私は人知を越えるモノに『異世界戻りの既婚TSおっさんがその妻から緑色の紙を叩きつけられるRTA』をやらされているに違いない   作:劇団おこめ座

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美少女おっさんの護るべきもの 2

 混み合う時間帯からずれて、人がまばらの電車に2人で乗り込んだ。

 買い物帰りの高齢のおばあさんグループや小学生の子供たちとそれを見守る親、スマートフォンをのぞき込む土日が仕事日のスーツ姿のサラリーマン。

 私たちは出入口の側の席が空いていたのでそこに座り、スマートフォンをいじり始める。

 スマートフォンは本当にいいものだ。

 スマートフォンを国内で出し始めたのは確かauが走りだったかな。洋楽のCMソングが懐かしい。iphone3Gはソフトバンクが最初だったなあ。

 こんなにスマートフォンをずっと覗きこむ時代になるとは思わなかった。

 ニュースを見たり、新聞を読んだり、SNSを見て書き込んだり、写真や動画を撮ったり、それをアップロードしたり……。

 昔だったら、私の手荷物にはいつも単行本の本が入っていて、ずっとそれに視線が行っていたものだったな。

 友達と会話? そんな毎日が陽キャみたいな生活していると思うか? 女子との会話? そんなライトノベルの主人公やリアル陽キャのようなイベントが学生時代にあると思うか?

 

 そんな陽キャご用達の女子との会話を娘が始めた。

 

「どうしたの? そんなに僻むような顔をして? お父さん、闇落ちでもしたの?」

 

 失礼な、と思いながら、外に声が漏れにくくなる防音の魔法をかける。完全に防音にすると、娘と私が口パクでずっと変なことをしていると周囲が不審な目をするはずである。外でこのピングヘッド美少女に『お父さん』とか声かけると何事と思われるのでやめてほしい。

 

「闇落ちするような場面あった?」

 

「あー、ほら、同性にナンパされてたから」

 

「いや、流石にそれは初体験だけど闇落ちするとかどんだけお父さんのメンタル弱いのよ。これでも普通に仕事して、異世界で30年くらい頑張ったんだよ」

 

「え、30年いたの? 4、5年くらいで帰って来た系じゃないの?」

 

「だから、マジ辛かったって言っているじゃん。特に魔力草を毎日30年間食べて苦しかったって」

 

「あれを30年? 闇落ちしない方がおかしい!」

 

「だから、同性にナンパされたぐらいで闇落ちしないでしょ」

 

「あー、そうなるよね。そういえばさ、さっきみたいに異世界でヤカラに囲まれたらどうしてたの?」

 

 私は楽しそうに話す娘を見てため息を吐いた。

 ああ、娘はきっと、俺TUEEEEとか俺やっちゃいましたか、を期待している。

 そんなこと全然ない。むしろ、異世界のヤカラって大体ある程度強者で、ホントそのとおり囲まれてボコボコにされる。

 

「ああ、お父さん、大丈夫!? お父さん!? 目が死んでるよ!」

 

 娘が心配して体をゆすっていた。私の口からきっと魂が抜け出ていたに違いない。

 

 

 

 あの日は、そうだ、エルフの里の店屋で、衛兵長が正規の値段で売ってやれってうるさいから売ってやる、と舌打ちされながら買い物をした帰りだった。

 エルフの里の若者、と言っても私の倍の年齢を生きたエルフ3人組が、私の宿泊しているホテル馬小屋への帰り道で絡んできた。

 いろいろとネチネチと文句を言っては、転ばされて蹴られたり、買った商品を踏みつぶされたりした。

 これを長のエリンや衛兵長のハクラクや衛兵のエメラダに言ったって解決はしない。ここはエルフのための里であって、外敵である人間のための町ではない。これでも、水面下でいろいろとやってくれていると思う。お店でちゃんと商品を買えたのはハクラクのお陰だし、魔法を使えるようになって尻を魔法ウォシュレットで洗えるようになったのもエメラダのお陰だ。なんだかんだでギリギリ住める状況を用意して、懇意に話を聞いてくれている長についても、これが私に対してできる限界値なのだと思う。

 外敵の人間のために良いものや良い環境を用意すれば、それこそ他のエルフがどんな態度を示し始めるかわかったものではない。外敵の人間とは違う別世界の人間と説明したところで信じてもらえるかわからない。そもそも別の世界があるとか、信じてもらえると思えない。長みたいに頭の中を覗き込める能力がなければ。

 とりあえず、別世界から来たと言ったところで、外敵の人間と同じ特徴のある私の風当たりが良くなるとは到底思えない。長たちが私という人間を特別に優しくするとか優遇するというのは、いずれにしてもよろしくない。

