兄が異世界に迷い込んでから数年後、魔王になって帰ってきました 作:まるげりーたぴざ
普通の一般住宅である木造三階建ての春木場家。
その二階にあるリビングには、色鮮やかな三乙女が座っていた。
詩歌の向かって右に座っているのは、あどけない顔つきの少女だ。
桃色の長い髪を髪先で緩く白いリボンで結んだ美少女。ふくよかな胸にきゅっと引き締まったウェスト。エメラルドブルーの瞳。動きやすそうなタンクトップに上着。
ショートパンツを穿いた太ももにはたくさんのベルトが巻き付けられ、小さなポシェットを幾つか身に着けている。
一番特徴的なのは、頭の上で時折ぴこんっと震える狼耳だ。
どうやら狼耳は本物らしく、その証拠に少女は普通の人間が持っている両耳を持っていない。
そしてふさふさの薄ピンクの尻尾が、少女の特殊な形状をしたショートパンツの後ろの穴から伸びている。
獣耳っ娘の隣に座っているのは、銀髪碧眼の女性だ。獣耳少女よりもつつましい胸を持ち、特徴的な薄銀のスレンダーでスリットが深く入ったドレスを身に着けている。
しかも彼女は小説で良く出てくる、エルフと呼ばれる種族のように耳が横に長い。
その耳にはピアスや髪飾りが取り付けられており、緩く動くたびに装飾がきらきら輝く。
最後の一人は、オリエンタルな日本人に近い顔立ちをしている。
艶やかな腰まで伸びる黒髪を持つ、和服に近い民族衣装を着た少女だ。
だが少女は褐色に近い暗めの肌をしている。
そして瞳も宝石のルビーのように真っ赤に輝いていた。
この地球上で存在しないはずの髪と肌、そして身体的特徴を持つ三乙女。
もちろん、三乙女には名前がある。
狼耳の少女がナティア。エルフのような女性がヒエル。黒髪褐色の暗い肌をした少女がイユ。
彼女たちは、遠矢が迷い込んだ異世界クラルスの住人だ。
そんな三乙女がいま現在、春木場家にいる。
「ここがトオヤくんのご実家なのね」
興味深そうに部屋の中を見回しているのは、狼耳のナティアだ。
ナティアは周囲を探っているのか、狼耳が色んな方向にぴこぴこ向いている。そして太いふわふわの尻尾は、わくわくしているのかばたばた揺れている。
猫や犬といった、動物のように愛らしいナティア。
詩歌は愛らしい獣っ娘の耳と尻尾に、自然と目が吸い寄せられる。
(ふわふわ……ふさふさ……本当に生えてるんだ……)
ふんわりと、温かそうな尻尾と耳。
詩歌はちょっと感心しながら、ちらっとナティアの隣に座っているエルフ耳のヒエルを見た。
ヒエルの傍らには、得物がある。刀に形状が近く、杖としても機能しそうな武器だ。
物騒な武器を携えて、ヒエルは正座をして静かに目を閉じている。
清廉な雰囲気をまとっている女性だ。話しかけるのを躊躇ってしまうレベルの冷酷さだ。
その隣で、イユと呼ばれた褐色肌の美少女は興味深そうに遠矢のスマートフォンを見つめていた。
どうやら現代社会の技術の結晶、スマートフォンが気になるらしい。
(そういえば異世界にはスマートフォンとか携帯電話はないものだって兄さん言ってたな)
詩歌はちらっとキッチンの方に視線を向ける。
キッチンでは、遠矢がお茶を淹れていた。
何故、異世界の住人である三人が詩歌たちの目の前にいるのか。
そのきっかけは、奈々氏の権化とのオフ会だ。
奈々氏の権化は遠矢と詩歌の生活圏近くに住み、OLとして働いていた。
彼女から一番遠いところに住んでいるのは、実は三島みやびだったというくらいだ。
そのためオフ会は、遠矢たちも気軽に利用できる駅近くのカフェが舞台となった。
詩歌と遠矢が最寄り駅に辿り着いた頃には、すでに三島みやびが奈々氏の権化と合流していた。
時刻は待ち合わせ時間よりも前であるため、遠矢と詩歌は別に遅刻していない。
だが当然として、待たせているのは申し訳ない。
そのため詩歌と遠矢は急いでカフェに向かっていた。
そして詩歌と遠矢が、オフ会の場となったカフェに近づいた瞬間。
突然、遠矢の目の前に巨大な魔法陣が浮かび上がったのだ。
