私は人知を越えるモノに『異世界戻りの既婚TSおっさんがその妻から緑色の紙を叩きつけられるRTA』をやらされているに違いない   作:劇団おこめ座

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美少女おっさんと同僚たち

 胃がキリキリする。そう、今日は出社日だ。

 何故だ、神は死んだのか。

 事の発端は、製品の説明を営業先にしてくれということだった。おい、それ営業課の仕事なんじゃないか、と思っても大人の私は口に出さない。いや、大人というより社畜か。

 まあ、困っている時はお互い様なのだ。

 イケメンイケイケの門(かど)主任はこういうのは嫌がって拒否するんだよなぁ。特に年下とか後輩期とか。逆に先輩や上司に言われた場合は私の仕事だったものでさえ奪い取ってくる。

 顔を売りたかったり、手柄を得たいのだろうな、と私は思うけれど別に私はそれに怒ったりしない。だって、仕事が楽になるから。仕事は楽な方がいい。それに、下手に頑張って仕事をやってしまうと、身の丈に合わない仕事が舞い込んできてしまう。だから、そういうのは門主任に喜んで引き取ってもらっている。

 でも、同期や後輩から頼まれた仕事は基本断らない。だって、格好悪いからだ。それに、逆に助けられることだって十分あり得る。だから、同期や後輩の手伝いについては、時間外になってでも私は手伝う方なのだ。

 そんなことをしていることを知っている妻は、あなたって、本当に愛すべきおバカさんね、と笑って仕事帰りを待っていてくれたりするので頑張れる。

 

 そんな妻は今はいない。単身赴任中だもの。

 自分に幻術をまとい、いつものおっさん姿で出勤する。

 ビルに入る時はカードリーダーに社員証をかざして開けてもらう。警備員室の前を通ると慌てた制服姿の警備員が警備員室から出入り口に走りこんできた。いつもよく顔を合わせている警備員さんで、年は同じくらいだろうと思う小太りの方だ。だから走っているところなんて見たことない。遅刻でもしてしまったのだろうか。

 

「他に誰かいませんでしたか?」

 

と尋ねるが、漫然と歩いてきた私は直前の記憶はあまり覚えていなく、私の前に入っていた人はいなかったよなぁ、多分、と思いながら

 

「いや、私がカードを通す前は誰が通ったか見てないけれど」

 

 警備員さんは、え、どうして、等と口に漏らしながら

 

「いえ、すみません、こちらの勘違いでした」

 

と言って、振り向き、鼻息の荒い深呼吸して離れて行った。まさか、幻術をかけ忘れたとか切れているとか、と思って確認するが、私の体に幻術はまとったままだった。

 

 職場には既に先に来ていた私と同期で営業課に所属する梶山悟(かじやま さとる)と後輩の檜田理沙(ひのきだ りさ)が私の所属する課である設計開発課のソファーに座って待機していた。

 梶山は同期のおっさん仲間でも目立つ。とっても明るい性格もそうなんだけど、高身長の社会人ボディービルダーだ。遠くから見ても肩が一人だけ盛り上がっていて、首も太く、お前だけ戦闘民族サイヤ人かな、みたいになっている。営業を回って外出先の昼ご飯でも、一人で車内などでどろどろの沼弁当である。沼とは、例えば3合分作る場合は、米0.5合に対して、鳥の胸肉1枚、干しシイタケ一掴み、干しワカメ一掴み、オクラ5本入り1ネット等、各種香辛料や塩適量を炊飯器にぶち込んで焚き上げて出来上がる、ドロドロのネトネトのザ・沼状態の食べ物だ。包丁もその他調理も何もいらない。

