私は人知を越えるモノに『異世界戻りの既婚TSおっさんがその妻から緑色の紙を叩きつけられるRTA』をやらされているに違いない 作:劇団おこめ座
エメラダ
スズキが来てから1年と少しくらいたった頃、馬鹿なエルフ3人組に買ったものを壊されたという噂を聞いた。スズキの住処となっている馬小屋に行った。
もうボロボロになった馬小屋は、本来エルフにとっては、懲罰部屋である。母である長エリンに失礼な言動をした者や、母の前でゲスなことを考えたものが入れられる場所だ。ちなみに、合わせ技で魔力草というあまりの苦みで夢にも現れる苦い草を食べさせられる罰もある。
そのボロボロの馬小屋に住むスズキは変わった人間で、エルフの敵ではない人間だった。
人間は、エルフを誘拐して奴隷にしてみたり、殺して薬の材料にしたりするヤカラなので、絶対に気を許してはいけない。
しかし、スズキは違っていて、そういう人間のコミュニティーに所属していないし、エルフに害を与えよう等という考え自体も持っていない、ということを兄ハクラクから教えられた。
まあ、はっきりとはわからないけれど、無害な人間だということらしい。
馬小屋からスズキを覗いてみると、ある程度片付けられた馬小屋の中にある木箱を椅子にして母に似た女性が座っていた。黒髪にブラウンの瞳の女性で、母程の暴力的な胸のサイズはなかった。
スズキに問いただして見れば幻術によって出現させたスズキの妻らしい。
この男にこんな綺麗な女性が?
釣り合わない。きっと、嘘か、ホムンクルス愛好家みたいに俺の嫁というやつなのかな。
何らかの病気なのかもしれない。
エルフばかりの集落で、いじめられているのだ。
可哀想に。
そこらのバカエルフより、スズキは凄くいいやつなんだ。
もう少し優しくしてやろう。
スズキが来てから3年くらい経ったころ。
私たちエルフからすれば少し季節が巡った程度の感覚だ。
私が強く記憶に残っているのはスズキが魔物の襲撃を一掃したあの日だ。
あの日、あいつが群がる魔物から私を助けてくれなかったら、今頃ここにはいなかった。
私を肩に担いで、魔物から死に物狂いに離れようと頑張ってくれた。他のエルフや家族でさえ諦めなければならない時、頑張れ、生き残るぞ、と励ましながら一緒に走った。
それからは、スズキのことが気になるようになったけれど、魔法は私の方が上だったのに、というプライドがあったせいで何かとスズキには素直になれなくなった。
スズキが来て10年経った頃、スズキの改築した馬小屋はもう、馬小屋ではなく一つの一軒家となっていた。
この頃のスズキはよく魔物を狩っていた。
スズキ的には魔物の頭のスイッチを切る、みたいな感じで、接敵した時にはすぐに魔物は即死していた。
その技は魔法によるものらしいが、詳しくは教えてくれなかった。
調整を失敗すると、自分諸共周囲が死ぬらしい。
それは知りたくない。
体より大きな魔物を引きずってくる体は本当に頼もしくなった。彼が来た当初はガリガリのもやし野郎だったのだけれど、今となれば、体全体が小麦色の肌の色になり、しっかりと筋肉が付き、そこらのエルフにも負けない引き締まった体つきになっていた。
スズキの目元を見ると、深いシワが刻まれていた。
スズキが来て20年ほど経った。
見違えるようにスズキは髪の毛が白くなったし、動きも鈍くなった。
つい数年前まで、森の中を走り回って狩りをしていた気がしたのに、いつの間にかしんどそうだった。
時々、スズキの様子を見に来ると、外には石を投げつけるクソガキエルフがいたので、しばき倒した。
スズキの家の中を見ると、やはり幻術によって作られたスズキの妄想妻が椅子に座っていた。
しかし、そのスズキの妻の顔は、ぼんやりとしていてはっきりとはわからなかった。
その隣で、スズキは魔術の教本を読み耽っていた。
