私は人知を越えるモノに『異世界戻りの既婚TSおっさんがその妻から緑色の紙を叩きつけられるRTA』をやらされているに違いない 作:劇団おこめ座
続編になります。
不定期連載になります。
見慣れたはずの森が見慣れない森となっていた。
私はただ、ただ走り続けた。
このままでは私の命、いや尊厳を失ってしまう。
ただひたすらに走り続ける。
息を切らせてひたすら走り続け、やがて限界が来る。
鍛えていなかったせいか、それとも相手があまりにも強大なのか。
相手の足音はこの逃走劇が始まってから消えることはない。
草をかき分けて、木々の枝を破壊しながらやってくる。
とうとう限界に来た足はもつれて、木の根に引っかかり、私は土に転がる。
ツカマエタ
飛び掛かってきたモノは私の体を抑えた。
―――前日
魔力の香りがする、というのは嘘だ。
私に魔力の匂いを感じる器官とかそういうセンスはない。
うっそうと生える、日本を感じさせない木々、木々に絡むツル、色とりどりの花や果実が妙に懐かしい。
魔力の香り、というかこの見ただけで条件反射(※梅干しを見たら口の中に唾液が出たりする現象)で口に広がる強烈な苦みと弾けるほどの青臭さを思い出す青紫色の魔力草。
夜空に浮かぶ大きな月とそれに付き添う小さな衛星の月。
そう、私は帰ってきたのだ、異世界に。
エルフの長エリンの執務室の窓から見える光景はとても懐かしい。
「おしゃれなログハウスの建物に替わったんですね」
私はワックスがけされたようなテカリのある木製の床や壁、透明な窓ガラスは二重窓、二階建ての階段に薪の暖炉。壁にはエルフの里を示す紋章が描かれたタペストリーが飾られ、長の執務机に載せられたいくつもの書類や本が、今も多忙な人であることを感じさせる。
「そなたの知識を活用して数百年の月日が経てば、それはある程度は変わる」
「私は建築の会社に勤めたり、DIYで家具を作ったりする趣味はなかったはずですが……」
長の能力、スキルというべきなのか、人の記憶を読む能力があるらしい。もしかしたら、もっと深い能力かもしれないが、本当のところは私も長の娘のエメラダだとかの家族も知らない。
「大変だった。こちらの世界にはそちらの世界のワックスはない。似たようなものを作り出すのも手間だった」
私が過去に読んだ本とか、テレビ番組だとかの記憶から再現したのだろうか。
でも、エルフの里で優先されて先に作るべきものは、ワックス以外にもあったはずだ。軍事兵器とか農耕機械、機械式工業的な何かの方が優先される。
だから、きっと、ワックスについても手を出せる、ということはかなりの技術革新が起きたに違いない。
とりあえず、トイレだ。
私が最初に来た時はうんこをした後に、尻を拭くのはロープ状にした木のツルだった。しかも男女共用だった。
あれから魔法による洗浄、セルフウォシュレットになった。
あれから、たしか、衛生環境の構築のため、下水道が配備もされたはずだけど、どう変わったんだろうか。
一瞬だけ、鼻で笑うような仕草を長のエリンがした。
そうだ、私が考えていることはお見通しだったな。
「スライム式ボットントイレ」
エリンは両手を腰に当てて、威張っているんだろうな、という姿勢を作る。
スライム式ボットントイレとは……説明しよう!
