私は人知を越えるモノに『異世界戻りの既婚TSおっさんがその妻から緑色の紙を叩きつけられるRTA』をやらされているに違いない   作:劇団おこめ座

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いつも読んでいただきありがとうございます。
今回のはちょっと長めですので、お時間のある時にお読みください。


エルフの里の思い出 2 終

 胡坐をかいた腰にずしん、と響く振動を感じた。

 屁ではない。私の屁はそんなに強くない。でも、ここ異世界の生活で野菜というか野草という名の魔力草の摂取のせいで屁がより臭くなったような気がする。

 

「お父さん、おならした?」

 

 エメラダが鼻をつまんでジコンの方を見る。

 

「そこまで響かねえよ! というか、エリンのことは『お母様』なのに、俺のことはなんで『お父さん』なんだよ。もっと敬意を込めて呼ぶべきではないか」

 

「お母様は長なのよ。そりゃあ、敬意を込めて発言するでしょう」

 

「俺、討伐隊の隊長だぜ?」

 

 ジコンさん、エメラダさんに立場が下だと思われていてワロス。

 でも、子供に、お父さんの価値はお母さんより下です、とはっきり言われると悲しいものがあるよね。子供にそう思われないように、愛情をもって育てたいっす。ジコンさんを父親の反面教師として学ぼう。

 

 ドン、と叩くような一瞬だけど強い揺れをもう一度感じた。

 すると、牢屋の外に通じる廊下からエルフの衛兵の一人が慌てて走って来た。

 

「ハクラク隊長! 敵襲です! 魔物が群れを成して里を攻撃しています」

 

「なんだと! 今の揺れは、里の建物を攻撃されたのか!?」

 

「そのとおりです!」

 

「なぜ、ここまで接近されている!?」

 

「不明ですが、長と重鎮たちの審議が続いており、長による森の監視が長時間弱まっています。森にある監視塔からの連絡はなにもありませんでした」

 

 長の能力って、エルフの森の中の監視もできるんですね。というかそんな人を長時間審議をさせて、敵の侵入を許してしまうとか、控えめに言って集団自殺未遂だよ。

 

「監視塔の討伐隊員の生存は期待できないな、この鎖を外してくれ。緊急事態なんだろ」

 

 ジロリとジコンさんが飛び込んできたエルフの衛兵にそう言うと、エルフの衛兵はどもりながら答えた。

 

「い、いえ、こ、これは長による…し指示ですから」

 

 ヘラヘラしていたジコンさんは急に雰囲気が変わっていて、周囲すら張り詰めた雰囲気になっていた。

 

「いや、鍵を持ってきて、外せ。長によるものなら、緊急事態で外す分には許される」

 

 ハクラクは腕組をしながらあごでエルフの衛兵に指示すると、衛兵は

 

「わかりました。後、肉壁として出せと、ニンゲンとエメラダさんについては別口から指示がありまして……」

 

と申し訳なさそうに顔を伏せて声を出した。

 また肉壁かよ、エメラダも肉壁係かよ。というか、あからさま肉壁と言われているのかよ。

 

「重鎮たちか」

 

「はい」

 

「わかった、出せ」

 

「すみません……」

 

「お前が謝ることではない。……彼らを最前線に出すならば、ジコン殿も一緒に連れて行き、前線の指示とニンゲンとエメラダが逃げ出さないように監視をさせろ。討伐隊隊長ならば衛兵長としてもこちらの身柄を安心して預けられるだろう」

 

 私はともかく、このエルフの衛兵はハクラクの妹であるエメラダの命を消耗させるような扱いをさせなければならないと伝えるのは心苦しかったのだろう。

 エメラダは少しちゃらんぽらんだけどムードメーカーな子だから、色んなエルフに好感を持たれているのだろう。

 ジコンさんが近くにいてくれるなら、仮に魔力が切れても大丈夫だ。何度も助けてもらった経験からすると安心できる。

 肉壁にされても安心できると思うとか、よくよく考えると私は頭おかしくなったのかね。

 

「あっ……そうですね、わかりました」

 

 エルフの衛兵も心が少し落ち着いたみたいだった。衛兵は通路の方へ踵を返した。

 

