青春100% 作:完結の陽炎
これまでに見た夢には背景がなく真っ白な空間だった。
そんな心のキャンパスに色がつく。
まるでイラストの風景を描いているかのように。
「やったねアーちゃん。スキンシップ大成功だよ」
ずっと太陽に向かって咲き続ける向日葵の畑。
私はあなただけを見つめる花言葉。
体操服姿のちーちゃんが駆け回っていた。
「元気だねチーちゃん」
日傘を差して麦わら帽子にワンピース姿のあーちゃん。
ゆっくりと散歩して穏やかな微笑みを浮かべる。
明らかに今までの夢とは違う。
それだけの変化が訪れていた。
「ちなみ、思うことがあるんだ」
「なにチーちゃん?」
「内場くんの片思い、実るといいって思わない?」
「うんそうだね。実ったら素敵だと思う」
内場の気持ちは把握済み。
それが誰に向けられているのかも。
そういった視線は敏感に分かってしまう。
「きっとお似合いのカップルになれるよ。そうなれば……」
「そうなれば?」
「しょーくんを独り占めできるね」
「そ、それは……」
まるで悪魔の囁きをするちーちゃん。
思わず動揺をしてしまうあーちゃん。
天使の理性をもって抵抗を試みる。
「でもねチーちゃん、内場くんは美鈴さんの気持ちを尊重してるんだよ」
「そうかな? 美鈴って本当にしょーくんだけを見てるのかな?」
「え?」
「だって美鈴、しょーくんに小説を書かせてるでしょ? 内場くんの漫画を通じて」
「う、うん」
「そもそもさ、内場くんの漫画だって最初目を付けたの美鈴じゃない。内場くんだって脈ありだよ。チャンス掴めるじゃん」
「そ、そうかな?」
「それに、しょーくんは内場くんとすっごく仲良しだから、内場くんなら安心して任せられるって思うんじゃない?」
ちーちゃんが精神的に畳み掛けてくる。
言われてみるとそうかもしれない。
美鈴とは友達であっても恋敵に違いはない。
それはそれ、これはこれ。
まともに立ち向かっては勝ち目がない。
それほどの厄介な存在として印象付いている。
邪魔だと感じてしまうのが偽りなき本心であろう。
「あたし、悪い子になっちゃうよ」
「いいじゃん。いい子演じ続けるのって、親の前とか先生の前とか、大人の前だけでお腹いっぱいだって」
「美鈴さん、本当にしょーくんだけを見ていないのかな?」
「しょーくんの中に、ちなみたちと美鈴がいるみたいに、美鈴の中にしょーくんと内場くんの存在がいてもおかしくないじゃん」
「……」
「だからね、しょーくんの中にある美鈴と、美鈴の中のしょーくんがいなくなれば残るのは一人だけだね」
「そ、そんなことができるわけ――」
「できる。内場くんが美鈴を振り向かせちゃえば、全て丸く収まっちゃうんだよ」
「内場くんが……そ、そうかな?」
「そうだよ。内場くんに足りないのは勇気と自信。あと美鈴に対してのアタック」
この夢であーちゃんは覚醒をしたのかもしれない。
好きな人を独占したい。
特別になりたいというワガママを。
このように欲を出す人間の性が引き出されていった。
………………。
…………。
……。
内場は部屋の中で漫画を描く。
初のラブコメに挑戦をしてみたがイマイチ筆が乗らない。
時々こういう事があり別に珍しくはない。
「アカン。今日は調子の悪い日や」
部屋の壁時計は朝の10時を指している。
両親は仕事に出て、息子の内場が一人で留守番中。
適当にリフレッシュをしようかと考えていた矢先のこと。
「ん? 誰や?」
インターフォンが鳴ったので玄関へ向かう。
ドア越しに声を掛けると。
「あたしよ内場くん」
「その声は端本!? ちょい待ちすぐ開けるわ!!」
まさかの端本ちなみことあーちゃん。
しかも一人だ。
さしもの内場も度肝を抜かれてしまう。
「外はメッチャ暑いし、とりあえず入り」
「うんごめんね。お邪魔します」
漫画を描いていることもあり、自分の部屋には連れて行けない。
幸い親がいないためリビングへ案内をした。
冷たい麦茶を振る舞い、お互いに向かい合ってイスに座る。
「なんやえらい真剣な空気が漂っとるで。どう見ても只事ちゃうな」
「うん。あたしは真剣に用事があって来たよ」
「……何があったんや? あのおとなしかったほうの端本が別人みたいやで」
内場は知らない。
正太郎とのスキンシップをしたあーちゃんに自信がついたことを。