テレポート関係の書物だった。
スズキは昔いた世界に戻りたい、とよく言っていた。
一生懸命勉強しているが、センスの必要な魔法で、エルフの里では母ぐらいしか使いこなせない。
彼が一生のうちに使えるかどうかはわからないが、一人で学ぶのは大変だろうと、私も隣に座って一緒に学んだ。
時々、兄のハクラクと一緒にご飯を作ってスズキの家にお邪魔して、一緒に食事をした。器用に使っていた箸という2本の木の棒はいつの間にか使われなくなって、スプーンやフォークになり、昔は綺麗な食事姿だったのに、ポロポロとこぼす状態になっていた。
食事をしながら、彼は彼のいた世界のことを話すようになった。
魔物のいない世界。魔法を使う人が誰もいない。鉄の塊が空を飛び、世界中の人が好き放題旅行ができる。お湯だけでご飯が作れ、閉店時間の無いお店や一日中明かりのついた街がある。そんな不思議な世界のことだ。
そこで奥さんや子供たちと生活していたことやアミューズメントパークに行って遊んだことを身振り手振りで説明してくれた。
食事後に口の周りを拭いてやり、そういえば奥さんの顔はどんなだったのかと尋ねてみると、悲しそうに笑っていた。
スズキが来てから30年経った。
「死んだら、お前と一緒に狩ったダークネスボアの小杖、好きに使ってくれないか」
と昨日去り際に言われたのが気がかりになっていた。
家の窓からスズキの様子を見ると、スズキは床に転がって冷たくなっていた。
母たちを呼んで診てもらうが、既に彼は息を引き取っていた。
人間の寿命は短い。
それは知っていたし、スズキが私たちよりも圧倒的に早く亡くなるのも理解していた。
でも、早すぎる。
本当に、早すぎる。
私はまだまだエルフではずっと若い方の扱いだし、まだスズキの世界へ行けるテレポート魔法は使えなかったし、二人で冒険して人間の街だって見に行ってないし、まだ、まだ、まだ、全然いろんなことをやってないし。
スズキとの日々を思い出せば思い出すほど、未だやってなかったスズキとやりたかったことがあふれてくる。
それにスズキは妻がいると頑なに言っていたから、私は私の気持ちを隠したまま過ごした。決して言うべきではない、この気持ち。お互い不幸になる。
しかし、こうなるなら、素直に言えば良かったのだと思う。
ポロポロと涙を落とし続ける私を、母は抱きしめてくれた。
亡くなったとはいえ、硬い床の上はかわいそうだとベッドに移そうと父と兄がスズキの体を持ち上げようとした時、すぐそばの空間が歪んだ。
そこには2人の奇妙な服を着た男の人間がいた。
父と兄が武器を構えようとすると、母が2人を止め
「あの服、スズキの記憶から見たことがあります。スーツ、でしたか?」
1人の男が一歩前に出て
「ええ、そのとおりです。そちらの鈴木さんの世界では企業戦士達が好んで身につける服です。ところで、鈴木さんは……」
彼らは私とスズキが少しの距離でも制御できなかったテレポート魔法の様なもので、別世界から飛んできたようだった。一体何者なんだろうか、と思った。少なからず、母並みの、いや母を超える魔法使いの可能性があり、それはとんでもない脅威だということなのだろう。
「少し前に亡くなりました」
母がそう言って、さらに、
「ところで、貴方達はスズキさんのお知り合いでしょうか?」
と尋ねると
「ええ、鈴木さんを救助しに来た、強制異世界転移補償機関の者です。鈴木さんは間に合いませんでしたか……いや、体にまだ魂が残っていますね」
彼はそう言うと、指を鳴らした。すると、一瞬でスズキの体は薄らと青く膜のようなもので囲まれた。
「スズキ殿をどうするつもりだ」
兄のハクラクが腰の剣に手をかけたが、その男たちはそれに全く動じなかった。
「まあ、落ち着いてください。鈴木さんを元の世界に戻し、私たちでできる補償をするだけです。それでは失礼しました」
