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月日が流れ、トレーナー試験当日を迎えた6月後半の某日。
所は千葉県某所のとある試験会場だ。
これからのトレーナー人生の為にも、ここらで一度基礎から勉強をし直した方がいいなと思った私は、3ヶ月近い月日の殆どを勉強に費やした。
一度受かっているとはいえど、合格率1割だとか言われる程のとても狭き門だ。油断していなくとも落ちかねない。
故に、準備不足で不合格になって復職失敗……だなんて言う事故だけは絶対に防ぎたかったのだ。
それに……と、以前のルドルフとのやり取りを思い出す。
恐らくではあるが、私の心の在り方を『試す』ために問いかけてきたのだろう。
ウマ娘となり、図らずも自分の望んた状況になった事で、『トレーナー』としての己と、夢を追う『こども』の己との間で揺れ動いている心を指摘し、あまつさえ『こども』側に傾こうとしている私を叱責してくれたのだろう。
運動を終えて帰った後、一日を振り返った時にそう思い至った私は、今のこの期間はある意味『禊』の期間だと考えたのだ。
トレーナー資格を取得し直すというのも、初心(とは言ってもトレーナーになってまだ1年生程度だが)を忘れず心構えを新たに再出発できる良い機会だと考えたら、自然と身も心も引き締まった。
※イメージイラスト(AI製)
「身だしなみチェックよしっと。尻尾の毛並みも整ってるし、衣服の乱れも無し。……うん、今日の私は絶好調だ」
ウマ娘となっておよそ3ヶ月経ったが、その間に母さんからウマ娘としての身だしなみの整え方を並行して教えられたため、今の私は端らから見ても普通のウマ娘にきちんと見えていることだろう。
源さんに仕立ててもらった新しいトレーナー服もビシッと着こなし、気持ちも最高にノッている。
色々と壮絶(当社比)な日々ではあったが……今ではそれら全てが結実したように感じていて、確かな手応えを実感できている。
後は試験でコケなければそれでヨシ。合格通知が出るまでは油断ならないが、晴れて復職となる。
「って、流石にそれは気が早いかな?」
トイレの鏡の前で苦笑する。絶好調とは言ったが、ちょこっとだけ気が逸ってるかな?
「えっ……なんでここにウマ娘が!? 君ぃ! ここ男子トイレだぞ!!」
「えっ!? うそっ!!」
しまった……今の私はウマ娘なんだから、男子トイレじゃなくて女子トイレに入らなきゃダメだろ。本当に何をしてるんだ私は。
……ああ、訂正しよう。これはめちゃくちゃ気持ちが逸ってる。
ポカをやらかさないように、落ち着いて最大限注意していこう……うん。
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初手でコケた(男子トイレに突をかました)せいで今日の行く末を半端じゃなく不安に思いながら試験会場のロビーを歩いていると、一人のウマ娘の姿が目に入った。
背格好は私と同じくらいだろうか。
黒のタイトスーツに身を包み、鹿毛の頭髪をポニーテールに結い上げた彼女は、ボロボロのカードリングをペラペラと捲りながらブツブツと何かを呟いている。
考えるまでもなく出で立ちで分かる。このウマ娘も私と同じ受験者だ。
しかし……傍目から見るとブツブツ呟いてるせいでちょっとした不審者に見える。
周りを見る限りでは、ウマ娘は私と鹿毛の彼女以外に居ないことも相まって余計に目立ってしまっている。
何なら近寄ってくんなオーラが半端なくて周りの受験希望者が避けて歩いてる始末だ。
きっと何度も落ちているんだろう……これは近寄らない方が身のためかもしれない。
そう思って一早く会場入りしようとしたが、リングカードと睨めっこして歩く彼女のポケットから何かが落ちたのをバッチリと見てしまった。
どうやら周りの人らは気付いてない様子で、当の本人も余裕無さげなまま足早に歩いていく。
「えぇ〜……あんな雰囲気纏ってるウマ娘に、話しかけなきゃならんの……?」
こうしてる間にもズンズンと歩いていってしまう(と言うか危ないから前見て歩け)彼女に対し、さっさと腹を括った私は少し声を張って呼び掛けた。
「そこの鹿毛のウマ娘の方ー! 何か落としましたよー!」
んビタッ! ぐるんっ! ギロリ……。
擬音にしたらそんな感じだろうか。鹿毛のウマ娘は綺麗なスリーモーションで踵を返すと、これまたズンズンと私の元へと歩いてきた。
「あ、あの……落し物……」
あっという間に私の元までやってきた鹿毛のウマ娘は、サッと落し物を拾い上げると───
「っあ、ありがとうございますっ! 」
───第一印象とは異なった、緊張で上擦ったような声を上げた。
「あぇ……あ、いや、たまたま落とされた所を見掛けただけですので……」
彼女が拾い上げたものを改めて見ると、それはどうやら携帯端末のようであった。
可愛らしいカバーのせいで、パッと見で財布か定期入れかなにかかと思ってしまった。