夢の中で起きたちーちゃんとのやり取りを。
「内場くん、ズバリ訊くよ。美鈴さんのことが好きだよね?」
「っ!!」
「なんで告白しないの? しょーくんに遠慮してる?」
「ち、ちゃう!! 外村は僕なんかより東城を……」
「だから諦めるの? 傷つくのが怖いから今のままがいいって思う?」
「……端本はどないやねん? 東城のこと好きなんやろ?」
「うん。だからあたし、もう後戻りしない。そう決めた」
あーちゃんは覚悟を決めた。
それが内場には眩しく見えてしまう。
同時に何とも情けないことだろうかと。
自ら動かなければ何も得ることはできないのに。
きっと今のままでは後悔をしてしまうだろう。
「わざわざ発破かけて来たちゅう事は……僕に外村を振り向かせろって事やな」
「正解」
「その間に端本は東城を一途に狙い撃ちか。恐ろしいこと考えよるで」
「あたしはしょーくんが嫌がることは絶対にしない。内場くんが現状のままでいいって言うなら、無理しなくていい」
「そう言われてホイホイ尻尾巻いて逃げたら、僕の中にある男のプライドが木っ端微塵や」
「うん。交渉成立」
「せやけど相手はあの外村や。生半可な覚悟でどうにか出来る相手ちゃうで」
「美鈴さんだって一人の女の子だよ。完璧なんて存在しない。きっと隙はあるよ」
「好きだけに――すまん。その冷たい目はやめて!! マジ恐いから!!」
「マジメにやらないなら交渉決裂」
「ホンマ悪かった!! ちょいシリアスが強すぎて、場の空気を和ませようとしたんや!!」
双方の利害が一致をして協力関係を結ぶ。
これで好きな人に集中してのアプローチが可能だ。
本気になったあーちゃんは一途に前進をしていく。
………………。
…………。
……。
美鈴の部屋で恋愛小説を読みふける正太郎。
速読で着実に読める本を減らしていく。
美鈴としては複雑な気持ちだ。
けしかけたとはいえ、ここまで興味を持たれている。
多感な年頃を舐めてはいけない。
「美鈴、内場って恋愛漫画は描いてなかったよな?」
「ないわよ。彼の漫画はバトル・歴史・日常など色々やってきたけどね」
「内場のマンガには色々学ばせてもらった。二次創作者としては感謝しかない」
「そういうアンタだから、内場と親友やってるって感じ?」
「内場がどう思ってるかなんてオレには分からん。オレは内場が楽しくやっていれば、それだけ面白くなるって思うぜ。漫画でも日常生活でも」
「ふーん、アンタは人の幸せを祝福できる優しいタイプなのね」
「大げさだぜ。そういえば内場には好きな人がいるんだよな。誰かは知らんけど、ちょっと気になるぜ」
それを聞いた美鈴の表情に暗い影。
何か思う所があるのかもしれない。
しかし正太郎は恋愛小説を読みながら喋っているため気付かない。
「ねえ」
「ん?」
「アンタは内場の恋を応援するの?」
「無論。と言ってもねーちゃんが言うように当人同士の問題だからな。見守るのがオチさ」
「そう……最近なんかあった?」
「あったな。美鈴がそう感じるってコトが分かるぐらいのことはあったぜ」
美鈴は小学生の頃にサンボウとあだ名付けた人物。
見抜かれたとしても何もおかしくない。
別にやましいこともないから隠すことはしない。
「詳細を聞かないのか?」
「やめておくわ。今はそういう気分じゃないから」
「珍しい。根掘り葉掘りと粗探しをする美鈴が遠慮するなんてな」
「うっさいわね。それより恋愛のことは分かってきたの?」
「相変わらず心理描写が濃すぎて理解が追い付かん。修羅場がすげぇとか雰囲気が刺激的で教訓になるけどな」
「あまり真に受けないように。現実と空想は違うから」
「それぐらい創作者としては心得ているぜ。使えそうな所を応用するだけだ」
「内場のマンガみたいに?」
「ああ、その通りだ」
区切りをつけて正太郎が帰る時間になった。
美鈴の中で釈然としない何かを抱えている。
言葉にしようにも上手く説明ができない。
理屈で語れないものが存在するのだろう。
「美鈴、いつもオレと内場を気にかけてくれてありがとうな」
「な、なによ突然?」
「美鈴がいなかったら、小学生の頃に勉強でオレら全滅だぜ。間違いなく」
「そんな過ぎたことを持ち出さないで。改まって礼を言われても困るから」