時が停まったかのような事態が発生して、三人の乙女が虚空から姿を現した。
突然のファンタジーに、通行人は驚愕。動揺。
そしてスマートフォンのカメラを一斉に向けて、通行人たちは動画を取ろうとした。
そんな彼らを警戒したエルフ耳のヒエルは、光の魔法を多用。
場を混乱させることで、三乙女は遠矢と詩歌と共にその場を離脱した。
突然現れた、身体的特徴が尖りすぎている三乙女。
三乙女を連れてオフ会に行くことはできない。
そのため遠矢と詩歌は急用ができたとオフ会に参加するのを断念した。
幸い、奈々氏の権化と三島みやびが既に会って意気投合していたため、問題なかった。
詩歌と遠矢は奈々氏の権化と三島みやびが直接会うのに相乗りしたようなものだ。
だから特に問題は発生せず、また今度機会があれば会おうという話になった。
緑茶を淹れると、遠矢はお盆に人数分の緑茶を持ってリビングにやってくる。
「トオヤくん。ありがとうっ」
ナティアは遠矢に笑顔を向けて、緑茶のカップを手に持つ。
すんすんっとナティアは鼻を鳴らす。そして獣耳をぴこんっと震わせて首を傾げた。
「不思議な匂いがする。……お茶なの?」
「緑茶と言うんだ」
遠矢はナティアの疑問に答えながら、ヒエルとイユの前にお盆を置いてお茶を差し出す。
「さて。何があったか話してもらうぞ」
「ふむ、そうだな。話をせねばなるまい」
声を上げたのは、目を閉じて微動だにしなかったヒエルだった。
ゆっくりと目を開けると、ヒエルは遠矢を見る。
「だがその前に」
ヒエルは前置きをして鋭く目を細めると、その場からフッと姿を消した。
「え」
詩歌が言葉を漏らす中、ヒエルは遠矢の目の前に移動していた。
そして遠矢へと拳を叩きこむ。
空間が張り裂けるような鋭い音が響く。
遠矢は無事だった。ヒエルの拳を、手できちんと受け止めていた。
ヒエルは顔を歪めたまま、遠矢を睨む。
その瞳が、ちょっと潤んで涙目になった。
「この、大バカ者っ!!」
凍てついて洗練された空気を身に纏っていたヒエルは、顔を歪めて遠矢の前で崩れ落ちる。
「うえ!? ちょ、ちょっと大丈夫ですか!? 兄さんなに悪いことしたの?!」
詩歌は崩れ落ちたヒエルの様子に驚いて兄に詰め寄る。
ヒエルはエルフ耳をへなんっとしおらせて、肩を震わせる。
「オマエ様は愚か者だ……っ自分の命を差し出せば勇者が一定の地位を得て、リルミナール国の汚職にまみれた神官どもが断罪されると思ったのだろう。……実際、その通りになった」
ヒエルは涙目で、遠矢をキッと睨む。
「どうしてオマエ様はっ! オマエ様が死ぬことで、オマエ様のことを大切にしている臣民が悲嘆にくれることを考慮しなかったのだっ! イユがオマエ様の考えに気が付いて抜け穴を突いたから良かったものの……ッ大バカ者ぉぉぉ!!」
ヒエルは大きな瞳から、ぽろぽろと涙を零す。
春木場遠矢は異世界で、魔王と呼ばれていた。
それは神聖国に仇名す人々を束ね上げて、神聖国の敵国の長となっていたからだ。
魔族と呼ばれた亜人種たちの王。それが異世界からの迷い人、春木場遠矢だった。
魔王を倒すために、用意された勇者。
その勇者に、遠矢はあえて殺されることを選んだ。
魔王という頂が消えれば、神聖国に一応の安寧が訪れる。
そうなれば魔王の消えた国の存続が危ぶまれるが、遠矢はその危険性はないと思っていた。
何故なら。
「俺は俺がいなくなった後は、お前たちが臣民を守ってくれると信じていた。円卓議会の者たちには、国を守るための力がある。だから引き際はここだと考えた」
魔王という偉大な存在が統治を極めると、人々の畏怖の対象になる。
だからこそ、遠矢はいつか自分がいなくならなければならないと思っていた。
引き際をきちんと考えなければ、せっかく立派に築き上げた国が腐ってしまう。
国を長く存続させるためならば、新陳代謝──王の世代交代は必須だ。
だから遠矢は、近いうちに隠居しようと思っていた。
