私は人知を越えるモノに『異世界戻りの既婚TSおっさんがその妻から緑色の紙を叩きつけられるRTA』をやらされているに違いない 作:劇団おこめ座
清々しいほどの人工的な涼しさ、室温25℃の朝。
年々蒸し暑さが酷くなる日本で、エアコン無しでは生活など出来ない。
私は文明社会日本に感謝して、布団からはいでる。エアコンがん効かせで布団に入るとかたまらんのですよ。
今日は休みだからと、テレビを見ながら豆から挽いたコーヒーをゆっくりと飲み、トーストの他にカットした多めの果物を食べる贅沢な朝食の時間を過ごそう。外でお酒を飲むことがもうできない体なのだからこれくらい散財してもいいはずだ。スーパーの果物高いんだよ。その点、道の駅に売られ始めた今年収穫されたばかりのリンゴは良心的なお値段だった。地元の果物農家さんと道の駅に感謝をしながら購入した。
朝食の準備をしていると、チャイムが鳴った。
こんな朝早くに呼び鈴が鳴らされるとはどういうことだろう。
きっと、ろくなことではないはずだ。
朝帰りの酔っ払いが間違えて来てみたり、認知症の高齢者が住んでいた家だと言って玄関の前で騒いでみたり、頭の狂ったやつが意味不明な言葉で罵りながらドアノブを何度も叩いてみたりということに違いない。
「お父さーん、遊びに来たよぉー!」
おかしいな、まだ朝の7時になっていないんだけど。
きっと、もっとやばいやつに違いない。娘だけど。
苦みが強くて酸味が少ない日本人好みのコーヒー豆のマンデリンを淹れて、はちみつを大さじ1杯、低脂肪乳を多めにマグカップに入れて、娘の由紀に差し出す。
「エアコンががんがん効いた部屋で飲むホットコーヒーっていいよねえー。お父さん、ありがとー」
娘は一口飲むと、口角をあげて微笑んだ。
「おいしー。美少女のお父さんに淹れてもらったと思うと喜びもひとしおだね」
私はパナ○ニックのミル付き全自動コーヒーメーカーに決められた分量を入れてスイッチを押しただけだ。そんなに喜ばれることはしてない。そんなにこのコーヒーに喜ぶのなら、娘よ、パナソ○ックに感謝して、将来株主になるのだ。
「ところで、今日はなんかあったのか? ちゃんとお母さんに話してきたの?」
「え? 遊びに来ちゃあダメなの? お母さんからも許可取って来たよ」
こやつ、こんなキャラだったか?
もうちょっとお父さんにはサバサバしていたような、お母さん側にくっついてばっかりいたような気がする。関係あるかわからんが、娘は赤ちゃんのころ、粉ミルクは一切飲まなく、妻の母乳100パーセントで育っていたせいなのか、父親に対する対応が母親程良くはない。赤ちゃんの頃から、お父さんは私が腹を空かせても助けてくれない、と脳の奥底に本能のように覚えたからではないかと思う。逆に息子は粉ミルクも飲んで育ち、お父さんに対する反応も娘よりは良かった。
むしろ、息子は別の白いミルクをどこぞの馬の骨から飲ませ飲み合っているような関係になっているのではないかと心配である。彼の年齢なら、この美少女お父さんが現れて鼻の下を伸ばしてみたり、身体の一部を凝視してしまったりするもんだと思っていたのに、全くの無反応というか、むしろ嫌悪感丸出し対応とか、ヤバくね? イケメンなのに彼女できないぞ。ハーレム作れないぞ、バカなの?
「あのー、お父さん大丈夫?」
娘の言葉に我に返る。
「すまない、ちょっと考え事をしてな。でも、あれだ、なんか、父さんの家に来るなんて、今までほとんどなかったから疑問に思ってね」
娘はえへへ、と笑って
「それはお父さんが可愛くって」
と答え、
「それにね、お父さんは今いい匂いがするんだよね。前の姿の時はあんまりいい匂いじゃなくてね」
私の顔と顔が重なるちょっと手前で、クンクンと鼻で息を吸い込んだ。ちょっと恥ずかしいからやめてほしい。娘よ、君が嫌ったのは加齢臭なんだよ。加齢臭で娘に距離を取られるとか、涙が出てきそう。
「後ね、女の子になったお父さん、私と見た目が同じ年じゃない。お父さん、私くらいの年の子の服とかそのくらいの年の子の話題とか流行りとかあんまりわからないでしょ。誰かに声を掛けられて誤魔化さなければならないとかあるじゃん。だから、教えてあげようかなーって」
まあ、気にかけてくれているというのはわかったし、気にしてくれていたのだなぁと思うとちょっと娘を育ててきて感謝をされたようでほろり、という気分になった。
大型のショッピングモールに娘と一緒に歩く。元の男の姿で一緒に歩くと40代の薄らハゲのおっさんと美少女中学生のパパ活現場にしか見えないため、野生のお巡りさんホイホイになる。幻術は使わず歩く。
「郊外にあるから、すごくおっきいよね」
県の主要中心街から離れたところに出来た大型商業施設なので、市外の人や物珍しさで中心街からやって来た人で、週末は人通りが多い。
