日曜の早朝。おねえにファッションチェックを頼み、家を出たのは朝6時ごろ。
僕は山田からLINEで送られてきた「日曜の撮影の仕事、見学しにきてもいいよ」という言葉を信じて、今回の山田の仕事現場である恵比寿に移動する。
っ!! 早朝すぎて、人が居ない……めっちゃ目立つんだが?
カシャカシャ カシャカシャ
駅の近くの撮影現場で、カメラの音が聞こえる。モデルのポーズをキメている山田と、一瞬目が合う。でもそれ以上に。雰囲気に呑まれる。
山田の好きな仕事は、自分とは違う世界のものだから。
みんな大人で、みんなおしゃれで、みんな真剣で。
山田もその中の一人で。
僕は、場違いだ。
僕は思わず、走って逃げてしまう。そのまま走り去ろうとして――ふと、近くに見つけたベンチで足を止める。
僕は何をしている? 考えろ。思考するんだ。高瀬も言ってただろ。その学力はなんのためにある? 頭脳は活用してこそだぞ!
「みんな大人で、本気で、真剣で」「ぜんぜん違う世界に見えて」
「いつもバカにしていた山田が、僕よりもずっと大人だってことに今更気付いて」
「自分がただの子供だって理解して」「今までのことが全部おままごとに思えて」
「それで、ショックを受けたか? 市川京太郎」
「お前の好きは、本気じゃないのか?」
こんな時、高瀬なら何て言う?
「市川に大人がここぞというときに使うズルい言葉を教えてやろう……」
そんな高瀬の台詞を思い出した。
僕は、落としていた視線を上向かせる。
「市川!」
走ってきた山田が、目に入った。
「さ、撮影どうした?」
「トイレ行くっていって抜けてきた!」
「市川……もしかして体調悪い? ……見学、楽しくなかった?」
山田の声を聞けば聞くほど、辛い。この辛さは、何だ?
もし山田が、撮影をすっぽかして、仕事をクビになったら。普通の、僕と同じような、ただのいち中学生になったら。
もしそんなことになったら、きっと僕は、今ほど山田のことを好きになってない。だから――そんなのダメだ!!
僕は山田の手を握って、元来た道へと走り出す。
「戻るぞ!」
「い、市川!?」
走って、撮影現場に到着する。手は振りほどかない。僕は、たとえ場違いだろうと、ここに居てやる。
「あれー? お友達……って感じじゃ、なさそうだね?」
マネージャーと思われる人が、僕のほうに近づいてくる。
「友達っていうか……あの……『市川』!!」
「……あの?」マネージャーが言う。
「……どの?」僕が疑問を呈する。
これは……おそらく、よくわからない認識のされ方をしているな?
「男子中学生だ……」「男子中学生っスね……」
「ねえ、今男子中学生の間では何が流行ってんの?」
「……FGOとか?」僕が答えると、
「FGO……確かゲームだよね……」「っス」
「じゃあ、す、好きな子とかいる?」「……それは大人から男子中学生への質問としてだいぶアウトじゃないですかね?」
「えー、男子中学生と恋バナしたいよー」「諦めましょう」
大人たちは何かわちゃわちゃしはじめる。
そこに、新たな人物が現れる……。たしかファッション誌の別のページによく載っている、山田とは別のモデルさんだ。名前は確か……香田ニコ。
「うわーん。聞いてよ杏奈ちゃーん、タクシーの運転手さんがめっちゃ無視すんだよー。生き辛いよー」
「よしよし」
「あー、今日も杏奈ちゃんはクールだなあー。生きる希望だよー」
クール? あの山田杏奈が?
「あれ? この少年は誰? もしかして編集さんのお子さん?」
「私そんなにママ感ある!? ……普通に見学しにきた一般男子中学生だよ」
まあ、僕の見学があろうとなかろうと、撮影は進む。
さきほど名刺を渡された、マネージャーの
「早く帰りたい?」
「多大な劣等感を抱えている」
「まあ……日本における大黒柱コンプレックスって根強いですし……」
「だいこく……え? 今なんて?」
「俺は……俺と同い年なのに、俺より辛い境遇の人を知ってます。だから、この劣等感は、相対的に見ればたいしたものじゃないんです。そもそもこの劣等感は、何かしたら解けて消えるような簡単なものじゃない」
「へえ……じゃあ、君はどうするのかな?」
「『それはそれ。これはこれ』という、大人が使う便利な言葉があります。ネガティブな気持ち、劣等感とは別に――ポジティブな気持ちがあって……。つまり……そ、尊敬しているんです。あ、杏……ぬぁさんのこと……」
「意外と素直。それに賢い」
にこっとする諏訪さん。しかしすぐに真顔になって言葉を続ける。
「でも、杏奈は今が一番大事な時期だ。彼氏の存在が杏奈にもし悪影響を与えるようなら……分かってるね?」
ん? あれ? えーと……この誤解は訂正しておかないと。
「いや、付き合ってないんですけど?」
「……。……。……あれー? 僕けっこう見る目あるほうなんだけどなー?」
そ、そういう風に見えるのか?
「じゃあ、もしかして、かなり杏奈に振り回されてない?」
「た、多少は振り回されてはいます」
ここは正直に言ってしまおう。どうせこの距離だと、山田には聞こえないんだし。
「でも……そういうところが、好きなんです」
僕はそう言って、撮影の合間にお菓子を食おうとしている山田に、スマホのカメラを向けるのだった。
10,000 UA 突破! めでたい!