私は人知を越えるモノに『異世界戻りの既婚TSおっさんがその妻から緑色の紙を叩きつけられるRTA』をやらされているに違いない 作:劇団おこめ座
私は牢屋にいた。牢屋は堅牢な金属の格子がはめられ、手で押してもびくともしない。薄暗いが、淡い光の魔法のランプが設置され、見通しは良かった。
牢屋は二部屋あり、一つは上半身裸で天井よりの壁からつながれた鎖と手枷で両腕が大の字になって固定されているジコンが入れられた独房、2つめは私と、
「なんで私もスズキと一緒に牢屋にはいらないといけないの!」
と叫ぶエメラダだ。私とエメラダは、どういうわけか、普通の牢屋で、ありがたいことに毛布まで掛けられていた。
牢屋に通じる通路から足音が聞こえて、見知った顔のエルフのハクラクが歩いてきた。
「お兄ちゃん、これはどういうこと!」
えっ、兄妹なの、この2人。
似ているというよりもエルフだから両方とも美男美女だったから、気にしてはいなかった。ほら、黄色人種の私たちが、白人とか黒人の顔が見分けられないのと同じだ。
「流石に、は……、長に対する度の超えた数たる侮辱は見過ごすわけにはいかない。悪乗りしていたエルフ達も別の牢に入れている」
ハクラクは疲れ果てた顔をして答えた。
「無礼講でしょ!」
「そうだ、ハクラク! 衛兵長になって下らない実績集めか! お父さん恥ずかしいぞ!」
ジコン、お前は父親かよ! 娘と共にムショ暮らし決定とかヤッベェーだろ。
無礼講をそのまま受け取るとか、いい年してお子様か!
そんなのあって無いようなものなんだよ。
元凶は、どう考えても私です。本当にありがとうございました。
「それで、私はこれからどうなるんだ」
私は胡坐(あぐら)を組みハクラクを見上げた。ハクラクは声を詰まらせて、観念したように言った。
「このままでは、スズキ殿は恐らく死刑かと」
「死刑?」
「そうです。死刑です」
いやね、冗談だろうと思うじゃん。でも、ハクラクはこんな冗談言わないタイプだ。
「人間だから?」
「確かに、そなたが人間だから、というのが回りに回ってそういう結果になるのだが……。スズキ殿、そもそも長の冗談を言ったからこのような罰を与えようとしているのではない。その反応から、スズキ殿の考えている罪刑に齟齬(そご)がある気がする。貴殿が考えているそなたの罪はなんであるか?」
「侮辱罪とか、名誉棄損罪とか、こういう世界だから不敬罪か」
※侮辱罪=日本の場合、刑法232条に該当。事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、一年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。2022年厳罰化。
※名誉棄損罪=日本の場合、刑法230条に該当。公然と事実を摘示し、人の名誉を毀き損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。公共の利害に関する場合の特例があり、目的が専ら公益を図ることであり、真実を証明できるならば罪には問われない。
※不敬罪=日本の場合、刑法74条に該当するも、昭和22年に削除、廃止。天皇、太皇太后(先々代の皇后)、皇太后(先代の皇后)、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ対シ不敬ノ行為アリタル者ハ3月以上5年以下ノ懲役ニ処ス、神宮又ハ皇陵ニ対シ不敬ノ行為アリタル者亦同シ。ざっくりと言うと、皇族、神宮関係に不敬なことをした場合、3か月以上5年以下の懲役になる。罰金刑はないので、有罪確定したら確実に懲役刑になりました。ちなみにタイにある不敬罪は1件につき禁錮3~15年だそうです。
ハクラクは首を横に振った。
「それは、まあ些細なものだ。長はそれくらいなら馬小屋行きか酷くても魔力草1週間摂取で許してくれる。エルフの中に、おまえさんのことが嫌いなやつがたくさんいるのは知っているだろう」
馬小屋行きって、魔力草1週間摂取よりも軽いの?