なろう系異世界転生あるある、うんこ等の汚物を浄化させる処理を最弱とされるスライムに、トイレの真下にスライムの居住スペースを作り、汚物の処分、浄化をさせるという物だ。
「そなたが読んだ書物の記憶で再現したそれは、かなりのいいものだ。10年に1人トイレに落ちて死にかけるが」
それ、ただの構造の欠陥です。
人間社会でやったら、訴えられます。
「あと、空気穴が増えたスライムで詰まって、スライムが自滅して、時々使えなくなって大惨事になる」
やめましょう。素直に下水道に流しましょう。
下水道やトイレのことでわざわざ長のエリンが時空を超えて来るとは考えられない。
「大規模工事した下水道の重要な菅がダンジョンの出現で消失し、使えなくなった」
私は体が崩れ落ちるのを感じた。
ダンジョンめ……
過去にこのエルフの里の上下水道工事をしたのだが、あの時はエルフの里が感染症みたいな症状が蔓延して、より衛生環境を整える必要があるとして、突貫工事を行ったのだ。水は魔法で出せるけれど、汚物の処理、主にうんこの処理が汲み取り式になる。エルフの里の汲み取りのタンクもそんなに大きく深いところにあるわけではなく臭いもよろしくない。
他にも衛生環境を良くするために、手洗いうがいも習慣化させたのだが、させた水もそこらに捨てられたらやはりよろしいとは言えない。
水道工事は私が魔力タンクとなり、長のエリンが地面の土を空洞化させた後硬質化させて作った管を各家に張り巡らさせた。
あの時の長エリンは
「魔力を気にしないでこんなに自由に魔法を使い続けるって楽しい」
とちょっと悦に浸っていた。
私は魔力枯渇を何度も味わい、感染症で倒れているエルフより体調が悪かった。今すぐ横になって休みたかった。
「あの工事はスズキの魔力で出来た工事だった。別のルートで下水道を作り始めたのだが、時間も手間もかかる。それで簡素に作ったトイレで十分な気がしてな」
だからって、またボットントイレに戻るなんてひどい、酷すぎる。私のあの時の苦労はなんだったのだ!
それどころかスライム式ボットントイレとかなろうあるあるネタを使って解消しようとしたのもなんか許せない!
「だが、一時期はそれでいいが、また同じように病気がまん延しても困る。それでスズキには家族団らん中に申し訳ないが急に連れて来た」
長の手振りなどの仕草を交えながら説明し、すまなそうにそう言った。手振りで動く大きな胸に思わず目がいく。くそ、お義母さん、なんて凶器なんだよ。ダメだ、長には全て心の声が聞こえているんだ。心頭滅却、心頭滅却ゥー!
「わかりました。でも、魔力があまり残っていないので、今日は休ませてください」
「そうですね、もう夜も更けていますし……。そうそう、あなたの泊まる場所ですが、ホテル馬小屋なら今も昔のままですよ」
あの魔改築し続けて一軒のログハウスになっていた私の元拠点のホテル馬小屋が残っているとは……
「不壊の魔法というわけではないですが、劣化を遅らせる魔法を使っています。スズキがいなくなってからは娘がよく唱えていましたね」
長の言う娘は、私の妻になったエメラダ(日本では翠と名乗っている)である。
妻、私のこと愛しすぎだろ。胸が熱くなる。今夜はお楽しみですね、ということをしたい相手がいない、というかそれができる体じゃない。だから既婚者がTSするなんて生き地獄なのだよ。
目覚めると懐かしいホテル馬小屋の天井に気がついて、周りを見回すと懐かしいインテリアの数々に異世界であることを思い出す。
どれもこれも、ほとんどの家具が同じ位置で、あの時からなにも変わっていないように見えた。お腹すいたなあ、と思って魔法冷蔵庫を開けると何も入ってなかった。まあ、当然かな。今日は朝食抜きで頑張るかなと思っていると、玄関の扉を開けられた。
そこには実った稲が揺れて輝くような金髪にエメラルドをはめ込まれたような瞳の優男が立っていて、こんな男の一割ほどの魅力があれば、とため息をつきたくなる。そんなエルフの男が立っており、片手には布で包まれた箱を持っていた。
「失礼、スズキ殿が帰られたと聞いていたが、あなたはどちら様であるか?」
昔からしっかりした言葉使いだったが、より落ち着きを感じるようになった。衛兵長のハクラク、私の妻エメラダの兄だ。
「私がスズキだ」
また会えるとは思ってもいなかった。エルフの里で苦しい思いをしたけれど、耐えられたのはハクラクのおかげだった。エルフの敵の人間の私に対して気を使ってくれるし、美味しいご飯を差し入れしてくれたり、一緒にご飯を作ったり、プライベートな時間は本当によく一緒に行動していた。
性別がどっちか女だったらまじ一線越えそうな関係だったんじゃね? そういや今自分女じゃね? やばいんじゃね?
