私は人知を越えるモノに『異世界戻りの既婚TSおっさんがその妻から緑色の紙を叩きつけられるRTA』をやらされているに違いない   作:劇団おこめ座

24 / 37
いつも読んでいただきありがとうございます


美少女おっさんと緊急呼び出し

 息子の英智が通う高校の学校祭を見終わって、帰路に着く。

 まだお昼の2時くらいだが、もう見るものがないので仕方なく会場から出た。

 ごめん、嘘です。カラオケ大会に出てしまってとんでもなく目立ったので逃げたのだ。そもそもカラオケで観客全員号泣の上にスタンディングオベーション、鳴り止まない拍手とか、なんなのこれ。

 この体、よこした神様みたいな奴ら、歌声でこのレベルとか、歩く洗脳戦術兵器じゃねえか。

 いや、でも、こういうのやってみたかったな。

 海外のオーディション番組に登場した無名がスタンディングオベーションとか、学校のあのモブがライブハウスで人気者とか。

 でも、もう十分だ。この声はもらいもんで、自分の努力の結果ではない。そんなので、一躍有名になって何がいいんだ。いずれボロが出るし、本当のプロの世界で壁にぶち当たって壁を乗り越えられなくて辞めてしまうのが目に見えている。それに真面目に頑張って日の目に当たらない人たちに失礼だ。

 

 帰り道、翌日も休みだからと娘の由紀が私の家に泊まると行って来た。

 まあ、こういう流れになるのは仕方ない。

 こういう休みの昼から、一人しっぽりと居酒屋とかバーに行きたいなと思ったけれど、酔いながら幻術をうまく使いこなす自信はない。ガッデム!

 舌打ちしたら、娘から

 

「父さんみたいな美少女が舌打ちすると、とんでもない腹黒キャラに見えるよね」

 

と笑いながら言われて、また悔しさを感じた。そんな時、私の携帯電話が受信音を鳴らし、妻かな、と思って画面を見たら、会社からだった。

 眉間に皺を寄せて舌打ちをした。

 

 家に戻ってパソコンをつないでも良かったのだが、会社の方が近かったので会社に向かうことにした。

 娘に私の家に帰っていてと伝えたが、

 

「お父さんの会社どんな会社なの? 興味ある!」

 

と言って付いてきた。まあ、静かに見ている分にはいいか。休みだし。

 

「会社内では携帯電話で撮影したり録音したらダメだからね。お父さん、下手するとクビになるから」

 

 娘にそう伝えると、

 

「そんなことより、お父さんまだ女の子のままだけど、幻術で元の姿を作らなくていいの?」

 

とあきれた顔をされた。全く、急いでいたとはいえ、本当にあきれる。ばれたらとんでもないことになるんだった。

 私は周囲に私がだんだん興味なくなり認識できなくなる幻覚をまとい、そして元のおっさん姿の幻覚をまとい、認識できなくなる方の幻覚を薄めていった。

 

「お父さん、今どうやったの? 元々その姿でいたように感じたんだけど。」

 

「これは、自動ドアが開いてくれない現象と同じさ。元々そこにいなかったし今もいないと認識させしまえば、どんな状態で現れても誰も気が付かない。簡単に言えば気配をどんどん薄くしていくという魔法だ」

 

「いや、全然よくわからないんだけど、とりあえずまた濃厚な手品をしたというわけね」

 

 娘は自動ドアが開いてくれない現象を味わったことがないのか。いるのにいない扱いのあれだぞ。くそ、あれで何度恥ずかしい思いをしたか。全国共通のあるある恥ずかしい現象ではないのか。

 

 私は会社の入ったビルの出入口にカードリーダーをかざして中に入ると、私と同じ年齢くらいの中年の警備員が走って来た。

 

「今度は二人! いや、でも本当に一人見える!」

 

 警備員さんは走ってきた時は顔が赤かったが、今はカタカタ震えて青くなっている。休みに珍しく人が来たからびっくりしたのかな?

