青春100% 作:完結の陽炎
炎天下の夏でセミの鳴き声が響く。
唯とちーちゃんが一緒に外出中。
遊びに行くとしたらどこがいいのか?
暑い中にいるのだから涼しい場所を選びたい。
ちーちゃんの発案でカラオケへ行った。
演技と歌で相性が良いのか。
ちーちゃんはダンスをしながらノリノリで歌った。
交代したときは唯も対抗してステップをしながら歌う。
ピアノを習っているからかリズムが絶妙に良かった。
「唯ちゃんやるぅ。ちなみも負けてられないなぁ」
「ちなみちゃん、次は唯と一緒に歌おうよぉ」
「オーケー。やるやるぅ」
似たもの同士ゆえか歌の呼吸も合った。
制限時間のギリギリまで堪能をする。
カラオケショップを出た後はウインドウショッピング。
色々な店舗を見て回ったことで、無性に冷たいものが食べたくなった。
かき氷派の唯とアイスクリーム派のちーちゃん。
しばらくの論争を繰り広げて、最終的に両方食べるで落ち着く。
「アイスもいいね。甘くてとっても食べた感じがするもん」
「かき氷もいいよ。シャキシャキのサッパリで涼しくなっちゃった」
唯とちーちゃんは良い点を見つけて認め合う。
たとえ好みが分かれても、実際に試すことで新たな発見がある。
こうして二人は幾分か心の成長を遂げていく。
「ねーねー、唯ちゃん」
「なぁにちなみちゃん?」
「初恋ってしたことある?」
「まだないよ。でも甘酸っぱい恋には憧れちゃうね。ちなみちゃんが羨ましいよ」
「あー、唯ちゃんにはお見通しか。ちなみの演技もまだまだなんだね」
「ううん、ちなみちゃんの演技はスゴイよ。しょーたろ、手紙でよく褒めてたもん」
「えへへ、ありがとう。そう言ってくれる友達ができて、ちなみはとっても幸せだよ」
昔は演技で自分の心を守っていた。
でも今は違う。
純粋に演じることが楽しい。
それを受け入れてくれることも嬉しい。
「きっと、もう一人のちなみちゃんで、他の人たちにもバレバレじゃないかな?」
「そっか……唯ちゃん正直に言っていいよ。ちなみと美鈴、どっち?」
「美鈴」
「おっと、これはちなみも予想外」
少しは迷ってくれると思ったのだろう。
だが唯は何の躊躇いもなく即答。
何がそうさせたのだろうか?
逆に知りたくなってくる。
「唯ちゃん、ちなみのどこがダメなの?」
「ちなみちゃんがダメなんじゃなくて、美鈴がスゴすぎるんだよ。ちなみちゃんもよく分かってるんじゃない?」
頭の中で分かっているからこそ感情が揺れ動く。
性格スイッチの切り替えをしても簡単に割り切れない。
モヤモヤした気持ちを払い除けることが難しい。
「でもね唯は思うの。確かに美鈴はスゴいんだけどカンペキじゃない。素直じゃないし、ツンツンな態度しちゃうし、不器用な所だっていっぱいあるんだよ」
「……唯ちゃんって、ちなみよりも役者に向いてるんじゃないかな?」
「そんなことないよ。唯は自分に正直なだけだもん」
「それが一番難しいんだよ唯ちゃん」
唯はただの無邪気な少女ではない。
相手のことをよく見ている。
言いたいことをハッキリと言える。
だからこそ惜しむ気持ちが湧いてきた。
「あーあ、転校する前から唯ちゃんと知り合ってみたかったな」
「今でも全然遅くないって。夏休み終わっても、ちなみちゃんが良いなら手紙書くよ」
「うん書いて書いて。ちなみもお返事出すから」
「えへへ、帰っても楽しみが増えちゃった」
二人の親交はより深まっていった。
己の初恋と向き合うのは簡単なことではない。
でも諦めて引き下がることはできない。
唯の言っていたように自分に正直でありたいから。
帰りで唯とお別れする時。
ちなみは胸を張って宣言をしてみせた。
「ちなみは諦めない。後悔だってしないんだから」