「美鈴が何を悩んでるのかは知らん。多分、美鈴が自分でケジメをつけないといけないヤツだ。もし外れてたら聞き流しておけ」
「……アンタはバカそうに見えて、意外と周りを見てるのよね」
「人をお調子者みたいに言いやがって。ま、見かけだけで判断しないことだ。特にあーちゃんは、みくびるとヤバいぜ」
「なんでちなみが出てくるのよ?」
「オレの中で勝手に出てくるからだ。存在感が半端ないんだよ。それじゃあ、またな」
美鈴が無意識に手を伸ばす。
だが、既に背を向けた正太郎は気付かずに立ち去る。
伸ばした手を引っ込めて首を横に振る。
「どうしたんだい美鈴? 何やら胸騒ぎでもしてるかような顔つきだね」
「兄貴……」
「内場くんのことを気にしているのかい?」
「そ、そんなこと……」
「僕は兄貴だから妹のことはバッチリお見通しさ。だから何を悩んでるのかも知ってるよ」
「へ、ヘンタイ」
「美鈴、比較するのは悪い事じゃない。世の中そういう競争で成り立ってるからね」
「……」
「正太郎くんと内場くん、両方大切にしたい優しい妹だって分かってるよ。どっちかを選んで、片方を悲しませたりするのは確かに辛いことだ」
「……」
「でも恋愛においては、そういうのもひっくるめて乗り越えるしかないんだよ。立ち止まらない、逃げない、後悔しないだ」
「兄貴……ニセモノ?」
「ホンモノだよ。くっくっくっ、カメラが壊れてなかったらシャッター切るのに」
「ああ、だから兄貴も壊れたのね。いつもの兄貴じゃないのも納得した」
そう言いつつも心の中で兄に礼を言う。
いずれ気持ちの整理をつける必要がある。
己の気持ちと向き合っていかねばならない。
いつまでも今のままではいられないから。
………………。
…………。
……。
夏休みのヒマな時間。
灼熱地獄のごとく暑いから外へ出たくない。
だから部屋でまったり過ごす。
今は交換日記で姉の書いた内容を読んでいる。
つかさと屋内プールに行った。
綾は泳げないのでつかさに教えられた。
人混みが激しくて大変だった。
つかさと大きなデパートにショッピングへ行った。
夏特集のファッションを堪能した。
こちらも客の混雑で大変だった。
つかさと一緒におススメのケーキ屋に行った。
お菓子作りを趣味とするつかさ。
ショートケーキでは王道のイチゴを好むらしい。
「全部つーさんかよ」
つかさがいなかったら引きこもり間違いなしだ。
必要に迫られないと外へ出たがらない。
姉弟揃って考えることは同じかもしれない。
ふとインターフォンが鳴り響く。
「面倒だ。今日は籠城戦でいくぜ」
その日は不幸にも母親がいるので対応する。
相手が階段を上がって正太郎のドアをノックした。
こうなっては応じるしかない。
「合言葉を言え」
「唯は教わってないよぉ」
「入れ」
「おじゃま」
「邪魔するなら帰れ」
「入れ言ったり帰れ言ったり、どっちなんだよ?」
「冗談だ。オレンジジュースいるか?」
「うん、もらうもらう」
スポーツ少女スタイルの唯。
ランニングでもするかのような運動着とスパッツ系だ。
冷たいオレンジジュースを受け取って豪快に飲み干す。
その飲みっぷりに感心する正太郎だが。
「おかわり」
「少しは遠慮しろよ」
よほど喉が渇いていたのだろう。
おかわりも飲み終わってコップを机に置いた。
殺風景な部屋でモノが圧倒的に少ない。
座れる場所はデスクの椅子またはベッド側しかない。
気にすることなくベッド側へ座る唯。
正太郎はデスクの椅子に腰をかけた。
「今日はカントクの家へ特攻しないのか?」
「あのね、唯だって毎日ずっとじゅんぺーばかり相手してる訳じゃないからね」
「そりゃそうだ。で、美鈴たちのほうでなく、オレの所へ来たのは何故だ?」
「んーとね、しょーたろが変わってないか様子を見に来たんだよ」
「オレの変化ね……で、見た感想はどうよ?」
「変わった」
「即答だな。根拠は?」
「女の勘」
「理屈抜きかよ」
「でも間違ってないでしょ?」
「テストの選択肢問題で当てずっぽうに答えて丸をもらった感じだぜ」
「テストあるあるだね」
正太郎と唯のテンポが良い質疑応答。
こんな時でも正太郎の頭の中に浮かび上がるのは……。
「あーちゃんと美鈴か……んっ?」
「どうしたのしょーたろ?」
「勝手に浮かび上がる人の順番が変わった」
「順番?」