 効果は低カロリー高たんぱくで筋肉が喜ぶ。副作用は人間の尊厳を少しずつ失うところにある。

 でも、そんな苦行をして筋肉を鍛えることに喜びを感じているなら止めることはない。

 むしろ、営業先からもそれが話題になるので今更止められない。

 それに、私に比べてとんでもなく明るくていいやつなんだよな。

 仕事をして失敗しても、でも筋肉は裏切らない、と明るくキメという名のボケをかます彼は本当に憎めない。彼のお陰で営業課は今日も明るい。

 そんな彼も二児の父だったりもする。もう大学生と高校生の男の子2人だったかな。彼らもまた筋肉を愛することに目覚め、家族ボディービルダーだ。そんなボディービルダーたちに囲まれた梶山の奥さんは筋肉的には普通の美人さんで、筋肉に囲まれ過ぎたせいか、顔は何かを諦めた境地というか、むしろ超越したというか、仏の顔をしていた。

 

 檜田さんは彼の直下の部下で、彼について仕事を学んで顔つなぎしている。

 少し茶色の入った長い髪に、二重まぶたの大きな瞳のある整った顔立ちで、年もまだ24歳という、社内でも人気のある若い女性だ。身長は平均的な女性くらいだけど、梶山の胸筋に負けないサイズの胸がある。 

 檜田さんのいない時にゲスい話題をしている社員の集まりがおり、檜田さんの胸の話題になっていた。その時に通りすがりの梶山が、俺の胸筋が檜田の胸に負けている気がする、とうなだれていた。本人はたかだかため込まれたただの脂肪に、自慢の鍛えた可愛い筋肉のサイズが負けていることを異様に気にしていた。ちなみに梶山の胸のサイズは100センチメートルを超えている。

 自分の容姿が端麗であることは本人も十分知っているはずだが、それを鼻にかけていないようで、梶山にも色を感じさせず努力家だと評価していた。

  

 梶山と檜田は立ち上がって、

 

「すみませーん、今日はよろしくお願いします」

 

と一言言って、会釈した。

 

「すまん、先に早く来ているなんて思っていなかった。すぐ準備するよ」

 

「いえ、こちらが早く来てしまっただけなので」

 

 そう言って、ゆっくり作業するよう私を促した。

 まあ、社会人としては常識になるよね、頼む側が依頼先よりも早く出社して準備済ませて待っているって。私も逆の立場ならそうする。でも、私は小心者なので、これをやられると申し訳ない気持ちになる。仕方ないので、今日は営業先で頑張ってお仕事手伝おう。

 準備していたタブレットに、間違いなくデータが入っているか確認し、鞄に押し込んだ。

 

 

 

 結果から言うと、営業先は納得してくれて受注してくれることになった。

 営業先はカタログとして出している製品に追加でどのようなことができるか聞いてきたのと、後は操作画面のユーザーインターフェースの改変だった。

 出来るものは出来る、出来ないものは出来ないと回答し、出来るならばどの程度の期間を要するというのを説明してほしかったそうだ。

 基本、私でできる内容であれば他の社員でもできる。ただ期間については他の製品の兼ね合いもあるから即座にはできないと説明していった。

 下手に件数を取るための説明をすると、こちらがデスマーチ突入だし営業課も爆弾を抱えることとなるので、いい顔をして、年末に『弊社なら年内の施工も可能です』的な説明はしない。

 営業先もそれは十分わかってくれているのは助かった。やはり、同期の梶山の力は凄い。

 そういうわけで、昼食は梶山がとんかつをおごってくれた。梶山もロースカツを注文して食べていた。

 

「筋肉に嫉妬されちゃうんじゃないか?」

 

 私はそう言っておごってくれたロースカツ一切れを口に咥えた。

 筋肉は嫉妬しやすく、トレーニングをサボったりすると弛み、油物を多く食べると筋肉美の美しさを保てないらしい。

 梶山は指を立てて、ちっちっちっ、と指を横に振って動かした。

 

「週に1回くらいならいいんだ」

 

 どういう理屈かは知らないが、筋肉をこよなく愛している梶山がそう言うのだからそうなのだろう。

 とりあえず、とんかつの揚げたては本当に旨い。ソースによくすりごまを混ぜて食べる。炒ったゴマの香りが本当に素敵。口に広がる味を噛みしめて、口から鼻腔に戻ってくる香りを感じさらに食欲を掻き立てられてご飯を頬張る。ああ、生きていてよかった、エルフの里から、異世界から帰ってこれて本当に良かった。

 