「臣民だけではなく、勇者や神聖国でこれから善良に生きるであろう人々のために、あれが最適だと思った。その考えは今も間違ってないと思っている」
遠矢が考えを曲げることはないと告げると、ヒエルはぐすんぐすん泣く。
褐色肌のオリエンタルな美女、イユはうっすらと涙を見せている。
ナティアは獣耳と尻尾をしょぼんとさせている。
詩歌は三乙女が気落ちする姿を見て、遠矢を見た。
「……兄さん。流石にやりかた間違ったんじゃないの?」
詩歌は明らかに多くの人々を悲しませた遠矢を見つめる。
「兄さんが自分のやるべきことを貫き通したのは理解できるよ。兄さんは昔から、自分のできることを最大限やるようにしてた。その結果が、勇者に斃されることだっていうのは分かる。……でも、現実には悲しむ人たちがいるんだから」
遠矢は妹にたしなめられて、沈黙する。
遠矢はいまも、自分の選択が間違っていないと思っている。
あの時の自分の死が、すべてを救うことに繋がったのだ。
自分はやるべきことをした。
その選択で傷つく人間がいたとしても、自分はやり遂げなければならなかった。
だが妹である詩歌にもう少し考えろと言われてしまえば、考えるべきだとも思った。
それほどに遠矢は妹のことを大切に思い、諫言を真剣に受け取るほど信頼していた。
長い沈黙の果て。遠矢は熟考すると、三人に向き直った。
「……そうだな、すまなかった」
遠矢は詩歌に促されて、三乙女に頭を下げる。
「俺はあの時、俺のやり方が最善だと思った。だがもっと他にもやり方はあったのかもしれない。でも俺の頭では考えられなかった。その結果、お前たちを悲しませたことは非常に申し訳ない」
詩歌に言われて、自分の意見を少し考え直した遠矢。
妹に窘められて意見を変える遠矢を、三乙女は見たことがない。
ヒエルは少し見開いた目から、ぽろっと涙を零す。
妹である詩歌は、遠矢にとって大切な存在なのだ。
だからヒエルは詩歌に対して一定の敬意を抱きながら、涙を拭って遠矢を見た。
「……シュードもバカ野郎と言っておった。ただじゃすまさないこのクソ魔王がと」
「アイツなら言いそうだな」
遠矢は軽く笑う。そんな遠矢を見て、詩歌は首を傾げた。
「そのひとも兄さんの知り合い?」
「知り合いっていうか、相棒だな。王国の未来はあいつに託したんだ。あいつが二代目の王に相応しいと思ったからな」
遠矢の考えが間違っていると言わんばかりに、イユはふるふると首を横に振る。
「シュードは王にはなっておりません。我が国の王はあなた様だけです」
イユは遠矢をまっすぐと見つめて、口を開く。
「あなた様はあの時、勇者の一撃によって命を落としました」
イユは背筋を伸ばして、真摯に言葉を紡ぐ。
そんなイユの姿勢を見て、詩歌も自然と真剣に聞く態勢に入った。
「わたくしはあなた様が自らの命を投げ出して全てを収めるのではないのかと推測していました。そのために、策を講じていました」
「その策を講じた結果、俺の身体が造りものになったのか?」
遠矢の疑問に驚いたのは、詩歌だった。
「兄さん、それってどういうこと?」
「お前にはまだ言ってなかったが、俺のこの身体は造りものなんだ」
「え? でも病院の検査では異常が見られなかったって……レントゲンもCTスキャンも」
「それくらい精巧に造り上げられた器だということだ。人間の身体を完璧に模倣することができる人形師を俺は一人しか知らない。ミハイヤだな?」
遠矢が問いかけると、イユは躊躇わずに頷く。
「その通りでございます。わたくしは以前、ミハイヤに最大限の援助をしてあなた様の替えの器を用意してもらっていました。あなた様が倒れた時、あなた様を救うために用意していたのです」
「俺はあの時、勇者シラエルの剣によって死んだ。肉体は朽ち果てた。明確に命を終えた。……なのにこうして生きている。生き延びている」
遠矢は自分の胸に手を当てて、三乙女を鋭く睨んだ。
その様子は、血気迫る姿だ。詩歌は遠矢は静かに怒っていると知って、息を呑んだ。
