山田が休みの日に僕の家にやってくる。自由研究の時を一度目とカウントすると、人生で二度目の出来事だ。
しかもそんな日に限って、父と母と姉が揃ってリビングに居たりする。
「京ちゃん、山田さんが家に来るってどういうこと? またなんかした?」
「なんか漫画の続きを貸してくれるらしい。それ以上でもそれ以下でもない、と思う」
可能な限り冷静に、いっそ冷酷に事実を羅列する。そう、山田はあくまで漫画の内容を語れる相手が欲しいというだけで――。
「つまりおうちデートってわけか……進んでるな……最近の中学生は……」
「頼むからおねえは黙っててくれ……!!」
山田への好きという感情が、僕の口以外から伝わるのが耐えられない。
シュレディンガーの猫。箱を開けるまで猫が生きているか死んでいるか分からないという思考実験があるらしいが、なんかそういう感じだ。
99%振られるだとか、じゃあ1%の可能性があるのか?とか、そういうことではなく……結局のところ、僕にはまだ箱を開ける勇気が無いのだと思う。
「ジュースとお菓子はキッチンに置いておくから、好きに持って行ってね」
母は僕の「頼むからいきなり部屋に来ないでくれ」という念を汲み取ってくれたのか、おねえほど雑にからかってはこない。
しかしいつもは食べない系のお菓子を用意しているあたり、山田を全く意識していないというわけでもなさそうだ。
父は新聞を広げて表情を隠してはいるが、内心は母と同じ感じでそわそわしているのだろう。
というか、皆分かりやすすぎるだろ。
中学生になってからこっち、高瀬という例外を除けば、そもそも友達の襲来というイベントが無かったからな……。
ピンポーン。音が響く。母がインターホン越しに対応する。
「こんにちは! 山田杏奈です! 市川……じゃなくて、市川くんに、漫画を届けに来ました!」
玄関を開ける僕。
山田はめちゃくちゃに大人びた外行きの格好で、玄関の前に佇んでいる。
「ど、どうぞ……おかまいなく……」
掠れた声が出る。だ、大丈夫だよな……。まだやらかしてないよな……。
「山田さん、可愛いってよく言われない?」
「はい! よく言われます!」
「そうよねー。京ちゃんと一緒に自由研究した綺麗な子がいるって聞いて、どんな子かなって思ってたのよー」
「京ちゃんと仲良くしてあげてね!」
山田と母と姉。同じ女性同士、盛り上がる会話。その中に入っていけない僕。これはだいぶやらかしているのでは……。
「や、山田……そ、そろそろ漫画を……」
「あ、市川……ごめん! 会話に夢中になっちゃって……部屋行こう!」
親がいる前で男子の部屋に行く宣言する女子~!! そういうところだぞ山田~!!
そしてあらあらうふふ系の表情を浮かべるな母とおねえ!!
「じゃあ、部屋に向かうので」
言外に、ついてくるなよ的なニュアンスを込めながら、僕らは階段を上る。
「前回はあんまり話題にしなかったけど、なんか市川の部屋ってトロフィーとか賞状とか飾ってあるんだね。すごい!」
「……ああ、過去の栄光だ」
小学校のとき、何度か表彰された。そのときにもらったトロフィーや賞状。今となっては何の意味も無い、ガラクタのようなものだ。
私立に落ち、現実を知り、それでも捨てられないのは、捨てたらきっと親が悲しむから。ただそれだけのこと。
「市川はさ。すごいよ」
ベッドに腰掛ける山田。
「何が?」
「いつも勉強頑張ってるし、夏休みに私に勉強を教えてくれたし、最近は昼休みにノート見せてくれたりするし……」
「勉強なら高瀬のほうが――」
「今は市川がすごいって話をしてるの!」
「あっ……はい……」
「市川はさ……夏祭りの時に私のこと助けてくれたでしょ?」
「あ、うん……」
「『山田は俺のだ』って言ってたよね。……もう一回言ってみて?」
山田はあの時の台詞に怒っているのか? つ、詰んだ……。いつのまにか地獄のような状況に陥っている……。
「や……山田は俺のだ」
は、恥ずかしいが過ぎる。山田は山田で顔を真っ赤にしているし。一体何の儀式なんだ。わけがわからん!
「あ、あと……い、いくら中学生でも、男子の部屋にほいほい入ったら、不味いと思う……」
「そうなの?」
「ほ、ほら、前に押し倒して泣かせたことあっただろ。ぼ、僕だって男子なんだから、山田はあんまり信用するな。また押し倒されるかもしれないだろ」
「そのへんは信用してる。市川は人が嫌がることはしないし……たぶん……」
たぶんって何だよ!!
「あ、そうだ漫画……!!」
山田はバッグの中から3冊の単行本を取り出す。
「じゃーん。君オク4巻と5巻と6巻。ちゃんと持ってきたよ! 偉いでしょ! 誉めてくれてもいいんだよ?」
そうだった。山田はこういうやつだった。
「はいはい偉い偉い」
僕がベッドに座った山田の頭を無造作になでると、
「……ほ、本当になでてくるのはズルいよ……」
山田はうつむいて、ほとんど聞き取れないくらい小さな声で、何かを呟いていた。