「オレの中で真っ先に浮かぶのはねーちゃんを除けば美鈴だったのに」
「今は違うの?」
「あーちゃんが先になってる」
「それってあーちゃんが一番になったってことじゃん」
唯には何となく想像がついたのか。
どこか納得した様子である。
「これ、本当にちなみちゃんが逆転しそう……あ、もしかして内場のことで美鈴は……」
「どうした唯、さっきから何をブツブツ言ってる? 念仏か?」
「ねーしょーたろ。内場に好きな人がいるの知ってる?」
「知ってるぞ。でも誰かまでは教えてくれなかった」
唯は内場の好きな人が誰かを知っている。
転校する前から分かりやすかったから。
でも正太郎に教えるつもりはない。
内場が言わなかったという意思を尊重して黙った。
「唯、ヒマがあるなら適当に美鈴を励ましてやれ」
「なにそれ? どういうこと?」
「最近、美鈴が悩んでる。だから唯の元気でも分けてやれ。それで気分転換にもなるぜ」
「うふふっ、この唯におまかせあーれー。でもしょーたろって、ホントよく見てるんだね」
「観察はネタ集めをする小説スキルの基本だぜ」
「うん、そこだけは変わってない。おこちゃまだ」
「やかましい。背も伸びてないチビっ子のくせに」
「言ったな!! チビって言った!!」
「悔しかったら牛乳でも飲んで大きくなりやがれ」
「毎日飲んでるよ!!」
口喧嘩を繰り広げるも母親から注意されて中断となる。
唯の存在で状況を好転できるのか?
そんなことは誰にも分からない。
………………。
…………。
……。
家の中の涼しい環境に勝てるはずもない。
ダラダラと過ごしてしまう人間の弱さがここにあり。
一日ゴロゴロすること猫のごとしの正太郎。
インターフォンが鳴った。
今度こそ無視に徹しようとするも、綾が家にいたのが運の尽きだ。
「正太郎!! ちなみちゃんが来たから下りてきなさい!!」
「めんどくせーよ!! 部屋まで入れてやってくれ!!」
横着をする正太郎に姉はお怒りであろう。
玄関では頭を下げてお詫びする綾の姿があった。
そして正太郎の部屋にあーちゃんがやって来る。
「しょーくん入るよ」
涼しい色合いのシャツにヒマワリの花柄をしたミニスカート。
おしゃれなツバ広の帽子が両手に握られている。
特徴の八重歯は変わらず、内巻きのボブカットからフルーティーな香りがした。
「やっぱ女は羨ましいぜ。男はそんな風に変身できないから」
「変じゃないかな?」
「バッチリ決まってるじゃねえか。あーちゃんの覚醒モード、しっかり拝ませてもらったぜ」
口元を帽子に添えて照れ隠しをするあーちゃん。
正太郎の直球発言で大いに心を揺さぶった。
「ベッド側とデスクの椅子、どっち座る?」
「一緒にベッド側じゃダメ?」
「隣に座る形でいいなら構わないぜ」
「うん」
実際にやってみると正太郎は新たな発見をした。
今まで相手を見るために対面をしてきた。
まるで決闘を挑むかのように。
人の視線は緊張を生みやすい。
それを向けないだけでもリラックスができる。
「背中合わせといい、肩寄せといい、視線なしの対応もありだな」
「見たいときは顔を横向けるだけで見れるから」
「逆に見ないときは自然に顔を真っ直ぐ戻せばいい。これが対面だと顔を背けてしまって感じ悪くなるから、このやり方はマジでありだぜ」
正太郎はネタ帳にサラサラと走り書きをした。
使えるものは情報として保存しないと忘れてしまう。
その抜け目のなさも正太郎の個性である。
「それで今日はどうした?」
「うん。夏祭りのお誘いに来た」
「面子は?」
「あたしとしょーくん、美鈴さんと内場くん」
「四人か。唯は?」
「唯さんはじゅんぺーと行くと言って断られちゃった」
「よほど忘れられたのがムカついたんだろうな。唯は結構根に持つから」
「それで、どうかな?」
「いいぜ。待ち合わせは祭りの入口でいいか?」
「うん。待ってるね」
他に用件はあるのか?
正太郎は続きを促すために顔を横に向ける。
あーちゃんと目が合った。
恥ずかしそうに頬を赤らめながらも見つめてくる。
思わず手が伸びて、あーちゃんの髪を撫でてしまった。
「髪、好きなの?」
「触り心地は良いと思う」
「そっか……しょーくんの手、大きくて優しい」
髪は女の命。
心を許す相手にしか触らせないものだ。
正太郎はその対象となっている。
なぜ触ってしまったのか?