毎日食っている私は常に刑期を過ごしているレベルなのか。
それは今更どうでもいいが、エルフの中で嫌われていることは百も承知だ。この世界の人間が悪い。エルフを誘拐して性奴隷にしたり、薬の材料にするとか、寿命長いから知り合いや家族にその被害者がいれば、そりゃあ、溝は私ひとりが行動を改めたところじゃあ、埋まらねえよ。
「まあ、言わずと知れたことだが」
「人間がエルフの里内部に浸透することによる、数々の諜報にかかる罪とエルフの里の長の姿を模倣することによる煽動(せんどう)で、国家転覆の兆しあり、それらの犯罪を合算して、死刑にするべきと審議されている」
長をネタにして幻術を使って物真似して冗談言いまくったら、不敬罪を通り越して、内乱罪(日本の場合、首謀者は死刑)が適用されそうでござる。
ハクラクは、毎年恒例になりつつある、収穫祭後に里の長エリンをネタにして笑う大会が、年々過激になっており不敬すぎるということで事件化し、やりすぎ良くない、というイメージを浸透させようとしたのだ。
事件化、といっても取り調べだとかそんな面倒な話は一切なく、長が隠れてその場にいて、概ね全員の話を聞き終わった後でステージに現れて、ここにいるもの全員一週間魔力草の刑を命じるという、ざっくばらんな、簡単なお叱りをする程度だ。
それが、私の度の過ぎる長の物真似芸や絶対に言わないことシリーズや下ネタで怒りが有頂天になり、もう頭が沸騰して何も言えなくなってしまったそうだ。
それがいけなかった。
とりあえず、酔っぱらって前後不覚になっている者たちを当番の衛兵たちで牢屋に入れて、翌日、落ち着いた長から直接お叱りをしてもらう予定だったのだが、その前に、ステージでの催しを見ていたが参加はしているとは言えず捕まえなかった人間嫌いのエルフ達がこれは幸いと里の重役達と共謀し、スズキを不敬罪どころか死罪にする案を長に提起。
『人間、スズキは長の姿で長を侮辱するどころか、長に対するエルフの敬う心を破断させ、内乱に興ずる準備をしている』
『長エリンの姿を瓜二つに出せ、匂いも触れた感じも模倣できるとなれば、今後内乱は容易であることは明らか』
これらは、彼らの想像の中の話であり、実際の私の考えとは違うし、そうなるかどうかもわからない未来の話だ。そんなので処罰されたらマジで困る。
しかし、これは厄介だな。
自分も窮地に立たされているのは十分わかるが、長が私を助ける義理などエルフ側からすれば、当然あるわけがない。
長エリンは、お酒の席とはいえ、面前で再三馬鹿にされ、物真似による内乱行為が可能であることまで見ている。しかも、敵対している人間という種族だ。
それを、あえて守る理由ってなくね?
つまり、私を死刑だとかの重罪にするなりしなければ、エルフの里内での長に対する求心力は明らかに低下するのは目に見えている。
長が私がこの世界の人間とは違うことや、エルフの里に有益な技術を落とし込もうと考えていることは表に出していないし、そもそも、この世界の人間とは違うということを理解させるのは無理だ。聞けば、異世界から飛ばされてきた人間などこの世界にはいないそうだ。
つまり、長が、スズキは人畜無害で、もしかしたらエルフの里を発展させる技術をもたらしてくれるかも、という話は人間嫌いのエルフに通じるわけがない。
よって、私は詰みということだ。
「まあ、すまんな。元はと言えば俺がステージに立たせちまったことが原因だ」
ジコンさんがそう言って頭を下げた。死刑になりそうな私が2人部屋でさらに毛布まであったのに、上半身裸で天井からつるされるような形になっているジコンさんは何の罰が与えられているのか不安で仕方ない。
「ところで、ジコンさんはどんな罪で処分されるんですか?」
「『さん』付けなんてよせ。お前の長マニアっぷりに、長マニア筆頭として心底感動したんだ。俺たちはナイスな兄弟だ」
こんなふうに拷問を受けるように吊るされているのに格好つけやがって。馬鹿なのか。でも、こういうストレートな馬鹿は好きになっちゃうね。
「ジコン殿は私刑だ」
そんな刑罰あるの? エルフの里怖い。
「まじで?」
ジコンさんは深く息を吐いて、天井に顔を向けた。
「いつかはこうなることはわかってたんだ。でもよ、妻が好きだから、大っぴらに妻の下ネタ言っちゃうじゃん。だから、怒られるじゃん」
妻? 妻の話題なんてジコンさんは言っていたか? いや、まさかだけどさ、長が妻だとか、そんなことはないよな。私がいまいち理解できていない顔をしていると、ジコンさんは、あれ、言っていなかった?、みたいな感じに説明し始めた。
「すまん、話してなかったが、エリンは俺の妻なんだ」
いや、それはまずいっしょ。長の見ている前でさ、幻覚とはいえ長のおっぱいを上から揉むとかさ、匂いが同じだとかさ、言っちゃいけないレベルだよね。
え、いや、そもそもさ、エリンとジコンとハクラクとエメラダって家族なの?
