魔術廻戦 作:Comet08
新宿駅前のデパートで起きた爆発が呪術絡みだと判断された時点で高専を会場にしていた会合はお開きとなった。動ける術師は現場に向かい、僅かながら参加していた京都方面の面々は早々に帰ることとなった。
高専の学長は行方不明となった生徒の捜索と爆発の事件に関連して調査や術師の派遣等の判断を総監部承認の元、夜蛾正道一年担当に一任した。高専のイベント会場だった場所は捜査本部へと変貌を遂げ、慌ただしく人が動き出した。
倉内家から私設闇祓いなど五条家、加茂家から応援の人員も派遣され、事態は改善とはならないものの情報は続々と集まっていた。ちなみに禪院家からは誰ひとりとして来ることは無かった。
その高専の一室では五条、夏油、倉内に3年の庵歌姫が深刻な面持ちで椅子に座り込んでいた。他にも夜蛾先生や冥冥、他数名の術師や補助監督が共有される情報に耳を傾けていた。
「現場で補助監督が追加の聞き取りを行いましたが該当生徒の目撃情報はありませんでした」
「そんな...硝子」
悲痛な声で項垂れる庵歌姫。
3人は改めて自分の責任だったと奥歯を噛み締めた。普段だったらそんな歌姫をこれでもかとバカにする五条も項垂れたまま口を開かない。
「ですが北武A館に面した通りから爆発発生後すぐに一台の救急車を見ていた者があり、防犯カメラの映像を確認した所...」
プロジェクターに映し出されたのサイレンを鳴らして大通りから現場をさる様子だった。
「この救急車は渋谷中央病院の管轄ですが2週間前に盗難届けが出されていました」
「そして、この運転席に座る男ですがEU魔女協会からの情報提供により身元が判明しました」
「聞かせてください」
倉内が力強い声色で続きを促した。
「はい。元々は英国呪術省の呪術事故惨事部に在籍していた忘却術師ですが約5年前の第二次呪術戦争終結直後、行方知れずに。次に確認された際には呪詛師に転じていました」
「事故惨事部...」
夏油はあまり聞き覚えのない文字を思わず呟いたが、
「呪術による事故対応や一般人の記憶処理なんかを主に扱っている部署だよ」
と倉内が補足を入れた。
「この男はロンドン市内のタワーブリッジ爆破未遂事件に関与したとして北海に位置する呪詛師の監獄施設に収容されていました」
「ソイツが脱獄したのか?」
五条は静かに尋ねた。
「いえ2年前に刑期を終え、出所後にEU魔女協会の決定により、杖の剥奪並びにヨーロッパ呪術界から永久追放処分になっています」
「その後は過激派グループなどを転々としていたようで最後に確認されたのは中東で以降の活動については分かっていません」
「それが南米に流れて今回の件に関与しているという訳か」
「その通りだ」
その声は扉を開いた人物から発せられた。
「父さん」
「よっ瀬理」
「倉内殿、部屋の鍵が閉まっていた筈だが...」
ベテランの術師が申し訳無さそうに言った。
「鍵?あぁ私がドアノブに触れた時に無意識に開けてしまったかもしれん。次からノックするよ正道」
「それを聞くのはもう指では数えられませんよ倉内先輩。そのご様子では何か情報をお持ちになったんですね」
「外事の友人からちょっとな。この男だが現在はバスィドニア共和国内に拠点を置く過激派組織に所属している。現地のテロリストと呪詛師が徒党を組んでいるグループで元日本国籍の男が率いてるそうだ」
「日本人...?」
「あぁこれは他言無用でお願いしたいがその男は元禪院だ」
「えぇ...」
「まぁ末端の末端の分家で本家との関わりはゼロに等しかったそうだが。約30年前に家から勘当されている」
「ったくあの家はどいつもコイツも...あっすいません」
「気持ちは分かる...いや言葉に気を付けろ」
夜蛾は全くもって同意すると声色が語っていたが形式上はそれを注意した。
「口止め料...頂こうかな」
そよ風のような清涼感のある声で冥冥が言うと
「勘弁してくださいよ冥さん」
あからさまに狼狽した様子で答えていた。
「続けるぞ。どうやら奴らはA館最上階で何んらかの取り引きを行なっていたらしいがどういう訳かフロアごと吹っ飛んだ。取り引きに立ち会ったメンバーは恐らくだが既に全員死亡しているだろう」
「それじゃコイツは」
「この男はバックアップ要員として取り引きに参加しなかった可能性が高い」
「では硝子の拉致が計画的に行われた訳ではないんですね?」
「そう見ていいだろう。これは突発的で無計画に実行された誘拐だ」
