私は人知を越えるモノに『異世界戻りの既婚TSおっさんがその妻から緑色の紙を叩きつけられるRTA』をやらされているに違いない   作:劇団おこめ座

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美少女おっさんと高校生の流行り

 一般的に、親、保護者には子供の様々なことを判断して導く責任がある。

 親なりたての頃なら、任意予防接種を受けさせるべきかどうか、とか、どの病院の小児科をかかりつけにしたらいいか、子供のために自分の生命保険を増やすか、教育資金の積み立て等あった。思い出したらキリがない。

 高校生の息子の英智から、学校から親に渡さないといけないプリントが渡された、あと野球大会の遠征費用の相談がある、などとLINEの通知が来た。

 きっと、プリントは大した内容ではないような気がする、内容なだけに。うっかりダジャレを思いつくようになったらおじさんの仲間入りだと言われているが、多分その通りだと思う。

 大会遠征費は高いかもしれない。移動費にホテル代、当然食費もかかる。誰だよ、英智に野球を教えたバカ親父は。

 

 金は多分なんとかなる。最悪、美少女の写真と履いていたパンツを売れば……。いや、正攻法(時間外労働)でどうにかしよう。まあ、ブラックボックスとなっている妻の口座を頼れば大丈夫なんだけど、頼ったら負けのような気がしてな……。私は妻の名義の口座の残高をまったく知らない。それに今までの話を聞いていると妻はなんか危険な仕事をしてお金を稼いでいた節もあるから、うっかり口座の残高を見て、あっ察し、となるのも嫌なのだ。

 ほら、そんな口座から例えば子供の教育資金数百万を捻出した時に、妻から、「そういえば、あの事務所にあったお金と同じくらいね、今考えるとあいつら態度の割にはしけた金しかなかったわね」とお金にまつわる暗い思い出を、さも当然のように話されたらドン引きするじゃん。でも、可能性は限りなく高い確率であり得るのだ。だって、魔弾を拳銃だと思わせるためのエアガンを普段から持ち歩いているんだぞ、うちの妻は。一般常識が絶対にバグってる。

 うちの妻のお金は知らない、気にしない、あると思わないという事で、平和にやっていきたい現実逃避ts美少女お父さんです。

 しかし、大会に出るのだから、英気を養ってもらうために、焼き肉にでも連れて行こう。

 タンパク質と糖質と脂質は元気の源なのだ。嫌なことは焼き肉を食べて全部忘れるのだ。

 

 野球の練習帰りの息子と、家で収益化を目指しているハクラクと私の3人で食べ放題コースのある焼肉店を訪れた。

 席を案内してもらい、息子からすぐにプリントを回収する。内容は大したことがないものだ。学費と支払い方法が書かれていた。うちはそもそも口座引き落としを指定していたから大丈夫だ。口座の残高も問題ない。

 

「とりあえず、お肉頼もう。一発目はこの白老牛のシャトーブリアンを人数分頼もう」

 

「シゃとーぶりあん、とはなんですか?」

 

 ハクラクは翻訳魔法を使っているが、翻訳されない言葉もあるようだ。

 

「牛のヒレ肉のことだ。貴重な部位で、脂も霜降りになっていても胃もたれしにくいらしい。まあ、食通がそんなこと言っているけれど、私はこれを半分火を通して食べると無性に涙が止まらなくなる。そのくらい美味い」

 

「スズキ殿、あなたが昔のヨうな獣を狩っていた頃の男の姿なら説得力を感ジるけど、今の可愛い姿では、ちョっと、ね」

 

「ああ、そういえば親父、なんでそんな姿なんだ?」

 

 息子が美少女姿の私のことについて指摘する。今までは、どちらかというと元々のおっさん姿だったし、前にこの焼き肉屋さんにきた時もおっさん姿だった。

 

「この店、防犯カメラついたんだ……」

 

 防犯カメラの方に私が目を向けると、2人もそちらに目を動かした。

 

「防犯カメラを通すと幻術が効果をなくすらしい。ハクラクも帽子は外さないでくれ」

 

「オウ、わかったヨ……、ヘイ、店員さん!」

 

 ハクラクが店員さんに向かって手を上げて呼ぶ。声じゃなくてボタンを押せば来てくれるシステムなんだけど、異世界から来たハクラクは気が付かないのだ。まあ、どちらにしても店員さんは来てくれるので問題ない。

 女性の店員さんがニコニコと注文をメモして離れて行った。

 

「そういえば、今高校生って何が流行っているの?」

 

「流行っているって言われても、俺、野球しかやってないからわからないよ」

 

 勉強もやってくれ、と思わず心の中で思ってしまう。

 

「そうなのか? でも、クラスメイトが何を話しているか、とか、休み時間にみんなでたのシク動画を見ていたりとかシないの?」 

 

「そう言われても……ああ、そういえば、日本一接客態度が悪い店の動画が流行っている」

 

 一瞬、店員さんたちがこっちを見たような気がした。そりゃ、『接客態度GA!』、とか言われたら反応しますよね。ごめんちゃい。ピンク色の髪の毛の美少女で苦笑いをして、こっちを見た店員さんに会釈をしてごまかす。ts美少女になって良かったのはこういう切り抜け方ができるところだ。

 

「ああ、あのセカイノトヨタがある県か?」

 

「あれは結構面白い。でも、実際に行って体験したいかと言われたらそうでもない……って親父、どうした!?」

 

 一瞬私は白目を向いて魂が抜け出ていたように見えていたみたいだった。

 

「いや、エルフの里でリアルに経験済みだからね」

 

「スズキ殿、触手でやられまくって絶望シきった少女のような顔はやめてほシい」

 

 説明の仕方が雑というか、酷いね、ハクラク。

 

