれるじゃない」

「オレ一人だと、国語以外は全部捨てる覚悟でやるのがオチだからな」

「だから極端なのよアンタは!!」

 

 正太郎一人に突っ走らせるのは危険。

 道標やブレーキの役割が不可欠。

 だからこそ放っておけない。

 

「美鈴はヒマな時、オレや内場を思い浮かんだりしないか?」

「はあ? なんでそんなことを――」

「もし同じ経験があるなら対処法も知ってるだろ? どうなんだ美鈴?」

「ちょ、ちょっと近い近い!! 真顔でそんなに迫らないでよ!!」

「マジで頼む。思春期の壁を乗り越えてレベルアップがしたいんだ」

「だから離れなさいってば!!」

 

 正太郎を押しのけて少し距離を取る。

 心臓が破裂するかのように脈を打つ。

 周りに聞こえてしまうんじゃないか?

 そんな錯覚をするぐらいに激しかった。

 

「人の気も知らないで……分からない時は調べるのが常識よ」

「どうやって調べるんだ? 図書館で思春期の本でも探せと?」

 

 美鈴がおもむろに立ち上がって本棚を探る。

 そこから一冊の本を取って正太郎へ差し出した。

 

「これ、貸してあげる」

 

 文庫の恋愛小説。

 正太郎にとっては初めてのジャンル。

 綾も弟に向けて書いたことが一度もない。

 あえて書かなかったというのが正しい。

 好奇心旺盛の正太郎は早速読み始めていく。

 

「心理描写が深いな。へえー、女の視点だとこうなるんだ」

 

 創作物に影響を受けやすい。

 恋愛モノを見せるのに、若干の不安がないと言えば嘘になる。

 それでもあえて分かりやすさを選んだ。

 二次創作をする彼なら良いように解釈をすると信じて。

 

「アンタって速読のスキルがあるのね」

「書く時間を優先するため、気付いたら身に着けていたぜ」

 

 意外な一面を発見。

 ゆっくりと読んで楽しむ美鈴とは真逆である。

 そこは読み手と書き手の都合というべきか。

 ペラペラとページをめぐる速度が心なしか上がっていく。

 そして読み終えて文庫本が閉じられた。

 

「んー、書き方の参考にはなるけど、肝心の内容は……女心が難しすぎる!!」

「軽く捉えるぐらいでいいのよ。大体、人それぞれ感じ方も違うんだから」

「こういう時はこうなる、みたいな感じがあればいいのに」

「他にもあるけど読んでみる?」

「おう、それでパターンを見切ってやるぜ」

 

 それから数時間後。

 正太郎は疲れ果ててベッドでダウン。

 難解な女心を表現した小説の数々。

 収穫はあったのかを問いかけると。

 

「照れという表現は何となく見切った」

 

 あくまで何となくである。

 正太郎も照れという感情は過去に経験している。

 初めてあーちゃんとちーちゃんでチャン付けのあだ名をした時だ。

 すぐに慣れてそんなこともなくなったが。

 

「食べ物の好き嫌いは分かるけど、人の好き嫌いは難しい」

 

 人間関係としても相性はある。

 この人とは合う合わないという主観的な感覚だ。

 理屈で語れない領域も含まれてしまうので理解が難しい。

 

「あとは触れ合いのパターン……抱きしめるとかキスとか、友達との違いがそこにあると思った」

 

 ストレートな感想を口にした。

 美鈴としては些か反応に困る。

 お互いに経験もないのでこれ以上語りようがない。

 そんな微妙な空気の中、ヒロシの声が扉越しに響く。

 

「正太郎くん、夕飯食べて行くかい? 母さんが確認してって」

「あ、大丈夫ッス。今日は帰るッスよ」

「わかった。また今度、気軽に遊びにくるといいよ」

「ウィッス」

 

 正太郎がゆっくりと立ち上がる。

 肩でも凝ったのか腕を軽く回していた。

 そのまま体を伸ばしつつ美鈴と向き合う。

 

「ひとつだけ理屈抜きで直感したことがあるぜ」

「どんな直感よ?」

「今のままではねーちゃんを超えられない。オレは覚醒モードすらないからな。どうやったら超えられるのか? ヒントはこれらの本にあると思った」

「役に立ったって解釈していいの?」

「あくまで勘だから外れてるかもしれん。けどよ闇雲に修行するよりは可能性がありそうだ。あえて賭けに出てみるのも悪くない。これぞ男のロマンってヤツだぜ」

 

 いつになくお喋りをする正太郎。

 テンションが上がってきた証拠だ。

 悪い気はしない。

 それでこそ正太郎だ。

 成長していく様を見届けたい。

 そんな秘めた可能性を持っている。

 

「思春期を超えた先にねーちゃんを超えたオレがいるかもしれねえな」

「楽しそうね」

「おう、感謝するぜ美鈴。オレはもっと上を目指す」

「勉強もやりなさいよ。成績が悪いと上も何もあったものじゃないわ」

「うぐっ……げ、現実を突きつけやがって。少しぐらい夢見たっていいだろ」

「夢見すぎて現実が見えなくなったら、それこそ目も当てられないじゃない」

「こんにゃろう、オレの感謝を返しやがれ」

「アンタが勝手に言ったことでしょ。こっちの知った事じゃないわ」

 

 掛け合いも程々にして正太郎を見送る。

 男の背中がより大きく見えた。

 進むべき道が見えてきたからかもしれない。

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