 

「すみません、娘が見学したいというので、ゲストの首から下げるあのストラップですか? あれあります?」

 

 警備員さんが息を飲み、動きを止めた。どうした。大丈夫か。

 

「え、娘さん? え、あ、いや、ああそうですか! 今準備しますので、こちらの簿冊にサインしてください」

 

 私は部外者が入ってくる時に書いていた簿冊を警備員室の前に見つけると、それに書き込んでいく。

 

「いやー。娘さんいらっしゃったんですね。奥さん似なんですか?」

 

「そうそう。もし、私に似ていたら多分グレていたっすわ」

 

 私はヘラヘラと笑いながら簿冊を元の位置に戻し、警備員さんが首から下げる入館証を渡してきた。

 

「では、帰る時に渡してください。もしいなければ先ほどの簿冊の上においてから出て行ってください。あと、帰る時も簿冊の記入をしてください」

 

 警備員さんがそう言うと、急に、スーハースーハーと息を吸った。この人大丈夫か。いや、病気持ちかもしれない。喘息だったかな、呼吸がしづらくなる慢性の病気。こんなふうに娘の側でされたら、娘の匂いを嗅いでいる変態か、と思ったところだが、見た目おっさんにこんなことする奴なんているわけがない。

 警備員さんは、私と娘の視線に気づき、

 

「あっ、えーと、すみません。持病で……」

 

とすまなそうな顔をした。私は首を横に振った。

 

「気にしてないよ。むしろ、体調大丈夫ですか?」

 

 私は強くスーハーと呼吸し続ける警備員さんにそう答えて、すれ違い様に生活魔法の治癒を小声で唱えて、何事もなかったかのように娘とエレベーターに乗り込んだ。

 

「お父さん、なんで治癒なんてあのおじさんにかけたの?」

 

「そりゃあな、私たちの歳になるといろんな慢性的な病気なってしまうんだけど、それで仕事を辞めなきゃいけないこともあるんだ。あれはきっとひどい喘息の症状のような気がしてね。あまり頻繁に話さないとはいえ、同じ年齢くらいの人で家族を養っていたりする人を見るとね、なんかやってあげたくなるんだ」

 

「ふーん、私にはお父さんの匂いを嗅ぐ変態のおっさんに見えたけど」

 

「だめだよ、由紀。見た目でそう思っているだけでしょう。お父さんは昔の容姿だった頃は、本当にお母さんくらいしか話してくれる女性がいないくらい異性からの扱いが酷かったんだぞ」

 

「そんなに自分自身をディスらなくても……。でも、あの人はただの変態な気がする」

 

「お父さんの元の姿にそんなふうになる人なんて、しかも男で、そうなる人は有り得ないからな、絶対」

 

 そんな会話をしながら、私の職場の入っている階層にたどり着いた。

 

 

 

 エレベーターを降りて、白が基調の職場を歩く。電気がついているのは、営業課と我が設計開発課の部屋だ。

 設計開発課の部屋にたどり着くと、カタカタとキーボードをたたいている同僚たちがいて、私の隣の席の神経質そうな顔つきの門主任がより神経質な顔つきで、モニターをにらみながらタイピングをしていた。

 私が席に座ると、ようやく門主任が気づいた。

 

「鈴木さんも近くにいて来た口か」

 

「ええ、運悪く。とりあえず、今のところどうですか?」

 

「進捗率1割程度だろうな。今日はいつ帰れるか……」

 

「なんで営業課がいるんだ?」

 

「何人か責任を感じて手伝いに来てるけど、こっちの仕事が出来るわけじゃないしなあ」

 

 今回私たち設計開発課が休みの日に出てきているのは、営業課の職員の一人が爆弾を抱えていて、それがついさっき爆発したのだ。

 無理な案件を取ってきて、上司や製品の作成をする設計開発課に内容を過少申告して怒られないようにと後でばれる馬鹿なことをしたのだ。

 例えば、うちなら年末年始も開けて作業するので1月5日に卸せますよ、とか、仕様変更大丈夫それくらい無料でやりますよ、みたいな超絶迷惑な案件を取って来たのだ。

 ちなみに、その案件を取って来た彼は数日前に音信不通になり、取引先から直接上司に案件の内容を言われて発覚したのだ。

 

「ところで、鈴木さんの後ろの女の子は?」

 

「娘の由紀です」

 

「ああ、前に話していた娘さんか。奥さん似なんだね」

 

「そうなんですよ。私に似てなくて本当に良かったっすわー」

 

「多分今日は完徹作業になりそうだから、娘さん一人で帰れるなら帰した方がいいよ」

 

「やっぱりそうですか」

 

 由紀が座っていた椅子の方へ私は顔を向け、やっぱり帰ってと伝えると、

 

「もう少し見てから帰ってもいい?」

 

と言ってきたので、帰りたくなったら教えるように伝えた。

 

「おお、久しぶりに見たら大きくなったな由紀ちゃん」

 

 振り返ると筋肉の塊、いや梶山がいた。梶山は代表電話につながる電話の側に座っていて、ああ、電話番でも名乗り出たのかな、と思った。

 

