MEMちょの父親ゴロー先生概念   作:カルビ肉

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親子(後編)

「ちょ、アクたん!どうしたの……!?」

 

ソファーに憔悴した様子の女性が座っている。

 

ああ、覚えている。

最後に会ったときから25年と少しぐらいか。

どことなくメムに似た顔つきは、しかし苦労もしたのだろう、記憶にある顔より随分と皺が増えた顔だった。

それでも覚えがあった。

 

学生時代にはそれなりの数の女性と付き合ったが、僕にしては珍しく長続きした女性だ。

 

「メム……?それにあなたは……?」

 

この部屋に入るまでにどうやって俺が雨宮吾郎であると証明すればいいか考えていた。

寝不足の頭ではロクなアイデアなんて思い浮かばなくて。

結局、彼女との思い出話をするなんてゴリ押しとしか言いようのない手段を選ぶ自分が笑えて来た。

 

だが、冗談とは思わせない。

星野アクアは役者だ。嘘を本物に思わせる嘘つきだ。

だけど、今は嘘ではない、本当のことを伝えるだけだ。

――そんなの簡単だろう?

気合を入れろ。

お前が誰を生きていたか思い出せ。

 

今の僕は雨宮吾郎だ。

 

これは、彼女と別れたあの日の続きなんだ。

 

 

「まだ僕のことを覚えていたんだな、■■■」

「アクたん……?ママの名前教えたっけ……?」

 

彼女の視線に困惑が混じる。

一拍おいて、話しかける。

 

「あの日。目が覚めた時に、隣に君がいなかった僕の気持ちを知ってるか?」

 

君とは僕にしては上手くやれていたつもりだった。

あの時、僕は確かに君に恋をしていたんだ。

なのに。

一夜をホテルで過ごし、目が覚めたら隣にいたはずの君はいなくて。

どういう訳か話を聞きたくて、電話をかけても繋がらず。

ポケベルに『3470』とだけ届いた、あの時の気持ちを。

 

「ゴローくん……?」

 

彼女はまるで幽霊にでもあったかのような顔をしている。

どうやらここに居るのが雨宮吾郎の亡霊であると気付いたらしい。

 

「僕はまだ君から答えを聞いていない」

 

なぜ君は僕の前から消えたんだ。

 

「…………私じゃ、ゴローくんの重りにしかならないって思ったから」

 

その声色は懐古か、後悔か。

今の僕には彼女がなにを想っているのかはわからない。

 

「誰にでも優しくて完璧なあなたと人見知りで勉強も要領もダメダメな私。そんな私があなたになにをしてあげられるのかって考えたらいつも怖かった」

 

彼女は俯いたまま、か細い声で語りだす。

 

「言えば、きっとあなたは私を引き留めたでしょう?」

 

目線が合う。

だってあなたは――

 

「悲しんでいる誰かを見たら、なにもせずにはいられない人だから」

 

 

そんな、ことで……。

そんな気持ちを彼女に抱かせてしまっていたなんて。

 

……楽しかった、懐かしい記憶を思い出す。

 

「あの時僕は、君がいてくれればそれだけで十分だったのに……」

 

結局、お互いがお互いに相手への気持ちに蓋をして。

僕の失恋は、そんなありふれた話だったのだ。

 

だが、どこか。

昔の恋心にケリがついたからか。古傷が癒えるような、虚しさだけではない不思議な感覚があった。

 

 

――まだ、話は終わりじゃない。

 

「……メムから話は聞いた。なんで一人で子供を産もうと思ったんだ」

 

彼女には昔、話をしたような気がする。

雨宮吾郎という男は母親の命を奪って生まれた子供だと。

 

 

――写真でしか知らない母は、一人で僕を産んで死んだ。

誰かもわからない父親のせいで、祖父は僕を娘の命を奪った誰とも知らない憎い男のガキとして扱った。

 

自覚をすれば簡単な話だった。

 

――雨宮吾郎/星野アクアは父親を憎んでいる。

 

なぜ教えてくれなかったんだ。

僕は顔も知らない、無責任な父親にはなりたくなかったのに。

 

 

「あなたとの日々を嘘にしたくなかった。でも合わせる顔もなかった」

 

ぽつりぽつり、懺悔のように。

ああ、彼女にも未練があったのか。

そうさせてしまったのは僕のせいでもある。

 

「ごめんなさい、弱い私で」

「……自分の子にはあんな思いをしてほしくなかった」

 

結果論だが、彼女はメムを産み無事に育てられた。それは喜ぶべきことだろう。

だが、もし。

もし彼女が命を失っていたのなら?

もしメムが孤独に育ったのなら?