娘から、これ系の服が流行っている、とか、この服はなんとか系の女の子が着ているとかいろいろ教えられて、大人しめの服を数着買った。
「お父さんはもっと可愛らしい感じのものを買った方が……」
娘は少しがっかりした顔をしていたが、目立つ服はちょっと辛いので勘弁してもらいたいのだ。
「お父さんはな、君たちの世代が平然と着れる服はもう着れなくなってしまうんだよ」
「えー、そんなことないよ! 似合うんだよ」
「お母さんに、短めのスカート姿見たい、って言って見なよ。そういうことだよ」
妻は年齢の割に若く見え、スタイルもいい。黒髪、丸い耳のスタイルのいいエルフのような感じだ。何を着ても似合うような気がする。足も長くて細身なのだ。短めのスカートが似合わないわけがない。ホットパンツも似合うはずなのだ。しかし、短いスカートやホットパンツをはかない。
それは、もうこんな年だからそういう服は着ると変な目で見られる、というものもあるのだが、似合うけれどもう恥ずかしくて着れないという羞恥心だ。40歳を超えたおっさんがひらひらフワフワのガーリーな服装とか毎日着ていたら、ちょっとその人との人間関係考えるというレベルじゃねえし、いろいろ不安を感じるわ。これが見た目美少女でも、中身のこと知っていたら不安になるわ。ちなみに30年エルフの里で暮らしたから実年齢は70歳越えなんだぜ。70歳の親戚の爺さんがそんな服着ていたら、私なら施設に入所させるね。
「ああ、なんとなくわかった気がする」
「でしょ。困った時や、なんか理由があったら着るけど……」
そういえば、羞恥心を無視して娘の服を着て、息子を元気づけよう作戦はものの見事に失敗したけれど、あの羞恥心を思い出すと、息子よ、許さん。
ああ、そうか、逆に一生懸命メイクや服を選んでやってきた女の子の服を褒めないってことは、こういうことなのかもしれないな。
フードコートは家族連れや中学生や高校生の子供たちのグループでにぎわっていた。チェーン店の丸亀〇麺に並んで野菜かき揚げととり天をつけたうどんを買って娘と食べ始めた。
「お父さん、かき揚げってカロリー高いからやめたんじゃなかったっけ? 500キロカロリーくらいだっけ?」
娘の言葉を無視して、かき揚げを頬張る。バリっとしながらも出汁のきいたつゆがしみ込んで旨い。
「でも、旨いんだこれ。体の年齢が若くなったから封印を解いたんだ」
「きっと、私たちいない時は食べてたでしょ」
私は黙ってうどんをすすった。美味しいものは黙って食べるもんだ。
「もう……。太っても知らないよ」
おうふ。太るってことを忘れていた。晩御飯は質素にしてカロリーを低くして気をつけなければ。
「ねえねえ、君たち2人しかいないの?」
私はうどんを咥えながら、声の方向を向くと、ちょっとチャラそうな茶髪に染めた大学生くらいの男3名がいた。
「どこの学校の子? 俺たち〇〇大なんだ」
「ごはん食べたらどこか遊びにいかない」
チャラ男さんたちはしきりに私と娘に話しかけていた。ごはん中はちょっとやめてほしいよなぁ。
ああ、私はやったことはないんだが、これはナンパというやつだな。100人に声かけて1人当たればいい方のやつだ。うほっ、男にナンパされちゃったよ。
「あのー、ごはん食べ終わったら帰るので」
娘がいつもより少し低い声を出した。食事を急に止められるとすぐ不機嫌そうな顔になるんだよなあ。
「えー、帰っちゃうの? カラオケとか行かない?」
「とりあえず、やめてもらえませんか? 迷惑なので」
「はあ、声かけてやってんのに偉そうに! ブスに勘違いピンクどもが」
チャラ男のうち一人が急に切れ始めた。切れるの早くない? 若者って切れるのこんなに早いの? もしかしたらもう、何十件も声を掛けて速攻断られたからかな。
それにさ、由紀もちょっと言い方あるじゃん。もめないようにもうちょっとソフトに言おうよ。あー、でもお父さんも思いつかないわ、これ以上ソフトな断り方。
「おい、でかい声出すなよ。食事中ごめんね」
チャラ男の内のまともそうなのが、謝りながら残りの二人を引き連れて帰っていった。
「由紀、いつもこんな感じに声かけられるのか?」
「友達と遊びに行ったら毎回1回は声かけられるからうっとうしいんだよね。友達と遊びたいとかご飯中とかさあー」
周囲の視線がこちらに集中しているので、気まずくなった。この場から早く離れたいと思い、ずるずるとうどんをすすり始めた。同じ思いなのか娘の由紀もうどんをすする速さが少し早かった。
今度から場所を考えたり、幻術でも使いながら歩き回る必要があるのかなぁ、と考えながらとり天をかじる。旨いはずなのに、あまりしっくりこない。今度店舗で構えているお店に娘と行くかな。
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