「あ、梶山のおじさん久しぶり。おじさんも筋肉モリモリ増えたね」

 

 娘と梶山と会うのは1年ぶりくらいなのかな。

 私と梶山が仲がいいので、よく家族ぐるみで子供のアミューズメントパークに行くことがある。小さい頃から梶山はうちの子に人気なんだよな。いつか、お父さんの座を奪われるんじゃないかと自信を無くしそうになった。

 

「だろ? 職場のやつ、この僧帽筋の盛り上がりが増えたことに気がついてくれないんだよ」

 

 梶山はジャケットで見えなくなった首や肩のあたりを指で示すのだが、どの部分かあまりわからない。

 

「それにしても本当にお母さんに似たな。目や鼻の形がそのまんまお母さんのだろ」

 

 そう梶山にマジマジと見られて、娘は少し照れていた。

 今日は色んな人に、娘が妻似だと言われまくっているが、悪い気はしない。だって、大好きな妻に子供が似ているとか最高だろ。自分に似ていたら、その頃の黒歴史を思い出してマジ辛い。叱らないといけない時だって、きっと熱くなり過ぎて虐待を疑われてしまうと思う。妻似だからそこまでいかない。代わりに妻がちょっと厳しいんじゃないかなと思う時がある。まあ、黒歴史思い出しているんだろうなぁ。

 それに、なんというか、娘や息子の顔を見ていると、なんか別の人を思い出すんだよな。ここにいるわけではない誰かなんだけど、誰だったかな。

 でも、それを思い出している余裕はないことを思い出した。

 今日中にとんでも案件を終わらせなければならない。

 その打開策を考えながら、担当分の作成を始めるが、普通に頑張ったとしても通常業務を放置して3日くらいだろう。明日中に、というわけにはいかない。

 周囲を見渡す。パソコンの前に悲壮感いっぱいの社員たちの顔。ブラック企業とまではいかないがたまにはこんな運の悪いことに当たって休み返上の日もある。みんな、それなりに予定があったんだ。予定がなくったって一日ダラダラして頭を休めるって言うのだってそれなりの予定なんだ。

 そんな一日の大半を仕事させられるだなんて……。

 ん、待てよ。

 今回だけなら……へんな課長も見ていないし、きっと出てきていないから、下にぶん投げてんだろう。これからしようとしている結果が知られたら、こんなに早く処理できるならもっと営業課に仕事の案件を取ってきてもらっても、みたいな妙に仕事の管理をされなければいい。まあ、みんな好きでもない課長に情報なんて共有しないし、休みが無くなるような仕事を押し付けられるようなことはしたくないから黙っているだろう。

 よし、それなら……

 

―――

 営業課 梶山

 

 俺たちの課のバカのせいで設計開発課のみんなに迷惑をかけてしまった。

 会社を開けている間の電話番ぐらいは俺がしようと思い出社した。

 設計開発課のみんなは、発端の営業課に在籍している俺には嫌な顔をせず、むしろ労わってくれて、お前は来なくてもいいんじゃねえか、家族サービスして来いよ、なんて言われた。いいやつばかりで、頭があがらねえ。

 同期の鈴木とその娘の美由紀ちゃんが来て、15分くらいしたころだろうか、俺、何か疲れて来てんのかな、と思い始めたんだ。

 設計開発課の職員たちの手の動きが3倍速ぐらいに見えるんだ。

 いや、そんなわけねえだろ、と思って目をこすってみるが、いややっぱり速えんだわ。

 俺が間に合ってほしいという願望がそう見せている幻覚じゃないのかと思ったのだが、タイピングする速さも異常に早いし、叩く音も早いし、相談している声も何言っているんだかわからねえくらい早いんだわ。

 たまに聞き取れるのは、

 

「メッチャヤルキデルー!」

 

「時間外ニ働ケル喜ビ!」

 

「タイピングノ音ガ耳二気持チイイ!」

 

「楽シイ! ワカラナイケド楽シイ!」

 

というよく訓練された社畜がデスマーチの最中にしゃべるような声だ。

 でも、この速さで仕事が進めば、今日中、いや後2時間もしないうちに終わってしまいそうだ。

 なんてやつらだ。

 この会社の設計開発課はバケモノばかりなのか。

 いや、違う、バケモノ直前の天才ばかりなんだ。

 ちっぽけな力しかない俺は恐怖を感じながらも、その脅威にひれ伏すしかできない。

 ……違うだろう。

 俺は、彼らから学ばなければならないんだ。

 限られた時間に、最大限の結果を出そうとチーム、いや会社全体で出そうという心意気!