「というわけだ、ジコン殿。行ってもらえるか?」

 

「里を守るのに、外に出ない討伐隊隊長なんて恥ずかしいだろ。賊2人の身柄は任せろ。こき使って必ず返してやる」

 

「頼もしい限りだ。私たち衛兵は長の護衛に行くが、おそらく、長も前に出て戦うことにはなる」

 

「だろうな。それまでにこっちで魔物は全部狩りつくしていると思うがな」

 

 少しして、鍵を持ってきた衛兵がジコンさんや私たちを解放していった。

 

 

 

 

 里の建物は火がつき、魔法による水による消火活動が行われていた。消火中のエルフを狙った黒豹のような魔物が襲い掛かる。エルフの体を抑えつけ、首を嚙み切ろうと牙を向けたところで、無防備な腹を私は思いっきり蹴った。ひるんだところをジコンが前線に向かう最中に拾った薪割り用の斧を投げつけると、黒豹の魔物の首の骨が断ち切られ、力なく垂れ下がった頭から首の肉をのぞかせていた。

 

「魔物が結構入り込んでいる。気をつけろ」

 

 死にかけたエルフと、私たちに声をかけながら黒豹の頭を足で潰して粉砕した。

 

「お父さん装備!」

 

 後ろから走って来たエメラダが、胸当てと重さで叩き割るためのずっしりとした剣を持ってきた。その剣は、いくら磨いても取れなくなった魔物の脂が染みついて、薄っすらと黒ずんでいた。

 ジコンは、サンキュー、と呟いて流れるような手つきで胸当てを装着した。

 

「これ、スズキの」

 

 一本の黒い棒、小型の片手杖だ。ダークネスボアの牙から作られたその杖は、エメラダと共に倒した思い出のある品だ。これを使うようになってからは、魔法の制御というよりも、強めの魔法を使う時に特にスムーズに魔力を放出できるようになった気がする。

 

「それいいな。ちょっと軽いけど、殴るのにも向いているぞ」

 

 ジコンさんは物欲しそうな顔で私の片手杖を見た。あげないぞ。

 

「そういうことには使わないでください、使わせないでください!」

 

 エメラダの顔が少し赤くなっていた。そりゃそうだよな、怒るよな。死ぬような思いをして倒して手に入れた素材を使って作った杖なんだ。それを壊されたら軽く泣くよね。

 私のすぐ横から飛び出してきた緑色の小人が現れ、牙を出して吠えた。私はとっさに杖で殴った。

 

「うああああああ!」

 

 殺される。そう思ってとにかく殴り続けた。

 気が付いた時には緑色の小人の顔は原型を留めておらず、首も明後日の方向を向いていた。

 

「私たちの大切な思い出が詰まった杖ぇぇええええ!」

 

 血だらけになった黒光りする杖は、ジコンの言った通り確かに頑丈で、殴るのには適していた。

 

「だろ? なかなかいいだろ?」

 

「咄嗟だったので、殴ってしまったけど……」

 

「それでいいんだ。魔法の杖だろうが、貴重なネックレスだろうが、使うのをケチって死んだら身も蓋もねえ。いずれにせよ、まあ、頑丈なのはいいことだ」

 

「でも、大事に……してね……?」

 

 エメラダの潤んだ瞳がこちらを向いていた。壊さないようには気を付けるけど、私もジコンさんと同じで命あっての装備だろう派なのだよ。

 でも、この杖はエメラダと一緒に死にかけて入手した素材だから、壊れてほしくはないものだ。

 

「ああ、わかったよ」

 

 そう言いながら、前線に向けて走った。

 

 

 

 里に入り込んだ魔物を駆除しながら、里の外周を囲う土壁に備え付けられた門にたどり着くと、魔物の群れの集団とエルフの討伐隊の攻防が続いていた。

 門に近づくと、

 

「魔弾と隊長がきた!」

 

「これなら勝てる!」

 

