兄が異世界に迷い込んでから数年後、魔王になって帰ってきました   作:まるげりーたぴざ

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第03話:原作者について調べる妹

夜一一時。

春木場詩歌は自室にて、パソコンとにらめっこしていた。

パソコンの画面には、兄が迷い込んだ異世界の小説の原作者とされるSNSのアカウントが表示されている。

 

「うーん……この人の投稿から読み取れる情報は少ないなあ」

 

詩歌はゲーミングチェアの上で体育座りをして、口を尖らせる。

当然だが、SNSの使い方はひとによって千差万別だ。

 

絶対にネガティブなことを言わないひとや、愚痴を言うだけに使うひと。自分の私生活は最低限に抑えて、推し活に勤しむひと。趣味アカウントだけでなく、仕事用アカウントとして使ってもいい。中にはきちんとしたリスク管理を行って、鍵をかけている人もいる。

 

もちろん正確ではないが、注意深くSNSを観察していればどこで何をしていて何歳くらいかぼんやりと想像できる。だが奈々氏の権化は、SNSに私生活をあまり書き込んでいなかった。

 

奈々氏の権化はアニメや小説、ゲームの話しかしない。しかも普段から交流しているひとはあまりいないらしく、一人で淡々とSNSを楽しんでいるっぽいのだ。

 

どんな人物であるか判断できずにSNSで連絡を取ることは、それ相応のリスクを伴う。

そもそも、絡むタイミングがないためどうやって絡めば良いか分からない。

 

(……ただ女の人っぽいんだよなあ)

 

詩歌は奈々氏の権化の投稿を見つめながら、思案顔をする。

女の人っぽい。とはいっても、確実に女であるかは分からない。

確実に分かっていることといえば、社会に出て働いているぐらいだ。

 

(いまも小説は書いてるみたいだけどー……二次創作の短編ばかりだなあ……長いのは時間がないし、働いて疲れてるから気力が無くなっちゃったって活動ノートに書いてある)

 

『腐り落ちた神聖国を最速で更生させる、俺による俺のための華麗なる復讐劇』が投稿されていたのは八年前だ。

その時はどうやら、彼女も学生だったらしい。

だが働き始めたであろうあたりから、長編投稿は減っている。

 

「んー……私では読み取れる情報が少ないなあ」

 

詩歌は一つ伸びをすると、スマートフォンで通話アプリを起動させる。

 

「できないことは人に相談する。それが一番だよね」

 

詩歌は呟くと、すいすいっとスマートフォンを操作して友人へと連絡する。

春木場詩歌は、昔から一癖ある友人たちに囲まれていた。

あまり自覚していないが、どうやら自分は癖のある女の子を惹き付けるらしい。

 

詩歌からしてみれば、自分に惹き付けられる女の子たちは普通にかわいい子たちだ。

()()()()付き合い方を考えてあげれば、普通に良い子たちだと詩歌は思っている。

だがそのちょっと付き合い方を考えるのが周りの男女たちは面倒らしく。

面倒に思わずちゃんと対応してくれる詩歌が、癖のある女の子たちにとっては貴重なのだ。

 

(本当に特別なことはしてないんだけどね……友達との適切な距離間測って付き合うのは、友達付き合いするにあたって当然でしょ)

 

詩歌は思考に区切りをつけて、『みやび』というアカウント名の友人にメッセージを送る。

『いま大丈夫?』と送ると、数秒で既読が付いた。

 

(相変わらず早いなー)

 

詩歌が見守っていると、泣いているスタンプが送られてきた。

『寂しい、話したい』というメッセージ。

 

(あ。こりゃ話が長くなりそうだ)

 

詩歌は少しタイミング悪かったと思いつつ、通話ボタンをタップする。

詩歌が連絡をした相手は三島みやび。

今を時めく、メンヘラでネットストーカー気質である地雷系女子と呼ばれる存在だ。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

