今回のお話は、ようやくトレセン学園へと戻ってきたアマガストレーナーと、新人トレーナーウマ娘とのお話です。
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時は7月前半。真夏の太陽が本気を出し始めたクラシック期の夏。
清々しさを感じる風と灼熱の陽光とをミキサーしてぶちまけたような真夏日に、私は。
「ようやく……ようやくっ!!」
3ヶ月間の幕間を経て、トレーナーとしてようやく復帰を果たすことが出来たのだ……っ!!
久々のトレセン学園はある意味新鮮で、ウマ娘達が通う学校特有の独特な空気感を肌で感じて、やっと戻って来れたんだなぁ……という感慨深さを感じた。
だが感傷に浸り続けることは出来ない。
戻ってきたからには、すぐにでも取り掛からなければならない事がある。
ウララの事もそうだし、私自身の事もそうだ。
戻ってきた今がゴールではない。ここは通過点に過ぎないのだ。
「───という訳で、私からの3ヶ月間の報告は以上です。近況報告自体はちょくちょく出させて頂いてましたが、今話したのがこれまでの出来事の全てです」
「御苦労ッ!! よくぞ戻ってきた!! 今一度歓迎しよう、天春麗トレーナー改め、サクラアマガストレーナー!!」
「暫く見ないうちに、身に付けるべき事柄はバッチリ修めてきたみたいで安心しました。身なりも仕草も見違える様ですよ、トレーナーさん♪」
二者二様の反応に少し誇らしくなる。
色んなものを犠牲にしてきたような気がしないでもない(主に男としてのアレコレ)が、この際それらは思い出という名のデスメモリーに封入して心の奥底に封じ込めることとしよう。
「さて。戻ってきて早々だが、君の今後の処遇について話をしておこう」
パチンと扇子を閉じ、椅子に腰かける理事長。
それに続き、私もたづなさんと向かい合う形で共に長椅子へと腰を下ろした。
処遇。つまりは、サクラアマガスとしての今後の活動予定と、天春麗の扱いについて。
これに関しては前々からやり取りは重ねていた。
───天春麗は元々身体は強くなく、生活習慣の改善や適度な運動等によって体調維持こそしていたが、ここ一年のトレーナー活動中に体調を急激に崩して入院。
トレーナーとしての復帰は絶望的として、丸一年を契機として契約を解消し、トレーナー業を引退。
現在は実家にて療養中……というシナリオで行く事になった。
対するサクラアマガスは、トレーナーとしては新人ではあるものの、トレーナー業のいろはに関しては前任の天春トレーナーから仕込まれており、サブトレーナーとしての活動期間とトレーナー資格の取得等の実績を鑑みた結果、新人とはいえ引退した天春トレーナーの後継として相応しいと判断。
異例ながらも、半年の研修期間を繰り上げてハルウララを担当するというシナリオで行く事となった。
元に戻った際のことも考えなくは無かったが、そもそもどうしてこういう状況が生まれたのかすら分からない上に、この状態で3ヶ月を過ごした結果、色々と後戻り出来なさそうな事を体験した(女性のアレコレ)ため、色々見切りをつけたり腹を括ったりした……と言った感じである。
詳しく語るような事ではないため割愛したが……まぁ、不退転の心得ということにしておいてもらいたい。ほんと、切実に。
「進展ッ!! 話が纏まった所で、次の話に移ろうと思う!! 今回、アマガス君はトレーナーとして復帰する訳だが、以前はサブトレーナーは付いて居なかっただろう? 今回、君とは別に新しく入ってきた新人トレーナーを、研修期間を利用する形で補佐役として君に付けたいと考えている。問題は無いかな?」
特に問題はないため、頷いて答える。
その様子に安堵した理事長は、声を張って隣の控え室に声を掛けた。
「入りたまえ!!」
ガチャりと開くドア。その先にいたのは。
「「が、ガーネット!?」ちゃん!?」
「ふっふっふ♪ また会ったね、アマガスちゃん! それと、お久しぶりです、みのるん先輩!」
衝撃の人物……いや、ウマ娘? がやってきた事により、思考が吹っ飛ぶ。