無意識である。
見つ合ってからスキンシップという流れに身を任せていた。
「今更だけど、髪を触るのってセーフだよな? 前の膝枕で触り合ったし」
「んっ……」
「もしイヤならイヤと言ってくれよ。色々と勝手が分からない事が多いから」
「んんっ……ヤじゃない」
夢心地に浸るようなあーちゃん。
すっかり力が抜けて倒れ込む。
正太郎が肩を抱くようにして受け止めた。
「おい、大丈夫か?」
「ん……」
「とりあえず横になれ。動かすぞ」
ずっと支えるのも不安定なのでベッドに寝かせる。
正太郎の中で何となくヤバい感じがしている。
心の警告音が鳴っていた。
「またかよ。なんで心の警告音が鳴るんだ?」
振り返って原因を探ったところ一つの推測が浮かび上がる。
肩を抱く流れから抱きしめてしまう可能性があったからだ。
それは恋人同士がするものでアウトとなる。
「あーちゃん、あの流れだと抱きしめてしまう所だったぞ」
「……しょーくんはイヤ?」
「あーちゃんはどうなんだよ?」
「イヤじゃない……しょーくんだからいい」
「試したい気持ちはあるけど、線引きはいるぜ。付き合ってない段階ではダメだ」
「……付き合ってくれたらいいの?」
「筋は通るだろうな、だからさ、夏祭りで恋愛の決着をつけるってのはどうだ?」
「夏祭り……」
「ああ。それまでに答えを出すってことで手を打たないかってこと」
「……わかった」
一方その頃、外村家で内場が美鈴に会っていた。
こちらも夏祭りの誘いである。
「ちなみも来るのね?」
「せやけどアカンか?」
「別に……ねえ内場」
「なんや?」
美鈴はどこか後ろめたい様子を見せている。
内場に対して何やら罪悪感を抱いている。
それは……。
「なんであたしなの? ちなみでもなく、唯でもなく」
美鈴も内場の気持ちを見抜いている。
何を問いかけているのかを内場は理解した。
メガネ越しに真剣な目をして真っ直ぐに美鈴を捉える。
決して逸らしたりはせず逃げるつもりはない。
「可愛げなんてないでしょあたし? 内場の漫画を見て文句ばっかり言ってるし」
「なあ外村、初めて漫画を見てくれた日を覚えとるか?」
「ええ。内場を半泣きにさせた顔は今も忘れない」
「そこは忘れてほしいんやけど。ま、全泣きせんかっただけでもマシやな」
「で、それがどうしたのよ?」
「あん時、メッチャ問題点ばっかで怒涛のような罵声を食らったんやけど、あとで読み返すとホンマにその通りやった。今見たら完全に黒歴史漫画で永久封印したいわ」
「最初はそんなものでしょ。それなのにあたし、容赦なく言い過ぎてしまって」
「かまへんかまへん。小学生なんて加減を知らん歳やしな。でな、外村は東城を通じてどうすれば良くなるかアドバイスをくれた」
それが内場にとっては最適だった。
問題点だけを出されても、何をどう改善したらいいのか分からない。
まして小学生の初心者であれば尚更のことである。
「あれは内場のためじゃない。あたしがアイツの小説を読みたかったからよ」
「そんなん関係ないで。僕はあれで、漫画を描くことが楽しくなって続けられるようになった。もしあれがなかったら、きっと挫折して漫画描くのをやめとったかもしれん」
「だったらあたしじゃなくて、アイツにお礼言いなさいよ。アイツが改善した小説を書いたんだから」
「せやな。あとで東城にも礼を言うとくけど、小説が読めない僕に言葉で説明してくれた外村にも感謝しとるんや」
「内場……」
「なあ外村、別に東城への想いがあるんやったら別にそれでええんよ。僕に遠慮なんてせんでええ。せやけどもし、僕に対する想いが少しでもあるんやったら……」
別に急がなくてもいい。
時間はまだまだある。
ゆっくり考えてくれていい。
包み込むような内場の優しさ。
正太郎とはまた違った魅力がそこにあった。
「内場、あたしね……アイツに対してどう思っているのか。時々考えたことがあるわ」
「……」
「正直言うとね、出来の悪い弟ってあんな感じなのかなって思った」
「お、弟なん? いや確かに東城は弟の立ち位置やけど」
「これ内緒にしててよ。アイツにとってのお姉ちゃんは一人だけだから」
「お、おう。でも、それだけちゃうやろ?」
「もちろんよ。男らしくなってきたから、意識することは否定しない。それは内場にも言えることよ」
「せ、せやろうか? あんま自分では実感できんけど」
「もっと自信を持ちなさい。それがないと相手を不安にさせてしまうわ」
「わ、わかった。気ぃ付けるわ」
関係を変えてしまうのは怖いものだ。
今まで通りを維持しようとしてしまう。
だが、それを良しとしない現状がある。
「夏祭り、そこであたしは答えを出そうと思っている」
「別にそないに急がんでも――」
「いいえ、今までズルズル引きずった結果が今なのよ。ちなみが夏祭りで勝負に出るというのも分かっている。だからこそ、ちゃんとケジメをつけるわ」
「外村は一度言い出したら後に引かんな。ええで、外村の思う通りにしいや」
「ありがとう。こんなあたしを想い続けてくれて」
「こんなんちゃう。僕が惚れた最高の女やで外村は」
「そういう告白は今じゃなくて夏祭りに聞きたかったわ」
「す、すまん。つい勢いで……」
「まあいいわ。夏祭りにまた聞かせてくれる? それまでに貴方の気持ちが変わってなければね」
「約束するで。今度はちゃんとムードある時に言わせてもらうわ」
内場の人柄に触れて美鈴は自分の気持ちと向き合う。
自分が持つ好意は一体どんなものなのか?
