「雨宮吾郎は、私のお父さんです」
それは、宮崎でのMV撮影の最中。
ルビーとあかねが見つけた遺体の話を聞いたメムの言葉だった。
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一晩明けて。
遺体の発見者であるルビーやあかねの警察での聴取が終わり、宿の一室に俺とあかね、B小町の3人は集まっていた。
メムが父親だと証言したこともあり、親族のいない雨宮吾郎の身元確認のためメムの母親も駆けつけた。
今は別室でミヤコさんと事務的なやりとりをしている。
部屋の雰囲気は暗い。
いつもの明るい雰囲気を顰めたメムと、どこか様子のおかしいルビーが気がかりだった。
友人の父親の死体が見つかったともなれば仕方がないか、などとどこか他人事みたいに考える。
本意な形ではないが復讐は終わった。
慰安旅行で宮崎に来たついでに、過去の俺とケジメを付けるために。
無事に、と言っていいかわからないが俺の死体が見つかったんだ。
名札に着けていただろうあの子から託されたキーホルダーが見つからなかったのは残念だったが。
――なんて、いろいろ考えているがこれはただの現実逃避だった。
うそだろ――
昨日のメムの発言が頭から離れず一睡もできなかった。
前世でそういう行為をしたこと自体はいくつか身に覚えはあるが、避妊はしっかりしていたはずだ。
復讐に燃えていたとき、いつも脳内で俺を責めるばかりだった雨宮吾郎の幻影も珍しく狼狽えている。
――ちょいちょいちょいちょい?!誰との……?
――お前が知らないなら俺が知るわけないだろう……!
――MEMが娘って、僕が20ぐらいの時か……?たしかに遊んでた頃だけど、避妊だって気を付けていたハズだ!?
――知るか。お前がもっと注意していればよかったんだろう……!
いつの日かと逆の立場になっているような気がするが、脳内コントをしても状況は変わらない。
はたしてMEMの父親だという『雨宮吾郎』は、本当に僕なのか……?
確かめねばなるまい。そう決心してメムに話かける。
「雨宮医師は独身のはずだ。どうして父親だって思ったんだ?」
いきなり父親のこと聞かれて驚いたのだろう。
メムは少し悩んだ素振りをしていたが、やがてぽつぽつと語りだした。
「お父さんは宮崎の出身で、大学で医者を目指してたってママから聞いてて。ママは妊娠したことを言ってなかったらしくてさ。私も会ったことはないんだぁ……。ん?弟?弟たちは結婚したパパとの子供だよ」
そう……なのか。
そこまで経歴が一致する『雨宮吾郎』ならほぼ間違いないだろうな、と諦め交じりに納得する。
別れたあとに、産んだのか。
まだ自分の心で咀嚼できてはいないが、受け止めるべきだろう。
「なんで妊娠を伝えなかったんだ……?」
「あんた、人様の家庭事情に随分踏み込むじゃない。その医者とどんな関係なのか知らないけど?なに?弱った女は見逃がせないっての?」
「あはは、かなちゃん。私は大丈夫だから」
有馬が不機嫌そうなのはメムを心配しているからだろう。
自分でも無神経だとは思うが、聞かずにはいられない。
――それではまるで、雨宮吾郎が娘を捨てたクズではないか。
そんな言葉が頭によぎる。
まったく。笑えない。
部屋を見渡す。
この場にいる全員がこの会話に聞き入っていた。
その中でも、あかねとルビーが何かを聞きたそうな目で俺を見てくるが今は無視をするしかない。
ルビーはわからないが、あかねは前日に雨宮吾郎についてあれこれ話した後にコレだからな。後でどうカバーしたものか。
あかねの異常ともいえるプロファイリング能力では下手をしたら俺に前世があるなんて荒唐無稽なことがバレかねない。
復讐のために利用しようとしていた能力が、今は逆に恐ろしい。
……冷静になれば、こんなところで雨宮吾郎について聞くのは悪手だっただろう。
僕は、自分が思っていたよりも随分と参っているようだった。
「別れてから私がお腹にいることに気づいたらしくて、言い出せずに一人で産むことにしたって。まぁその後いろいろあってママ、弟たちのパパと結婚したんだけど、パパも私が小さいころに亡くなっちゃってさ」
一呼吸おいて。続きを話しだす。
「心配になったママがお父さんを探したら随分前に捜索願がでたまま音沙汰なかったみたいで。そのときにはもう7年経っちゃってて、死亡扱いになっちゃってたんだ」
あかね以外のみんなには前に事務所で聞いてると思うけど、なんて前置きをして。
「ママ、仕事の頑張りすぎと合わせてショックで倒れちゃってさあ」
あの時は大変だったなー、と。
俺たちを心配をさせないためだろうか、困ったように笑っている。
自分の顔から表情がなくなるのを自覚をする。
それではまるで――
「恨まなかったのか。そんな男が父親と聞かされて」
「少しも恨まなかったっていったら嘘になるよ?」
アイドルの夢も諦めなくちゃいけなくなっちゃったしさ。
八つ当たりだってわかってるんだけどね。
なんて、指を頬にあてながら困ったような顔で。
「でもね、お父さんのこと教えてくれるときのママがさ――」
それは、眩いものを見る瞳で。
「――なんだかとっても大事な宝物の話をしてるように見えてさあ」
きっと、失踪したのだって事故かなにかで。
進んで誰かを悲しませるような、そんな酷い人じゃないはずだって。
本当は生きていて、いつの日かひょっこり出会って。
少し怖いけど、どんな人なのかお話をしたくって。
どうしてママと別れたのって、ちょっと困らせてみたりして。
私のこと、どう思ってるのかって聞いてみたくって。
「そっかぁ、お父さん、ほんとに死んじゃってたんだあ……」
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部屋に嗚咽が響く。
ささいな未練だった。
復讐がなくなって、忘れ物でも拾いに行くぐらいの気持ちで前世にケジメをつけようとしただけなんだ。
それが、こんなことになるなんて。
雨宮吾郎に死を悲しむ人間がいたなんて。
僕に子供がいたなんて。
そのことも知らずにのうのうと大学に通い、医者として何不自由なく暮らしていたなんて。
自分の子供の夢を奪っていたなんて。
星野アクアとして、人生の大半を共にした罪悪感が蘇る。
メムに俺の前世を話すべきだろうか?
――前世だなんて言っても質の悪い冗談と思われて終わりだろ。それに、今更話をしてどうするつもりだ?
そうだ。
今更何を言ったって手遅れだ。
彼女が一番困っているときに何もしなかったのは変わらないじゃないか。
知らなかったんだ。
どうしようもないじゃあないか。
僕は、何もしないほうがいいんじゃないのか。
――それは、駄目だろ。
親を知らない辛さはお前自身が知っているだろう?
――お前は、そんな苦しみを自分の娘にも押し付けるのか?
親に見捨てられた子のことを覚えているだろう?
――お前は、あの子の親みたいに自分の娘を見捨てるのか?
――それは違うだろ、雨宮吾郎。
「悪い。俺と来てくれないか」
「アクたん……?」
両目を赤く腫らしたメムの手を取り立ち上がる。
話し声は聞こえなかったが、ミヤコさんが隣の部屋を退室をしたのは確認している。
メムの母親は、彼女はまだその部屋にいる。
「お兄ちゃん……?」
「すまん、ルビー。俺の事情について話をしてこなくちゃいけないらしい」
暗黙の了解として、今まで家族のルビーにすら知らせていなかった俺の前世について。
なにかを聞きたそうにしているルビーには後で話すから、と視線でだけ伝えて今は納得してもらう。
僕は、彼女達に向き合わないといけない。