自分を星野アイだと勘違いしている一般星野アイ 作:マッキーガイア
いや……いやいやいやいや!!
星野アクアは呆けた顔をしながらも内心めちゃくちゃに動揺していた。
メムに黒川あかねが嵐の中、出かけたっきり帰らないと連絡を受け、コンビニまでのルートを辿りこの歩道橋であかねを見つけた時、遅かったのだと思った。
手摺りを登り切ったあかねのその顔は覚悟を決めた顔、もはや一瞬の隙もなく道路に飛び出したときは心臓が止まるかと思った。だが、次の瞬間の出来事で無理やり蘇生をはかられた。
轟く雷鳴、破壊音。
まるで前世の…小さい頃に観たヒーロー番組の1シーン。
それもヒーロー登場の一番盛り上がるシーン……それを見せられた気分だ。
これを夢で片付けられたのなら話は早い。僕は前世では産科医とは言え医者だった。死ぬまでにオカルトなんざ一ミリだって信じた事はない。
転生なんていうオカルトを味わってしまった今でもそんなに容易く起こる物とも思えない。
だからこそ、俺はこの
破壊されたアスファルトも、破壊された反対側の歩道橋の手摺も、きっと何かの冗談だ。
こんな事を仕組んだ奴はどうしようもない戯けなのだろう。
そう思ってしまうくらいに星野アクアは疲弊していたのだろう。
だけど、とアクアは紡ぐ。例え仕組まれた事だとしても黒川あかねが自殺しかけたと言う事実だけは本当だと、流石に分かる。
違う、そうじゃない。多分俺は全てが全て嘘にしたくないのだ。黒川あかねが苦しめられた事は嘘にしてはいけない。死にたいと思ってしまった事を絶対に嘘にしていけない。
例え沢山の嘘の中にたった一つだけしか
だってそのたった一つの本物に魅入られて死んだ女の子を知っているから。
アクアはハッと息をする様に意識を取り戻すと慌てて走り出す。
雨粒が顔に張り付くのをうざったく思いながらもその脚を止めずに彼女に向けて走り寄った。
例の人間とは思えない何かに抱かれている彼女の顔を見ればまだ混乱はしていそうだが、さっきの悲壮に覚悟を決めた顔よりはマシだ。
と言うより顔が口を半開きにしてずっと呆けたままで意識を持っているとは感じ辛いが…まぁ、仕方ないとは思う。あんな上下運動生きてるうちにそうそう起こり得る事じゃないしな。
「……アンタ。何者かは知らないがとりあえず助けてくれてありがとう。」
座り込み上部に折れた傘を無理矢理広げて黒川あかねの瞳にペンライトをチラつかせて瞳が揺れるのを確認しながらそう溢す。
その時偶々触れたレインコートはあまり濡れていなかった。多分若い女性だろうか。黒川あかねを掴む手を見るが女性らしい華奢な手だ。そのレインコート越しに覗く下の腕もきっと華奢なのだろう。
「星野……『アクア』……」
フード越しにそんな声が溢れる。その一言、『アクア』と呼ぶ声にデジャヴを感じた。
「なんで、俺……」
の名を?と聞こうとして口を閉じた。
ネットでそれなりの知名度ができた以上、彼女くらいの年齢なら知ってても不思議じゃない。
「……少なくとも俺が名乗る前に俺の名前を呼ぶのはマナー違反だと思うのだが…?」
「そうかな?そうかも…それじゃあ、ごめんね。」
「軽いな。」
その態度に思わず突っ込むが、そう言われてしまえばその事に突っ込むことができなかった。
「それじゃあ、アンタの名は?」
意趣返しとばかりにそう問い返す。正直言って気にはなるがどうしてもと言う訳でもなかった。どうせ誤魔化されるとアクアは思っていたからだ。
「クラーク・ケント。」
「スーパーマンってか……この現状を見れば笑えないな。」
「冗談だよ。私は女だし、宇宙人じゃない。
名前は内緒。」
「内緒?なぜ?」
「知ったら妊娠しちゃうから?」
何言ってんだコイツは…?
人類舐めんな。そんな事で妊娠しちまうのなら芸能人はレイプされまくってるって事になるじゃねーか。俺たち産科医が過労死するわ。
「と言うか人を何だと思ってるんだ。男は種をばら撒く害虫ですってか?」
「そこまで言ってないし、接続語がおかしいよー」
「一番おかしいのはお前の頭だがな。」
そう指を刺せば少しフードの下から頬が膨らんでいるのがわかる。少なくともそう言われるだけの発言はしていると思えよ?
俺はそんな彼女を無視しつつあかねに再び目を向ける。その瞳には段々とハイライトが戻ってきてる感じがした。
「大丈夫か?あかね。」
「な………んで…アクアくんが……?」
「メムの奴が台風の中、お前が出掛けて…
なのに全然帰って来ないって探し回ってるんだよ。
だからコンビニまでのルートを辿って見れば………」
瞳を覗く様にその頭をコツンと突いた。
「馬鹿野郎が………」
そう呟けば、瞳から雫が溢れる。それを雨のせいだと見ない振りをした。
クソ、柄にもないことしてるなと心の中で悪付きながら…
「へぇ〜……」
それを特徴的な瞳で見つめる視線に気づきながらも…それすらも見ないフリをした。
「………ぅ………っ……う……」
溢れる様に呻く声が響く。
それで良い。これで良い。全部遅かったと嘆くよりはこれが良い。まだ取り返しが着く。
こんな胸糞悪い現状の中で彼女にだけしっぺ返しをくらわせるのは癪だ。例え死なせてもネットの連中も煽った番組側も彼女の死体を見て酷い事故があったねで終わらせただろう…巫山戯ろ。
胸糞悪い。
「あかねちゃん。」
ふと、レインコートの女が黒川あかねに向けてそう呟く。未だ彼女を抱いている以上、こちらからそのフードの下は見えない。
「死のうと思った時、身体……異様に軽かったでしょ。」
そう問いかける声は少し低い。
「そりゃ軽いよね。だって人間は逃げ足が早い様に出来てるからさ。
だけど、いざ逃げてみると怖いんだ。だって逃げたらもう戻って来れないんだもん。」
その言い方は何というか…達観しているというか。まるで一度体験しているかの様な物言いだ。
「それに死ぬのってそれ程一瞬の出来事じゃないよ。
苦しいのを…痛いのをずっと
耐えちゃうと生きちゃうからさ。理性や感情を押し殺してずっと…苦しみを受け続けなくちゃいけない。それって一番苦しいことなんだよ。」
まるで、自分から死を望んだ事がある様にその少女は語った。
「だから僕は二度としない。」