じっと、私を見つめるハクラクの目に熱を籠るのを感じた。
素早かった。ハクラクは一瞬で私との距離を詰めて、そして私を抱きしめた。おおう、これは精神的BL、私の中ではつまりそれって見た目以外ボーイズラブですよね、というそういうのは興味ないんです、ウホッというやつだ。
でもね、ハクラクはやっぱりいい匂いするのだ。エルフの体臭ってやばいんだわ。女も男も爽やかなお花のようないい匂い。酒飲み変態ジコン隊長でさえ、ちょっとスパイシーでエレガンスなお花の匂いなのだ。
「母上、いや長から聞いていましたが、こんな姿になっていたとは……でも、まさか、また会えるとは……本当ならば昨日の夜にでも伺いたいところでしたが何分、夜も更け、ご迷惑と思い、今朝方伺ったところです」
床にポタポタと水滴の落ちる音で、ハクラクが涙を流しながら語っていることに気がついた。女の姿だとこんなにも対応変わっちゃうのか。
「私の趣味の料理を、共に研究し、歩んだ仲間など、永い時をへてスズキ殿しかいなかった。理解者はあなただけだった」
あー、これ、BLじゃないわ、ただの男泣きというやつだわ。殴り合って、草原に転がった後、共に手を取り合う系。
それが真実のようで、彼は意気揚々に、私から離れてテーブルに小包を広げた。
ハクラクが持ってきた小包は、ハクラク特製の朝食のお弁当で、私の世界の餃子や春巻きなどの再現料理が入っていた。
めちゃくちゃ美味かった。
私は料理研究家というのか料理愛好家となりつつあるハクラクに元の世界に戻った時のことを話すでもなく、ハクラクからは元の世界の料理のことをずっと聞かれつづけた。ふと、携帯電話に記録していたプリントスクリーン化したレシピ画像があったな、見せて喜ばせてあげようと思った。
インターネットはこちらの世界では当然使えず、圏外となっていた。私はスマホを取り出して画像を調べる。きっと、ハクラクから見れば手のひらサイズの厚いカードを取り出して何やら真剣に見ているな、と思っているに違いない。
しかし、取り出してみたスマホの画像はほとんど、自分の子供や妻の写真であり、レシピは数少ない。その上、最近保存した画像は生成AIで描かせたエルフと触手のエロ画像ばかりだ。いつかエルフ達に仕返しをしてやるための薄い本づくりの布石である。自分で絵を描いて練習するより生成AIに描いてもらった方がめちゃくちゃ早い。くやしいッ、ビクンビクン。
でも、生成AIにばかり任せちゃだめだ、とそれを参考にして自力で練習している。しかし、まだまだ陽の目を当てるレベルではない。エルフの里のエルフ達に仕返しできるころには、きっと私の寿命がまた終える頃かもしれない……。
「ところで、スズキ殿、先ほどから何を真剣に見ているのだ?」
ハクラクが席を立ちあがり私の後ろにやってこようとする。馬鹿野郎、人のスマホを勝手にのぞき込むのはマナー違反だぞ。
「いや、料理の画像を探しているんだけど……あー料理の絵というのかな?」
「料理!? そちらの世界の料理か! 是非、見せてくれ!」
私が隠そうとした向きへ俊敏にハクラクは移動してくる。ハクラクの洗練された動きが非常に厄介に感じる。
「あ、ちょっとやめて」
「いたずらに隠すのはやめていただきたい、スズキ殿」
違う、このエルフと触手のぬるぬるネチョネチョ画像を見せるわけにはいかない。これは私の尊厳に関わる。これでいかがわしい行為をしていたとレッテルを張られてしまうのだ。そして、触手愛好家だとか触手スキーだとか後ろ指を指され続けるのだ。
スライド操作で画像をめくろうとするが、エルフ×触手画像しか出てこない。畜生、電源をオフに……バグって電源が落ちない……しかもめくった先はめくるめく淫乱で情欲がそそられる画像である。絡みつく触手とそのテカリ具合、ぬめり具合、無理やりなのに気持ち良さに困惑したなまめかしい顔。凄く胸にぐっとくる画像である。