彼らのいた場所とスズキのいた場所が一瞬歪むと、次の瞬間にはどこにもいなくなっていた。
呆然とした私や兄と父の横で母だけが澄ました顔をして、じっと一瞬だけ歪んだ場所を見ていた。
もし、テレポートを自由自在に使えたら、スズキのいた世界に行けたらな、と思うようになった。
彼が帰りたがっていた世界。
少しでも、彼を感じたかった。
もし、テレポートで行くことができたなら、彼の奥さんやお子さんに会って、こちらの世界での彼のことを話してあげたい。彼のおかげで私は生き残れた。その感謝の言葉だけでも伝えたい。
そう思いながら、衛兵の詰め所でぼんやりと窓から空を眺めていた。
「エメラダ、暇そうね。これを読んで勉強しておきなさい」
クールビューティーの母が私の頭に、トン、と紙束を当てて、私の目の前に置いた。
勉強が嫌いな私はため息をついた。
仕事の勉強程辛いものはない。
興味はないけれど、仕方なくページをめくる。
母の手書きで書かれた、テレポートについて解説した書物だった。
「おかあ……長! ありがとうございます!」
母は背中を向けたまま去っていった。流石クールビューティ。別名コミュし……ゲフンゲフン。
私は母直筆のテレポートの解説書を読み、そしてテレポートを使えるようになった。テレポートがあまり使われないのは理由があって、必要なMPが多いのと、事前準備がかなり必要なところだ。
あのスーツとやらを着ていた2人の人間はそんな事前準備なんてしているように見えなかった。それを母に質問をすると
「彼らは理から外れた者たち」
とよくわからないことを一言だけ言った。
多分、特別とか異常とか薬漬けでいっちゃってる系の何かだろう。
幾重の季節が巡り、長距離テレポートも失敗せず使えるようになった。しかし、スズキの世界へテレポートで飛ぶには、その場所がどこなのかわからない。適当に場所を登録すれば、次元の狭間とか壁の中に入り込んで、私が助からない結果になりかねない。
母に頼ってばかりはいけないと、考えに考えたが、全くいい答えは見つからなかった。
仕方なく、教えを乞うために母に尋ねに行った。久しぶりにまじまじと母を見つめると、私はいつの間にか母の身長と同じくらいになっていた。
じっと、私の目を見つめた母は一息吐いて
「もう大丈夫でしょう」
と言い一枚の紙を渡してきた。
「そこに書いたのは、スズキがあの者たちに運ばれた先の世界、ニホンがある座標です。テレポートに反映させれば、ニホンに。でも……」
「でも?」
「途中で神界と呼ぶべきなのか、そのような空間を経由していきます。希望した通りに飛べるかはわかりません」
私は母がくれた紙を開いて見つめた。
母の目で読んだ、あの奇妙なスーツとやらを着た2人の思考から座標を入手したのだろう。それにしても神界みたいな世界だなんて、あの2人、実は神様だったりするのかな。
ニホンにたどり着くには、その座標で飛ぶしかないのか……。どうなるかわからないけど、私の答えは決まっていた。
「お母さん、ありがとう。準備ができたらすぐに出発するわ」
母は私を見つめて、何かを言おうとしたが、その言葉を飲み込んで、
「ええ、わかったわ。里の皆には上手く誤魔化しておきます」
母に感謝して、私は即日準備をして、翌日の朝、ニホンへテレポートしたのだ。
気がつくと私は、ニホンのいわゆるスクランブル交差点の真ん中に現れ、突然現れた私に多くの人間が驚いていた。
あの2人が着ていたスーツ姿の男性がたくさんいた。
感想、お気に入りへの登録等ありがとうございます。
誤字脱字報告もありがとうございます。
そろそろ、このお話は終わりになります。
今回の話でなんとなく最後が予想できるかと思いますが、引き続き読んでいただけるとありがたいです。