話の流れ的には家族だよね。
そうか、思っていた以上に長エリンは私のことを気にかけていたのか。長として親として指示できるエメラダを近くに置き、衛兵長のハクラクをその指揮や足りないところの補助をさせる。両方とも衛兵という立場だから周囲へは監視対象と強く説明できる。私が討伐隊に参加させられても、本当に危ない場面ではジコンさんが介入してくれた。それでもエルフのみんなにはニンゲンを最前線で肉壁にさせて消耗させているように見える。
長、人妻だけどめっちゃファンになりそう。まあ、私は妻一筋ですけどね。
「ホントそういうお父さんだから、お母様も長という立場だから困っているでしょ」
エメラダ、おまえも母親のネタの『長なら絶対言わないシリーズ』でゲラゲラ笑っていたじゃねえか。お腹を痛めて生んでくれたんだぜ。そんな母親を笑うとかやべっしょ。ああ、私が笑うネタを提供したんでしたね。マジすみません。生きてここから出られたら長に謝りに行きたい。
「そういうことで、私刑なんだ。めっちゃ長は俺には怒ってるんだ。でもさ、多分兄弟スズキがこんな風に審議になっていなかったら、流石にこの格好はもう解除されていてもいいと思うんだ」
あんまり兄弟とか言わないでくれ、穴兄弟だと他の人に思われたり噂されたら、さらに長からとんでもないものがぶっ飛んでくるぞ。
「ところでお兄ちゃん、私はなんで捕まったの?」
「お前は普通に不敬罪。母上、結構普通にお前にも怒ってたぞ」
「知ってたぁー。お母様許してぇー! 魔力草はもうやだよぉー!」
涙を流すエメラダ。お前、その言い方だと、過去に馬小屋にぶち込まれる以上のレベルのイタズラをしたんだな。
「それだけならまだいいんだが、不穏な動きがある」
「魔力草以上の罰があるわけないじゃない。こんな苦くて酷い仕打ち! これ以上お母様に怒られることしてないよ」
私、苦い思いどころか死刑になりそうなんですけど。
ハクラクは眉間に皺を寄せた。
「監督不行届の罪を重ねて、里からの追放を審議させようという動きがある」
「え! 里から追い出されたら、恐ろしい種付おじさんや時間停止おじさんのいる人間の街に降りるの!? それだけはいやぁー!」
ごめん、そのおじさんシリーズは9割はフィクションなんだということをまだ教えてなかった。
「スズキ殿が内乱罪で処分される場合は重度の過失ありで、私も何らかの処分を受けるだろう。異世界で数たる学問を学んだスズキ殿ならなんとなく、この流れ、わかるだろう」
「つまり、長の里での影響力を下げようとする動きがある、と」
「そのとおりだ。母上、いや、長の周りのよく知ったエルフを減らし、孤立化させようとしている。そうすれば、長の力をより自分側のことに使えるからな」
「長の力ってそんなに凄いのか?
心が読めるとか、記憶が読める程度じゃなかったかな?」
「スズキ殿が、魔法がないが高度な技術のある世界にいた話が一部のエルフに漏れている。その技術を長から得たい者がいる。それに、長の力については家族にすら秘匿されているものもある」
やはり、長として選ばれるものは、胸の大きさや腰のくびれだけではなかった。
あの長には他にもすごい能力があるのか。マジものチートキャラなんだな。そんな人がガチギレするほどの行為をするとか、その場で切り捨てられなかっただけ運が良かったかもしれんね。
「つまり、スズキ殿、長の力を我が物として独占したい者はエルフの中にもたくさんいる。エルフの里も一枚岩ではないのだよ」
「私のやってしまったことは、そいつらからすると、タイミングが良すぎた、ということなのか」
私はため息を吐きながら、うなだれた。長のエリンにたくさんの恩があるのに、酔っていたとはいえ辱めるような言動をし、それがきっかけになってエリンの子であるエメラダが里から追放されそうになり、ハクラクは要職から降格されたりエリンの側で働けなくなったりするかもしれない。
タイミングが悪かった、というよりは自分の立場を考えずうかつだった。情けない。
ジコンさんは、あれはしかたない、私刑だし。多分、エリンによる刑だから夫婦で仲良くやってくれ。
胡坐をかいた腰にずしん、と響く振動を感じた。
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