と、大声でエメラダとジコンさんの登場を喜んでいた。エメラダは『魔弾』が前線での通り名になっている。

 門の隙間からエメラダは手を出し、魔力を込める。手のひらから幾重ものの円が現れて、その円にはこの世界の文字が筆記体になって描かれていた。

 そして、強い光が発生し、遅れて、ガガガガガガ、とコンクリートを削るようなと音と振動を感じた。

 魔力でできたいくつもの弾丸が魔物を潰していき、一瞬にして門の近くにいた魔物の群れは、文字通り肉がはじけて次々と血の塊となっていった。まるで戦争映画で機関砲の掃射をしているような、圧倒的な破壊を繰り広げているようだった。

 

 残っている生き残っている、射線上にいなかった魔物たちが驚愕し立ち止まっていた。

 

「今だ! 門を開錠!」

 

 ジコンの言葉を聞いて、討伐隊が門の(かんぬき)を開ける。

 そうすると、エルフの討伐隊の者たちが飛び出して、次々に魔物の頭をはね飛ばし、喉や心臓を矢で射抜き、氷の塊や土塊(つちくれ)が魔物の体を引き裂いた。

 私も門から出て、魔物に幻覚を作り出し、気をそらさせている間に魔力を固めた拳を叩きつけた。簡単には死なないので何度も叩きつけて殺した。

 私が魔物の息の根を止めて、振り向くと一匹の魔物が襲い掛かって来た。間に合わないと思って咄嗟に両腕で頭を守ろうとすると、魔物の頭に風穴が出来て、そのまま重力によって魔物が地面に倒れた。

 

「まだまだ甘いわね。幻術に特化しすぎよ」

 

 エメラダの魔弾だった。エメラダは私の側に立ち

 

「最初の魔法で半分以上の魔力を使ったの。これからは省エネで頑張るから、接近してきた魔物に幻術を使って」

 

と言って、魔弾を一匹一匹正確に脳みそを貫通させていった。

 私は言われるままエメラダの補助をした。

 エメラダの魔弾を撃ち抜く姿は片手に人差し指を伸ばして、親指を立てて他の指を握りこむ形をしていて、いわゆるフレミング左手の法則の形をしていた。子供が拳銃ごっこでもしているような、そんな手の形だ。

 発動される一撃の音は、パスン、と火薬の破裂音の無いサイレンサーを取り付けた拳銃のような音を出していた。

 

 

 

 午前から始まった戦いは夕暮れ時まで続いていた。安定してきた頃合いで、私とエメラダとジコンを除いたエルフは要員を交代し、英気を養った者が戦線に復帰していく。私たちの疲労は溜まっていくが、体力が回復したエルフの果敢な戦闘には助けられることも多かった。

 多くの魔物の残党を潰していく。終わりが見えてきた頃合いで、木々が倒れる音と魔物の雄たけびが遠くからこだましてきた。

 

「はあ、はあ、これで、もうそろそろ終わりにして……」

 

 残党の数は確かに減ったのだ。

 しかし、近寄ってきている敵の数、それは先ほどの門に殺到していた分と同等以上を想像させるような騒音が森に響く。

 別動隊の魔物というのか、波状攻撃というのか、これは辛い。

 それに残党狩りという形になりつつあり、エルフの各員が密集ではなく点在する状況になっている。

 ジコンは慌てて

 

「離れるな! 密集隊形を作って防壁魔法を張れ!」

 

と声を荒げる。しかし、もう遅かった。森の木々を埋め尽くすような数の魔物の群れが視界に見えてきた。盛り上がった筋肉のサル、足が異常に鍛え上げられた真っ黒なウサギ、研ぎ澄まされた角を持った白い鹿、各種の動物系の魔物が耳をつんざく鳴き声を発する。

 

 エメラダは青白い顔をして、片腕を伸ばして2重の魔法陣を浮かばせた。

 重低音の破裂音が十数発発射し、少なくはない数の魔物が爆死していった。

 しかし、それ以上の魔物が押し寄せていた。

 

「もう、体力もMPも足りない……」

 

 エメラダが両膝をついて息を切らせていた。

 

「もっと、魔力草、無理してでも食べればよかったなぁ」

 

 唇すらも青白くなったエメラダは肩を震わせていた。体力をMPに変えてまで魔法を放った捨て身のような攻撃だったのだろう。

 ジコンや数々のエルフが命からがら後方へ逃げ、体制を整えようとしていた。

 エメラダを私は肩で担ぐ。

 重かった。

 エメラダが太っているとかそういうことではない。

 人一人の体が軽いわけがない。

 体力を使い切ってさらに、ふらついた足腰でさらに一人担ぐだなんて、40超えた普通のおっさんにできることではない。

 私にできることは幻術しかない。幻術を使って姿を見えないよう魔物の認識をいじれば何とか逃げ切れるか。

 

 

 なぜ、幻術を使ったら認識が出来なくなる?