確かに、おなじ場所に配属されたらいいねぇとは話したが、まさか現実のことになるとは思わないじゃない。
というか、それもそうだけど。
「いま、たづなさんのことを『みのるん先輩』って言いましたけど……これは、もしかして?」
「あー……ええ、まぁ、はい。私の後輩なんです、彼女」
困ったように笑うたづなさん。
内密の場であるため、さほど気にせず口にしたが───駿川たづなのトップシークレットを、私は知っているのだ。
キッカケは本当に些細なことだった。
曲がり角で互いにぶつかり合い、その拍子にたづなさんが被っていた帽子がズレて片方のウマ耳が飛び出したのを偶然見てしまった事が、全ての始まりだった。
彼女の本当の名は、トキノミノル。
レースでの怪我と、それに伴った感染症により無敗のまま引退した伝説の名ウマ娘であり、今もなお破られていない戦績である10戦10勝の二冠ウマ娘。
それもただの無敗の二冠ウマ娘ではなく、10戦の内7レースが当時のレコードタイムを記録していたのだという。
そのあまりの強さから当時を知るマニア達からは幻のウマ娘とも呼ばれており、レジェンド級のウマ娘達を語る場においては必ずと言っていいほど名前が上がるすごいウマ娘だったりする。
そんな彼女が、過去の栄光を隠すように偽名まで使ってヒトを装う理由は聞けなかったが……今はとりあえずそれは置いておくとしよう。
「えっと、ガーネットさん。とりあえずここでは彼女の事は───」
「───駿川たづな、そう呼んでください。私もここでは、貴女のことをガーネット『さん』と呼びますので」
「あっはい」
ズモモモ、と言った具合の効果音が聞こえてきそうな圧をたづなさんが発し、それにあてられてプルプル震えるガーネット。
何やらレアなものを見た気分になったが、その思いは心の内にそっと秘めておくことにした。
だって怖いんだもん、たづなさんの笑顔が。
「ふぅン……これはこれは、偶然とはいえ面白い話を聞いてしまったね」
─────
───
─
軽い打ち合わせを済ませた後、私はたづなさんと共にガーネットをトレーナー寮へ案内する事となった。
「こちらがガーネットさんのお部屋です。そして、その隣がアマガストレーナーのお部屋になります。何かご不明な点がございましたら対応致しますので、遠慮なさらずに申し付けて下さいね」
当然の話だが……今の私は女性であるため、男性寮から女性寮への引越しをすることになった。
それにあたり、前の部屋から私物を移さねばならないのだが、そこら辺は事前にやり取りをしておいた事で既に移し替えは済んでいる。
まぁ、今でも使えるものやそぐわない物なんかは振り分ける必要がある訳だが、そこら辺はおいおい考えよう。
「各自、荷物を寮内に運び込んで明日に備えておいてください。それでは……お二人とも、明日からよろしくお願いしますね♪」
「はーい!」
「ありがとうございます、お疲れ様でした」
注意事項等を教えて貰った後で軽い質疑応答を挟み、今日は解散となった。
その後、部屋の前でガーネットと2、3ほど会話を混じえていたのだが、何やら改まった様子で私の顔を見据えて声を掛けてきた。
「アマガスちゃん。後でお部屋に行ってもいいかな?」
「ええ、良いですよ」
「やった! 絶対だからね、また後でねアマガスちゃんっ!」
緊張しているような様子でそう尋ねてきたガーネットに少しだけ不審なものを感じたが、直ぐに雰囲気が戻ったので気にするのをやめて室内へと入った。
前言通り、室内には私が以前使っていた家具類が男性寮の時の間取りを再現する形で運び込まれていた。
今の私は書面上では天春麗の妹という体で通しているため、この現状に関しては余りおかしな点は無いものの……
「できるだけ早めに、中身を入れ替えていった方がいいな」
ひとりの女性が暮らす部屋としてはそぐわないため、実家に居る間に買い揃えた物に差し替えていく。
───カーペットは硬質の物からフカフカした物に。カーテンやベッドの掛け布団も、無地の物からURAのロゴの入ったちょっと可愛めの物に。