「禁忌を侵したのか? 俺の魂を構築し直すために、ほかの命を犠牲にしたのか?」
禁忌を侵す。それだけは赦されるべきではない。
遠矢の言葉は、冷酷だった。
詩歌はそんな遠矢の声を聞いたことが無くて、緊張で三乙女を見た。
ナティアは遠矢の怒りを感じて、尻尾と耳をぶるっと震わせてしおらせる。
「そのようなことにはなりえませんでした」
声を上げたのは、イユだった。
「あなた様は禁忌を侵すことだけはならないとしていた。ですから、わたくしたちはどうにかして抜け穴を見つけたのです」
禁忌を侵すという重たい言葉。
その言葉に詩歌がびくついていると、イユは柔らかく微笑んだ。
「禁忌とは、世界の理に反することなのです。世界の流れに逆らって、ありえてはならないことを実現させる。死んで魂が世界に還った人間を生き返らせるのも、禁忌に当たります」
詩歌はイユの分かりやすい説明を聞いて、きちんと理解して頷く。
そんな詩歌をたおやかに見つめたまま、イユは詩歌のために説明を続ける。
「禁忌を侵す邪法は、総じて魔術と呼ばれています。魔術は一般的に、人間や生物のいのちを犠牲、生贄にして行使されるのです」
異世界には、魔法というものがある。
魔法は世界の理に則って、魔力を火種にして行使されるものだ。
そして魔力は魂によってのみ錬成される。
異世界では万物全てに魂が宿っていた。だからこそ、あの世界には魔力が満ち満ちていた。
「人間のいのちは魂に直結しています。魂を犠牲にすれば、多大なる魔力が生み出されます。いのちと魂を犠牲にしたことで生まれる力には、呪いも付与される。ですから世界の理に反することでさえ、魔術は可能なのです」
ひとの命を使って行使される魔術。他者を犠牲にして生まれる膨大な力。
魔術を使えば、ひとの命を犠牲にすれば。人間一人を甦らせるなんて容易いのだ。
それこそが禁忌を侵すということ。世界の理に反して、失われた命を呼び戻すことだ。
「先程も言いましたが、魔術は使っておりません。抜け道があったのです」
イユはまっすぐと遠矢を見る。異世界から迷い込んできた来訪者である遠矢を。
「トオヤ様はわたくしたちの世界の住人ではありません。トオヤ様が現実世界と呼んでいた、この世界の住人でした」
春木場遠矢は異世界クラルスにとって、明確に異物だった。
クラルスの法則に囚われることのない、イレギュラーだった。
「わたくしたちの世界でもこちらの世界でも通じる理ですが、あらゆる魂は輪廻転生を繰り返します。死んだ人の魂は世界に還り、新たな魂の礎となる。そしてもちろん、トオヤ様もその法則に囚われる。……ですが、出自がわたくしたちと明確に異なるのです」
「俺はこの世界の住人だからな。この現実世界の理に則って、俺の魂はこの世界に還るはずだ」
「その通りです」
春木場遠矢の魂は、もともと現実世界で育まれた。
現実世界にある、魂の海とも呼べる場所で生まれたのだ。
現実世界で育まれた遠矢の魂は、現実世界のものだ。
だから異世界クラルスで遠矢の命が終わっても、遠矢はクラルスが保有する魂の海には還らない。
命が終われば春木場遠矢の魂は、現実世界へと還るのが世の理だ。
「わたくしは人形師ミハイヤに、ゴーレム作成の応用で細胞単位に調整して構築したトオヤ様の肉体を用意してもらいました」
異世界クラルスには、ゴーレムという存在がいる。
ゴーレムは人形師によって造られる、魂のない人形だ。魂がないため、魔法を行使することはできない。そして明確な意思が存在しない。そのため主人が命令を書き込んで行使する、単純な労働力となる存在だ。
「トオヤ様の魂は、わたくしたちの世界のものではありません。この世界のものです。あなた様の魂はわたくしたちの世界から次元の狭間を超えて、この世界に還ろうとする。つまり、旅をする期間があるのです」
イユの説明に続いたのは、ヒエルだった。