「ファイトだよ。ちなみちゃんの想い、きっと伝わると思う」
「美鈴と即答した唯ちゃんに言われてもねぇ」
「それは過去の話。未来は誰にも分からない」
「ついさっきだよ!! ってそれ、内場くんのマンガにあったセリフだ!?」
「唯、内場の漫画たくさん読んでるから覚えちゃった。てへっ」
「可愛く言ってもごまかされないよ!! わざとらしい演技もダメダメだからね!!」
「あー、やっぱり唯は唯だね。やってみると結構難しかったよ」
唯が帰って自宅へ戻る。
性格スイッチがあーちゃんへチェンジ。
時間が過ぎていき、ベッドで眠りの世界へと入る。
そして……。
「アーちゃん、今度お外に出てしょーくんに会いに行こう」
「む、ムリだよ。しょーくんだって都合が――」
「いつまでもそれじゃあダメだって、アーちゃんも分かってるよね?」
「チーちゃん……唯さんと遊んでから大人っぽくなったね」
「子どものままだとしょーくんの相手になれないじゃん。美鈴を出し抜けないじゃん」
「け、ケンカはダメだよ。美鈴さんを敵にしちゃうなんて……」
「美鈴は美鈴、ちなみはちなみ。これは恨みっこなしの勝負だからね」
チーちゃんの変化にアーちゃんも影響を受けている。
どちらも自分であることに変わりはないから。
「演技上手なチーちゃんに比べて、素のあたしなんて相手をしても面白くないよ」
「でもしょーくんは楽しそうだよ。どっちにも優しいから大丈夫」
「……ワガママだよチーちゃん」
「うん。でもアーちゃん、ワガママにならない恋なんて無いからね。初めてなら尚更だよ」
「き、嫌われちゃうかもしれない」
「間違ったらごめんなさいして改める。失敗を恐れたら前に進めないよ」
思い悩んでしまうが、このままではダメであることも事実。
それぐらいは頭の中で分かっている。
でも勇気が足りず、きっかけも掴めていない。
「チーちゃん、大切なことを忘れてる」
「大切なこと?」
「しょーくんの気持ちだよ。しょーくんの意思を無視しちゃダメ」
「うんそうだね。自分だけのワガママを押し付けたらダメだね」
「だからワガママはしょーくんが先。そうでないと分からないから」
「やられてからやり返すんだね。わー、アーちゃんって策士だぁー」
「そんなことない。きっと美鈴さんがそうして来たんだと思う」
「あ、そっか。美鈴ってしょーくんに頼られてるもんね。きっとそれだ」
「あたしたち出遅れてる。でも……」
「ちなみの演技とアーちゃんのお絵かき。これでアピールしちゃえしちゃえ」
できることでやるしかない。
美鈴にないモノで不利な局面を打開したい。
他に逆転をさせる方法がないから。
………………。
…………。
……。
正太郎は内場の部屋に遊びに来た。
タワーのごとく積み上げた漫画の数々。
それに囲まれての生活は相変わらずだ。
「親から片付けろって怒られないか?」
「週末に片づけたらええって妥協してくれたわ」
「逆に片付けてなかったらヤバいな。ま、内場ならそんなヘマしないか」
「せやせや、さすがにそこは注意しとるわ。あとが恐いし」
部屋の隅に座って漫画を読む。
資料を兼ねて色々な漫画が集められている。
もはやコレクションといっても過言ではない。
「それにしても、東城が僕の家へ遊びに来るのは珍しいな」
「漫画が読みたい時はここだと決めてるから」
「僕やのうて、漫画が目当てかい!!」
「安心しろ。今回は本命の用がある。漫画はついでに過ぎない」
「その本命の用ってなんや?」
漫画を閉じて積み上げの位置へ返す。
メガネのお手入れをしている内場。
ホコリや汚れが気になったようだ。
それに構わず正太郎は話を切り出す。
「内場が好きな女子っているか?」
手元が狂ってメガネを落とした。