 逆境だからこそ燃え上がる熱意!

 

 なんだろう、俺も胸が熱くなってきた……

 電話番なんてしていても、さっきから電話なんてならねえんだ。他の営業課のやつにやらせよう。

 今日はあの商社とこの会社がやっていて、あの会社の社長は今ゴルフの接待だったか。

 こんな時だからこそ、足踏みしてんじゃなくて、神案件を取ってこなければ!

 それにこんなところで座っているだけだとよ、俺の鍛えた筋肉が嫉妬し始めているんだ! モモにもっと負荷をかけろ! もっと上腕二頭筋に重たいものを持たせてくれ、と!

 あああああ! 俺は営業にいくぞおおおおお!

 

 

――― 

 長女 鈴木由紀

 

 お父さんから魔力が放出されたみたいで、それが原因だと思うんだけど、急に他の社員の人の動きが早くなり始めた。なんか、ドラクエのピオリムとかファイナルファンタジーのヘイストみたいなやつなのかな。

 確か、今までのエルフの里のお話を見せてくれた中で、私のお父さんって幻覚系特化の魔法使いなんだけど、これって人の頭の中をいじっているってことなのかな。

 ぶっちゃけヤバくね?

 なんか、周囲から、『んぎもぢいいいいい!』『仕事タマンネエエエ!』『モット働キタイィイ!』とか叫んでいるように聞こえるんだけど。

 むしろ、お父さんもなんかそんなこと言っている。大丈夫かな……

 梶山おじさんも休みだって言っていたはずなのに『俺は営業にいくぞおおおおお!』『俺は営業神になるううう!』って叫んで外に出て行ったけど、本当に大丈夫なのかな……

 

―――

 2時間が経過した頃、製品は出来上がり、課のみんなは狂気乱舞して喜んでいた。他の進捗状況のヤバいやつも処理しようと思い始めて、そういえばヤバい洗脳魔法をかけていたことを思い出し、魔力を切った。すると、急にみんな賢者モードみたいに冷静になり、

 

「終わったし帰るか」

 

「そうすっべ」

 

「営業課の人、いつの間にか電話番以外いなくなった」

 

と口々に話しながら、パソコンの電源を落として帰宅の準備をしていた。

 娘の由紀の方を見ると、携帯電話をいじってゲームでもしているようだった。声をかけると、ハッとして私を見た。

 

「仕事終わったの?」

 

「ああ、なんとか終わったよ」

 

「お父さん、わかっていると思うけど、もう二度とそれ使わない方がいいよ」

 

 娘は小声で私に今回の魔法のことについて注意をし始めた。

 傍目で見たら、ビデオ早送り状態の狂信者みたいだったそうだ。

 やっぱり、やばかったか。

 

 

 

 私と娘は電車に揺られながら帰路につき、駅から少し歩いてアパートにたどり着く。

 私も娘も疲れていたのか、足取りは少し重たかった。

 私の部屋にたどり着くと、幻術を解除して、着ていたジャケットをとりあえずリビングのソファーにかけ、飲み物を取りにキッチンへ歩き始めた。

 鍵が閉まる音を聞いて、ああ、私が鍵をかけ忘れたんだ、と思って扉の方を見る。

 空気が突き抜けるような小さな音が聞こえた。玄関のドアからは締め切られた部屋の臭いが飛ばされて、頭を涼しくする無臭に近い風が入って来た。

 拳銃を私に向けた妻が立っていた。

 

「おい、お前、私の夫のなんだ?」

 

 私は背中を振り向くと壁には穴が1個空いていた。

 これは非常にまずい。

 私は私の自室にて美少女姿。 

 妻の知らない美少女が私の自室を好き放題に使っている。つまり、何らかの関係者というより深い知り合いであることを思料される。

 目の前で戻る? 

 妻の嫌いなあざとい系の美少女が夫だと説明する?

 そもそも理解してもらえる?

 多分、いずれにせよ頭撃ち抜かれますね。

 

 妻に離婚届を叩きつけられる前に、拳銃で殺されそうでござる。




感想、お気に入りへの登録等ありがとうございます。
いつも励みになっております。
誤字脱字報告も助かっております。

『落ちない椿』が第11回ネット小説大賞の一次選考を通過しました。
読者の皆様の誤字脱字報告や叱咤激励のおかげだと思います。
この場をお借りして感謝申し上げます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。