 認識を変えるからか?

 その認識はどこで認知する?

 脳以外にあり得ない。

 幻術は脳に作用させている。

 脳の何に作用させている?

 脳に何らかの物質を発生させる?

 違う。脳は、電気信号で情報を伝達している。

 つまり、幻術は脳の電気信号に作用させるのだ。

 脳は視力、聴覚、嗅覚、味覚および触覚の五感を感じさせている。

 それに誤作動を起こさせているのが幻覚だ。

 では、誤作動とはどういうことだ?

 本来あるものとは違うものを認識させるために電気信号を発生させるのだ。

 つまり、誤作動ではなく、作動させているのだ。

 つまり、幻術は五感を操ることができるのだ。

 操ることができる、ということは当然、作動したり、止めたりもできるはずだ。

 つまり、幻術は視力、聴覚、嗅覚、味覚および触覚を消し去ることができる。

 それは、脳の中の電気信号を消し去ることができるということだ。

 ということは、幻術は……

 

 

 もう魔物は数歩の側まで迫っていた。

 私は無駄に大量に残っているMPの全てを幻術に練りこむ。

 範囲は膨大な魔物が存在する範囲、対象は魔物。

 私の頭が術式の力に耐えきれなくなり始めて、目から、そして鼻から血が出てくる。

 でも、やり切らなければ、死んでしまう。

 仮にこの無理矢理な術で私が死んだとしても、せめて、エメラダだけでも生き残ってほしい。

 私の年齢からすると、エメラダは娘のように見える。

 時々生意気なことを言う姿は、娘の姿を思い出させるのだ。

 年齢は私と同じくらいだけどね。

 でも、見た目は娘みたいなもんだ。

 娘を死なすわけにはいかないだろ。

 娘を死なせたら、どんな目で妻に見られるか……

 震えているエメラダを片腕で強く抱き、私は幻術を行使した。

 

―――

 エルフの里 エリン

 

 里の重鎮たちに審議を中止させて、里の負傷者の救護で走り回って時間が過ぎ、少し落ち着ついたところで、なんだかんだで戦力にはなる重鎮たちを引き連れて里の門の外へ出た。

 いくつかの低い音の爆発音が聞こえると同時くらいに夫の怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「下がって防壁魔法を使え!」

 

 あの変態はこういう場面ではものすごく頼りになる。もう少し普段からしっかりしてくれたらいいのに。しかし、夫の声はいつも以上に力がない気がした。

 森の奥から雄たけびがこだましてきて、魔物の群れがまた来たのだと知った。

 一体どういう理なのか。

 もうとっくに里の外の監視もできているのに、里の森のさらに外から現れているのではない。

 里の森の中から魔物が現れているのだ。

 

「まだエメラダさんが!」

 

「わかってる! でもな、里を、里を守らにゃいかん! クソおおお!」

 

 夫と討伐隊の隊員のやり取りで、エメラダがもう助からないのだと知った。

 エメラダの付近の状態を映像で見ると、大勢の魔物の軍勢が押し寄せる手前で、体力やMPを使い果たしてスズキに肩を担がれていた。

 つい先ほどあった大きな爆発音は、エメラダがせめて敵を多く道づれにしてやろうと使った魔法なのだろう。

 ここから私も攻撃魔法を撃ち放っても、間に合わないだろう。

 私は強く歯を噛んだ。

 すると、森の方から著しい魔力の放出があった。それが幻術の類のものだということはわかったが、その魔力の量は地形を大きく変えるような戦術的な魔法の物だった。

 何があったとエメラダの方を映していた映像を見ると、エメラダを抱きしめたスズキが片手を魔物に向けて、何かぶつぶつと呟いていた。

 何と呟いているかはわからないが、聞いてはいけない呪詛のような何かに見えた。

 スズキの目や鼻から血が流れ、耳からも口からも出て来ていた。

 自爆魔法の類か、と思ったが様子が違う。

 次々とその場にいた魔物が膝をついて倒れていった。

 ドミノ倒しのように、ザーッと音を立てるように魔物が倒れていく。空を飛んでいる魔物は地面に落ちてそのまま動かなくなった。

 

