持久走大会。
11月最後の週。快晴の駒沢公園。
ジャージを着た僕ら1年生は、男子の部、女子の部に分かれて集合し、整列する。
「今日はよく晴れてるし、気温も例年の平均気温より高い。天候に恵まれたな!」
先生の全体に向けた挨拶も、正直どうでもいい。このクソダルイベントをさっさと終えて家に帰りたい。
ずっと、そう思っていた、はずなのに――。
「――市川! 明日の持久走大会、がんばってね!」
山田が昨日の図書室で言っていた応援の台詞が、焼き付いたように頭から離れない。
僕は、頑張りたい。
「た、高瀬……今からでも間に合う持久走のコツとかあるか?」
困ったときの高瀬頼み……カッコ悪いのは重々承知だ。
勉強で負け、運動では突き放される。そういう運命なんだ。
「お? なんか今日はやる気だな市川。コツは4つある。姿勢、呼吸、着地、そしてペースだ」
な、なんか想像と違う、ガチめの回答が返ってきた……。
「まず、姿勢は、背筋をピンと伸ばすこと。次に、呼吸は鼻から息を吸って、口からしっかり吐くこと。
着地は、足裏全体でまっすぐ踏み込みを行うこと。そして、ペースは、一定のペースで走ることだ」
「ガチめの回答、助かる……」
「元バスケ部だからな。持久走は手慣れたもんだぜ。なんなら、市川の順位を20位くらい上げてやろうか」
「ど、どうやってだよ」
そんな魔法があるなら苦労しないだろう。と思っていたが、高瀬の提案はそのさらに上を行く。
「最初の300メートルくらいまで、俺が市川と並走しながらさっき言ったコツをきちんと守れているか確認する。
で、コツと走るペースが掴めて来たら、俺は先に行く。これで市川でも問題なく走り切れると思うぞ?」
「高瀬の順位が落ちないか?」
「並走とはいえ走ってるんだし、誤差の範囲だろ。で、どうする? やってみるか?」
「やる!!」
僕は、覚悟を決めた。
中学生になった僕は走るのが苦手だ。通学には自転車を使っているから、走る時の正しいフォームもほとんど思い出せない。
だが、小学生のころは走るのは苦手ではなかった。そんなことを、ふと思い出す。
「背筋をまっすぐキープ」
「足を傷めないように、意識して着地する感じで」
「鼻から吸って、口から吐く。吸って、吐く。吸って、吐く……いいぞ。その調子だ」
並走する高瀬は言う。
「いいか市川。ビリになるかも……なんていうネガティブな考えは捨てろ。きちんとペースを守って走れれば、途中でペースを崩した奴らは全員ごぼう抜きにできる!」
「よし、もうすぐ300メートルだ。このペースを守って走れよ、市川! 俺は先に行く!」
高瀬は親指を立て、スピードをぐんと上げる。
そして、僕は僕のペースを守る。このペースは高瀬が考えた最適解。後は、コツを守りながら、最後まで、このペースで行くだけだ。
途中、序盤に無茶をしたせいで、明らかにペースが落ちている男子を、一人、また一人と抜いていく。
何人抜いたのかはいちいち数えない。ゴールすれば、順位は分かる。そして、少なくとも、高瀬にコツを教わった僕は、ビリではない。
緑の木々の間を走る。その後の2700メートルは、あっという間だった。
「い、市川!?」
ただ、ひたすら。コツを、守って。走ら、ないと……。
「市川! ゴールおめでとう! 頑張ったな! 先生感動したぞ!」
荒く息をしながら、僕は体力の限界で大の字に倒れ込んだ。先にゴールしていた高瀬が僕の顔を見下ろして、笑顔で親指を立てている。
やっぱり、順位とかはどうでもいい。このクソダルイベントをさっさと終えて家に帰りたい。
そう強く思いながら、僕は、青空に向かって右手を突き出し、親指を立てるのだった。