ウマ娘化したトレーナーのお話の、第3話目です。
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次の日。
昨晩の私の発言を受けた両親(主に母さん)の提案によって、私達家族はウマ娘用の服を買い揃える為に服屋へと赴いていた。
ファッションセンターとかに置いてあるような安いウェアでもいいかな? と考えていた私だったが、元トレーナーの父さんと、その担当ウマ娘だった母さんからは猛反対を受けた。
ウマ娘の運動能力や膂力に耐えうる程の材質によって作られた衣類でなければ悲惨な事になる……と、2人は力説していた。
どうやら、そこら辺を気にする何かが現役時代の2人にはあったようだ。
「お前も知ってるだろうが、ファッションセンターとかに置いてあるようなウェアは軽めの運動用のものだ。耐久性はそこまである訳じゃない。今のお前がどういう状態なのか分からんが、ウマ娘の膂力が今のお前にもあるんだとしたら、ヒトのままの感覚でいたら恥をかく事になるぞ」
「安く済ませたい気持ちは分かるんだけど、今後どうなるか分からないのならちゃんとした物を買い揃えておきなさい。特にアンタの場合、状況が特殊なんだからね」
普段見ないような真面目で本気な目と表情に、若干気圧される。
トレーナーとしても(あと人生においても)大先輩である父さんと、ウマ娘の勝手知ったる母さんがそういうのなら……と、2人の言うことを素直に聞き入れた。
「えーっと……ひたすら伸縮性に特化した破れにくいモノ、吸汗性が高くてすぐ乾くモノ、排熱口が付いていて熱が籠らず汗をかくと吸収して良い香りを発するモノ……へぇ、昔と違って今は色んなのがあるのねぇ」
様々な特徴を持つトレーニングウェアの中から、どれにしようかと悩みながら選んでる最中、ふとハルウララとやり取りした時のことを思い出す。
無垢で無邪気な彼女は、嬉しい事があるとぴょんぴょんと飛び跳ねながら全身で感情を表現する。
可愛らしいなと頬が緩みそうになる反面、あんなに小さな体躯でもパワーは一般的な成人男性よりも強く、脚力に至っては早速怪我をしかねないレベルの領域である。
『ごめんなさい、とれぇーなぁー……』
『大丈夫、大丈夫だから泣くなウララ……』
私がその片鱗を味わったのは、ある日の夕方の事だ。
河川敷でのトレーニングをこなし終え、トレセン学園へ戻る道すがら、川面に浮かぶ夕日がキレイだと目を輝かせたウララは私の服の裾を掴んで走り出したのだ。
私もそれに反応して走り出せていれば悲劇は回避出来たのだろうが……現実はそうならなかった。
トレーニング後だというのに元気よく走り出したウララの脚力に合わせて諸々の負荷が掛かった私の服は、見るも無惨な姿へと変わり果てた。
ヒトがそれをやった所でそんな事にはならないだろうが、そこはやはりウマ娘、と言うべきだろうか。
まぁ、破れた服の事よりも、それを見て泣いて謝るウララを宥めるのにかなり苦心したものだが……あの時に体感した膂力が今の私にも備わってるなら、多少値が張るとしてもしっかりした良いものを買っておいた方がいいというのは妥当だと言える。
そっと伸縮性に特化したウェアを手に取りつつ、私はそんなことを思った。
「あぁ、あと麗。今のアンタに合わせてウマ娘モノの普段着とか、下着とか諸々全部買い込むからね」
「え゛っ」
思考の整理を済ませた私にとんでもない発言が飛んでくる。
いや、とんでもなくは無いんだろうが……その、なんというか。
「し、下着……? 下着って、あの……」
「なにしどろもどろになってんのよ。下着って言ったらひとつに決まってんでしょうが」
にまにまと笑う母さんをこれほど恨めしく思った事はない。
恐らく今私が感じている羞恥を、分かった上で話を振ってきたなと私は確信した。
「あー、父さんは走り込み用のシューズや蹄鉄でも見てくるかなー。2人ともあまり長引かないようになー」