「なんだ……こりゃあ……」

 

 夫が倒れた魔物の群れを見つめ、そして近づいて行った。

 

「死んでる。魔物が眠るように死んでいる……」

 

 周囲の者たちのざわめき、他の討伐隊員や重鎮たちが魔物の群れに近づいていく。

 これが罠だったらどうするつもりだ。

 

「うかつに近づくな! 先行している討伐隊長の判断を待て! 今のうちに負傷者の救護、発見に努めよ!」

 

 私は声を荒げると、ハッとして討伐隊員が倒れた魔物の群れを警戒しながら、怪我をして動けなくなった仲間を探し始めた。

 

 私について来ていた子飼いの衛兵に目配せすると、彼らは意図がわかり、エメラダとスズキの方へ足を向けた。

 

「まだ確定じゃないが、魔物は多分全滅している! とりあえず、負傷者を里の中に運ぶぞ!」

 

 夫の声にエルフ達が安心した声を口に出していた。

 歩けないほどの負傷したエルフ達が担がれて運ばれ、疲れで消耗しきったエメラダと、血だらけになり息が荒いスズキも担がれてきた。

 

「この魔物を全滅させたのはあなたなのでしょう?」

 

 私は聞く必要はなかった。

 スズキの顔を見れば、その記憶が浮かび上がり、どんな風に殺したかも理解できた。この土壇場で、幻術の真理まで辿りつくとは、本当に恐ろしい人間だ。

 ただ、彼の名誉のためにあえてスズキの口から聞く必要があった。そうしなければ重鎮たちが理解できないのであろうから。

 

「ああ……うま……くできた……みたい……だ……」

 

 スズキが口から血を吐き出しながら答えた。これ以上話さなくていいと、伝えて、子飼いの衛兵に早く運ぶよう指示した。すると重鎮たちが、私とスズキのやり取りを聞いて、顔を真っ赤にして怒り出した。

 

「そんな馬鹿なことがあるか!」

「人間がそんなことできるわけがない!」

「馬鹿も休み休み言え!」

「幻術ぐらいしか使えないくせに!」

 

 彼らの罵倒が続く。いつものスズキならヘラヘラして『マジっすかーw! 気を付けますwww』みたいな感じでペコペコしながら逃げていくのだが、今回はそんな余力がなかったみたいだった。

 

「じゃあ……あなたたちで……試して……みますか?」

 

 重鎮たちは息を飲んだ。彼は瀕死なのに、得体の知れない底の深さが目の奥に宿っていた。

 どんなことを彼が魔物にやったかは重鎮たちはわからない。

 彼がこの魔物たちを全滅させたのか、それともこの量の魔物を呼び寄せた下手人なのか、いずれにせよ、敵意を向けられたら危険な人物なのは明らかなのだ。

 

「スズキ、立場を考えなさい」

 

 私がそう言うと、スズキはやはり腹立たしそうな顔をし、重鎮たちはニヤニヤしはじめた。

 私は息を強く吸って声を出した。

 

「ところで、里の皆さん。スズキはこの里の窮地を救った人間です。今、彼は里の反乱を企てたという罪があるということで、審議されています。しかし、今日の勇気ある行為を皆さん見たと思います。彼が、里の反乱を企てる者であるかどうか、どう思いますか?」

 

 こんな大きな声を意識して出したのは久しぶりだ。

 エルフ達は少し驚くように私を見た。その時間はほんの少しの時間だったけれど、私には長く感じた。

 急に時が流れ始めたように、俺は魔物にやられそうだったところを助けてもらった、怪我をした時に薬をかけてもらった、等の声が上がって来た。

 

「スズキが里の反乱を企てるように思う方はいますか?」

 