昼過ぎ。

春木場詩歌は疲弊した表情で、三階の自室から二階のリビングに降りてきた。

リビングでは、テレビの前にあるソファに春木場遠矢が座っていた。

 

「おはよう、兄さん……」

 

「おはよう、詩歌。もう昼だけどな」

 

遠矢は優しく微笑んで、寝坊した詩歌に目を合わせる。

詩歌は兄に手を振ると、とりあえず洗面所へ向かった。

そして身支度を整えると、眠そうな様子でリビングに戻ってきた。

 

「兄さんは動画配信サイト見てるの?」

 

遠矢が見ているテレビには、とある動画配信サイトが映し出されていた。

それを見て詩歌が問いかけると、遠矢は肩をすくめた。

 

「久しぶりにアニメとか映画が見たいって思ったんだけどな。数年間メディアに触れていなかったから、どれから見たらいいか分からない」

 

遠矢はリモコンを操作して、アニメの一覧を見る。

 

「俺が知らない内に二期三期って放送されて完結してるものもある。原作者は知ってるけど、全然知らない作品もある。……本当に参っちゃうな」

 

八年間という時間は、本当に重くて長い。

数年間で、世界のあらゆるものが変わる。携帯電話もスマートフォンになり、パソコンなんかは高性能になった。街には知らない建物が増えて、ショッピングモールが建ってよく見知っていた店が閉店している。

 

「昔は深夜アニメなんて録画しないと見られなかったからな。放送時間がズレたら録画失敗するとかしょっちゅうだった。……昔のアニメも、動画配信サイトで配信されれば見ることができる。良い世の中になったもんだ」

 

「最近は配信サイトだけで配信してるオリジナル作品もあるからね。映画も公開と一緒に特定のサイトで配信されることもあるし。本当に、便利な世の中になったよ」

 

「今じゃ月額課金が当たり前なんだろ? クレジットカードなんて昔は誰も彼も持ってるものじゃなかったのに。時代だなあ」

 

遠矢は、遠い目をして現実を見つめる。

自分だけ置いてけぼり。そのうちに世界は前へと進んでいる。

もちろん遠矢自身も、自分が停まっていたとは思わない。現に春木場遠矢は異世界で多くの人を救った。世界の大半の人々にとっては悪で、遠矢は魔王と呼ばれた。

 

少数の人々にとって、遠矢は救済の象徴だった。

魔王はいなくてはならない存在であり、世界の平和のために最後には斃されるべき相手である。

詩歌は遠い目をしている兄を見つめて、寂しそうな顔をする。

だが眠くて、思わずあくびをした。

遠矢は眠そうな詩歌を見て、心配で眉をひそめる。

 

「大丈夫か? 昨日眠れなかったのか?」

 

「……うん。ちょっと友達と朝まで話をしてて……三時間くらいは寝たんだけど」

 

詩歌は兄の疑問に答えながら、ふわあっと大きく欠伸をする。

そんな妹を見て、遠矢は眉をひそめた。

 

「友達と通話して、オールしたってヤツか。……小学生だったらやめた方がいいとか言った方がいいだろうけど……お前はもう大学生だからな。健康にだけは気を付けろよ」

 

「うん、気を付ける。……さすがに昼夜逆転はヤバくて起きたところ」

 

現役学生の夏休みといった感じで夜更かしをする妹。

またもや遠矢は八年間の時間の流れを感じてしまって、寂しそうに笑う。

 

「通話って言っても、電話じゃないんだろ? 昔も通話アプリとかあったけど、あれもきっと進化してるんだろうな」

 

「うん。パソコンでもスマホでも通話できるアプリがあってね。最初はスマホで通話してたんだけど、電池切れちゃって……パソコンに移行した」

 

詩歌は説明しながら、もう一度大きく欠伸をする。

 

「ダメだ、ちょっと眠い……でも兄さんに言うことがあって」

 

「ん? なんだ?」

 

遠矢は動画配信サイトを見ていたが、改まって妹に声を掛けられて詩歌を見た。

 