それを正太郎が拾って手渡しをする。
「どうした? 聞こえなかったのならもう一回言うが――」
「待てや待てや。なんやねん東城、夏の暑さで頭がおかしくなったんか?」
「ストレートに質問した結果がこれかよ。ずいぶんな言い方じゃないか?」
「そもそも、何でそないな事を訊くんや?」
何の理由もなくこんな質問をするはずがない。
ちゃんとした説明がほしい所である。
そうでなければ安易に答えられない。
「思春期を乗り越えてレベルアップし、ねーちゃんを超える小説を書く」
「それと僕の好きな女子を訊くのと何の関係があるんや?」
「ねーちゃんのアドバイスを受け、ヒロシ兄さんに思春期を教わり、美鈴の恋愛小説を読んだ」
「その行動力に感心してええのか、呆れてええのか分からんわ」
付き合いが長いから妙に納得感があった。
正太郎が三本の指を立てて話を続ける。
「3つの悩み要素として、人間関係・勉強・進路があってな」
「まあ、そこは僕も他人事とちゃうな」
「勉強は美鈴とねーちゃんに頼って何とかする。進路は中1の今は何も分からん」
「せやな。で、残った人間関係って何や? 誰か嫌なヤツでもおるんか?」
「いや、そうじゃない。最近ヒマになってから、頭の中に浮かぶ二人がいてな。一人は呼び分けると性格が別になるから、正確には三人かもしれない」
「誰のことかバレバレやな」
「初めてという事もあり、漠然として分からないことが多い。同じ男である内場から、何かしらのヒントでも掴めたら、という意味で好きな女子を訊いてみた」
正太郎の内情を知り、内場は静かにメガネを掛け直す。
分からなくても行動できるのは正太郎の強み。
人に尋ねるのは、それなりのリスクがつきものだ。
そんな目の前の友達に向かって内場は答える。
「おるで」
誰とは言わない。
正太郎が少し間を置いて考え込む。
そして一言。
「一人か?」
おもむろに頷く。
再び正太郎が物思いにふけた。
さらに一言。
「好きって何だろうな?」
正太郎が困ったように眉を下げた。
気持ちが迷宮入りをしているようである。
理屈で考えようとしてドツボにハマった感じか。
今度は内場からの一言返し。
「笑ってられることや」
笑顔最強説。
惚れた相手の笑顔こそ至福の時。
だから負けじと笑顔で返してやればいい。
少なくとも内場はそう考えている。
だが……。
「いつも怒ってる感じのアイツは嫌ってるってことになるのか?」
誤解を与えてしまった。
表情だけで判断するのは早計である。
心の内とは必ずしも一致しない。
素直になれない女心というものを正太郎は分かっていない。
「ホンマに嫌っとったら、わざわざ人の世話を焼こうとするかい」
「確かに面倒見いいよな。口は悪いけど」
「そこがまたええんや。ハッキリ言うてくれるのって大事やで」
「くすぐった時なんてビンタされかけたけどな」
「何やっとんねん東城」
恐れ知らずか妙に度胸のある正太郎。
内場ならそんなマネはしないというよりできない。
見ていて飽きることがない。
友達付き合いが長くなっても退屈はしないだろう。
「内場が好きな女子って誰なんだ?」
「それは秘密や。さすがに言わんで」
「ケチなヤツだな。別に減る訳でもないのに」
「アホ。野暮なことは言うもんやないで」
ここは意地でも隠し通す。
そんな強固な態度に正太郎がニヤリと笑う。
まるで悪戯を思いつく子どものように。
「クイズみたいに当てたくなる気分だぜ今のオレ」
「そんなノリはお呼びやないで。ゴミ箱の中にでも捨ててしまえ」
「ちぇっ。まだ恋愛ってよく分かってないのに。でも笑顔というヒントがあったからいいや」
「そないに難しく考える事か?」
「美鈴の恋愛小説を読んでみろよ。女心の難解さでクリティカルダメージが炸裂するぜ」