正太郎と内場、どっちを選ぶのか? あるいは両方とも選ばないのか?
行きつく未来をどのように考えているのか?
わからない事だらけでも真剣に考え抜く。
夏祭りまでに答えを見つけたいから。
………………。
…………。
……。
夏祭りの前日。
正太郎は美鈴の部屋に来ていた。
いつもより神妙な顔つきで向き合っている。
「回りくどいのはどうも性に合わない」
「そこは同感」
「シンプルに尋ねるぜ。悩みの答えは出たか?」
「それをアンタに教える必要があるの?」
「ない」
「じゃあ教えない」
「ケチ」
「ケチで結構よ」
美鈴の腹の内を探れるほど器用ではない。
正太郎は降参とばかりに仰向けに寝転がった。
天井を見上げながら昔話を語りだす。
「小学生の頃、美鈴がオレの書いた小説を読んでくれた時はマジ嬉しかったぜ」
「別に大したことじゃないわよ」
「オレには大したことさ。多分、内場も漫画を通じてそう思ってるだろうぜ」
「フフッ、そういう所は内場と同じね」
「言ってみれば、オレの小説と内場の漫画を繋げた張本人が美鈴だ」
「まるで犯人みたいな言い方よ、それ」
しばらく沈黙の間が置かれた。
腹筋に力を入れて起き上がりつつ向き合う。
そして正太郎は話を続ける。
「ねーちゃんを超える小説を書くのがオレの野望。恋愛はそれを成し遂げるため、オレのレベルアップに欠かせない修行のようなものだ」
「それがアンタなりの解釈?」
「ああ。美鈴はオレをバカだと思うだろうが、バカはバカなりに考えて突き進むぜ」
「それで周りを振り回していく訳ね。巻き込まれた方はいい迷惑よ」
「上手くかわせ。明日の夏祭りで会おう」
キッパリと言って正太郎は立ち上がる。
そのまま明日の夏祭りに備えるつもりだ。
しかし――。
「台風の予報あるのに?」
「……今、なんと?」
「明日は日中から夜まで大雨と強風、という予報が出てるわよ」
「ご冗談を。今の天気は憎らしいくらいに晴れてるぜ」
「風が吹いているから、台風の予兆はあるけどね」
あまりの衝撃でその場を立ち去る。
残された美鈴の表情は暗い影を落としていた。
一方、正太郎は内場家のほうへ駆け出していく。
何を血迷ったのか。
内場の部屋に直行してから無理難題を言いつけた。
「内場、お前の漫画パワーで明日の天気を台風にしないでくれ」
「できるかアホ」
「ありえないだろ。漫画なら夏祭りに台風で潰すイベントなんて描かないよな?」
「僕は描かんで。そんなお約束潰しをしたら話も潰れてまうわ」
「明日になったら、急に台風がどっか行くというご都合主義は?」
「さっき天気予報見たけど直撃コースやで。どう見ても避けようがないわ」
「……無念」
その場で土下座をするように崩れ落ちる。
積み上げた漫画の何冊かが落ちた。
正太郎の頭に当たって痛そうに手で押さえている。
「東城、そこまで祭りを楽しみにしとったんか?」
「それは否定しないが、それ以上に――いやよそう。言えば余計にテンション下がる」
「そないに落ち込みなや。秋祭りまでお預けちゅう事で」
「……唯が可哀想だぜ」
「あ、せやったな。夏休み終わったら、南戸は帰らなアカンのや」
秋祭りのキーワードで唯を思い出す。
それに同情をする正太郎を見て内場は感心をした。
さっきまで自己中心的な言動をしていたのに、今は唯のことを気にかけている。
全くもって先の読めない男である。
その話題に出た唯はどこにいるのか?
