人の心配はしつつ自分の欲望を満たすことも忘れない強かな女。
何これ?目の前の光景をうまく理解できない。
吹きすさぶ暴風雨。大声で泣き叫ぶあかね。虚ろな眼差しでうわ言をつぶやくアクたん。駆け寄る警察官。それを呆然と見つめる私。
あかねの反応は分かる。今まさに死のうとしていたところを間一髪のところで助けられたのだから。警察官も、橋の手すりの上にふらふらとよじ登る人間がいたら駆けつけて当然だ。
けど、アクたんは何?なんでそんなに苦しそうにしてるの?あかねは助かったのに。
「ちょっと君達!危ないでしょあんな所に!・・・おい?二人とも?大丈夫!?ちょっとそこの人。知り合い?」
「あ、えっと・・・はい。そうです。」
「二人を介抱してあげて。一旦警察署で話を聞くから。」
異常な光景に何もできない私がやっとのことで動き出せたのは、駆けつけた警察官のおかげだった。普段はなんとなく怖くて近寄りがたいけど、さすがにこういう時は頼りになる。
何とかアクアとあかねを落ち着かせ、警察署へ向かい、あかねとアクたんに対する聴取が始まった。
ベンチに腰掛けてアクたんとあかねを待つ私の隣に、一人の女性がやってくる。
「貴方がMEMさんね。初めまして。私はアクアの母親の斎藤ミヤコです。」
「あ、はい。初めまして。MEMと申します。」
アクたんの母親にしては随分若く、綺麗な人だった。苗字がアクたんと違うのが少し気になったけど、今はそれどころじゃない。
「あの、アクア君が・・・」
「何があったかは聞いてるわ。アクアがこうなるのは初めてじゃないの。貴方のせいじゃないから気に病まないで。」
冷静な様子のミヤコさんに、こちらも少し安心する。どうやらそこまで心配するような症状ではないみたい。見た目はかなり苦しそうだったけど。
ミヤコさんは何か事情を知っているようだった。それに、初めてじゃないと言った。ということはアクたんは何度もあの症状が出てるってことになる。
その症状って一体何だろう。トラウマ?フラッシュバック?
思い当たるフシがある。それは以前の収録でアクたんが打ち明けてくれた悩み。
『・・・殺したいほど憎んでる奴がいるんだ。』
『そいつに復讐するためだけに、俺は生きてる。』
『ずっと、子供の頃からずっと、そのためだけに生きてきた。』
子供の頃に何かあったのだろう。復讐というからには、大切な人が何か被害にあっていると考えていい。ミヤコさんの苗字は斎藤だった。じゃあアクたんの苗字はなんで星野なんだろう。
「・・・アクたんの、実のお母さん?」
「え、なんでそのことを。」
たどり着いた結論が、独り言として漏れ出る。
確信があったわけではない。ましてや、ミヤコさんに裏を取るつもりなんてなかった。しかし、ただの独り言に過剰に反応するミヤコさんを、私は見逃さなかった。
「そうなんですね?アクたんは母親を殺されてる。そのトラウマに苦しんでる。そうですね?」
「ええ、まあ、そうよ・・・。」
「そうだったんですね。」
やっぱりそうなんだ。幼いころに母親を殺され、その復讐のためだけに10年以上生きてきて、彼の心はボロボロになっていたんだ。一人で抱え込んで、誰にも言い出せずに・・・。
アクたんとあかねの聴取は終わり、その日は解散となった。あかねは番組を継続すると明言し、その場にいた今ガチメンバー一同は胸をなでおろすのだった。
その帰り。家が近い私たちは同じタクシーに乗っていた。ミヤコさんは仕事でいない。
「ねえアクたん、うちに寄ってく?」
「・・・やめとく。ちょっと人と話す気分じゃない。」
そういうところだぞアクたん。また一人で抱え込もうとして。私がいる以上、それは許さないよ。
「ダメ。私のいう事を聞きなさい。一人にはさせないよ。」
「分かった。」
反論する気力もないのか、かなり大胆な提案だったけどアクたんは素直に従った。なんだか、弱ってる若者に付け込んで家に連れこむ悪い大人みたいだ。誓ってそんな軽い気持ちじゃないけどね!
まあ下心というか、欲望というか、今なら誘えるんじゃないかっていう打算はあった。心配7割、欲望3割。心配の方が勝ってるわけだし、問題あるまい。
さあ、おうちデートの時間だ。
・・・
アクたんをソファーに座らせ、私はあったかい紅茶を用意する。
「ほらアクたん、これ飲んで落ち着きな。」
「ああ、悪い。」
かなり疲れているようだ。トラウマのフラッシュバックというのは、やはり精神を削るのだろう。見過ごせない。私に頼って欲しい。
「アクたん。ミヤコさんから聞いたよぉ。以前からああなることがあったって。私にも言ってくれれば良かったのに。」
「俺のあんな姿見たくないだろ?妹にすら隠してるってのに。」
「隠される方が嫌だよ。アクたんが突然苦しみだす様子を見せられた私の気持ちも想像してほしいな。」
「ごめん。」
「分かればよし。今日の所は追及しないから、ゆっくり休みなよ。」
私は空になったティーカップを机に置き、アクたんの腕を引く。
細身だけど程よく筋肉質で、思わずドキッとしてしまう。さっきより近くにある横顔からは高校生とは思えない大人の色気。ヤバいねこれ。
冷静に。あくまで冷静に。
「こうやってくっついてれば安心するでしょ?こういうの、甘く見ちゃだめだぞぉ?」
「ああ、良く分かってるよ。もう少しこのままでいていいか?」
「もちろん。こっちがお願いしたいくらい。」
最高すぎる。これだよ。私が求めていたものは。クールなアクたんが私だけに甘えて、体を寄せ合って、二人だけの甘い時間を過ごす。アクたんもまんざらではなさそうだ。
しばらくこの幸せを堪能しよう。よっぽど安心したのか、アクたんの身体からは力が抜け、私に寄りかかってきている。ここまで甘えてもらえるなんて、お姉さん冥利に尽きる。
こうしてみるとやっぱり大きいな。それに男の人の身体って固くてごつごつしてる。大分年下とはいえ、アクたんも大人の男なんだねぇ。
ってアレ?ちょっと待って?アクたん本当に寝てない?うん、寝てるわ。
うーんどうしたものか。起こすのも悪いしなぁ。でもずっとこのままってわけにも・・・。
「アクたん。寝るならベッドにしな。」
「うん・・・。分かった・・・。」
寝ぼけたアクたんをベッドに寝かせる。
うん。これはアレだ。未成年の少年を、精神的に弱ってるところを家に連れこんで、優しく甘やかして、眠ったところをベッドに連れこんで・・・。
MEMは考えるのをやめた。