「あいにく僕は漫画専門やから。小説は東城に任せるわ」
「おう任せろ」
こうして本命の用は完了。
あとは気の向くままに漫画を堪能する。
その日の夕飯は内場家で御馳走になった。
………………。
…………。
……。
本日晴天の朝。
正太郎は端本家へ向かった。
ヒマな時に思い浮かぶもう一人の存在。
思春期を乗り越えるためには外せない相手。
インターフォンを鳴らして待つ。
外の気温が暑いから汗が流れて止まらない。
こまめな水分補給をしないと熱中症で倒れかねない。
太陽の直撃を避けるために野球帽を被っているが気休めにしかならない。
「しょ、しょーくん大丈夫?」
「あちぃー、クソがつくほど暑いぜ」
「早く入って。このタオルで汗拭いて。すぐ飲物を持ってくるから」
「マジ助かる。砂漠のオアシスみたいだ」
脱いだ野球帽で仰ぐ仕草をしてタオルを受け取る。
あーちゃんの部屋で冷たい麦茶を飲んだ。
一息ついての頃合い。
会話の火蓋を切ったのは正太郎からだ。
「とりあえず現状を先に伝えていいか? 今のオレに何が起きているかを説明しないといけないと思うから」
「う、うん……」
これまでの事情をあーちゃんへ話す。
聞くに徹してくれているのはありがたい。
でも戸惑いは隠せないようだ。
「そんな訳で、あーちゃんに実際会って確かめるつもりで来た」
「そ、そうなんだ……今、どんな感じなの?」
「面白い」
「お、おもしろい?」
「ああ。そこにあーちゃんがいるだけでワクワクするぜ。理屈抜きで」
「……素のあたしでそう思ってくれるの?」
「ねーちゃんで慣れてるんだよ。あっちは地味な変装してるけどな」
あーちゃんの中で何かが起きている。
胸の奥底から心地よく感じてしまう。
たまに締め付けられて切ない想いも混ざった。
「恋愛小説が謎すぎて分からないことは山積み。これを解明できた時にオレはさらにレベルアップをする。そしてねーちゃんを超える小説を書く野望はあるんだが」
「う、うん……」
「肝心のオレが恋愛を分かっていない。小学生だった頃の気分がまだ抜けていないのかもしれない」
「……興味あるの?」
「なかったら、ここまで調べ回らん。やるからには全力投球だぜ」
「そ、それもそうだね」
時折、正太郎はネタ帳とペンで走り書き。
自分の今まさに感じていることを正直に記録した。
あとで振り返るだけでは忘れることもあるから。
「手がかりを知るため、交代してもらっていいか?」
「う、うん」
「ちーちゃん、ファンクラブの連中は恋愛と関係があると思うか?」
「思わない。あれはただのファンだから。推しとも言うみたいだけど」
「どう違うんだ?」
「ファンは遠くから見守って応援するのがお仕事って感じ? ちなみもよく分かってないけど」
「ラブレター書いたヤツ、あるいは告白したヤツはファンと違うよな?」
「その時はちゃんと断ってるよ。ファンクラブが睨んでるせいか、最近そういうのはメッキリと減っちゃったけどね」
「なるほど」
フムフムと相槌を打ち、小気味いい反応をする。
小説を書く人間の探求心は計り知れない。
ちゃんとネタ帳に書き込んで保存を怠らない。
「オレにとってねーちゃんは一番。小説で超えたい相手だから当然こだわる。でも血の通った姉弟だから例外。他人で真っ先に浮かぶのが美鈴と……」
「ちなみ? それともアーちゃん?」
「どっちも。強いていえば素のあーちゃんだ」
「そ、そうなんだ。あ、戻ったほうがいい?」
「いや大丈夫。もう一人のほうへ、お疲れと言っておくぜ」
「あ、ありがとう。ホントしょーくんはどっちにも優しいね」
「どっちも本物として区別を楽しんでいくのがオレだ」
恋愛のルールは存在するのだろうか?
