閑話休題。ウマ娘化したトレーナーと、それを取り巻く周りのヒトやウマ娘たちのお話です。
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それは、トレセン学院を離れて10日余りが経った頃のこと。
「あーそうだ、今日は源さんの所に行かないと」
試験へ向けた勉強とトレーニング(現状維持のための軽いもの)で日々を消費していた私は、目を向けた先にあったスマホの画面に出ていた通知でそんなことを思い出した。
源さんこと、馬場源太郎(ばばげんたろう)。
父さんが子供の頃から家族ぐるみの付き合いのある人であり、老舗の仕立て屋『馬場ん場』にて主にウマ娘たちの勝負服を仕立てていた、齢80を過ぎた大ベテランの方である。
いまでこそお弟子さんに店を継がせて業務から退いているが、その手腕は決して衰えておらず、知人や友人のみに絞る形で今も仕事を続けているスーパーおじいちゃんである。
私が着ていたトレーナー服も、試験の合格祝いという体で源さんに仕立てて貰った物なのだ。
そしてそのトレーナー服の事なのだが……身長こそ変わっていない(170cm)が、骨格と体形が変わった(出たり引っ込んだりした)ことによって、きつかったりダボついていたりとまともに着れなくなってしまったのである。
そのため、今の身体に合うトレーナー服を源さんに仕立ててもらおうと思ったのだ。
「まず先に連絡を入れるか」
電話番号を入力し、出るのを待つ。
すると、3コール以内に源さんが電話に出た。
『もしもし』
「お早うございます、麗です」
『おっ!! うららの坊主か!? 久しぶりだなぁ……話は秋斗から聞いとるぞ、ウマ娘になっちまったってな!!』
ウマ娘になってからは初めての連絡だったが、特に支障もなくやり取りを交わしていく。
日用品やら衣服やらを買い揃えて落ち着いた後、私の今の状況について改めて両親と話し合った結果、親類やお世話になった人たちの中で信頼できる人たちにはこの異常事態を伝えておこうという話になったのだ。
その際に父さんが真っ先に連絡を入れた相手が、源さんであった。
なので源さんもこの事はすでに把握済みなのである。
しかし、実際に私自ら連絡を入れたのは今回が初めてであり……変な話だが、私は少しだけ緊張していた。
『かわいい声になっちまってまぁ……今日はアレか、服の事で連絡をよこして来たんだな?』
「はい。源さんに仕立てて貰ったトレーナー服が、体型が変わったせいで着れなくなってしまって……」
『そいつは災難だったなぁ。となると、今の坊主の身体に合わせる必要があるな。採寸にはいつ来れんだ?』
「そうですね……明日の午後にお伺いしてもいいでしょうか」
『明日の午後だな、いいぞ。予定空けて待ってるからな!!』
「すいません、ありがとうございます」
その後、数度やり取りをしてから電話を切った。
気さくで豪快なしゃべり方は相変わらずな様で、少しだけ元気がもらえた気がした。
「さて……」
そう言いながら、クローゼットの方へ目線を向ける。
中には、以前買い物に出た際に買い込んだ衣類がしまってある。
そう……女性(ウマ娘)物の服だ。
余所に行くには、それを着ていかねばならない。
「なんていうか……女装しているように感じて、着るのに抵抗あるんだよな……」
ジーパンとかチノパンとかそういうのを穿こうと思ったが、女性が着る衣服に慣れた方がいいという理由で却下されてしまい、今クローゼットの中にあるのはスカートのみとなっている。
……スカートのみなのである。大事なことなので2回繰り返したが、本当にスカートだけなのだ。あっ3回になったな。
「すごいスース―して落ち着かないんだよな……どうしても着なきゃダメかな……」
こうして私は、クローゼットの前でうんうんと唸り続けるのだった。
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次の日。
腹を括った私は、以前の買い物で購入した服に身を包んで街に繰り出した。
最初こそはものすごく落ち着かなくてちょっとソワソワしてしまったが……
「凄くきれいなウマ娘だ……」
「あんな綺麗なウマ娘、この街にいたかしら」
「あの娘はレース走ってるのかな」
「モデルさんみたい……」
……と言った具合に、今はもっと別な理由で落ち着かなくなっている。
ヒトであった時であれば聞こえはしなかっただろうが……ウマ娘になった影響で聴覚が鋭くなった為か、周りの人らの声をよりしっかりと聞き取れるようになった。
それにより、周りで囁かれている言葉を聞いて羞恥を感じているのである。
気の所為だったり、ほかのウマ娘に対してとかではないかとも考えてチラリと周りを見たが、バッチリとコチラを見て喋っているため、聞こえてくる言葉はやはり私に向けられているのだろう。
(綺麗とかモデルさんみたいとか……ほんと勘弁して欲しい……)
