僕ヤバ世界のヤバイやつ   作:クラゲ大好き侍

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俺は心配した

 林間学校から帰った夜。俺は市川にLINEする。

 

  「林間学校(ワルドシューレ)、楽しかった?」

 

「うん。楽しかった」

 

 俺と市川とのLINEのやりとり。表面上は、市川は林間学校イベントをいち中学1年生としてちゃんと楽しむことができたように見える。

 

 だが、俺は心配していた。

 林間学校二日目、足立に見抜かれた市川の殺意イコール好意という心理的構図。

 

 犯罪心理学などを(たしな)む市川のことだ。おそらく、今夜の市川は、自分の心理を自分で理解し、整理しようと試みるだろう。問題は、そのときに市川の自己肯定感の低さが認識の歪みや偏り(バイアス)となることだ。

 

 自分なんかが山田と釣り合うはずがない。山田は自分のことを見下している。そんな思考から、恋愛感情を決して実現しない無駄なものと判断し、切り捨ててしまう可能性がある。

 原作ではこのへんを拗らせて山田が自分を男除けに利用していたと思い込み、山田と急に距離を取ろうとして山田が混乱、山田が涙を見せるに至って市川が自分の過ちに気付くという流れがある。

 

  「足立に言われたこと、気にしてないか?」

 

「気にしてないと言えば、嘘になる」

 

 LINEでのやりとりは続く。

 

「高瀬は、知ってたのか?」

 

  「恋バナしてたときから、山田さん狙いなのは知ってたよ」

 

  「それが恋愛感情なのかは別として、ね」

 

 しばらく時間が空く。

 そこからぽつりぽつりと、市川は話してくれる。

 

「最初は、僕は山田のことを嫌っているんだと思っていた」

 

「ずっと頭で考えているのは、僕を見下している山田に復讐するため」

 

「ずっと目で追っているのは、いつか致命的な隙を晒すのを待つため」

 

「そう思ってきたのに」

 

「僕が山田のことを好きなんだと仮定すると、全部につじつまが合う」

 

  「そうか」

 

「僕はたぶんいま」

 

「山田に嫌われたくないって思っている」

 

  「市川は、さ」

 

  「山田さんのことを全然わかってないよ」

 

「え?」

 

  「山田さんが呼び捨てにしている唯一の男子は、学年1位の俺なんかじゃなくて、市川なんだよ」

 

  「山田さんに勉強を教えたのも市川だし」

 

  「山田さんと自由研究したのも市川だ」

 

「うん」

 

  「それに」

 

  「山田さんは林間学校のとき、市川に何か言ってたんじゃない?」

 

「今ハマってる漫画があるけど、興味あるかって」

 

  「そっか。何て答えた?」

 

「興味ある、って」

 

  「やっぱりね」

 

  「山田さんがそんなこと言う男子は、市川だけなんだよ」

 

  「だからさ」

 

  「漫画、ちゃんと読んであげなよ」

 

「分かった」

 

「漫画、ちゃんと読むことにする」

 

  「おやすみ」

 

「おやすみ」

 

 

 

 

 明けて翌日の朝。中学校の校門で誰かを待つ山田に、市川の自転車が捕まえられているのを見て、俺は原作のストーリーがまだ生きていることを悟る。

 

 僕ヤバにおいて、『君色オクターブ』という少女漫画は、とても重要な意味を持っている。それは山田にとって、恋愛の教科書であり、濁川(にごりかわ)くんという架空の男子像の元であり、そして、女優という夢に至るための目標の一つなのだ。それを、市川が共有することで、物語は加速していく。

 

 俺はそんな尊い僕ヤバのことを考えながら教室に移動し、

 

「林間学校が終わって気が抜けている奴もいるだろうが、もうすぐ期末テストがあるぞ! 気合入れてけ!」

 

 ホームルームでの先生の掛け声で、現実に引き戻されるのであった。




3400 UA突破!めでたい!

あらすじとタグを見直しました。BLを期待してくれてた読者の皆、ごめんな……。
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