「所で……つかぬ事をお伺いしますが、もしやあなたも試験を受けに来たんですか?」
携帯をポケットに入れ直した彼女は、おずおずと言った様子で私に尋ねてきた。
それに対して『そうですが……』と返答すると、彼女は途端に表情を明るくし始めた。
「わぁ……! 私以外のウマ娘でトレーナー試験を受けに来た方に初めて出会いました!」
そう言いながら彼女はニコッと微笑む。
その微笑みに強烈な既視感を覚えた私だが、まるで喉元に小骨がつっかえたように既視感の正体を思い出せない。
そんな風にモヤモヤとしていると、手元のカードリングが目に留まる。
そこに書かれている内容も当然見える訳だが……これがなんとまぁ、書いてあることが間違っているのである。
正確に言えば、Q&A形式で書かれてる内のA側が間違っていた。
きっとここに至るまでの間、ひたすら勉強して来たんだろうなぁと思うと……自然と、声を掛けていた。
「あの……それ、間違ってますよ」
「へっ? ……あああっ!! 本当だ、間違ったままだ!! 私ってばなんで気が付かなかったんだろう!!」
これまた一人賑やかにわたわたし始める彼女。
ペラペラと捲っていくにつれて、次第に顔色が悪くなっていく。
気になったので横に並んで眺めてみると……
「結構間違えてますね……」
「うわぁん!」
うん、まぁ……なんだ。強く生きてほしい。
そんな居た堪れない気持ちになっていると、ガシッと私の肩を彼女は掴んできた。
「ごめんね……こんな事を頼むなんて迷惑だと思うけど……私の最後のおさらいに付き合って貰えないかな……」
ものすごく鬼気迫る表情でそう告げてきた。
きっと藁にもすがる思いなんだろうな。
うん……流石にちょっと、可哀想だな。はい。
「いいですよ。私もおさらいしておきたかったので、一緒に振り返っていきましょう」
「ホントッ!? ありがとう〜!」
感極まったのか、突然ギュッと抱きしめられる。
突然の事に思わず固まってしまったが、鼻腔をくすぐる彼女の匂いに我に返ると直ぐに身を捩った。
「あっ! ごっゴメンね? 私ってば、感極まると抱きついちゃう癖があって……」
直ぐに気がついた彼女はパッと離れて頭を下げる。
その、彼女の言う『癖』にも何処かで聞き覚えを感じていた。
そういえば、昔なにかの番組でそんな癖があると話していたウマ娘が居たような……
いや、それ以前に、この声……
「そう言えば、自己紹介がまだだったね! 私はガーネット! よろしくね♪」
…………へっ?
「ええええええええええええええええええ!!?」
いや、え、は?
ガーネット? いまこのウマ娘、ガーネットと名乗りやがりましたか???
いや、でも待て……確かに、確かに合致する!
昔に見た番組で、彼女は自らそんな『癖』があるとカミングアウトしていた!
それだけでは無いぞ……彼女はあがり症の気もあって、緊張し始めると人相が悪くなるとも話していた!
実際、俺が小二の頃に見たレースでも、こう、ギラついたような表情をしていたし、ついさっきだってめちゃくちゃ睨まれた!
ってことは……まさか本当に……
「うるっさ……え、どうしたの? 急に大声なんて出して───」
「───当時、ファン投票で選出するオールスター戦である有マ記念としては異例の『ファン投票では選出されなかった推薦バ』だった」
「っ!?」
……そう。彼女『ガーネット』は、本来であれば有マ記念に出られるはずでは無かった。
クラシック期の苦戦、重賞未勝利のまま迎えた天皇賞・秋。
タイトルには無縁であった彼女は、このレースを最後に引退すると思われていた。しかし。
『あがってきた!!アガッてきた!!驚異的な末脚でガーネットが食らいついていく!!』
怒涛の追い上げを見せたガーネットは、ハナ差での熾烈な競り合いに勝利し、念願の初重賞を天皇賞で挙げたのだ。
その劇的な勝利が決め手となり、ファン投票の締め切り時期(天皇賞当日)の関係で落選したものの、多数の推薦により、異例ながら有マ出走が叶ったのだ。
「雨が降った事で苦手としていた重バ場での本戦だったけど、第3コーナーのカーブから外に進出し、最終直線ではバ場が全く荒れていない外ラチ沿いから一気に突き抜け、ダービーウマ娘や菊花賞ウマ娘ら並み居る強豪達を振り切り、後続を4バ身も離して堂々一着をかっさらった『赤き一等星』」
「ど、どうしてそれを……もう随分と昔のレースの事なのに……」
どうしてって、そんなの。
「決まってるじゃないですか。俺、あなたの大ファンなんです」
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「はぇ〜、そうだったんだ……私がきっかけでトレーナーを目指してるんだ。なんだか嬉しいなぁ」
「えへへ……」
試験開始までの空き時間中に、筆記試験で出る内容を一緒におさらいしつつ雑談を混じえる。
あの憧れのガーネットが目の前に居て、しかも私といっぱいお話してくれるなんて……なにこれ、天国? もしかして私死んだ? 実はこれ全部長い夢だったりしない?