男であった時はウララのトレーナーとして見られることも考えて身だしなみはきちっとしていたが、今回のはそれとは異なったベクトルだ。
自分自身を”そういう方向”で客観視したことが無いため、こんな言葉を向けられること自体に慣れてなくて凄く心地が悪い。
このままじゃ恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ―――そう思った私は、出来るだけ足早に源さんの元へ向かおうとした。その矢先。
「あれ? とれーなぁー?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
「あー!! やっぱりトレーナーだぁ!!」
元気いっぱいの声色と共に、ウララが私の胸元へと飛び込んできた。
「んむぅ〜!!」
「ウララちゃん待ってぇ〜……あれ? えっと……」
勢い余って私の胸に埋まってるウララを追いかけて、もう1人のウマ娘がやってくる。
長い黒鹿毛で片目の隠れた、ゴシック調?の可愛らしい服を着た娘を、私は知っていた。
ライスシャワー……引っ込み思案な子で、そしてウララのお友達のウマ娘だ。
そのライスシャワーが私を見て固まってしまう。
理由は……まぁ、分からないでもない。
とりあえず一芝居打って誤魔化してみるか。多分無駄に終わるだろうが。
「あらあら……こんにちはぁ、ウララちゃん。今日も元気いっぱいですね〜♪ それと……そこの娘はウララちゃんのおともだちですかー?」
心の中で軽く羞恥の悲鳴をあげながら『あらあらウフフ系お姉さん』を演じてみる。
参考資料はスーパークリークだ。……似てないとか言うな。
「うぇっ!? とっトレーナー!? なんだか喋り方が別人みたいだよ!?」
「へっ? トレーナーさん? あっ、この匂いは確かに、ウララちゃんのトレーナーさんの匂いだ……」
やっぱり無駄になった。というか今、匂いで判断されてなかった?
「うーん、バレちゃったならしょうがないか……」
「えっ……でも、ウララちゃんのトレーナーさんは、男のヒトの筈じゃ……」
未だ混乱の最中にいるライスシャワーに、私の身に起きた事を掻い摘んで説明する。
最初は驚愕した様子であったライスだったが、次第に目を輝かせて私の話に相槌を打ち始めた。
「はぇ〜、トレーナーって、ウマ娘になりたいって思ってたんだ!! 夢が叶ったんだね!!」
「絶対に叶わない夢が……しかも、三女神様の像の前でだなんて……まるで不思議なおとぎ話みたい」
横で一緒に話を聞いていたウララも、目を輝かせて楽しそうにしている。
そういえばウララにも話をしていなかったんだったな。
「まぁ、そんな訳で今はトレーナー資格の再取得の為に勉強中って訳なんだ。今日はちょっと違う用事で街まで来てるんだけどね」
ついでにトレーナー服の新調の件についても話をする。
すると、ライスが私の事をじっと見つめはじめ、ぽつりと呟く。
「確かに……前の時の姿と比べたら……」
うん。それ以上は言ってくれるな。
「そういえば、今日のトレーナーはすっごくかわいいね!!」
「そ、そう?」
「かわいいよ!! ライスちゃんもそう思うよね!!」
「うんっ!! まるで貴族のお嬢さまみたい!!」
「そ、そっか……ありがとうね……」
唐突な話題転換に戸惑いながら、お礼を返す。
さっきのガヤの時もそうだったが……可愛いとか綺麗とか言われるのには慣れておらず、抵抗があるというか、複雑な気持ちを覚えてしまうのだ。
なんせ、心は男のままでありながら、母さんの手でブラッシュアップされた事で、見てくれは可憐なウマ娘になっているのである。
曰く『アンタが望む望まないに関わらず、今の外見のままを周りは評価する。特にアンタはトレーナーの身なんだし、何もしていなくとも普通のウマ娘より目立つ位置に居る訳だから、だらしない格好なんてとてもじゃないけどさせられないわよ』との事(原文ママ)。
世間一般が持つ認識や印象に添う形で身なりを整えておかなければ悪目立ちもするだろうし、しょうがない事なんだろうが……まだ、心構えが追いついていないのだ。
それを知ってか知らずか、ウララとライスは私に容赦なく賞賛の言葉を投げ掛けてくる。
「背がおっきくてぇ、スラッとしてて〜……」
「くびれがすごくて、身体のラインがよく映えていて……風になびくスカートも相まって、とっても美人さんだよねっ」
「うんうん!! びじんさんだぁ!!」
「ライスの想像だけど、ウララちゃんのトレーナーさんは、ゴシック系の服とかも似合いそうだよね」
「ごしっく?」
「今ライスが来てるような感じの服だよ、ウララちゃん」
「わぁ……うんっ!! きっと似合うよっ!!」
ガールズトークに花が咲き、最早私が介入するのも難しそうな雰囲気が生じる。
こうなると私が何を言っても褒め殺しにされるだけなので、出来るだけ早めに終わる事を祈りながら2人の話を聞くのであった。
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ウラライスの褒め殺しに遭った後、私はそのまま源さんの店まで足を運んだ。