「奈々氏の権化さんのことだけど。私じゃ力不足だから、友達の手を借りたんだ。今日通話してたコが協力者なんだけど。あ、もちろん異世界に兄さんが迷い込んだ云々の話はしてないよ。奈々氏の権化さんとどうやって連絡とればいいかなって話をした」

 

「へーその友達って、コミュニケーション能力が高い子なんだな」

 

「コミュ力高いというか……なんというか……」

 

詩歌は兄の評価を聞いて、少しぼかして言葉を選ぶ。

 

「ネトスト気質で、誰に対してでも執着すれば距離をめちゃくちゃ詰めることができる才能がある子かな?」

 

「ねとすと? ってなんだ?」

 

現代社会に疎い遠矢は、詩歌の口から飛び出た言葉に首を傾げる。

 

「ネットストーカー気質ってこと」

 

ネットストーカー。ストーカー。

遠矢が学生の頃も、ストーカー被害というのはあった。

そのネット版。なんだか嫌な予感しかしなくて、遠矢は顔をしかめる。

 

「……お前、そんなにヤバい女の子と交友関係持ってるのか……?」

 

「別にヤバい子じゃないよ。普通にして気を付けて接してれば、すごい良いコなんだよ」

 

遠矢は詩歌の考え方を聞いて、顔をしかめる。

気を付けて接していれば、すごい良い子。それはつまり、普段はヤバい人でも優しい一面があったら許せるということだ。

 

「なんかお前、危ない男に引っかかりそうだな……」

 

「そんなことないよ! 寄ってくるのは女の子だけだし、愛があっても暴力は振るっちゃダメだよ」

 

それ相応の注意をしていると詩歌は主張する。

そんな大切な妹を、遠矢は訝しむように見つめる。

 

「本当かあ……?」

 

「とにかく! その子が相談に乗ってくれてね。コンタクト取ってくれるって。まあ最初は難しいだろうけど……あの子、ネットで人と繋がるのが得意だからすぐに結果出ると思う」

 

「……なんか世の中には色んな才能を持った人間がいるんだなあ」

 

遠矢はまだ見ぬ詩歌の友人のことを思って、呆れ半分で遠い目をする。

詩歌は兄の微妙な想いに気が付いて、ふるふると首を横に振る。

 

「とりあえず兄さんは期待して待ってて! 果報は寝て待てって言うし!」

 

「おーそれもいいけど、お前は本当の意味で寝てこい。顔色ヤバいぞー」

 

「だからこれ以上寝ると昼夜逆転しちゃう! 生活リズム直すのすごく大変なんだからっ」

 

詩歌は声を上げると、お腹が空いてキッチンへ向かう。

遠矢はそんな妹のことを見て、目を細めた。

 

(いつの間にか、自分で生活リズムを守るために行動できるようになったんだな……)

 

兄目線で、妹を見守る遠矢。

詩歌はどうやらパスタを作るつもりらしい。

遠矢はコンビニで買ってきたパンで済ませた。

妹が料理するところが新鮮であるため、遠矢はテレビを消して立ち上がる。

そしてリモコンを置いて、遠矢はキッチンへと近付いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

詩歌はスマートフォンを持ったまま、自分の部屋を出る。

そして隣の部屋である、遠矢の自室の扉をノックした。

 

遠矢の自室は、八年前で時が止まっている。

そのため遠矢は自室で要らない物の片付けをしていた。高校の教科書は必要になる事もあるだろうが、中学の教科書はすでに必要ない。

 

「兄さん、片付け中ごめんね」

 

「問題ない。ちょっと休憩しようかと思ってたんだ」

 

遠矢は身の回りの整理をしながら、詩歌を見上げる。

 

「兄さん、友達が奈々氏の権化さんとオフ会するって」

 

「オフ会? ……オフ会って、直接会うってことか?」

 