 

そうなっていれば、きっと僕は耐えられなかった。

 

 

「ゴローくんのそんな姿、初めて見た」

「知らなかったのか。僕は結構弱い人間なんだよ」

 

本当に珍しいものを見るように。

彼女から見える僕は相当弱っているようだ。

……それもそうかもしれない。ずっと弱さを見せないように生きてきたのだから。

 

 

「……僕は、娘の存在も知らずのうのうと生きて、訳も分からないまま死んで。君や娘が大変な時も何もできず、娘の夢を奪った最低の男だ」

 

でも、君が伝えてくれていたのなら。

 

「娘に生まれてきてくれてありがとうと。その一言すら言わずにくたばるようなことはなかった」

 

娘に憎まれてもいい。

せめて、そのぐらいはさせて欲しかった。

 

 

「……今は星野アクア君、でしたよね。この娘から聞いてます」

 

今ガチを見ていたのだろうか。どうやら僕の顔と名前は知られていたらしい。

なんだろうか、と顔を向き合わせる。

 

「アイドルになるっていう夢を叶えさせてくれた人だって。アイドルになってからのこの娘は本当に楽しそうで。私のせいで諦めさせてしまった夢をあなたが叶えてくれたんです。だから」

 

 

「だから、もう十分に。この娘も私も、あなたに救われてますよ」

 

 

それは。

メムをB小町に誘ったのだって、ルビーのためで。他に理由があったからで。

 

けれども。不思議と、素直に受け入れられる自分がいた。

ああ、そうか。知らなかったもんな。知らなかったのならしょうがない。

いろいろと悩んでいたが、うん、それでいいんじゃないか。

知らない間に娘を救えていたのなら、それは……よかったな。

 

「――アイドルとして輝いているのはメム自身の頑張りだ。僕は何もしていない」

「本当に。相変わらず素直になれない人ですね――」

 

目が合い、どちらともなく苦笑が漏れる。

 

あの時、自分の気持ちを伝えることができていたのなら。

そんな『もしも』も、あったのかもしれないな。

 

 

「ねぇ、メム。ごめんなさい。ママの意地であなたには苦労をかけてしまったわね」

 

いつの間にだろうか。彼女の隣にメムが座っていて、僕と向き合う形になっていた。

おっかなびっくりといった様子で僕たちを見ていたメムは混乱しているようだった。

 

「なんか、いろいろあってまだ困惑してるんだよお」

 

親のナマナマしい恋バナとか、気まずいんだよお……と、苦々しい顔をしている。

 

「でも、その……アクたんに前世があって、その前世がお父さんだってことは、なんとなく」

「ああ。信じられないかもしれないが、その認識で合っているぞ」

「……そっかあ。そうだったんだあ」

 

心の整理をしているのだろう。

しばらく恥ずかしそうにあーうーと唸っていたが、どうやら納得できたようだ。

 

彼女はもう、泣いていなかった。

 

改めて、メムに向き直る。

 

「雨宮吾郎は死んだ。少しの未練はあっても、死んだこと自体に後悔はなかった」

 

なかった、ハズだったんだ。

こうして生まれ変わり、君のことを知るまでは。

 

「君の事を知らなかった、は言い訳だろう。すまなかった。謝って許されることじゃないのはわかっている」

 

――これからどうなろうと、彼女と向き合っていこうと思う。

 

「俺は星野アクアだけど、それでも。それでも、父親として振る舞うのを許してくれないか」

 

――その返答は、ステージの上の彼女よりもまぶしい、花が咲くような笑顔だった。

 

 

☆☆☆☆

 

 

「にしてもねえ……ふふーん。これからみんなの前でアクたんのことお父さんって呼ばなきゃね!」

「……未成年は犯罪だぞ」

「もう、そういうことじゃないでしょ!」

「すまんすまん、悪かった」

 

散歩がてら宿を出て二人で歩く。

 

さすがに説明が難しいからな。

いちおう、前世について隠す方針で生きてきたんだ。

ミヤコさんどころかルビーにも言っていないから、これまで通りに接してくれと頼む。

 

「年の割に随分落ち着いてるなって思ってたけどさあ。今ガチで話合わせてくれたとき結構辛かったんじゃない?」

「あー、バレてたか。正直若者の共感しあうだけの会話ってやつがマジで辛い」

「ていうか私、あの時に年長者として焼肉奢らされたじゃん!騙された!?」

「今度連れていってやるよ。脂身の多い肉は30を超えると体が受け付けなくなるからな。楽しめるうちに楽しんでおいた方がいいぞ」

「うぐっ、年齢のことは言わないで……!実感を感じられるのが怖いよお」

 

なんて、他愛のない会話で。

まだ二人とも親子としての距離感なんて掴みかねていて。

これまで通り、ただ同じ事務所の人間として普通に会話できるかなんてのもわからないけれど。

 

ああ、でも、そうだ。

これは伝えて、聞いておかなきゃいけないんだった。

 

 

メム。

 

「生まれてきてくれてありがとう。君は今、楽しいか?」

 

 

「うん。私、今とっても楽しいよ!」

 

 

 

 

 

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