そんな画像を、性に明るくない異世界、そして性生活にあまり積極的ではないエルフに、『種づけおじさん』の話題で青ざめて口から泡を吹いたハクラクにそんなものを見せたらどうなるか……。
私は立ち上がり、ホテル馬小屋から飛び出した。
見慣れたエルフの里の森を走り続ける。しかし、エルフの里の森は見慣れない森となっていた。
それはそうだ。もう私が死んですぐの世界ではない。きっと何十年ももしかしたら百年近くの時間を経過した後なのだろう。
私は本能に任せてただ走り続けた。片手にエロ画像が表示されたままフリーズしたスマホを持って。
ハクラクにこのスマホを見られてしまえば、私の尊厳を失うだけではなく、最悪エルフに触手攻めをしようと企む犯罪予備軍として処刑されることだろう。
私はただひたすらに走り続ける。
朝日が木々の葉の隙間から差し込むエルフの里の森を走り続ける。とても神秘的な淡い緑の中を走り続けているようだった。
新しく、若い体は疲れを感じさせないと思っていたが、だんだんと限界がやってくる。
異世界から戻った後、鍛えていなかったせいか、それともハクラクの追跡速度があまりにも強大なのか。まあ、ハクラクさんは衛兵でしたから悪い人を追いかけるのはお手の物ですよね。ファック。
ハクラクの足音は何メートルも離れない後ろから聞こえて続けていた。
彼は草をかき分けて、木々の枝を破壊しながらやってくる。なんでそんなに必死なんだよ。
「スズキ殿! いじわるはしないで、レシピの絵を見せてくれ!」
レシピでなんでそんなに必死なんだよ!ファック
私はそう毒づいた瞬間、とうとう限界に来た足はもつれて、木の根に引っかかり、私は土に転がる。
転がった体は仰向けになった。
木々の木漏れ日が私の体を包むように差し込んでいた。
草の陰から飛び出したハクラクが私の体に飛び掛かり、私の体を抑えつける。
「はぁはぁ、スズキ殿、捕まえましたよ! もう観念して見せてください」
ハクラクは私のスマホを持つ手を返した。
「な、なんですか……これは……」
「これはな、えっとな、すまん、上手く説明できないんだが……」
「これ……私たちの文化にはありませんが、これは天才じゃないですか……こんな絵見たことがない。これは……いや、いろいろとはかどりま……す」
私に覆いかぶさりながら真剣にエロ画像を見入っていた。
この日、私は、一人の男エルフ、義理の兄にあたる男の性癖を歪ませたと強く実感するのだった。
私は遠い目をしながら自分のやってしまった行為を疎いていると、草をかき分けて屈強な銀髪の男エルフが飛び出すように現れた。討伐隊を率いるジコンであり、妻の父である。そして、ハクラクの父である。
「ハクラク! 大丈夫か! 盗人でも見つけたのか!?」
ジコンは私とハクラクの顔を交互に見つめた。
走り続けた私の顔は赤く熱って息を切らしており、ハクラクは私のめくるめく淫乱触手エロ画像で顔が赤くなって、思いの外、私の顔とハクラクの顔が近い。
何より、仰向けになったうら若き乙女の姿の私は、走って転んで服が乱れ、そこにハクラクが覆い被さっている姿。もう、これから致すんですか、と思われても仕方ない姿だった。
「ハクラク、そうか、お前も春が来たのか。若いっていいな……すまんな、気をつかえなくて」
ジコンはそう言って頭をかきながらその場から去っていった。
違うんだ! 色々と違うんだ、お義父さーーん!
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