 店員さんがお肉を持ってやってきた。冷え切った空気が席に流れているのを感じて、そそくさと店員さんが離れて行った。

 

「とりあえず、お肉食べよう。シャトーブリアンだっけ? うまいんだろ、これ」

 

「ああ、焼き過ぎるな、半分生くらいが旨い」

 

 私たちはしばらく無心に肉を食べた。半分だけ火を通したシャトーブリアンは舌の上で脂が程よく溶けて旨味の残身をしっかり残す心の芯に響く味だ。所詮タレの味でしょ?だって言う人もいる。確かにタレも大事なんだ。肉はもっと大事なんだ。近所のスーパーで買ったサンバを踊った牛のお肉とは同じタレをかけても全然違うのだよ。

 もし、この牛の味にもっと早く出会えていたのなら、酪農家になって旨い牛をみんなに食べてもらえるように働きたかったと思った。でも、酪農家さんは牛の面倒を見るため、休みがない。マジ大変。軽い気持ちで就職できない。

 

「他にもお肉を注文しちゃうか? 英智何がいい?」

 

「野菜と……キノコがいいな。エリンギ食べたいな」

 

「エリンギは……いいかな?」

 

「えりんぎ? なんだいそれ?」

 

「キノコだ。大き目の」

 

「ああ、いろいろ思い出すね。大きいキノコ系は出来ればやめてほシいな」

 

 息子は、なんでエリンギを嫌がっているんだ、と思っていたに違いない。

 エリンギを見るとね、人それぞれいろいろなことを想像するんだ。

 ちょっと、ハクラクにはキッツいかもしれないから見せないで上げてほしいということで、そっと注文から削除した。

 

「まあ、いっか。そういえば、親父、さっきさ、エルフの里の店員の態度が悪いってさ、そういうサービスのつもりじゃない限り、態度をとんでもなく酷くするなんてありえないんじゃね、普通さ。ほら、お客様は神様だって」

 

 それは、誤用なんだ。お客様を神様として見て、雑念を払って自分の最高の芸を見てもらう、という心構えを演歌歌手が語ったものなのだ。

 まあ、それは置いておいて、おいら、久しぶりにキレちまったよ。

 

「エルフの里での私への接客、見てみる?」

 

 私の目を見た、息子の英智は体をのけぞった。やっべーもん見た、というような顔をしていた。失礼な奴だ。私は父親だし、むしろ今は超絶美少女なのだ。

 

「え、いや、やっぱりいい」

 

「遠慮する必要はない」

 

 私は息子に対し、強制的にVR幻術を行使した。

 

―――

 

 エルフの里の食堂で私が席に着き、メニュー表をしばらく見つめ、美男美女エルフ店員さんに声をかける。すると彼らは舌打ちをしてやってきた。

 私はメニューから数個注文をすると、店員さんはメモを取り出すもメモを取らず、そのままカウンターへ戻り、コソコソとコック帽を被ったエルフに何かを伝えた。

 30分程度待っていたが、他の客には料理が出されるが、私にはいつまでも出されなかった。

 店員さんに声をかけるが一切相手にしてもらえなかった。

 そして、何度か通り過ぎる時に声をかけてみたら、うぜえ、と言われ、少し待っているとコック帽を被ったエルフがバケツに入った残飯を見せて、おら、出来上がったぞ、と私にぶっかけてきた。

 

―――

 

「ごめん、父さん、俺が悪かった」

 

 英智が涙をためて下を向いた。

 

「気にするな。マジもんの態度の悪い店はどこにでもある。アミューズメントという意味合いでお互いが納得しているならいいんじゃないか。この店、実際のところ料理は美味しいんだろうし、店外ではめっちゃイイ人だし、なんだかんだで店内でも気遣いまくりなんだろ。態度を悪くしなきゃいけないタイミングを計ったり、態度を悪くしても料理をひっくり返したりしないように気を付けたり、怪我をさせないように気を付けたり……

まあ、私は……いろいろ思い出すから、わかっていても無理だなぁ……」

 

 私は焦げてしまったお肉をお皿に載せてパクリと頬張る。焦げの多い肉の味は美味しく食べてもらえなかったお肉の涙の味だ。涙すらも食べて、命に感謝。

 

「ところで、エルフの里には流行ってなにかあった?」

 

「んー、流行で思い出すのは病気とかかな」

 

「そういう流行病(はやりやまい)じゃなくてさ、ハクラクおじさんはどう?」

 

「触手を流行らせたい」

 

「流行らせたいことじゃなくて、流行ったことなんだけど」

 

「そういえば、人間の里に下りて行くのが一時期流行ったよな」

 

「そうだね。あれはとッても……」

 

 ハクラクが焼肉の鉄板を見つめながら、目がどんよりと曇っていった。

 

「タイヘンダッタ」

 

「そうだね、大変だったね」

 

「親父たち、目のハイライトヤバすぎるからやめてくれ。

 でさ、何で人間の里に下りていくことが大変なことになるんだ」

 

「美男美女のエルフは人間に攫われて、性奴隷にされるだなんてことがよくあるんだ。それだけならまだマシで、薬の材料にされたりすることもあるんだ」

 

「あの世界の人間にとって、エルフはこの牛さんたちと同ジで、捨てるところが無い」

 

 エルフの自分の体を、捨てるところが無いって言うの、なんかいろいろと切なくなるからやめてほしい。

 

「それで、大変なことって結局何があったんだよ」

 

「焼き討ちダ」

 

 肉の焼ける香ばしい匂いに、徐々に吐き気を感じる。つい先ほどまで生きていた生き物が死にゆく臭いに代わり、建物が炭化していく情景が目に浮かんでいった。




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