事前に寮の表に運んでおいた姿見用の鏡と化粧台も設置。
仕上げに自室から持ってきたガーネットのポスターをベッド脇に貼って、粗方の作業を終えた頃には夕暮れ頃になっていた。
男性物の私物をダンボールに詰めた後で改めて室内を見回してみた。
……うん。これなら誰かが入って来たとしても特に変には思われないだろう。
「アマガスちゃーん、入るよー?」
ガチャっと音を立てて玄関の扉が開く。
そろそろと様子を伺うようにして、室内を見回しながらガーネットが中に入ってきた。
「あの、ガーネットさん。せめて返事を聞いてから入ってきてくれませんか?」
「あはは、ごめんね! ……それはそうと」
申し訳なさそうに笑った後、一点を見つめるガーネット。
その視線の先には、先程貼ったばかりの当人のポスターがあった。
「この前話してたから知ってはいたけど……実際にこうして見ると実感湧いちゃうなぁ」
「えっと、何がです?」
「アマガスちゃんが私のファンだって話だよっ! レースの事すっごい詳しく話してくれたし、昔に出演した番組とかも見てたって言うし、もしかしたらこういうグッズとかも持ってるのかなーなんて思ってたら本当に持ってるし!」
そう言われて理解する。今の構図的には、新人トレーナー同士ではなくアイドルとファンの図が出来上がってる状態なわけか。
隠すつもりもないからこうしてポスターを貼ったりしたものの……何だかストーカーじみてるな。不快に思われていないだろうか?
「やはり、嫌だったりしますか? これから同僚になる相手が自分のファンというのは」
「ううん、そんなことないよっ! それ所か、ここまで熱烈に推してくれてたんだって知れて本当に嬉しいなって!」
嫌われていたらどうしよう、なんて思ったが……どうやらそんなことは無さそうで、内心ほっとする。
だが、これからの付き合い方とかには細心の注意を払うべきではあるなと強く感じた。
彼女に嫌われてしまったら、それこそ……精神的に立ち直れないレベルのキズを負うと思うから。
「寧ろ……」
「ん?」
少し小さくなった声量で、ぽつりと呟くように言葉を続けようとするガーネットに改めて視線を向ける。
耳は前にペタンと垂れて、片腕を抱くようにして自身の左腕を掴み、私から少しだけ視線を逸らすようにして佇みながら、二の句を継いだ。
「幻滅、させちゃったんじゃないかなーって……思ってた」
こちらの顔色を伺うようにして、そんなことを口にしたガーネットをじっと見つめる。
「……そう思った理由を、聞いてもいいですか?」
慎重に言葉を選んだが故に、中途半端に空いてしまった間の後に紡いだ私の言葉にピクっと肩を震わせると、しばしの逡巡の後に口を開いた。
「初対面の時のこと、覚えてるかな。あの時の私、とても余裕がなかったし、悪い癖も出てたし……かっこいいとか綺麗とか言ってくれたけど、そこから遠くかけ離れてたなって、後になって思ったんだ。格好悪い所を見せちゃったなって、幻滅……してないかなって、思ったんだ」
…………なるほど。
「そんなことは無いです。断じて、有り得ません」
「だ、断じて?」
「はい、断じて」
強く否定して、真っ直ぐ目を見つめる。
「驚きこそしましたけど……たったそれだけのことで、幻滅なんてするわけが無いです」
だって、考えても見てほしい。私が知っているのは『アスリートのガーネット』であって『プライベートのガーネット』ではないのだ。
どちらも同一人物とはいえ、そこを一緒くたには出来ないし、そもそもそんなのは同列に語るものではない。
「寧ろ……私の方こそ、アナタに苦しい思いをさせてしまってはいませんか?」
「えっと、それはどういう?」
「現役を引退して久しく、今はトレーナーとして新たな道を行こうとしてるアナタに対して、私は、アスリートとしてのアナタが好きだと無遠慮に告げてしまった。そのせいで、トレーナーの道を行こうとしている今のアナタに、アスリート然とする事を強いてしまったのではないかと……そう思ったんです」
先の彼女の想いを感じて、そう思ったのだ。