詩歌が友人の力を借りるために連絡をしてから、まだ五日しか経ってない。

絡みづらくて、詩歌には連絡することができなかった原作者──奈々氏の権化。

それなのに五日で原作者と直接会う約束を取り付けるなんて、尋常じゃない。

 

「……なんか、法に触れたこととかしてないよな?」

 

「してないよ、そういう子じゃないから」

 

詩歌は不安になっている遠矢の前で、苦笑いする。

 

「あの子、相性が良いひとならすぐに仲良くなれるから。って言っても、同性だから体感的には時間がかかったって。男だったら一日も経たずに会う算段つけられたって」

 

「え。奈々氏の権化さんって女性の方だったのか?」

 

遠矢は新情報に、目を見開く。

 

「私も原作者さんは女の人っぽいなあって思ってたんだけど、確実じゃなかったからね。とはいっても、そのコは投稿見て一発で女のひとだって分かったらしいけど」

 

「すごい才能だなあ……」

 

世の中色んな才能を持った人がいる。

それを痛感した遠矢は、まだ見ぬ詩歌の友人を思って遠い目をする。

 

「俺もネトストとか、現代知識について色々調べてみた」

 

「え? 何調べたの?」

 

「ネトスト気質の女の子はメンヘラ気質とか、地雷系女子とか。出会い廚とかコミュ障とか色々」

 

「おお……なんか心配だから今度ネットの常識身に着けるの手伝うよ……」

 

詩歌はネットに疎い兄を心配して、進言する。

 

「私の友達は典型的な地雷系女子だね。彼氏彼女いないと死んじゃうコ。メンタル弱くてよくヘラるから、話聞いてあげないと心配なんだよね」

 

「お前の交友関係、一回確認したいな……」

 

「大丈夫だよ、大丈夫。子供じゃないんだから。私だってもう成人するんだよ?」

 

それもそうか、と遠矢は思う。

詩歌はもう子供ではないのだ。

遠矢が異世界に迷い込んだ時は小学生だったが、あれからもう数年。

子供が立派に成長する時間。それが、現実では経ってしまっている。

 

「それでね、兄さん」

 

「ん。なんだ?」

 

「友達が作者さんに会いに行くとき、私と兄さんも一緒に行かないか誘われたの。複数人で会った方が脅威度が下がるし、兄さんも直接話がしたいでしょ?」

 

「い、いいのか」

 

遠矢は突然の申し出に、大きく目を見開く。

自分が迷い込んだ小説の世界を現実で執筆した作者に会える。

自分が望んだこととはいえ、いざ実現しそうになると、遠矢は思わずたじろいでしまう。

 

「兄さん、大丈夫?」

 

「……問題ない、原作者に会いに行く。詩歌、本当にありがとう」

 

遠矢は詩歌に緩く頭を下げる。

詩歌はかしこまった兄を見て、少し慌てる。

 

「私はそんな大層なことしてないよ。頑張ったのは友達だし」

 

「でもお前がその友達に頼まなかったら、俺は原作者に会うことはできなかった」

 

「……そうだね、兄さんの力になれて何よりだよ」

 

詩歌は笑うと、兄の目をまっすぐと見る。

 

「兄さん、原作者さんに会いに行こう。会ったら何があるとかそういうことじゃないと思うけど。ここで区切りがつくと思うし。……前に進もう、兄さん」

 

「……しっかりした妹がいて、俺は幸せ者だ」

 

遠矢はふっと笑うと、詩歌を見上げた。

 

「行こう、詩歌。本当にありがとう」

 

詩歌は兄に感謝を告げられて、にこっと笑う。

原作者に会ったところで、何かが変わるわけではない。

それでも何かの節目になる。区切りをつけて、前に進める。

遠矢はそう思っている。詩歌もそう感じているのだ。

 

遠矢は自分の部屋から外を見る。

夏の青い空。入道雲が浮かぶ、綺麗な空。

遠矢は見慣れた空を見上げて一つ頷くと、詩歌といつオフ会をするか約束を決めた。

 

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