「ですがそれだと手がかりは更に少ないですね。八方塞がりだ」
「それなんだが不幸中の幸いと言うべきかこの男たちの居場所が判明した」
「何?!」
倉内父は続けた。その口調は朗報であるはずなのにどこか下向きだった。
「公安調査庁の友達からの連絡でな。とある団体の監視任務で偶然発見されたんだ」
「倉内さん...あなたどれだけ友達居るんですか」
ベテラン術師の横にいたもう1人の術師は思わずツッコんでいた。
「社交的だろ?」
「そういう意味じゃありませんよ...」
「とにかくその情報が入ってすぐにこちらに戻ってきたんだ」
「何処だ」
「何処なんです?!」
「父さん!」
「五反田だ」
「五反田のどこですか?」
「盤星教・五反田支部だ」
「は?」
* * *
<盤星教・五反田支部・星の子の部屋>
「伺っていたより随分と少ないですね。やはりあの爆発で...」
「それは災難でした。お悔やみ申し上げます。そちらの娘はどうされたのです?」
「何と!反転術式の使い手!それは思わぬ収穫でございましたね」
「勿論、羽田までお送りする手筈も整えてございます」
「いえいえ、何なりとお申し付けください!園田から丁重におもてなすようにと仰せつけられておりますのでどうぞお気になさらず」
「申し遅れました。私、”盤星教・時の器の会“執行役員の赤井と申します。以後、お見知りおきを」
通訳を介して続けられる気色の悪い会話に家入は心底、気分が滅入っていた。
相変わらず、目隠しもされなければ身動きが取れない程の拘束を受ける訳でもない。だが逃げる隙は一切与えられなかったし、今も通路を塞ぐように真っ白な服を着込んだ大男が2名、赤井とやらに付き従うように控えている。ちなみに小銃を携えながら...ここは日本なのに銃刀法はどうなってんだ!セーフティはロックされているし、トリガーに指も掛かっていないが常に銃口はこちらに向いており、吹けば飛ぶような軽い命だとこれでもかと警告していた。家入にとっての安心材料は生きた状態での自分を相手は欲しているというあまり嬉しくもない確信。ただそれだけだった。床から天井までシミひとつない真っ白な空間は頭をおかしくさせるのは十分だろう。
すると角を曲がってすぐ先の扉が開かれ、家入はその部屋に押し込まれた。
「翌日、迎えに伺います」
赤井のネットリとした声を最後に連中はその場を離れ、家入は部屋にひとりとなった。
壁面に小さな小窓があるだけの無機質デザインな部屋だった。パイプベッドに腰掛ける。シ机と椅子、個室のトイレにシャワーまで完備とはご丁寧な事だがこの状況でシャワーを浴びるやつは底無しのバカしか居ないだろう。
家入は扉に人の気配がないのを確認すると指先に集中して小声で呪文を唱えた。
(Expecto Patronum...!)
指先から銀白色の光が湧き出る。しかし、それは実体を描く前に霧散した。呪文を繰り返す。5度目でようやくその光は迸り、美しい動物の実体として家入の目の前に現れる。
文字通り、希望の光を見た家入は僅かながら顔を輝かせたがすぐにそれは陰りを帯びた。
そう言えばメッセージを守護霊に吹き込むやり方をまだ瀬理に教えてもらってない。
遡って言えば半分冗談で反転術式の要領で守護霊を呼び出せるんじゃね?と五条が言ったことが始まりだった。守護霊の呪文は“吸魂鬼”に対抗しうる最も強力な手段である。吸魂鬼は日本国内に於いて第二種特別警戒呪霊として特級に指定されている呪霊、厳密には魔法生物だ。イギリスで5年前に起きた第二次呪術戦争終結以降はその数を激減させているが備えとして訓練する者は未だ多い。使いこなせれば緊急時の連絡先として使えたりと何かと便利なのだ。闇そのものであるディメンターに対して守護霊は光そのもの。
反転術式は正の呪力を用いる。それは守護霊の呪文に通ずるものがあった。2週間もしないうちに家入は倉内の指導の元、杖も使わずにあっさりと守護霊を呼び出すことが出来た。実体を保つことに成功したのはほんのつい最近であるが。
どうするか迷っているうちに廊下から足音が聞こえてきたので家入はやむ得ず、守護霊を窓から外に送り出した。瀬理の元へ行くよう、それだけを願いながら。
硝子の守護霊は現時点では決まっておりません...ちなみにもし五条が自分の守護霊を呼び出したらドラゴンが出てきます。ハンガリー・ホーンテイル種です。
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