真中の部屋へ遊びに来ていた。
今まさに大騒ぎをしている。
「じゅんぺー、明日の台風なんとかして!!」
「無理だから諦めろよ」
「やだやだ!! せっかく浴衣も用意してもらったのに!!」
淳平のベッドで手足をバタバタさせての駄々っ子モード。
その場で悔し涙を浮かべてしまいそうな勢いだ。
淳平に慰められながら、その場で不貞寝をする有様である。
他にもショックを受けているのが一人。
自室のベッドでうつ伏せなり、枕に顔を埋めている。
端本ちなみことあーちゃんだ。
「……」
明日の夏祭りは重要なイベント。
そこで正太郎からの大事な答えが聞けるはずだったのに。
きっと晴れる。台風は来ない。
そう思い込もうとしても、天気予報が無情にも警報を出している。
やがて静かな部屋からすすり泣きが聞こえてきた。
………………。
…………。
……。
夏祭り中止のお知らせ。
台風直撃により自宅へ引きこもりまっしぐら。
過ぎ去ってくれる翌日までどうにもならなかった。
姉から交換日記を受け取る。
ドジがないので手渡しも可能だ。
ここで姉の口から感想を聞かされる。
「最近、心理描写に深みが増してきたね。とっても良い感じに表現されてた」
「オレはキャラのなりきりスタイルで地の文が一人称だしな。ねーちゃんは三人称の神視点だけど」
「特に恋愛のシーン。素敵な恋をしてるって感じが伝わってきたよ」
「まあ、モデルが優秀だからな」
スキンシップの経験と恋愛小説の知識が役に立った。
正太郎の成長が二次小説を通じて伝わったのだろう。
ふと綾はこのようなことを言う。
「正太郎、もう原作がなくてもオリジナル小説書けるんじゃない?」
「日記小説ならあーちゃん&ちーちゃんで書いてるけど、完全オリジナルは荷が重いぜ」
「そう? 今の正太郎なら恋愛小説が書けそうな勢いを感じるよ」
「おいおい、恋愛限定かよ」
今の正太郎は分別をつけている。
交換日記でも書く内容を考えるようになった。
書くべきものでそうでないものの取捨選択ができる。
これも思春期の影響かもしれない。
姉との会話を程々に済ませた後。
唯のことが少し気になり、お泊りされている美鈴の家へ向かう。
そして出迎えてくれたのは美鈴だけだ。
「唯は?」
「いつものとこよ」
「またカントクの所か。映画でも見て気分転換してるのかな?」
「おそらくね。わざわざアンタが心配する必要はないわよ」
「せっかく来たのに無駄足だったぜ。蒸し暑いし帰るわ」
「ちなみのほうはいいの?」
「……夏祭り中止でショック受けてるかな?」
「そう思うならアンタが慰めに行きなさいよ」
「そういう美鈴は行かないのか? 友達だろ?」
「アンタが行ったほうがちなみは喜ぶから。それぐらい分かりなさいよ」
説教を受けそうな気配を感じる。
ちょうどその時に内場がやって来た。
新しい漫画を片手に持っている。
「なんや東城、こないな所で何をしとるんや?」
「唯が気になって様子を見に来たけど、カントクの所に行ってるらしい」
「あ、そっちか。なんや外村に用があって来たんかと思うたわ」
「とりあえず、オレはあーちゃんの所へ行って来るけど内場は?」
「僕は描いた漫画を外村に見てほしくて来たんや」
「いいな。あとでオレも読みたいけど、今はあーちゃん優先だ」
手ぶらで行くのも何となく気が引ける。
甘いものでも食べたら元気が出るかもしれない。
夏の暑い時期に最適なおやつはあるのか?