 誰も声を上げない。

 重鎮たちも、他のエルフが助けてもらったと言っている手前であり、批判すれば自らの求心力を落とすことになるので声を(あら)らげて問題視する発言はできなくなった。

 

「反論がありませんね。では、スズキの反乱による罪については事実なしとして無罪とし、それに連なる罪もあり得ないとします」

 

 

ーーー

 

 ホテル馬小屋にて、私は魔力草を盛られたざるをテーブルの前にしていた。

 魔力草は新鮮な状態で、葉の一枚一枚はピンと張っていて、鮮やかな紫色だった。それが井戸水で軽く洗われて、水滴が付いていた。

 私はため息を吐いて、魔力草を口の中にいれ、噛んだ。

 エメラダが眉をひそめて

 

「だ、大丈夫なの?」

 

と声をかけてきた。

 

「あの世の婆ちゃんが一瞬見えた気がした」

 

 口の中で、弾ける苦さ、広がる爽快な苦味、鼻に抜ける強い青臭さ。噛まなきゃよかった、と心底思う。

 

「どうせ噛んだか噛んでないかなんて誰にもわからないでしょ?」

 

「長は記憶も読めるんだぞ、バレるの必至だ」

 

 私の内乱罪は結局、無罪放免となった。

 しかし、長への不敬罪は残り、長から直接、

 

「魔力草を一日ざる一杯、一週間よく噛んで食べる刑に処す」

 

と伝えられた。

 側近のエルフがげっそりしたような顔で、なんて恐ろしいことを、と呟いて震えていた。

 

 不敬罪の件は私とジコンさん以外のものは、一日3本の魔力草を一週間食べること、というものだった。長の私への個人的な怒りは半端ないものだったようだ。

 ちなみにジコンさんの刑については誰も語らない。聞くと皆顔を伏せた。たまたま、長が通り過ぎた時に聞こうと思って声をかけたら、とてつもない笑顔をしていて、怖くなって聞くのをやめた。

 ジコンさん、達者でな。

 

「そうだ、私は今日の分まだだったんだ」

 

 そう言って、エメラダはざるに入った魔力草を手に取って、口に運ぼうとして、やはり戻そうとして、そして、しばらく魔力草を見つめて、勢いをつけて口にほうり投げ飲み込んだ。

 

「うぇっ……まずい……」

 

「噛まないだけマジで天国だぞ。というか私のから取らなくてもいいじゃないか」

 

 エメラダにそういうと、エメラダの白いほほがほんのり赤くなって、

 

「べ、べつにいいじゃない。取りに行くの面倒なだけなんだから!」

 

「すぐ家の前にも生えてるじゃん」

 

「洗う手間はぶけるのよ!」

 

「でも、ざる一杯食べなきゃいけないノルマが……」

 

「そんなの、3本か4本程度なら誤差でしょ。お母様もそのくらいなら何も言わないわ」

 

 エメラダがまた魔力草を口の奥に放り込んで飲み込んだ。

 まあ、ノルマが少し楽になると思えばいいか。ざる一杯って言っても何グラム、と指定されているわけではないか。

 エメラダがさらに口の中に数本入れて飲み込んだ。

 

「おいおい、お前の刑は一日3本だろ?」

 

 エメラダは(にが)くて(くる)しい顔をしており、それを指摘するとさらにほほが赤くなった。

 よっぽど辛いのだろう。

 

「べ、べつにいいじゃない! 少し多く食べれば、次に魔物が襲ってきても魔力切れにならないんだから!」

 

 なんか、怒りキャラになりながら、無理やりさらに何本か魔力草を頬張った。

 

「ちゃんと噛んで食べるかの監視のために1週間来ていると前に言われたけど、お前が俺の分手伝ったら、本末転倒だろ……」

 

 エメラダってマゾで普段は怒りっぽい性格なんだな、と思った。

 あの死にかけた日からエメラダにはつっけんどんというか、定型的なツンデレみたいなことを言われるようになった。

 でも、私は知っている。

 世の中にはツンデレなど存在していない。

 ツンデレなんてフィクションの中での話だ。

 ツンデレなんてリアルでしている奴なんて痛すぎる。




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