「鈴木さんって凄いですよね。あんな風に言っても相手を納得させちゃうだなんて」

 

 檜田さんが鳥の形をかたどった箸休めに箸を置いてため息を吐いた。

 

「あー、あれは違うよ。梶山がしっかりと相手の手綱を握っているというか、信頼されているからだよ。私の説明で納得したんじゃなくて、信頼している梶山が営業した時点であちらは受注は決めていたんだよ。後は、具体的な形を知りたいから、くらいなものだよ」

 

 私はそう伝えて、もう一つカツを口に咥える。

 商品を売りつけるだけじゃない、相手との信頼関係を築く、これが重要な営業の仕事だ。買ってもらえなくても、次につながればいいのだ。そういう意味では本当に梶山は見た目もそうだが、記憶に残りやすいし、話しやすいから相手からも声もかけやすい。

 

「梶山を見てしっかり学ぶんだぞ。見て覚えろとか難しいんだけどさ、話し方とか話題の振り方とか本当に勉強になるよ。私は上手くできないけど」

 

「そういうところあんまり褒めないでくれよ。褒められてない筋肉が嫉妬しちまう」

 

 そう言って、梶山はおどけて変顔をしながら首の筋肉や肩の筋肉を盛り上がらせた。

 

―――

 営業課 梶山悟

 

 他にも営業先を回らなければならないのでとんかつ屋で鈴木と別れた。

 鈴木も会社でやらなければならない業務がある。

 営業先に行くことを気にしていたのか、鈴木は香水でも使っていた。嫌味の無いいい匂いだ。でも、そんな気にする必要はないのにな。むしろ、男の場合は香水なんて使わない方がいい場面が多い。

 

「鈴木さん、やっぱりいい人ですよね」

 

 部下の檜田がニコニコと笑顔を作って俺に話しかけてきた。

 そのとおり、鈴木はいいやつだ。面倒な仕事を嫌な顔せずに、さも当然そうにやってくれる。

 今回の営業先への説明を手伝いに来ても、設計開発課で個々に与えられた仕事が減るわけではない。それを埋め合わせするために時間外勤務をしなければならなくなる。

 時間外勤務をしたって、規定通りの金額なんて払ってくれない。世の中の会社の大体がそうなのだ。

 労働基準監督署に訴える?、馬鹿か、そんなことをした人間を誰が雇う?

 そんなに思い詰めるくらいなら、さっさと別の会社に転職した方が早い。能力があるなら余計にな。

 まあ、八方ふさがりの悩みを抱えるくらいなら筋肉を鍛えろ。筋肉は答えを教えてくれないが、俺の想いに筋肉は応えてくれる。

 筋肉は裏切らない。嫉妬深いが決して己を裏切らない。

 そして、筋肉の膨らみは、心の貧しさを克服してくれる。ああ、何て馬鹿な事悩んでいるのだろうと。 

 仕事に悩んだ時、筋肉にどうすればいいと悩みを打ち明ける。すると彼らは、もっと負荷をかけろ、と教えてくれるのだ。

 気が付いたころに鏡を見ると、6つに割れた腹筋が私に自信を与えてくれたのだ。

 そう、くだらないことを考えるくらいなら筋肉を鍛えればいいのだ、と色々な同僚に伝えたがあまりわかってくれなかった。

 鈴木くらいだ、筋トレやってみるよ、と言ってやってくれたのは。まあ、長続きしなかったが。今でも、スクワットは効率がいいから、と言ってやっているみたいだが。

 

「鈴木は本当にいいやつだよ」

 

「そういえば、鈴木さんってなんかいい匂いしますよね」

 

 そうか、檜田も気づいていたか。

 

「ああ、今日は確かにそんな匂いしたな。気合入れてきたのかな」

 

 あの、なんとも言えない、甘いようで爽やかな、それでいて嫌味じゃないいい香りだった。

 

「最近、出社する時はこういう匂いなんですよね」

 

 檜田の言葉で、俺はヒヤリと嫌な汗を感じた。

 

「まさか、女か?」

 

