山田から借りた少女漫画――君色オクターブ。略して君オク。テスト期間の息抜きに読んでいたが、テストが終わった今になって、よくわからなくなってくる。
漫画の中に登場する濁川くん。山田はこんな男が好きなのか?
冷たくてぶっきらぼうだけど――実はすごく優しくて――たまに可愛くて――不器用で――
「そんなやついるわけないだろ!!」
思わず単行本をベッドに叩きつける。
おっと、いかんいかん。借り物なんだし丁寧に扱わねば。僕はちゃんと漫画(君オク3巻)を持ち直し、ページをめくる。
『ウロチョロ ウロチョロ……俺のこと好きなの?』
いきなりうぬぼれた台詞を吐くな。違ったらどうするんだ。
『カァァ(赤面)』
……違わないのが漫画の都合というやつだな。うん。明日も学校があるし、もう寝よう。
「そういえば、山田さんは夏休みにどこか行ったの?」
家庭科実習でコーヒーゼリーを作って冷やしているタイミングで、美術部女子の原さんが山田に話しかける。
「えっとね……夏休みの勉強会が開催されて、LINE交換して、市川に勉強教えてもらって、自由研究を一緒にやって、市川と夏祭り行って……あと最近、市川に誕生日プレゼントもらったよ!」
「ん? んん!? 勉強会?? 自由研究?? 夏祭り?? 誕プレ?? ちょ……ちょっと待って!!??」
「確かに客観的に見るとちょっと待ってだな」
僕が話に割り込むと。
「むしろ市川くんはなんでそんなに平然としてるの????」
「前に足立にも同じ事を指摘されたから、まあもう慣れてしまったというか……事実は覆らないというか……」
「ひ、開き直ってる……」
原さんは動揺しまくっている。原さんが同じクラスの神崎と付き合いだしたという噂があったが、よく考えたら僕と山田は付き合ってすらいないんだったな。
……これは男友達? というやつなのか?
そもそも友達の距離感? というのも良く分からんし、姉のいうこともあてにならん。完全に異性として意識されてる? ということも無いだろうし。
まあ山田は山田だからな。
人から好意を向けられることに慣れているから、前述の出来事が普通の出来事にカウントされているのかもしれん。
僕は山田家でのやりとりを思い出す。フラッシュバックする記憶――
「杏奈……。彼氏……じゃないのよね?」「ち、違うよ!」「ち、違います」
あの時の山田と僕は、お互いに親の前で彼氏彼女の関係ではないことを宣言し合っていた。
やはりこれは友達の距離感……なのだろう。
僕の好きはきっと一方通行で。
山田に「好き」を伝えたら、この関係がゼリーのように溶けて消えてしまいそうで、怖い。
「市川の班はもうコーヒーゼリー出来たんじゃないのか?」
ライバルの高瀬が話しかけてきたので、僕は冷やしていたコーヒーゼリーの存在を思い出し、原さんと山田の会話から離れ、冷蔵庫に取りに向かう。
出来上がったコーヒーゼリーは、シロップをかけてなお、苦かった。
放課後。最近はLINEで山田と連絡を取り、待ち合わせて帰ることが多い。
「ねぇ、君オク、どこまで読んだ?」
「借りてた3巻まで読んだ。なかなか面白かった。あ、そうだ。返そうと思って持ってきてたんだった」
「どこが良かった? 私はね――」
「ノートのやりとりで、心を通わせる場面がよかった。色恋沙汰は正直良く分からんが……こう……グッとくるというか……」
「私も!!」
高瀬曰く、山田の恋愛観を構築しているであろう、君オク。
人間はフィクションを楽しみ、語ることができる生き物だ。そうだ。プロファイリング捜査などしなくても、山田に直接聞けばいいじゃないか。
――山田は濁川くんみたいな男がタイプなのか? って。
「や、山田は――」
「4巻以降も面白いんだよ! 主人公が頑張って想いを伝えようとするんだけど、なかなかうまくいかなくて! 明日貸してあげるね!」
「……明日は学校休みでは?」
「あ……じゃあ……市川の家に届けにいくから!!」
「え?……は?……え?」
なんか最近、山田の友達の距離感が、どんどんバグっていっている気がするんだが????