どうきゅうせいのおしごと! 作:ゆーき
天衣が正式な弟子になって、最初の土曜日。俺は今大阪環状線に揺られている。今日から学校が休みの日は天衣のVS祭りだ。ただ、弱い相手といくら対局を重ねても意味はない。相手はしっかりと厳選するべきだろう。
『次は京橋〜京橋〜』
京橋駅の改札を出るといつもと同じ漆黒の装いで佇む天衣と晶さんを見つける。二人共に容姿は抜群だが、二十代前半の女性と小学生…。普通なら間違いなく訳アリだ。男共が声をかけるのは憚られるようだ。
「おっ。いたいた〜。またせたか?天衣」
「ふんっ。さっき着いたところ。それにしても、今日用意するものがお風呂セットってどこに連れて行くきよっ」
「付いてくれば分かるよ」
飲み屋街となっているアーケードの商店街を進み、木造二階建ての古くて地味なお店に到着する。
「ゴキゲンの湯?」
天衣の疑問を余所に暖簾をくぐるとそこにはよく知る顔があった。
「ようっ!飛鳥。兄貴2階にいる?」
「………」
ぶんぶんと激しく首を振る。
「じゃっ。大人1人と子供1人分な」
番台の飛鳥に少し多めの料金を渡し、天衣を連れて2階にあがる。そこは生演奏でジャズが流れるバーのような将棋道場だ。
「翔か。最近顔を見せなかったが今日は何のようだ?」
ここの道場の主、『捌きの巨匠』生石充玉将。
「まぁ、いい。せっかく来たんだ。相手しろ」
唐突に始まった一局。振り駒の結果、先手は玉将。序盤角道を空け、5筋の歩を突き、そして、飛車を中央に振る。角道を空ける攻撃的な振り飛車『ゴキゲン中飛車』である。
「「「「イエェェェーイ」」」」
兄貴がゴキ中を明示した瞬間、お客さん達が一気に沸いた。ほんとここの人達振り飛車が好きだな。ちなみに俺もこのノリは嫌いじゃない。そして、その後に俺が指す手はいつも決まっている。
5二飛車
「てめぇ。いつもそれだな」
「ゴキゲンでしょう?」
「今日で勝ち越してやるっ!」
……
周りのお客さん達は最高に盛り上がっている。この人達はこの一局が理解できているの?いやっ。分かるわけないわね。目の前でジェットエンジンをぶっ放した戦闘機どうしの空中戦が繰り広げられている。エンターテイメントとしては、これほど面白いものはないだろう。
『何故そこに駒を置き、これから何がしたいのか?今、相手はどんな事を考えているのか?ひたすらに考えろ』
いくら考えても分かるわけないでしょっっ!相ゴキ中なんて、プロ2人が打つ手じゃないわ。どう見てもバカの戯れ合いよっ!(正解)なのにこの二人はこんなにも高度な将棋を指している。私の知らないものが目の前で繰り広げられていた。
「ここまでですね」
「あぁ…今回は俺の勝ちだ」
「あと一歩だったんですけどねぇ。楽しかったです。また、後日、五分に戻させてもらいますよ」
「チッ。次も負けねえよ。で、結局、今日は何の用だ?研究会のお誘いか?」
「いまさらですね。。。実は弟子を取ることになりましてね。今日は顔見せと休日暫くここで預かってもらおうかと思いまして。ほら、天衣。挨拶」
「夜叉神天衣。9歳。小学4年生よっ。将来、『戦刃翔を殺す』棋士になる。それが目標」
「あい、か……良い名前だ。世界の半分は愛でできている…」
「残り半分は聞きませんよ」
「くっくっくっ。それになかなかおもしれぇ弟子じゃねぇか。翔を殺すって?てめぇにできんのか?」
「当然ねっ」
「おめぇが連れてきたって事は棋力もそれなりなんだろう。で?翔?見返りはなんだ?」
「天衣が通わさせてもらう間、対局の時間以外全て『ゴキゲンの湯』でバイトするよ。飛鳥も大変だろ?ボイラー技士の資格を持ってる世界唯一のB級棋士でどう?」
「そりゃあいい。飛鳥にも少しは楽をさせてやれる。よしっ!それで手を打とう。代わりに完璧な振り飛車党に育ててやるぜ」
「振り飛車を教えてもらえるのはありがたいですが…この道場のお客さんと対局させてもらえたら十分ですよ。但し、常に三面指しでお願いします。さあ!皆さんでこの麗しい小学生に将棋の厳しさと振り飛車の楽しさを教えてやって下さい」