どうきゅうせいのおしごと! 作:ゆーき
何もできなかった…。違うわ。何も分からなかった。棋譜は憶えている。何の変哲もない将棋…。にも関わらず何も分からなかった。彼が指した将棋は最後まで定跡どおりだ。なのに何故あんな手を私は指した。
『戦刃翔は二人いる』
それが亡き父がよく口にしていた言葉だ。何度も何度も対戦時の棋譜を並べてくれたが、その時は全くわからなかった。だが、今日始めてその意味が少しだけ理解できた気がする。
彼との初対局は楽しかった。一手で盤上を一変させる実力。その後の途切れる事のない攻め。細い紐の上を綱渡りするような感覚。あと一歩で届きそうなのに決して届かないあと一歩。この時間が永遠に続けばと思った。
その後に指した一局。ただただ怖かった。彼の一手一手。全てに喉元に刃を突き立てられるような感覚が伴う。まるで生死を分かつ戦場にいるようだった。それが故におきる怖れ・恐れ・畏れ。一刻も早くこの場から逃げ出したいが為の焦り。それが私の将棋を狂わせる。
「2日後だ。その時にまだ俺に師事したいと思うのであれば、喜んで弟子にしよう」
そう言って彼は帰っていった。それからどれだけの時間が経ったのだろう。私はいまだ将棋盤の前から動けない。
さて、神戸土産は何がいいんだろうなぁ。ベタに神戸ブリン?それともデンマークチーズケーキ?折角なので、三ノ宮まで足を伸ばしセンター街をぶらついてみる。立ち並ぶ店も大分変わったか?時の流れを楽しみながら、元町・中華街あたりまで散策し、結局は有名店のコロッケと豚まんを購入して帰ることにした。次は神戸駅ぐらいまで行ってみるかな。
阪神元町駅から電車に乗って自宅に帰るまでの間、天衣の指導について考える。今日はさすがに少し大人気なかったが、彼女はきっと乗り越えてくれるだろうと信じている。『師匠』かぁ…。覚悟はしていたつもりだが、いまいち想像ができんな。。。同じ小学四年生を弟子に持つ事になった八一の意見でも聞いてみるかぁ〜。
それから1時間後。そんな事を考えた俺を今はぶん殴ってやりたい。何これ?何この空気?土産を持って訪れた八一の部屋。麗しい女性3人と最年少竜王…その部屋の空気は完全に死んでいた。
「どうやら部屋間違えたみたいやね。じゃっ!」
「か…かける!?間違ってない!間違ってないぞ!」
「あっ。戦刃君どうしたの?」
「仕事で神戸まで行ってたんでな。これお土産」
「あぁ〜これお父さんが好きなやつよ」
「そうやったか?それなりの数を買ってきたから後でじじいにも分けたって」
「そこ〜。何もなかったように話進めないでっ!!」
「だって、この空気…関わっても俺に何のメリットもないやん。で?桂香?この状況なに?」
「女子会?」
「なるほど!じゃっ。帰るわ」
「頼む!置いてかないで」
「で、ほんまは?」
「空銀子タイトル戦で欲求不満→八一不在→代わりに弟子のあいちゃんを蹂躙→八一帰宅→今ここ」
「じゃっ!帰ろうか。桂香」
「さすがにひどくない?」
「えっ?八一が原因やろ?」
「なんでっ??」
「銀ちゃん…こいつあかんで…。で?結局、何枚落ちやったん?」
「6枚…でも、あいちゃんは立派だったのよ?潰されても潰されても何度も立ち向かって…」
「銀ちゃんは優しいなぁ~」
「ど…どういう意味?」
「師匠の依頼でな。俺にも弟子ができそうやねん。で、同じ小学四年生の弟子を持つ八一に相談にきたんやけど…生意気なガキでな。とりあえず一局で潰してきた」
(ドS?)
「なっ…。何枚落ちなの?」
「俺が駒落とすわけないやん。平手で真剣や」
「かけ兄?真剣って、あれ?」
「せやけど?」
「っ…」
「だ…大丈夫なの?その子」
「きっと大丈夫や。さすがに俺も弁えとる。知らんけどっ。そんで、そこに蹲ってるのが、八一の弟子の雛鶴あいちゃん?コロッケ買ってきたけど食べる?神戸牛いりやで」
ピコン!
「あと、神戸でしか売ってない豚まんもあるけど?」
ピコン!