「と言うか! 私てっきり同い年位だと思ってたよ! なんて言うか、めっちゃ大人びて見えたし! まさか10歳も歳が離れてるとは思わないじゃない!」
「私からしたら、あのレース以降からあんまり容姿が変わってない事に驚きですよ。何時までも若々しくて、綺麗でカッコいいです」
こんな感じで会話を続けている。
……いや『こんな感じで会話を続けている。』じゃないが?
ほんと何? これホントに現実? 本当は私どえらい事になってたりしない? ……いやなってたわ。
元ヒトの男性で現ウマ娘とか、今の状況以上にぶっ飛んでたわ。良かった私思ったより冷静だ(当社比)。
「というか気になってたんだけど、さっきアマガスちゃん、自分のこと『俺』って言ってなかった?」
「ごめんなさいそれ癖みたいなものなんです忘れてくださいお願いします」
オーケーオーケー、今完璧に我に返りました。
思いっきり素が出ちゃってんじゃん。落ち着け私。
「それよりもですよ。そのカードリング全然ダメじゃないですか。書いてあるアンサーの半分が間違ってるって何事ですか。受かる気あります?」
「うぐっ……あ、あるよ!ただちょっと……緊張してて、持ってくるやつを間違えたというか……ちゃんと直してある奴があるというか……」
あがり症か……こういう大事な場面で顔を出しちゃうと大変だなぁ。
「しょうがないウマ娘さんですね……分かりました。時間ギリギリまでお付き合いしますので、頑張りましょう?」
「うん……ありがとうね、アマガスちゃん」
ちょっとしょげてる可愛い。ン゛ンッ……そうじゃなくて。
とりあえず会話を挟みながら確認した感じだと、基礎はしっかり抑えられてるようだ。
応用問題や引っ掛けに惑わされたりしなければ、今のままでも問題はなさそうに思う。
まぁ、そうすんなり行かないのがトレーナー試験な訳だから、宣言通りできる所まで詰めていくしかないか。
「───……とまぁ、そんな感じで主要となる点はこの2点です。トレーニングを課す際に絶対に忘れてはならない事項なので、ここさえ忘れなければ引っ掛け問題が出ても対処できます」
───試験開始まで後15分程となった頃。
粗方のおさらいを終えた私達は、会場外の自販機の前でリラックスを兼ねて雑談を交わしていた。
まぁ、ガーネットさんが余りに不安がってるので、結局試験の内容について触れることになったが。
「おぉ〜……アマガスちゃんって教えるのすっごい上手いよね……現役時代の時のトレーナーとのやり取りを思い出しちゃった」
真剣な表情もまた……おっほん。
真面目に話を聞いて私が出した問題にちゃんと答えられる所を見るに、勤勉なウマ娘なんだなって言うのはよく分かる。
それだけに、あがり症でポテンシャルを発揮しきれないのが惜しいな。
このあがり症をなんとか出来ないものか。
……そうだ。
「ガーネットさん。もし試験中にあがり症が出てきてしまった時なんですが、焦ってあれもこれもとやろうとすると絶対上手くいかなくなると思うので、その時点でやるべき事を一つに絞ってみてください」
そうやって提案を持ちかけると、彼女は首を傾げながら疑問を呈する。
それに対し、私は分かりやすいように例え話をした。
「あがり症は、ウマ娘的に言うなれば『掛かり』の状態に置き換えられます。では、掛かってしまった時はどうすべきだと思いますか?」
「……あ、そっか。深呼吸して落ち着けばいいんだ」
「正解です。とにかく落ち着くこと。焦らず、息を整える事に注力するんです。あなたは試験を突破できるだけのものは持ってますから、ここをどうにか出来れば合格も夢じゃないです。それは私が保証しますよ」
なんせ、一度受かってるからね。
「はぇ〜、やっぱりアマガスちゃんって凄いねぇ。今のやり取りだけでもやる気が湧いてくるもん」
「ふふっ……力になれたようで何よりです」
自然と笑みが溢れ、お互いに笑い合う。
不安そうにしていた様子が和らいた所を見るに、いい具合に緊張が解れたようだ。
『───ご案内申し上げます。筆記試験開始10分前となりました。試験をお受けになられる方は所定の席へご着席の上……』
