どうきゅうせいのおしごと!   作:ゆーき

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巨匠②

「一手一手ずいぶんと慎重に指すじゃねぇか」

 

「天衣は昔の俺同様に独学で将棋を学んできたんですよ。なので圧倒的に対人戦の経験が足らないんです。初手から最低でも3分。定跡に頼らせずあらゆるパターンを考えさせてます。なので、今の対戦相手はプロや奨励会・研修会員よりもアマチュアのほうがいい。定跡から外れた手、稚拙な手、ハメ手全てが天衣の経験となり知識として蓄積される。それと、『格下』には交換した角の使用を禁止してます。局を重ねれば重ねる程、勝てなくなるでしょうね」

 

「格下って…アマ相手にってことか?」

 

「『格下』の定義なんてしてないですよ。そもそも彼女もアマチュアです。三面指しではありますが、平手で負ける相手が格下なわけないでしょう?本当なら直に角を使ってもいいんです。でも、天衣にはそれができない。これも独学で学んできた弊害ですね。将棋で負けた経験が少ないんで、根拠のないプライドが高いんです。まずはそれを粉々にしてやらないとね」

 

「相変わらずだな…」

 

「大丈夫ですよ。天衣の心は誰よりも強いです。もう折れる事はないでしょう。なんせ、俺が本気で叩き潰しても2日で復活するようなやつです」

 

「翔…小学生相手になにやってんだ…」

 

………

片目を押さえ盤面に集中している。頭が割れるように痛い…脳がしきりに酸素を要求してくる…なるほど…私は今まで将棋を指している時…さほど頭を使ってなかったのね。。。将棋道場に通っているレベルの客と三面指しなんて楽勝だと思ってたわ。なのに、だんだんと思考が鈍っていくのがわかる。

 

『勝率が3割を超えるようなら読みをさぼったからだ』

 

あの鬼畜…この状態になるの分かってたわね…いいわっ。やってやるわよっ!はぁ…はぁ…一つでも多く…一手でも深く…

 

「お…お嬢様は大丈夫なのか…?」

 

「そろそろ限界ですね。この局が終わったら1時間ほど休憩にしましょう。下のお風呂にでも連れて行ってあげて下さい。その後、これまでと同じ数を指して今日は終わりにしましょう」

 

「まだ、続けるのか?」

 

「負け越してますからね。天衣は止めてもやめませんよ。さて、俺は下で少し働いてきます」

 

一階に降り、番台に座っている飛鳥に声をかける。

 

「交代しよう。少し休んできなよ」

 

「あ…ありがとう…」

 

「まだ、兄貴にバレずに将棋続けてんのか?」

 

「う……うんっ!」

 

「勝負の世界に身を置く事だけが全てやないからな〜。そのへん飛鳥から兄貴にちゃんと話せば納得してくれると思うんやけどな…」

 

「ま…まだ…もう少し待って…」

 

「分かったよ」

 

飛鳥に代わり番台に座った俺は天衣について考える。思っていた以上に食らいついている。この調子だと想定より早く次の段階に進むだろうな…。早めに次の準備はしておいたほうが良さそうだ。

 

「あっ…あんたっ!こんな所で何してんのよっ!」

 

「バイトだが?」

 

「なんでっ!番台に座ってんのか聞いてんのよっ!ま…まさか…の…覗く気じゃないでしょうねっ!」

 

「全く興味ないが?」

 

「あっあんたねっ!」

 

「何故?そこで怒る??」

 

《あっ。かけるちゃんやないの。久しぶりやね〜。背ぇ少し伸びたちゃう?》

 

「親戚のおばはんかっ!もう伸びんわっ!佳ちゃんは相変わらずこの時間やねんな。今日もゆっくり入ってて」

 

《冗談よ。冗談。これっ。大人1人分ね》

 

「慣れてるわね…」

 

「高校時代からここでバイトしてたからな。常連さんはだいたい知っている。それよりも疲れただろ?何も考えずに中でゆっくりしてこい。フルーツ牛乳も1本までならOKだぞ。晶さん、天衣が寝てしまわないようだけ注意してあげて下さい」

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