「ここが仕立て屋さんのお店なんだぁ……わたし、初めて来たよ」
「ライスは別のお店には行ったことあるけど……ここはなんと言うか、歴史を感じる所だね」
どういう訳か2人とも付いて来てしまったが、まぁ特に問題は無いはず……多分。
「2人共、粗相は無いようにね」
「わかったっ!!」
「は、はいっ!!」
一応注意を促しつつ、店の呼び鈴を鳴らす。
暫くしてお弟子さんが出てきたので、私の名前を出して用事で来たと伝えると直ぐに呼びに行ってくれた。
話は既にお弟子さん達にも伝わっているようだ。
「お前さんがうららの坊主か?」
程なくして源さんが店の奥から出てきた。
強面をへの字口で結んだ、いかにも職人チックな表情で私を見る。
「はい。お久しぶりです源さん」
緊張でぎこちない挨拶になってしまう。
実を言うと、源さんの纏う雰囲気が私はちょっとだけ苦手だったりする。
「ほぉ〜……プレジールの嬢ちゃんが来たかと思ったが、こりゃまた本当にそっくりだな。ウマ娘になったって聞いて半信半疑だったけどもよ、実際に見たら疑いなんてすぐ晴れちまった」
ここでようやく、源さんがニコッと笑った。
人懐っこい笑みを見て安心した私は、やっと肩の力を抜くことが出来たのだった。
「んで、そこの嬢ちゃん2人は坊主の連れか?」
「あっはい。コチラの桃色の髪の娘が私が担当している子で、長い黒鹿毛の娘はその友達です。さ、2人共挨拶して」
ここで注目が2人に向いたので、自己紹介する流れに持っていく。
2人はというと、どうやら先程の源さんの雰囲気にあてられて固まっていたようだ。
声をかけつつ肩をポンッと軽く叩くと、2人は慌てた様子で口を開いた。
「こっこんにちは、ハルウララだよ!!」
「ひゃいっ!! ら、ライスシャワーですっ!!」
「はっはっは!! こりゃあ元気がイイな!! にしても、ウララちゃんと言ったか。なんの偶然か知らんが、うららの坊主のと名前が似通ってるな」
豪快に笑い飛ばしながらそう口にする源さん。
私の名前である『麗(あきら)』だが、小学生の頃に初めて源さんと会った時につけていた名札の漢字を『うらら』と読んだ事から『うららの坊主』と呼ぶようになった経緯がある。
「えぇ〜!? トレーナーも、ウララっていう名前なの!?」
「アキラだからね。名前に使われてる漢字がウララとも読めるって話だよ」
「うららコンビって訳か。こいつはホントに面白いな!!」
「そういえばトレーナーさんの苗字って天に春って書いてアマガスって言うんだよね? 天春麗……てんはるうらら……」
「おぉぉーっ!! ホントにウララとおんなじ名前だぁ〜!!」
私の名前だけで盛り上がる3人に、私はただただ苦笑するしかない。
「えへへ〜♪ おんなじおんなじ〜♪ うっらら〜♪」
…………まぁ、いっか。ウララが嬉しそうにしてるし。
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特に何事もなく採寸を無事に終えた私は、店の裏手の中庭にある縁側に招かれてお茶を頂く事になった。
ウララとライスは先に招かれていたようで、縁側に腰掛けながら賑やかに談笑をしている。
ウララの右隣に腰を下ろした私は、出された水羊羹を一切れ口に運んだ。
……春の陽気を肴に食べる水羊羹も、乙なものだなぁ。
「んぅ〜……」
横合いからそんな声が聞こえてきて、少し遅れる形で私にウララがもたれ掛かってくる。
顔を向けると、寝息を立てながら身を預けている様が見えた。
「寝ちゃったか。まぁ、これだけ心地良い陽気だと眠くもなるか」
ウララの頭を膝に乗せ、ひと撫でする。
無垢な寝顔を見ると、心がほっこりした。
「こうしてみると、まるで姉妹みたいだな」
源さんが声のボリュームを落としてそう口にする。
その発言に同意をするように、ライスも無言のまま頷いていた。
「まぁ確かに……時折、手のかかる妹のように感じる時はありますね。純粋で、無邪気で、明るく頑張り屋な……私の自慢の妹」
どんな夢を見ているのだろうか、幸せそうに微笑むウララの顔を見て思わず笑みが溢れる。
「ウララちゃんが妬ましいな……」
寂しそうにしながら、ポツリと呟くライス。そんなライスに、私は。
「肩なら貸せるよ?」
なんて、冗談めかして笑いかける。
そんな私の言葉に逡巡を見せたライスは、暫くしてからおずおずといった感じで私の隣にやってくると、そっと肩に頭を預けてきた。なんだこの可愛い生き物たち。
「えへへ……ほんとに、お姉さまみたい」
「まさしく姉だろうよ。もうそうとしか見えねぇわ」
ライスの照れた様子の発言に乗っかって、静かに笑いながらからかってくる源さん。
何だか急に恥ずかしくなってきた私は、ただ押し黙るしか出来なくなる。
春の昼下がり。緩やかに流れる平穏な時を、暖かな風が祝福するようにそっと吹き抜けるのだった。
感想、お待ちしています。m(_ _)m