会場のスピーカーからアナウンスが流れる。
どうやら束の間のお勉強会はここまでの様だ。
「それではガーネットさん。共に頑張りましょう」
「うんっ!一緒に受かろうね、アマガスちゃん!」
すっかり打ち解けて普通に会話できるようになった私と、緊張と不安から開放されたガーネット。
───この後、筆記試験にてきっちり合格点を超えた私達2人は、続く実技試験も突破し、晴れてトレーナー資格を手にすることが出来たのだった。
──────
───
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時は更に過ぎ、7月を目前に控えた某日。
私は、中央トレセン学園から最寄りのカフェにてガーネットとお疲れ様&親睦会を開いている。
あの後。試験を終えた私達2人は、お互いの合格を祈るのと同時に、連絡先を交換して別れていた。
不安と波乱とをごちゃ混ぜにしたような試験だったが、蓋を開けてみれば合格者はなんと私とガーネットの2人だけだったそうな。
思い返してみれば、確かに今回の試験は引っ掛け問題が多く出題されていた。
一見では回答を誤りかねないものもチラホラあったことから、そういうのにやられた可能性は大いにありそうだ。
後は……実技試験か。
大まかには、会場側で集められたウマ娘達(デビュー戦を控えた娘達のみ)の適正判断や、レース時における作戦指示などの『トレーナーとしての技能』を問われる。
それらを如何にして分析し、的確な指示指導を下せるかを見られる訳だが……
「私は現役の頃の知識もあったから問題無しだったよ!」
「私も(トレーナーとして既に活動してたのもあって)特に問題は無かったですね」
とまぁ、こんな結果に落ち着いたのである。
そんなこんなで、現在は2人で合格できた事を喜びあっているのである。
内心では他人に対して教えてられるほど余裕なんてないとか思っていたが、いざ会話を重ねていくとスッと『スイッチ』が入り、トレーナーとしての思考をガン回し出来たことで、返って実力を発揮しやすかったように思えた。
ガーネットに置いても、私との臨時の勉強会やディスカッションで付いた自信があがり症を抑えてくれたと嬉しそうに話していた。
「何はともあれ、お互い無事に合格出来て本当に良かったです。今日はめでたい日ですね」
「私が足を引っ張って、アマガスちゃんが落ちたりしてないかだけが心配だったよ〜」
朗らかに笑うガーネットをみてホンワカした気持ちになる。
いやぁ、憧れのウマ娘からちゃん付けで呼ばれるとかもうヤバすぎて頓死しちゃいそうだ。しないけど。
「そういえば、アマガスちゃんは何処に配属されることになるとかもう決まってるの?」
「そうですね……私の方はコネもありまして、日本ウマ娘トレーニングセンター学園に配属が決まってます」
これは本当の話だ。
秋川理事長やたづなさん達からの復職支援の甲斐もあり、トレセン学園へと配属となる為の枠を用意して頂けたのだ。
「えぇ〜!? 日本で一番大きな所じゃない! やっぱりアマガスちゃんは凄いんだねぇ、私も鼻が高いよ〜♪」
「何目線ですかそれ」
こうした冗談を交えつつ親睦を深める。
ガーネットはテレビやレースで見た時の様子とは異なって存外人懐っこい性格をしているようで、レース中の厳格な雰囲気から一変して、オフでは中々にフランクな一面を覗かせる。
お姉さん気質故か、普段は頼れそうな雰囲気を醸し出しているものの、テンパったりあがってしまうと一気に女児化する。
総評すると……ほっとけないウマ娘、と言った所だろうか。
「ガーネットさんもトレセン学園に来れたらいいんですけどね。そしたら手取り足取り色々教えられますよ」
「なぜだろう……同期になる筈なのに、アマガスちゃんの方が先輩の風格出てるのとっても意味不明なんだけど」
なんせ、一年ほどトレセン学園でトレーナーやってたからねっ。
───そんなこんなで、私とガーネットのお疲れ様&親睦会はゆるゆると幕を閉じた。
今後の彼女の活躍を楽しみにしつつ、定期的に連絡を取り合おうという約束を交わして解散の運びとなったのだった。
感想、お待ちしていますm(_ _)m