 鈴木の奥さん、めっちゃ悲しむわ。というか、あの奥さんに何不満あるの。美人で仕事にも理解あって、時々単身赴任先にも来てくれるとか、新婚さんじゃねえんだぞ。マジで有りえん。

 

「いえ、そういう噂は聞いたことないですね」

 

「そうか」

 

 まあ、浮気なんてしたら、大体すぐバレる。女性職員も特にそういう噂が好きで、目を見張っているからな。

 

「鈴木さん、他の女性職員にも最近人気なんですよ」

 

「へえ、俺と同じ40のおっさんが?」

 

「なんか、同性みたいな感じで話しやすいらしいんです」

 

 待てよ、浮気じゃなくて、元々そういう系の人間だったのか?

 でも、奥さんいる時点で変だ。いや、2刀流かもしれないな。

 

「今日のご飯の食べ方も、何か小動物みたいな感じで可愛くなかったですか?」

 

 檜田が、リスみたいに頬に詰め込んで食べる真似をした。

 まあ、そういう食べ方に近いが、可愛いというほどか?

 

「時々、なんか鈴木さんがピンク色の髪をした少女に見えるんですよ」

 

 俺は檜田の目を見つめた。

 そういえば、食事の時に仕事で思い悩んでいるようだった。前に俺みたいに件数取れないと嘆いたり、同期の女性職員に仕事がうまくいかないと話していた噂を聞いたことがあった。

 まさか、視覚に障害が出てくるほどとは……。

 俺は上司失格だ。

 

「そうか……お前ちょっと休んだらどうだ」

 

 檜田は、何を薮から棒に、みたいな顔をして

 

「な、何かありましたか?」

 

と聞いてきた。

 皆まで言わせるな。

 

「休め、筋肉もそうだが、休むべき時にしっかり休まないと取り返しのつかないことになるぞ」

 

 俺は、檜田に3日間は休むよう指示した。

 檜田は、少し納得していないが、疲れを取るのも仕事だ、と説明して、直帰させることにした。また、調子が悪くなればすぐに病院に行くようにと声をかけてから別れた。

 

 いつの間にか俺の部下は心が病み始めていたようだ。しっかり休んでもらわなければ。

 そういえば、一瞬、鈴木が確かにピンク色のショートヘアの中学生くらいの女の子に……俺も疲れているみたいだ。今日は軽く周って早くに上がろう。

 

―――

〇〇ビル管理 警備会社 警備員 里田守

 

 モニター越しに、ビルにピンク色の髪の女の子が入ってくるのを見た。

 俺は恐ろしかった。

 数年前、このビルから投身自殺をした少女がいたからだ。

 アスファルトには血溜まりができて、首が180度回り、幼さを残す綺麗な顔の片目が少し飛びかけていた。

 見落としした仲間の応援に駆り出された俺は、あまり見ることのない生の死体に気持ち悪さを覚えた。

 ご遺体が回収された後、残った血溜まりのそばに、淡い乳白色の永久歯が数本転がっているのを見つけて、無性に悲しくなった。

 機密情報の多いIT企業がテナントに入ることもあって、ビルの警備体制が強化され、カードリーダー式の施錠に、夜間を除き警備員が常駐するようになった。

 それなのに、女の子が入ってきた。中学生くらいのピンク色の髪をした少女で、今まで見た社員の誰かというわけではない。

 ちゃんと仕事をしてなかったと怒られてしまう。

 俺は急いで出入口に駆け込んだが、女の子はいなかった。

 何度かそんな日を繰り返し、俺は頭を抱えた。

 飛び降りた少女とあのピンク色の髪の少女が似ているわけではない。

 誰かが俺の頭をおかしくしようと企んでいるのだ。幽霊など存在するわけがない。

 本当にそうなのか。俺は頭が痛くなる。

 そんな時は、その謎の少女と同じくらいのタイミングで現れる同世代くらいのおっさんの匂いを肺いっぱいに深呼吸する。

 とてもいい香りで、心の奥底までリラックスできる。嫌なこと全てを忘れられる気がする。

 この香りを嗅がないと俺はやっていけない。

 俺ってウホ属性ではなかったはずなんだ。

 どうしてこうなったんだ。




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