薬指の約束   作:もずく

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歪みます。




 ミア・カメリア・フォルトゥーナは嫉妬に燃えていた。何故か、何に対してか。

 

 アリアに対してか。否、アリアと関わる者へは有り得るが、アリアへと嫉妬を向ける事などない。

 

 ならばその両親か。否、アリアを甘やかす事に何のしがらみもない立場を羨みこそすれ、親の特権であるそれに嫉妬などはしない。

 

 では、ミアは何に対して嫉妬しているのか。

 

「むむむ……魔力の変換と具象化に作用する簡易理論構築の基礎……?ハールーンってこんなのばっかりなのかな……?」

 

 それは、今アリアの視線を一身に受けている魔導書に対して、ひいてはアリアの関心を惹いている魔法という概念そのものに対しての嫉妬だった。

 

 無論、その嫉妬の炎がアリアに牙を剥く事はない。ない……のだが。

 

「はぁ……」

 

 どれだけ聡明であろうと、どれだけ人の業を知っていようと、やはりミアは八歳の子供でしかない。以前アリアにそうしてしまったように、子供らしい反応や態度が出るのは当然の事。

 

 今回はそれが『魔法』という大きな概念を相手にしたものであり、嫉妬と呼ぶにはあまりにもスケールが大きいというだけの話。

 

「こうして……こうっ!あれ、違うかな。じゃあ……こうっ!」

 

 しかし、いくら嫉妬に狂っていようと、今こうして魔導書を読みながらポーズを取ったり、何かを念じていたりする想い人は可愛いもので。

 

 それを見て嫉妬の炎は弱まり、やがて燻る程度に収まって、けれどまた大敵に刺激され燃え上がる。愛らしい想い人が夢中になればなる程、その間隔も短くなり、ついには────

 

「ミアちゃん!これどう────…ミアちゃん?」

「……ふんっ」

 

 普段はアリアの全てを肯定しているミアも、不満を抑えきる事は出来ず、構って貰えない幼子らしく拗ねてしまった。

 

 この不満がすぐに爆発するようだったなら、きっとアリアにまでその火は及ばず、ただ魔法に集中してばかりのアリアに声を掛け、自分の方を向かせる程度で済んだのかもしれない。

 

 下手に鎮静化が挟まってしまった分、燃え上がった火の矛先が捻くれてしまったのは、やはり才児であるミアと言えど幼子の範疇からは出ていないという事の証左なのだろう。

 

「……ミアちゃん?」

「知らないわ、魔法ばっかりに夢中の子なんて」

 

 平静ならば出る訳もない口振り。今までアリアはその言い草をたったの一度しか聞いた事がない上に、その一度がアリアにとっては随分と重かった。

 

「あっ、ご、ごめんねっ!?夢中になっちゃって……ミアちゃんの事も忘れてないから────」

「ふんっ」

「うぅ……ごめんなさい……」

 

 ぷっくりと頬を膨らませるミアと、それを宥めるアリア。周りの者がそれを見たなら『逆ではないのか』と言われてしまうであろう光景だが、ミアが既に怒りを収めた所までがわかる者なら、ミアはアリアが見せる様々な表情を楽しんでいるのだとわかるだろう。

 

「……ふふふ」

 

 その証拠に、ミアの周りをうろついておろおろとしているアリアから隠すように浮かべた笑みは、悪戯っぽく三日月を描いているのだから。

 

 アリアはと言えばその笑みに気付かず、ひたすらにミアを宥めすかそうと頭を捻る。しばらくして青い瞳が潤み始めた事にミアが気付くまで、ただアリアがうんうんと唸るだけの時間は続いた。

 

「……アリア?」

「ごめんなさい……ぼく、どうしよう……」

 

 ミアはアリアの潤んだ瞳の端から零れ落ちそうになった水滴を指先で掬い、頭の後ろまでその手を回して抱き寄せる。ほんのりと湿った指の腹で白い髪を撫で付けて、まるで赤子をあやす様に頭頂に口付けをしながら、ふと思う。

 

 自分の胸元でぐずるアリアに対して『この子はこんなに凹みやすい子だっただろうか』と。

 

 確かに友人想いで、他者の悲しみに共感出来る子ではある。だが、怒らせてしまったからと泣いてしまう程に臆病な子ではなかった。

 

「アリア、私は平気よ?ほら、もう怒ってないわ」

「ほんと……?」

 

 優しく声を掛けてやってようやく上げた顔の、さっきまで潤んでいた瞳を見詰める。その両瞳ともがまだ震えているのを見て、ミアは悟った。雪崩の前まで二人の間にあった歪な捻れは、自分だけでなくアリアにも傷を残していたのだと。

 

「あぁ、いじめすぎたわね……ごめんなさいアリア、本当に大丈夫よ。怒ってなんていないから……ね?」

 

 自分にとってのアリアは幼い頃から傍にいた妹のようなもので、そんな存在と離れるのは酷く心苦しい事だった。当のアリアが執拗く傍に寄って来ていたからこそ、決定的な仲違いとはならなかった事を、ミアは今も心の底から感謝している。

 

 だが、アリアが離れたがらなかったのは、アリアが人から離れる事を嫌うからというだけではなかった。

 

「うん……ぼく、魔導書なんて読まないから、一緒にいたくないなんて言わないでね……?」

 

 あの時アリアに告げた別れ文句は、ミアの予想以上にアリアを傷付け、故にアリアは『捨てられる事』を嫌って無理やりに距離を保っていたのだ。

 

 明るく活発なアリアには到底似合わない歪みが、他ならぬミアの一言によって心に刻まれてしまった。それ自体はきっと悔やむべき事で、もう二度とはと決意すべき事なのだろう。

 

「えぇ、えぇ、絶対に言わない。けれど、本を読むなとも言わないわ。あなたはあなたの好きな事をして」

「……良いの?」

「もちろん。私、アリアがこっちを見てくれなくなるなんて、もう思っていないもの……」

 

 けれど、たった一人の愛する人を自分の手で歪めたという事実が、ミアという幼子にとっては酷く甘美なものだった。




『魔導書』
魔法文明語で書かれた魔導書。タイトルには『基礎的真語魔法』と書かれており、魔法の発動や行使に関する基礎的な理論が記されている。この魔導書はウルシラ地方のハールーン魔術研究王国で発行されたものらしい。

『魔法文明語』
凡そ三千年前に滅んだとされる、最も魔法が盛んだった『魔法文明デュランディル時代』の言語。

『魔法文明デュランディル時代』
小さき人々の手だけで作られた初めての文明とされており、魔剣の製造が広まったのもこの時代だったとされる。しかし、何故この文明が滅んだのかは未だ解明されていない。
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