薬指の約束 作:もずく
ミアの誕生日からちょうど一ヶ月が経ち、三月第二週の末日。この日はアリアの誕生日であり、周囲から愛されるアリアが主役であるこの日もまた、幼い子供を中心として祭りのような賑わいを見せる。
「アリアちゃん!ほれ、こいつ持って行きな!」
「いいの!?ありがとー!」
「そうかそうか、アリアは今日誕生日だったねぇ。じゃあ……こいつもオマケだ!」
「わぁ……!ありがと!いただきます!」
道行く人々の対応に終われ、自分との時間が少しずつ減る事に苛立ちを覚えないでもないミアだが、彼らに様々な貰い物をするのはそれだけ愛されている証左であり、何故だが誇らしいような気分になってしまっているのもまた事実。
複雑なようで単純明快。ただアリアを好いているから抱いているだけの気持ちなのだと気付くのに、そう時間は掛からず。
「アリア、そろそろ」
「あ、うん!みんなばいばーい!ありがとー!!」
つい先月にアリアから受け取ったプレゼントの一つであるお揃いのポンチョを持ち上げ、一度口元を埋めたミアは、アリアの手をそっと握り直して歩き出す。
例年ならこの時間には既にパーティを始めていた。年中冬と言っても良い雪景色のダイケホーンでは、あまり感じないものではあるが、それでも今の季節は冬に差し掛かる頃。まだまだ日は短く、今ももう街灯が必要になる程度には空が暗い。
にも関わらず二人がまだ外を歩いている理由は明白だろう。ミアの誕生日に、彼女が自身の両親へと宣言した事だ。元から決まってはいたが、いざそうとなるとミアも緊張してしまうようで。
「……ミアちゃん?どうしたの?」
「────…へっ!?あ、いいえ!なんでもないわ、大丈夫だから心配しないで」
そわそわと落ち着かない様子のミアに、何故かアリアも落ち着きがなくなり始める。向かう先も聞いておらず、思い返してようやく緊張し始めたのだろう。
だがそんな緊張も置き去りにして、二人は目的の場所へ着いてしまった。針葉樹が並び立つ街道は、今だけは静かで、馬車どころか人通りすらも少ない。
「アリア」
人払いなどしていないにも関わらず出来上がったこの静寂を見逃す程、ミアは疎くなどなかった。
「ぅ、うん……?」
それに対してアリアはどうにも空気を掴めず、久方振りに聞く真面目なトーンの声に心が揺れる。突き放されたあの時以来の、真っ直ぐ曲がらない声。
思わず怯んでしまうのは、きっとその傷が今も心に深く刻まれているからこそ。
「あなたに渡したい物があるの」
ミアがこの日を選び、そしてそれを渡すのは、我欲のためだけではない。その傷を刻み込んだ責を感じる心もまた、ミアの本心であるのだ。
もしかして、と様々な可能性を頭に浮かべていたアリアが「渡したい物」という一言で目を丸くしている中、ミアは懐からあの小箱を取り出す。
ミアの両親が、自分の娘は一人で選ぶ事が出来るのだと認めた上で渡した、小さな祝福の証を。
「これが、私からの誕生日プレゼント」
左手に乗せた小箱の蓋を右手で持ち、ゆっくりと開くと、そこには銀色のリングが収まっていた。水色に透き通った宝石が小さく輝くそれは、豪華さ、ひいては下品なまでの煌びやかさなどはない、静かな美しさを湛えている。
「……指輪?」
「えぇ、指輪」
「……ぼくに?」
「えぇ、あなたに」
拗れて傷を負う程に煮詰まった愛を持っているにも関わらず、そこに恋心の類を持たないアリアには、少しばかり難しい貰い物だったのだろう。どうにも解せないと言った顔だが、それはそれとして嬉しいのか頬は緩みっぱなしで。
ミアはそんなアリアの目の前で小箱から指輪を取り出し、そして小箱だけを懐にしまい直す。また困惑の色に戻ったアリアの瞳と、きっと聞こうとして言い出せないでいる質問の山を置き去りにして、ミアは再びアリアの左手を取る。
すり、と親指の腹で手の甲を撫でて、僅かに開かれた手の薬指の先に指輪を掛ければ、流石にその指に指輪を嵌める事の意味は知っているらしいアリアが目を見開いた。
「もし嫌なら、この手を跳ね除けて」
ゆっくりと、ゆっくりと、ミアはアリアが迷う時間を用意するように、慎重に指輪を通していく。
が、その指はぴくりとも動かない。やがて指輪はアリアの左手薬指の根本に触れて、指よりも幾分かサイズの大きなそれは、ようやくアリアの物となった。
「ちょっと大きい……?」
「いいえ、ピッタリよ。きっとあなたは、この指輪が似合う人になる」
「わかるの?」
「わかるの」
力強くそう返すミアに、納得したのかしてないのか首肯で応えて、アリアはその視線を左手へ持っていき────…やはり、その表情を緩ませた。
サイズの合わない指輪を薬指の根本に置いたまま、その左手を取るミアの手を優しく掴み、指を絡める。
ミアがアリアに持つような恋心を、アリアはミアに向けていない。だが、それでも、アリアはこの行為に応えない理由など持ち合わせていなかった。
「……アリア」
「うん」
「私と……私と、その」
「うん」
逸るアリアをミアが抑える。それがこの二人の常だった。だが今はたどたどしく想いを伝えようとするミアを、アリアが優しく受け止めている。そこにある恋が一方通行のものでも、最早その程度では測れない。
「────…私と、結婚して欲しいの。今じゃないけど、ずっと先だけど、色んな人から反感を買うのだろうけど……私は、あなたを愛しているから」
金色の瞳と青色の瞳がぶつかる。焦れてしまって目尻の下がった金眼を、優しく細められた碧眼が放さない。そして、アリアはゆっくりとその口を開いた。
「ミアちゃん」
「……はい」
「ぼく、わかんないんだ。ミアちゃんがこの指輪をくれた意味」
「……っ、えぇ、そうね。おかしい事かもしれない。けど私は────」
苦しげに答えたミアを、アリアは繋がった左手で引き寄せる。ふらりと寄って来たミアの体を抱き留めると、返答の続きであろう言葉を口にする。
「だから、教えて。ぼくにこの指輪をくれた意味も、ぼくをどう思ってるのかも、ゆっくりで良いから……時間は、いっぱいあるでしょ?」
寒さか、不安か、きっとそのどちらもで震えていたミアの体を優しく抱き締めて、アリアはミアの頬に頬擦りをする。愛を伝えられた訳でもないのに、ミアはその愛を聞くまでもなく受け取ってしまった。
言外での告白や返答など、アリアに出来るはずもない。ただアリアは真っ直ぐに、自分の気持ちを伝えるだけだ。それを薬指の指輪の意味を知り、抱き締めながら言ったのだから、それが答えなのだろう。
「大好きだよ、ミアちゃん」
「うん、うん……!私も、愛してる……!」
寒空の下でぽろぽろと涙を零すミアを、ただアリアはしばらく抱き締めていた。たとえ表情が見えなくとも、泣いている事など手に取るようにわかったのだろうが、それは止めるべき涙ではないと、アリアにもわかっていたから。
『透き通る宝石の指輪』
まだ持ち主となった彼女の指には少し大きい、銀の指輪。そう大きくもない宝石が一つ嵌められているだけで、表には刻印などもない、至ってシンプルな一品。しかしその裏には、この指輪の持ち主が誰か、そして送り主が誰かを示す刻印がされている。