薬指の約束 作:もずく
薄茶色の髪を振り乱しながら、ミアは雪の積もった道を駆けて行く。行先は全くブレず、ただ想い人のいる場所へ。
アルフレイム大陸でも比較的暖かい南側に位置すると言うのに、吐く息は白く、踏み締める雪は深い。
だがその程度は足を止める理由にはならない。何故なら彼女は想い人に逢いに行くのだから────…とは言いつつも、流石に市場に物珍しい輸入品を並べられれば目も滑る。
この時期はダイケホーンでもなかなか見ない『ディノスの尻尾の干し肉』や、東から取り寄せたのであろう『ユーシズの手鏡』などが市場に並ぶ。『サンドウォームの漬物』はスルーしたようだが、どれもこの山脈ではお目に掛かれない品ばかりだ。
気が付けば魔導書に加えて幾つかのお土産を運ぶ事になっていたミアは、ようやく目的地へと辿り着く。ミアとそう歳の離れていない子供ばかりが駆け回っている空き地の中心、子供が作るにしては大きな人集りの中に、ミアの想い人はいた。
「なんだよアリア、まだ弓教えてもらってねぇの?」
「教えてもらったもん!使えないだけで……」
「じゃあ教わってねぇのと一緒じゃん!おれはもう動物の解体の仕方まで習ってんだぜ!」
「何言ってんだよ。兄ちゃん、帰って来た時「血だらけになっちゃった〜!」ってぴーぴー泣いてたろ」
「あっ、言うなよこいつ!」
寒空の下だというのに騒がしく、また楽しげに話す彼らの中心で、新雪のように白い髪を揺らす少女。周囲の子供達から『アリア』と呼ばれている彼女、『アリア・ベガ・フュメーベラ』こそ、ミアが求めている存在だった。
ずっと心待ちにしていた瞬間だというのに、ミアはアリアに声を掛ける事をしない。勇気を出せない訳でも、遠慮をしている訳でもない。昨日も一昨日もその前も会ったが、それで満足など出来ないのだから。
ただ、ミアは自分以外の友人と遊ぶアリアの姿すら愛おしく見えていた。アリアはミアと他とで対応を変えるような事をしない。だからこそミアは心を開き、アリアの方へ一歩歩み寄れたのだ。
「……アリア」
「あ、ミアちゃん!」
小さく呼び掛ける声に振り返った事でミアを射止めた青い瞳。昼間の快晴のような鮮やか青と、真夜中の寒空のような静かな青が共存、或いは両立された不思議な瞳。その中で星のように煌めく、まばたきの度に揺れる光は、雪に反射した光なのか、それとも。
「ミアちゃん?どうしたの?」
「────…っ、あ……ごめんなさい。あなたの瞳に見惚れていただけ」
「何それ?変なミアちゃん!」
「ふふ、そうね、変よね」
思うまま、心のままにそう言ったミアを、アリアは変だと言いながらも否定はしない。国の有力者の娘であるミアに気を使わず揶揄う事が出来るアリアの存在が、ミアにとってはずっと前から救いだった。
だが、それはアリアが他者の感情の機微に疎いだとか、そういった事ではない。顔色を窺って相手を選ぶ事をしないだけで、今もアリアの後ろを気にしているミアの感情を、アリアはよく理解していた。
「ぼくのお家行こ!ミアちゃん!」
「えっ?えぇ、それは良いのだけど……良かったの?お友達でしょう?」
「寒いし手袋びちょびちょだもん!帰んなきゃ風邪ひいちゃうよ!」
「ふふっ……相変わらず、ダイケホーンの子なのに寒がりなのね」
濡れた手袋の片方を外して手を差し出すアリアに、ミアも片側の手袋を外し、手を重ねる事で応える。重ねられた手をきゅうと握ると、アリアはもう片方の手を友人達に向けて大きく振って、ミアの手を引きながら歩き始めた。
「これ、ディノスの干し肉。さっき市場の方で買って来たのよ」
「わぁ……良いの!?」
「もちろん。あなたがこれを食べる所が見たくて買ったんだもの」
「……むぅ。でも、これだとぼくミアちゃんにもらってばっかりだよ」
「逆よ。今も、今までも、私があなたから貰っているのだから……これはお返し」
こてりと首を傾げて「ぎゃく?」と呟くアリアに、ミアは柔らかく微笑んで、だが答えまでは返さない。代わりと言わんばかりに繋いだ手の指を絡められて、アリアは結局意味を聞こうとはせず、応えるように手に力を込めるだけに留める。
傍から見れば仲睦まじい姉妹なのだろう。しかしこの一帯に彼女達を姉妹として見る者はいない。そう見えないからではなく、ただミアの血筋は、立場は有名過ぎるからだ。
財源の一つとして最初に挙げられる程に、ダイケホーンの国力はマナタイトと魔晶石の採掘に偏っている。
宿した魔力によって浮遊の性質を持ち、同時に鋼を上回る硬度を持つマナタイトは、防具の追加装甲などに使われる事も多く、需要はどこにでも生まれる。
宿した魔力をそのまま蓄積する性質を持つ魔晶石は、ラクシア世界の人々の生活を支える基盤だ。主な客層は冒険者、それも魔法職の者になるが、生活を豊かにするために使う者も多い。
故に、後者の採掘権を持つフォルトゥーナ家は、ダイケホーン有数の権力者であり、その娘のミアは今より幼い頃から自分の家と他とにある貧富の差を感じ取ってしまう程の聡明さを持ってしまっていた。
何をしようにも足りてしまう事への退屈と、周囲の人間への少しの罪悪感。それらを覆って余りある、欲に眩んだ目をした人間への嫌悪。枚挙すれば暇がないような理由で、ミアは幼くして周囲との間に分厚い壁を作ってしまうような子供だった。
そんなものもお構い無しにミアと関わり続けたのがこのアリアだった。
「くしゅんっ!」
「寒い?マフラー、もう一枚掛けてあげましょうか」
「それミアちゃんのでしょ?ダメだよ、ミアちゃんが寒くなっちゃう」
「ダメな事ないわ。あなたより平気だもの。ほら……ふふっ」
半ば強引に自分のマフラーをアリアに巻いてやるミアは、その行動にデジャヴを覚えてくすりと笑う。防寒着に二枚のマフラーまで巻かれ「笑わないでよぉ」と呟くアリアの髪をぽんぽんと撫でてやって、ミアはまだ一年と経っていない過去の記憶に意識を向けた。
『アリア・ベガ・フュメーベラ』
本作の主人公。白い髪と青い瞳を持ち、魔法に憧れている女の子。
『ミア・カメリア・フォルトゥーナ』
良く言うなら尽くしたがり、悪く言うなら貢ぎ癖。