「あっちょ、父さんっ!?」
「ほーら麗。ぼさっとしてないでさっさと行くわよー? 買い揃える物は下着だけじゃないんだからねー?」
「の、のおぉぉぉぉ!!!へるぷ!!!へるぷみぃーウララぁぁぁ!!!」
……この後、母さんによって1時間ほど着せ替え人形にされた挙句、途中でやってきた父さんも混じえて品評会が始まった。
マジでふざけろ、ふぁっ〇。
──────
───
─
途中で昼食を挟みつつ、買い物はつつがなく終わった。
現在時刻は14時過ぎ。所はトレセン学園の近くの河川敷である。
先に帰ると話をしていた両親を見送った私は、河川敷で今の身体の具合を調べるために先ほど購入したトレーニングウェアに着替えてアップを開始した。
※イメージイラスト(AI製)
「よっとっほっふぅ〜」
最後にぴょんぴょんと飛び跳ねるようにしてアップを終えた私は、ウララとも来た事のある場所に陣取って構えた。
静かに目を閉じて集中する。
陸上競技場のトラックに佇む様な情景を想像し、レーン上にてスターティングポーズを取るイメージを浮かべると静かに息を潜める。
すると、不意に周囲から音が失われたように感じた。
(位置について。用意……)
意識するのはスターターピストルの音。引き金を引く様子を脳内に描き、そして───
「……そこに居るのは、もしや天春トレーナーかな?」
───頭の中で響かせた炸裂音と共にグッと地面を蹴り出そうとした矢先に、横合いから飛んできた声に気を取られて集中をくじかれる。
一体誰だ……と思い、少しだけ顔を横に向ける。
「やあ、天春トレーナー」
凛としながらも微笑みをたたえた柔和な表情を浮かべるウマ娘、シンボリルドルフがそこに居た。
「やぁルドルフ……って、よく私だってわかったね?」
「ふふっ。一度見た顔を私は忘れた事がないのでね」
スターティングポーズを解き、地味に凄い特技? をカミングアウトしながら坂を下ってきたルドルフの元に歩み寄る。
「所用からの帰りでたまたま君を見かけたから声をかけてみたが……邪魔をしてしまったかな?」
「いや、大丈夫だよ。気にしないでくれ」
そう言いつつ、再びスターティングポーズを取る。
「何をするのかは知らないが、少しだけ見学させてもらってもいいかな?」
「構わないよ。あと……今はとりあえず、私のことは『サクラアマガス』と呼んで欲しいかな。事情を知らない人……特に学園の子達や関係者が聞いていたら、説明に手間がかかるからね」
そう言いつつ、再び目を閉じる。
何かを言いかけたルドルフだったが、私の様子を見て直ぐに黙ったところから察するに、私のやることを邪魔しないように気を使ってくれたのかもしれない。
(ちゃちゃっと済ませるとするか……よしっ)
再び集中力を高める。
全身を程よく脱力させつつ、それでも蹴り足だけは少し力を込めておく。
ゆっくり息を吸い、吐く。そして───
「ッ!!」
───私にだけ聴こえる破裂音を合図に、一気に地面を蹴った。
瞬間的に襲う凄まじい加速に身体が驚くが……
「はぁっ!!」
……即座に気を引き締め、前だけを見据えてかかる負荷に対応する。
風の壁を掻き分けているような感覚に難儀はするが、それでも。
(楽しい……楽しいっ!!)
それすら気にならない程に、胸が弾んで仕方がない!
これが、この感触が……風を切り走るこの圧力が、ウマ娘においての『走る』という感覚なのかッ!!
……そんな、熱と高揚感を覚えながら橋の下を駆け抜け、直ぐに折り返そうとする。しかし。
「くっ!?」
加速によって乗った速度が身体の自由を奪う。
ブレーキを掛けたはずが、全く止まらないまま姿勢が崩れ、前につんのめった。
まずい、このままじゃ顔面から地面に───
「っと……間に合ったようだね」
───突っ込むことはなく、腕を引かれて抱き止められる。
どうやら、私はルドルフに助けられたようだった。って、ルドルフ?