例えば二股は悪いこと。
どちらも傷つけて最終的に自滅の末路を辿ってしまう。
少なくとも美鈴に見せてもらった恋愛小説ではバットエンドだった。
「あーちゃんは肉体が一つだから一人として数えるぞ」
「う、うん」
「ヒマな時に意識しなくても美鈴とあーちゃんが出てくる。どっちか一人だったらそっちへ集中して考えることになるのだが……」
「……しょーくんは美鈴さんを選ぶよ」
「なぜそう思う?」
「今もそう。美鈴さんが先に出てる。それって美鈴さんが一番ってことだから」
あーちゃんは悔しそうに俯く。
美鈴に敵わないと思い知らされる。
正太郎の中にある美鈴の偉大さに嫉妬をした。
「だったら美鈴しか思い浮かばないはずだ。なんであーちゃんが出てくるのか? その疑問が晴れないし説明もつかない」
腑に落ちないのである。
端本ちなみの存在も外村美鈴に匹敵するほど大きい。
決して軽いものではない。
「オレはその謎を解き明かすつもりだ。ミステリー小説はあまり得意じゃないけどな」
「しょーくん……」
「美鈴が凄いことはオレも分かってるぜ。実際、勉強で助けてくれた恩だってあるし」
「う、うん……」
「けどよ、美鈴にはない演技やイラストができるあーちゃんたちだって凄い。オレが保証するぜ」
「あ、ありがとう」
「問題はどうやって解き明かすかだ。どうすればいいのやら」
正太郎は唸るようにして悩み出す。
そこへあーちゃんからの提案。
ワガママといってもいいのかもしれない。
「し、しょーくん、もしイヤじゃなかったら……た、試してみる?」
「なにを?」
「えっと……す、スキンシップ」
「ちょっと辞書貸して調べるから」
「あ、はい」
「……なるほど、恋愛小説にあった触れ合いパターンか。キスとか抱き合うとか、恋人同士にクラスチェンジしないとやっちゃダメなヤツだろ?」
「お、お膝!! お膝だったらセーフ……ならない?」
言ってて照れくさくなってきた。
顔を真っ赤に染めて、モジモジ仕草で羞恥心が溢れて止まらない。
正太郎があーちゃんのスカートからヒザまで視線を向けると。
「格闘漫画のヒザ蹴りを連想してしまって、かなり怖くなってきたんだが?」
「違う!! 膝枕だから!!」
「だったら先にそう言ってくれ。その膝枕、試してみよう」
「い、いいの?」
「これも謎解きのためだ。初めてだし実際にやってみないと分からん」
「は、初めてなんだ」
「記憶の限り、膝枕の経験はない」
「あたしも初めて。い、一緒だね」
する方とされる方との違いはあっても初めての膝枕。
あーちゃんのヒザの上に正太郎の頭が乗る。
お互いの距離感がより一層に近くなった。
「オレ、あんまり枕にこだわらないから分からないけど、悪くはないと思う」
「う、うん……しょーくんの髪、ちょっと触ってもいい?」
「グチャグチャにしなければいいぜ」
特に髪へのこだわりはない。
好きにやらせてみる。
細い指先から髪を撫でられる不思議な感覚。
自然と目を閉じてなすがままの正太郎。
そんな無防備な姿に胸のときめきが止まらないあーちゃん。
「直接触れるのと恋愛、かなり深く関わっている気がする」
「そ、そう……」
「オレからも少し髪さわっていい?」
「す、少しだけなら……」
正太郎は目を開き、腕を伸ばして女の子の髪を撫でる。
綺麗に手入れをされていて、透き通るようなサラサラ感があった。
お互いに髪を撫で合う不思議なやり取りである。
時間の流れが止まったのような錯覚。
周りの環境音が全く気にならない。
二人だけの世界に入り浸っているようだ。
「あーちゃん」
触れ合うスキンシップにどんな効果があるのか?
