最近、情報処理部がある水曜日を除いて、市川は放課後、図書室に向かうことが多くなっていた。
俺はさりげない風を装って、図書室の方向に向かう。
そして、入口の扉の影に隠れて、中を覗き込む。
そこにはチョコを食う山田と、向かいの席に座る市川が居た。
「市川くんは、部活は何部に入ってるの?」
「情報処理部。……山田は確かバスケ部だよな」
「うん。ゴール下の守護神なんだよ! 最近はお仕事があるからバスケ部にあんまり顔出せてないけどね!」
「バスケ部といえば小林も居るな」
「そうそう。よく知ってるね」
「同小(おなしょう)だったから、小林がバスケ続けてるのは知ってるんだ」
「そっか……ん?」
「な、なんだ?」
「いま私のこと『山田』って呼んだでしょ!!」
「あ、言ったような気が……ごめ……」
「私は市川くんって呼んでたのに、なんかずるい。今後は私も『市川』って呼ぶからね!」
「お、おう……」
山田と市川の甘酸っぱいやりとりに、俺は思わずガッツポーズを繰り出す。
てぇてぇ……てぇてぇよ……。俺はまさにこれを見るために転生してきたのかもな……。
だが、そこで。
コツコツコツと、図書室の先生が廊下を歩いてくる音が響いた。このままだと俺の横を通り過ぎ、図書室に入ってしまう。
チョコを食っているところを見られたら、山田は図書室を出禁になってしまう。
だが、山田も市川もまだ先生に気づいていないっぽい。どうする?? どうする????
「あ、あの、先生!」
「あら、どうしたの?」
「実は借りていた本を少し破ってしまって、どうしたらいいのかな、と……」
「ええと、セロハンテープ等で無理やり直そうとはしていないのよね? 素人が直そうとするとかえって状態が悪くなるから注意して。破れた本に、当該のページ数を書いた付箋をつけて返却してもらえれば、こちらで修繕します。心配しなくても大丈夫よ」
「はい。分かりました。以後こういうことが無いように注意します」
「そうね。失敗を隠さず、素直に相談してくれる姿勢は偉いわ」
そして、図書室の先生が図書室に入っていくと、山田はお菓子をうまく隠し終えていたようだった。
出禁にならずによかったね!
下駄箱を目指して学校の廊下を歩きながら、市川と少し話す。
「た、高瀬……どこから聞いてた?」
「『市川くんは、部活は何部に入ってるの?』あたりから」
「全部じゃん!?」
「いやー、市川も隅に置けないね。あの山田に名字を呼び捨てにされるなんて」
「あ、あばばばばば」
「まあ、今日はなんとか誤魔化せたけど、今後は図書室の先生に注意してね。出禁になったらしゃれにならんし」
「あ、ああ、うん。さっきは助かった」
「まぁ、覗いてたのは悪かったよ。だからプラマイゼロってことにしといて」
推しのてぇてぇやりとりの前には、損得なんて些細なものなのだよ。
「……僕は……プラマイゼロっていう考え方は好きじゃない。受けた恩はちゃんと返すべきだと思う」
「じゃあ、今度、市川の家に行ってみたいな。たしか学校挟んで反対方向だけど、行こうとすれば行けなくもないし」
そうして俺は、うまいこと市川の家への切符を手に入れたのだった。