「えっ?」
「困惑している所済まないが、私から一つだけ言わせて欲しい。君はまだ『馴れて』いないのだから、こんな事を一人でしてはダメだ」
抱き寄せられる形から解放されつつ、ルドルフに諌められる。
言葉から発せられる怒気を感じた私は、そこで初めて我に返った。
そうだ……こうなることを見越してなのか、父さんや母さんにも軽めの運動で納めておけと忠告を受けていたんだった。
「っ……ごめんなさい」
「分かってくれたならいいんだ」
しかめっ面から朗らかな表情に戻ったルドルフ。
先程まで感じていた熱と高揚感は、既に冷めきっていた。
「目を閉じたあとの君の様子を見て、何か不穏なものを感じた。まるでGIレースでのヒリつきの様な、そんな雰囲気を君から感じてね。だから、君が走り出すのに合わせて後ろから追わせてもらったんだ」
ルドルフと共に坂に腰かけつつ、先程の状況の説明を受ける。
どうやら、雰囲気が一変した私を心配して追いかけてくれたようだ。
「う〜……本当にごめん。暫くは走るのを控える事にするよ」
「いや、そこまではしなくていいだろう。ランニング程度なら問題は無いと思う」
目に見えてしょげた私を苦笑しつつも慰めてくれたルドルフは、しかし……と言葉を続ける。
「走り出しは最高だった。加速は十分に乗っていたように思うし、その後の走り方も他のウマ娘のそれと遜色なかった。それこそ、学園の娘達と比べても見劣りしないレベルだったよ。もしかして、以前の君は陸上競技でもやっていたのかな?」
私の目を真っ直ぐ見据えながらそんなことを言う。
凄いな、走り方を見ただけでそこまで分かるのか。
「まぁ、ね。元々走る事は好きだったんだ」
「だった、か……その話、詳しく聞いてもいいかな?」
珍しくグイグイくるルドルフに不思議な感覚を覚えつつも、私は過去に何があったかを掻い摘んで話した。
「今はもうすっかり落ち着いたとばかり思ってたんだけどね。本気で集中して走り出したら、ぶり返しちゃったみたいだ」
「ぶり返した、とは……面白い表現だね」
私の発言にクスッと笑いながら、ルドルフは言葉を紡ぐ。
「それが君の『素』なんだと私は思ったが、違うかな?」
「どうだろう。そこまで深く考えたことは無かったからなぁ」
「話を聞く限りだと、ウマ娘という存在に強い羨望を抱いていた君にとって、この状況はすごく充足している状態だと言えるだろう。率直に言えば、今の君はそれまでと異なり、ありのままで居られる状態だ。違うかな?」
そう言うと、ルドルフは私を見つめてくる。
……私は、ウマ娘達の鮮烈な走りに魅了された。
自分もああいう風に走れたらいいなと言う思いを抱いた。
けど、それは叶わないことだと諦めた。
それでも、その思い自体を抱かせてくれた事は、私にとって大きな救いになった。だから……
「私はトレーナーとなって、今を走るウマ娘を……ウララを支えたいと思った」
「しかして、その叶わぬ筈の願いは成就し、君は今ウマ娘として……サクラアマガスとしてここに居る。今の君は、どうありたいと思っているのかな?」
その問い掛けに、ドクンッと心臓が跳ね上がる。
そんなの、決まっている。
「走りたい」
「…………そうか」
「……けど」
そんなこと……とうに決めているッ!
「───『俺』は、ウララのトレーナーだ」
願いは、既にッ!!
「俺の『想い』は、既に……ウララに託している」
だから、ウララと共に走ると決めたんだッ!!!
「確かに、走りたいさ。だが、それを成すのは俺である必要は無い。そうさ……走るさ。だが、それは『ウララ』と共に、という意味だ。なんせ……」
───俺は、ハルウララのトレーナーだから。
「……愚問だったようだね」
……私の、誰に宛てたとも言えない啖呵を聞いたルドルフは、静かに立ち上がるとゆったりとした足取りで坂を登る。
そして、坂の頂点で振り返ると───
「ならば、上がってくるといい。『私達』は、頂にて君達の挑戦を待っているよ」
───挑発的な笑みを『俺達』に向けるのだった。
感想、お待ちしています。m(_ _)m