 私自身への当たりも当然強くなるが、エルフの里の内部分裂のきっかけになるかもしれない。集団を統率するというのは本当に難しいのだ。

 

 腹が立つけれど、このクソエルフ3人組に仕返しをするかと言われれば、絶対にNOだ。そんなことすれば、相手に私を殺す口実を作るだけなのだ。外敵の人間が暴れたので殺した、なんてとてもわかりやすい口実だ。

 だから、ただ殴られて蹴られて、飽きられるのを待つか、全力で逃げ切るかのどちらかぐらいしか方法はない。

 

 私はクソエルフ3人組が立ち去ったのを横目で見届けて、防御魔法と幻術を解除した。

 まだこのクソエルフたちは魔力の動きを感じ取れないようで、私の魔法には気づかなかった。それでも、防御魔法を貫通する分のダメージがあるので、彼らも本気を出せば私など一捻りなのだ。

 体には少し痛みはあるが、エメラダから教えてもらった魔法を上手く使い、痛めつけられているふりができた。しかし、買った商品を守ることまで気が回らなかった。

 

 ホテル馬小屋に戻り、私の部屋として使っているスペースの中にある椅子代わりの木箱に魔力をこめる。するとその木箱に座ってにこやかな微笑みをする妻の幻が現れた。

 

「ただいま。折角の物が壊されちゃったよ」

 

 私は壊れた物を壊れかけのテーブルの上に置き幻の妻を抱きしめる。

 幻の妻からは、心が安らかになるいい匂いがした。

 

「スズキ、なんか酷い目にあったらしいけど大丈夫……って誰?」

 

 ガラスのない窓から金髪碧眼の衛兵少女のエメラダが顔を出した。

 

「げ、幻術? スズキってそういう趣味なの? 道具やお金があれば美女のホムンクルスとイチャイチャしたいというタイプの変態なの?」

 

 エメラダの視線は冷ややかなもので、その視線は悪役錬金術師が美女のホムンクルスに囲まれてハーレムを築いている姿を見て、汚らしいと呟いているようなものに見えた。現代風に言えば、自宅に飾っていた高級ダッチワイフに抱き着いていたところを職場の女性に見られたような、そんな感じだ。

 

 

 

 エメラダは私が淹れたお茶を飲むと、一息ため息を吐いた。エメラダに私は別世界から飛ばされて来たことやその幻は妻の形を模したものということを簡単に説明した。

 

「私は長や衛兵長から詳しくは聞いていないから知らないけれど、その幻覚が元の世界にいる奥さんてこと?」

 

「そうだ。辛くなったら励ましてもらうために作り出している」

 

 私は嘘をついた。毎日毎時間出現させている。辛い時もうれしい時も妻と一緒に感じたいのだ。幻覚だけど。

 

「そっかぁ、奥さん、愛されているのね。悪かったわね。そういう事情があったなんて。で、壊されたものはなんだったの?」

 

 引きつった表情のエメラダは話題を変えた。失礼だな、と思ったが、私の知人が亡くなった妻の銅像を作って同じようなことをしていたら、コメントとしては純粋な愛ですねと言うが、心の中ではちょっと引く、いやかなり引くし、そっとその光景については心の奥底に封印するわ。

 

「杖の素材に使う魔物の骨だ。魔物はラッキーラビットだ。主素材にするつもりだった」

 

 魔法を使う際には杖や指輪等の触媒があった方が能力が増す。もちろん、触媒なしでも使うことはできるが、高度な魔法には必要だ。

 なお、ラッキーラビットは人間の小学生くらいのサイズで、なかなか出現しない。あと、肉は鶏肉の味を濃くした味わいで美味い。毛皮はとても肌触りの良いモフモフで永久モフモフ機関異世界代表の冬の暖か装備だ。

 袋から取り出した骨をエメラダに渡した。

 

「ラッキーラビットの骨か。副素材なら使えなくはないけれど、主な素材として使うにはこの割れ方では無理ね」

 

 エメラダは割れた面を触りながら、眉間にしわを寄せて考え込んだ。

 ラッキーラビットの太ももあたりの骨は杖の主素材として使えると衛兵長のハクラクから聞いていた。杖自体を買うこともできるが、正規の値段では高すぎて手が届かなかった。材料として買う分にはまあそこそこの値段だった。

 

「ラッキーラビットの骨を副素材として使って、タイラントボアの牙を使えば、2ランク上の杖を作れる」

 

 エメラダはそう言うと、口角を上げた。その口角の上げ方、誰かと似ているな、と私は思った。

 

「里の森にタイラントボアがいる。仕事が休みの日なら狩りを手伝える」




感想等ありがとうございます。
暑さと疲れで、更新作業だけで手一杯なので返信していませんが、全部読んでます。元気もらえている感じします。
誤字脱字報告もありがとうございます。
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