「美鈴、暑い夏に合うお菓子とかって何かある?」
「一口サイズのフルーツゼリーあるいはグミね」
「内場はどうだ? 何か思いつく?」
「すまん。スイカぐらいしか思いつかんわ」
「まさかアンタが手土産を考えるなんて。だから昨日が台風だったのよ」
「おいこら、失礼にも程があるだろうが」
「まぁまぁ東城。それより早く端本の所に行ってあげたほうがええで」
「それもそうか。じゃあ行ってくる」
行く途中にお徳用のフルーツゼリーを購入。
少ないこずかいから出して財布の中身が寂しくなる。
それでも必要なことだと思い込んで割り切った。
インターフォンを鳴らして出てきたのは……。
「こんにちは、ちなみのお友達?」
ちなみを大きくしたような若妻の女性。
内巻きの髪は遺伝なのかもしれない。
初対面の正太郎はお辞儀をして挨拶する。
「東城正太郎です」
ボロが出ないように最低限の言葉にする。
ですます口調は苦手だ。
それでも状況的に我慢するしかない。
「ああ、娘からよく聞いてるボーイフレンドの。初めましてちなみの母です。いつも娘がお世話になって感謝してるわ」
目上の親は苦手だ。
子は親に逆らえない。
そんな権力による暗黙の圧力を感じる。
家にあーちゃんはいないのかもしれない。
ここであだ名を呼んでもいいのか?
名前の呼び捨てにしたほうがいいのか?
上手く判断ができない。
そんな時、家の奥から駆け出してくる音が響いた。
「お母さん!!」
「ちなみ、そんなに慌てて。ケガでもしたらどうするの?」
「そんなことよりあたしが相手するから!! お母さんはあっちいってて!!」
「はいはい。それじゃ娘をよろしくね」
立ち去ったのを確認した正太郎。
その場でしゃがみ込む。
申し訳なさそうにあーちゃんが駆け寄ってきた。
「ごめんなさいしょーくん。お母さんの相手させちゃって」
「しんどかった。どう喋っていいか分からんかったぞ」
「うん。だからごめんなさい」
「気にすんな。ちょっと不意を突かれたと思っておくぜ。はい手土産」
「あ、ありがとう」
「表向きは暑中見舞い、実際は夏祭り中止の慰めに来た」
「とりあえず入って。外は暑いから」
「ああ、助かる」
今日は水色模様のシャツワンピース。
慌てていたせいか若干のくせ毛がある。
そこからフローラル系の香りがした。
「飲み物、冷たい麦茶しかないけど」
「充分にありがたい……よし、水分補給で回復だ」
飲み終えてテーブルに置く。
そのまま向かい合って座っている。
しばらくして正太郎が切り出した。
「隣いい?」
「どうぞ」
「あーちゃんに教わった肩寄せと視線なしが気に入ったぜ」
習ったことを実践で活かす。
リラックスな体勢にもっていった。
あーちゃんも幾分か落ち着いたようである。
「あーちゃんって小説は読むの?」
「夏休み、時間があるときに読むようにしてる」
「そっか。ねーちゃんがオリジナルで恋愛小説書けるんじゃないかって言われてさ」
「そうなの?」
「オレはそこまでのレベルに達していない。恋愛の経験も知識もまだ浅いからな」
「あたしは読んでみたい。しょーくんの書く恋愛小説」
今もあーちゃんは正太郎の小説を読みたがっている。
それだけ正太郎の心を込めた作品が見たいのだろう。
美鈴への嫉妬はそこからも来ている。
「時が来ればその内に、と言っておくよ。約束はできないが挑戦するつもりはある」
「しょーくんならできるよ。今もずっと努力しているの、知ってるから」
「努力すれば必ず報われるとは限らないぜ」
「でも努力しないと成長できないよ」
「確かに。あーちゃんはホント良い意味で進化してきたぜ。それが面白い」
「おもしろい?」
「ああ。底知れない何かを秘めてるって感じがしてな。そういう漫画の強キャラ感があるぜ」
「そんなこと、しょーくんの買い被りすぎだから」
「そうかもしれない。もっと知りたいと欲張ってしまうんだよ結局のところ」
あーちゃんの心がひたすら揺さぶられる。
正太郎の好意的な言動に勘違いしそうになる。
もしかしたら勘違いではないのかもしれない。
そんな期待を寄せてしまうのも無理はないだろう。
「話は変わるけど、内場が美鈴の所へ漫画を見せに行ったぜ」
「内場くんが?」
「ああ。新作ができたみたいでな。かなり積極的な様子を見せていた」
ここであーちゃんは考える。
もし、内場の好きな人を正太郎に伝えたらどうなる?
美鈴への気持ちに気付き、ちなみが振られてしまう?
美鈴のことは内場に任せて、ちなみだけを見てくれる?
賭けに出るべきか? 出ないべきか?
あーちゃんの女の勘では、勝負に出ろと告げている。
夏祭りが中止になって、今ここでしかタイミングはないだろうと。
傍にいてほしいと願うのであれば、行動をしなければ伝わらない。
「積極的になるのは当たり前」
「なぜ?」
「内場くんの好きな人が……美鈴さんだから」