「次元の狭間を旅している、オマエ様の魂。その魂を捕らえてイユがミハイヤに用意させた器に収めれば、オマエ様はもう一度動き出すことができる。──魂には、その人間全てが込められている。その魂を安全に器に収めれば、オマエ様は死を克服できる」
遠矢は二人の説明を聞いて、目を細める
「……確かに、理論上は間違っていない」
顎に手を当てて、遠矢は納得する。
「ミハイヤは実験で損耗した身体を捨てて、自分の魂を違う器に移して不死身になっていた。世界に還る前に捕まえてしまえば、禁忌を侵して世界の理に反逆しなくて良い」
普通、人々の魂は終わると世界に即座に還っていく。
だが遠矢は次元の狭間を超えて元の世界へと還られなければならなかったため、普通の人間よりも魂が消滅するまで猶予があったのだ。
魂を絡め取り、縛る魔法は存在している。それは使いようによっては悪にもなりえるが、ひとの魂を救うこともできる。
だからこそ、間に合った。他者の命を犠牲にせずに、春木場遠矢の魂を守ることができた。
世界の理に反することのない、遠矢が異世界人だからこそ利用できた抜け穴。
遠矢は禁忌を侵していないやり方で死を克服したことに、納得する。
「だがどうして俺はこっちの世界にいたんだ? それでお前たちはどうやってこっちの世界に来たんだ?」
「あなた様の魂はこの世界に還ろうとしていました。もうすでにあなた様はこちら側の世界に限りなく接近していたのです。わたくしたちの世界に呼び戻すより、捕まえてこの世界に着地させた方が安全でありました」
「……だから兄さんは、突然私たちの前に現れたんだ」
詩歌は納得がいった様子で頷く。
イユは次に、自分たちがここにいることについての説明をする。
「トオヤ様はわたくしたちの世界に、確かな縁が存在します。その縁を辿って、トオヤ様を基点にして、わたくしたちをこちらの世界に引き寄せようとしたのです」
「でも遠矢くんは元々こちらの世界の住人だったから、基点にするには弱かったの。でも諦められなくて、私たちも頑張ってたんだけど……突然さっき、遠矢くんが基点として強く反応したの」
先程、本当に強く
だから少女たちはこちらの世界に転移することができた。
つい先程。
詩歌たちは、原作者である奈々氏の権化とオフ会をしようとしていた。
その事実に気が付いて、詩歌はハッと息を呑む。
「クラルスのことを物語にした原作者の奈々氏の権化さんと、兄さんが接近したから……ッ!」
奈々氏の権化が書いた物語は、実際に存在する異世界に限りなく近い
だから異世界のことを奈々氏の権化は知らず知らずのうちに知っている。
つまり縁があるのだ。
「異世界のことを知っている、異世界に縁がある俺と奈々氏の権化さん。俺と彼女が近付いたことで、その場が強い起点となったんだな。だからお前たちは転移することができた」
「詳しい事情は分かりませんが、トオヤ様以外にこの世界にもう一人、わたくしたちの世界に縁があるひとがいたのですね。……僥倖でした」
遠矢は三乙女たちに、異世界クラルスを物語として出力した人物がいるとは話していなかった。
ただこの世界の仕組みを少しだけ理解していると話をしていた。
この世界がどんな行く末を辿るのか、一つの可能性を知っていると話していた。
「トオヤ様。わたくしたちにはあなたが必要なのです」
イユは、まっすぐと遠矢を見つめて思いを口にする。
「トオヤ様にとって、この世界に大切な方々がいるのは理解しております。ですが、わたくしたちにとってもあなたはかけがえのない存在なのです。……どうか、どうか。わたくしたちのことを今一度考えてもらえないでしょうか……?」
詩歌は口を出せなかった。
遠矢は詩歌にとって、大切な家族だ。
遠矢も、こちらの世界に戻ってきて家族のことをとても大事にしてくれている。
だが遠矢にとって、異世界の人々は命を懸けるほどに大切だったのだ。
家族か。異世界の同胞か。
二つに一つ。その選択を迫られた遠矢は、ゆっくりと口を開いた。
「俺は──────」