言葉で説明できない。
小説でも描写できない。
不可解なことから逃れようとする本能的な衝動。
口から咄嗟に出たのが目の前にいる相手への呼びかけだった。
「しょーくん」
返された声のトーンがいつもと違う。
何かを促すような調子ではなく、ただ自然に返されただけ。
このままでは流されてしまう。
身も心も委ねてしまい後戻りができなくなる。
理屈ではない只の勘。
無意識にある心の防衛本能かもしれない。
「あっ……」
あーちゃんの戸惑ったような小さな声。
正太郎が腹筋を使って起き上がったからだ。
そしてすかさずに話しかける。
「恋愛を解明しようとしたけど、ヤバいって警告音が出た。何故か分からん」
「い、イヤだった?」
「それはない。ただ自分を全部差し出してしまいそうな不思議な感じはした」
「……」
「その先に何があるのかをオレは知らない。知った後、自分がどうなるのかも分からない」
一言で表すなら恐怖だろう。
変化を恐れて現状維持を求める心の惰性というべきか。
だが正太郎は矛盾を承知で変わりたいと思っている。
そうでなければ、姉を超える小説が書けないという信念からだ。
唯一崩れることがない心の大黒柱がそこにある。
「何をやるにしても初めてがあって、その時は期待と不安が混ざってしまう。でも回数をこなせば慣れてくる。経験値を稼いでレベルアップする感じで」
「うん……」
「他のスキンシップでセーフになるものがあれば、それを試してみようと思うがどうだ?」
「……だ、大丈夫? 無理してない?」
「多少怖い気持ちはあるけど、解き明かしたい気持ちのほうが遥かに大きいぜ」
「こ、怖いならやめたほうが――」
「あーちゃんがイヤだったらやめる。無理強いをする気はないぞ」
「……ずるい」
その後、他のスキンシップも試してみた。
手を繋ぐ・背中合わせ・肩寄せ・腕絡め。
いずれもあーちゃんからの発案である。
「あーちゃん、どこでこんな情報を手に入れたんだよ?」
「……内緒」
「まあいいや。やってみた感想言ってもいい?」
「うん……どうだった?」
お互いに向き合って座っている。
接触を繰り返して距離感が縮まった。
事実、物理的な距離が以前よりも近い。
「漠然と怖いという感じは消し飛んだ。初っ端の警告音もなくなった。多分、慣れたんだと思う」
「……」
「一番気に入ったのは背中合わせ。無防備な後ろを守ってくれてるって感じが最高だった」
「クスッ、しょーくんらしい」
「手を繋ぐのはオレの場合は左手がいい。右手は利き腕だから握られるとちょっと不安になった」
「うん……」
「だから腕絡めも左腕を預けるほうが合ってるぜ」
「うんうん……」
「肩寄せは今の所いいけど、身長の差がもっと出てくると違和感を覚えてしまうかもな」
「そっか……」
あーちゃんに自信がついてきたのか。
正太郎に向けての表情がリラックスしている。
緊張が解けて言葉詰まりがなくなってきている。
「そろそろ帰る時間か。アッという間だったな」
「そうだね……もうちょっと一緒にいたかった」
「それ多少わかる。なんとなく名残惜しくなる感じだ」
「……しょーくんも同じ気持ちなんだ。そっか……えへへ」
内場の笑顔最強説を思い出す。
照れ笑いをするあーちゃんに向けて笑顔を返した。
楽しかったという感情を込めて。