林間学校2日目。
6時半に起床した僕らは、布団を片付け、ゆっくりと身支度を整える。
「そういや、市川って山田と仲いいのか?」
足立が聞いてくる。
「まあ、普通に話す感じだな」
「山田スタイルいいよな! 彼女にしたい女子ナンバーワンって感じ!」
僕はそれを聞いて、なぜか無性に腹が立った。高瀬に弄られる時には感じない不快感。山田について何も知らないくせに、スタイルだけ見て言葉を重ねる足立にイラつきを覚える。
待て。
この感情は何だ?
クラスの男子がバカ話するのはいつものことだろう?
「どうやって仲良くなったんだ?」
「別に……普通に……高瀬が夏休みの勉強会の予定立てて、LINE交換して、勉強教えて、自由研究を一緒にやって、夏祭り行って……」
「ちょ……ちょっと待て。お前夏休み中に山田とどこまで進展してるんだ?」
「進展……してるのか?」
「してるだろ!! どう考えてもキスとかその先とかしちゃってる感じじゃねーか。もう付き合ってるのか?」
「付き合ってないが?」
「じゃあ、万が一、ワンチャン、俺が山田と付き合っても何も言わないのかよ?」
一瞬で頭が沸騰し、足立に殺意が湧く。
「は? ぶち転がすが?」
「ほら、いま殺意が湧いただろ? もうそれが
その瞬間、鉄のバットで頭を殴られたような衝撃が僕を襲った。思わずへたり込む。足立が続けて何か言っているが、全く聞こえない。頭がガンガンする。
僕は山田が好きなのか?
山田杏奈を殺したいという僕の思いは――単純な好意の裏返し?
ぽたりと涙がこぼれる。ぽたぽたと涙が出てくる。僕は、なぜだか分からないうちに泣いていた。
「はい足立そこまで――!! 市川が泣いちゃったじゃん。思春期の男子は繊細なんだから弄るの禁止!!」
高瀬の声が響く。
「でもよー」
「でもよーも
その後、僕は涙を拭き、朝食を食べるため食堂に向かった。ごはんかパンか、魚か肉か、ポテトサラダかキャベツサラダか、選んでいく形式だ。
「あれ……市川? 体調悪そうだけど大丈夫?」
山田の心配そうな声が、今は少し煩わしい。そんなことは出来ないと知りつつも、何もない真っ白な部屋に24時間ほどこもって、思考の海に沈みたい気分だった。
「……体調は……少し悪い。でもすぐに良くなるから大丈夫……だと思う」
結局、部屋の掃除はあまり手伝えないまま時間が過ぎ、宿泊施設に併設された体育室でのレクリエーションの時間になる。
僕は結局、頭痛で見学だ。陰キャのクソで雑魚でナメクジみたいな僕には、バスケはハードルが高すぎる。そう思ってうつむいていると、バスケットボールが肩に激突した。
「ああ、くそっ」
立ち上がってボールを拾い、コートに投げ返そうとすると、そこにはこっちに走ってくる山田が居た。
「ごめん市川! ボール痛かったよね?」
「……これくらい痛くない。気分も、別に今はそんなに悪くない」
不思議と、山田と話している時には、気分がいい。
「はい。ボール」
軽くバスケットボールを投げ返す。山田がそれを受け取ってコートに戻るのを見て、僕はもう一度体育座りする。目線は、山田に合わせたままだ。
ずっと山田のプレイを見ていると、あれだけ酷かった頭痛は、きれいさっぱり消えてしまっていた。
昼食を食べ、自由時間になった。高瀬がここでトランプ2組を取り出し、女子の仲良しグループと僕と足立ら男子数人を誘って、「お菓子を賭けた仁義なきババ抜き大会」が始まる。
グループ1は高瀬、関根、足立、小林。グループ2は山田、神崎、吉田、僕。という内訳で、ゲームが始まる。
山田はこの手のゲームが苦手だ。動揺が顔に出るからだ。
とはいえ、山田が一方的にぼろ負けするような展開はつまらないので、「カードのペアを捨てた場合は、ポテチ1枚かチョコ1個が食える」「AかKのペアが捨てられたときは逆回転になる」という追加ルールを僕が提案し、それでプレイが始まった。
ローカルルールが入るとこれまでのセオリーが通じなくなるというのはよくあることで、皆緊張感を持ってプレイできていたように思う。山田もお菓子を食べたいのか、必死でプレイしていたので、僕と山田の間でなかなかの接戦になった。が、最終的には山田にババが渡り、僕が勝った。
手加減? しないが?
別グループの足立は最終的にババを引いて負けていたが、お菓子も食えたし、女子と一緒に遊べて大満足という表情だった。
トランプと食べかけのお菓子を高瀬と僕が片付ける。
13時半の退所式が始まり、終わったあと、再び貸し切りバスに乗り、学校へ出発する。退屈を感じる生徒が出ないようにか、帰りはバスのテレビで、ネコ型ロボットがサムズアップしながら溶鉱炉に沈んでいく映画が流されていた。
僕らは無事に学校に着き、それぞれ帰宅を始める。帰るまでが林間学校だ。
「市川、『君色オクターブ』、明日持ってくるからね!」
「あ、ああ、うん」
「どうしたの? 市川」
顔を覗き込んでくる山田に、自分の
「べ、別に。なんでもない。明日また、図書室で」
だからといって何かが言えるわけでもなく、いつも通りに応えて。
「うん!!」
山田の笑顔に、心臓がドキリと跳ねた。