「試験会場での私のテンションは、完全に有名人と出会ったときのモノでした。勝手にはしゃいで、本人の目の前で気持ちの悪いことをしゃべり散らかしていた。アナタの事も考えずに」
あの時の私は、本当にどうかしていたとしか思えない。
彼女の一面だけを取り沙汰して、ひとりで盛り上がって騒がしくして、挙句の果てには捲し立てるように語り始めるだなんて……舞い上がってしまっていたとしか言いようがない。厄介オタクそのものだ。
「ちょっと冷静になれば……あんな所業は、当人にとって迷惑でしかないと気付けた筈なのに。だから───」
「───そんなことないよっ!!」
謝罪の意をもって頭を下げようとした時、怒号にも似た叫びがガーネットから木霊した。
「っ……」
「……はっ!? あっ、えっと、ごめんなさい! うるさかったよね!?」
「わ……私のことは、気にしないでください……それよりも、そんな事ないとは、どういうこと……ですか?」
突然の大声にクラクラするが……ここは絶対に聞き逃してはならない所だと感じ、口裏で舌を噛んで気を保つ。
彼女の思いを、ちゃんと受け止める為に
「だって……だって! アマガスちゃんは、私の大ファンだって、憧れだって言ってくれた! こんなダメダメな私を見られちゃったのに、責めるのではなくて、優しく教えてくれた! そんな子の事を、嫌うわけなんてないよっ!!」
目尻に涙を溜めて、そう叫ぶガーネット。
強い思いが、感情が、言葉に乗って耳を伝い胸に届く。
「それにね? 私、親睦会の時に、ちゃんとお礼を言えなかったんだ。あんなに親切にしてくれたのに、トレーナー試験を受かれたのもアマガスちゃんのお陰なのに。あの時は茶化すようにお話しただけで、面と向かって言えなかった。だから───」
───ありがとう。貴女のおかげで、私は今ここに居るよ。
彼女は、震える声で、優しくそう告げてきた。
「……なんですか、それ」
「へ?」
「なんなんですかそれ!」
───俺だって、俺だって!
アナタに対して、言いたいお礼が沢山あるのに!!
「そんなん、卑怯だ! 俺こそありがとうって言いたいのに! ここまで来れた事を! お礼を! いっぱい言いたいのにッ!!」
「あ、アマガスちゃん?」
「嫌いな自分から卒業できたのもっ! 頑張ろうって思えたのもっ! 全部、全部ぜんぶっ!! ガーネットのおかげだからっ!! だから、恩返しがしたくて……貰ったものをガーネットに直接返せないとしても、せめて……せめてっ! 今を頑張る子たちには返そうと思って、トレーナーになろうって、思ったんだッ!!」
だから───俺の方こそ、ありがとう。
アナタのおかげで、今の俺があるんだ。
「……ふ、ふふふ……あはははっ!!」
きょとんとしていたガーネットは、涙を流しながら、それでも決して悲しげではない様子で、私の叫びを聞いてから一瞬遅れて笑いだした。
「な、何故笑うんですか……」
「だって……私への恩返しのためにトレーナーを目指した子に、トレーナー試験で助けられたんだよ? それもさ、同期のトレーナーとしてだけじゃなくて、同じ学園のトレーナーにもなれたんだよ? そう思ったら凄いし、運命を感じちゃうなって」
「うっ運命!?」
泣き腫らした目でこちらを見つめてくるガーネットに思わずドキッとしてしまう。
「そーれーとぉ……また癖が出ちゃってるよー?」
「癖? ……あっ」
悪戯っぽく微笑むガーネットの顔を見て一気に顔が熱くなる。
やっばい、すっげぇ恥ずかしい……!!
「えーっと、あはは……ちょっと動き過ぎて熱いや! お外に出て少し涼んできますねっ!!」
色んな要因から来る羞恥に耐えきれなくなった私は、ガーネットを部屋に残して部屋の外に逃げるようにして出て行くのだった。
「行っちゃった……ふふ、やっぱり変な子だなぁアマガスちゃん。でも、とっても良い子で、優しいウマ娘……あっ、ポスターが剥がれてきちゃってる。ちゃんと留め直して……あれ? ポスターの裏側に何か……このサイン……」
感想、お待ちしています。m(_ _)m