「アクアとせんせはどういう関係なの?」
――こんなはずじゃなかった。
「16歳になったら結婚してくれるっていったよね?」
――僕はただ、キミの幸せを祈っていただけだったのに。
「MEMちょなら大丈夫!ちゃんと娘として愛してあげるよ?」
――これは俺の罪なのだろうか。
「せんせ、答えて?」
☆☆☆☆
俺の前世を伝えたあの日からルビーは変わった。
せんせ。
二人しかいないときは俺をそう呼ぶようになった。
二人の時は常に付きまとい、俺への愛を囁く。その瞳はまるで逃がさないとばかりに黒い輝きを放っているようだった。
……星野アクアという兄は、彼女の中でそんなに軽かったのか。
この16年の人生が薄っぺらくなったような気がして、どこか虚しさを感じる。
俺は家族なんて思われちゃいなかったのかもな。ルビーにとっての星野アクアは、たまたま同じところに生まれただけの男だったとでもいうのだろうか。
なんて、暗いことを考えていたところで状況は変わらない。
今のルビーは危うい。
なんとか元に戻せないかと、まずはルビーがどうしてそうなったか探ることを始めた。
「ルビーに求婚されてる……?えっガチなやつ?」
ここは苺プロの事務所の一室。
今は手助けが欲しい。そう思い、ミヤコさんが席を外している時間を狙いメムに来てもらった。俺はルビーと鉢合わせないように学校をサボってこうして集まっているわけだ。
……自分で言っておいてなんだが、ルビーに求婚されたと聞かされたメムも相当動揺しているらしい。
信じてほしい。今、俺はガチで困っているんだ。
「ガチだ。B小町でいるときの様子はどうだ?」
「……私とかなちゃんの前では普通にしようとしてるみたいだけど。なんというか……身が入ってなくて無理してる感じ」
聞いても誤魔化されちゃってさあ、というメムはやはり面倒見がいいのだろう。普段からB小町の仲間の様子を気にかけているようだ。
やはり俺以外から見てもルビーの状態は良くないらしい。
「ねえ。これ、やっぱ前世絡みのやつ?」
「……俺とルビーは互いに前世があることは知っていたが、それがどんな人物かまでは話さないようにしてたんだ」
前に話をしたかもしれないけど。
俺は別に前世に未練は無かったし、ルビーはどことなく話したくなさそうだった。
そうして時間が経ちお互い話題にもしづらくなってできた、無言のルールというやつだ。
そして、そのルールで守られていた秘密は宮崎の一件で暴かれることになった。
「ルビーの前世……さりなちゃんは、俺が研修医のときに話し相手になっていた子だ」
当時12歳で、ずっと入院していたこと。
親が見舞いに来ない家庭だったこと。
アイのファンだったこと。
……最期を看取ったこと。
彼女がどんな人物だったのか、メムに掻い摘んで説明する。
「なんでアクたんの恋バナって重いのばっかなの……?手伝うって安請け合いするんじゃなかったんだよぉ……」
転生神みたいな神様がいるなら相当性格悪いんじゃないの、と遠い目をするメム。
そうだな。俺だってそう思う。あの疫病神め。
「俺だってなんでこんな事になったのか分からないんだよ……」
「話を聞いてるだけで胃痛がするレベルじゃん。助けてママぁ……!」
「……このままだとB小町の活動自体にも影響がでると踏んでる」
ミヤコさんもルビーの様子がおかしいことには薄々気づいているようだし、このままだと何かしらの措置が入る可能性は高い。
……最悪、メンタルの問題としてルビーを休止させることだってあり得なくはない。
「……もしや、アクたんの恋愛の縺れでB小町解散の危機!?私まだアイドル続けたいんですけどぉ!?」
ははは。俺は自分が恋愛事に関して向いてないと自覚したからな。
事情を知っていて頼れるのはメムしかいないんだ。だから手伝ってくれ。頼むよ。
じっと見つめていると、俺の祈りが通じたのかメムはため息を吐いてから話し始めた。
「うーん、それは好きになってもしょうがないねえ」
「というと?」
「だって、ずっと独りだった女の子に優しくしてたってことでしょ?世間を知らない女の子にとってそれは白馬の王子様!もはや毒といっても過言じゃないね!」
「患者に毒とかいうな」
めっちゃ真摯な気持ちで会いに行ってたよ。
「そもそもさあ、どう言って結婚せがまれてるわけ?」
「『16歳になったら結婚してくれるって言ったよね』だな」
今の婚姻年齢は18歳だから、兄妹だからなどと躱しているが、諦める様子は一向にない。
……俺を見るメムの目が冷たい。なんというか、こう、すごいジト眼だ。
「アクたんってロリコン?」
「なぜそうなる」
「……めっちゃ複雑なんだけど、私とかなちゃんってアクたんがB小町に誘ったんだよね。私もどっちかというとロリ系だし?」
それは……俺もちょっと考えないようにしていたんだ。
俺としては、二人ともルビーの仲間としてアイドルに向いていると思ったから誘っただけなんだ。嘘じゃない。俺の性癖じゃない……ハズだ。
「話を戻すが、当時から何度も『結婚して』とは言われていたよ」
「急に話戻すじゃん。OKしたの?」
「いや、していない。……のらりくらりと躱していた。社会的にも死にたくなかったし」
あの時は確か『16歳になったら考えてやるよ』とか言ったっけ。
あの言葉は祈りだった。
さりなちゃんの気持ちには応えられないけれど、せめて生きる希望になれば、なんて。
……それに、約束したと思われていることには思い当たるフシがある。
「退形成性星細胞腫」
「たいけいせい……?ルビーの前世での病気の名前?」
「ああ。……簡単に言えば脳の癌だよ」
息を飲んだ。
深刻な疾病だと理解したのだろう。
「彼女……さりなちゃんには、記憶障害の症状も診断されていた」
「それは」
「ああ。俺は勘違いの記憶を覚えているんじゃないかと考えている」
推測でしかないが、さりなちゃんの記憶は実際に経験したことと願望の混ざったものになっているのだろう。
そう考えていると、メムが俺をじっと見ていた。
「どうした」
「いやぁ、なんかアクたんお医者さんっぽいなあって」
「そりゃ医者だったからな」
……産科医見習いの俺には彼女を救う手立てなんて欠片もなかったんだが。
「結婚の約束をした、と仮定してだ。もしメムがルビーと同じ体験をしたらどう思う?」
同じ女子の目線で意見を聞きたい。
そう伝えるとメムは顎に手を添え悩み始める。
「ロマンチックだなーとは思うけど、家族になったなら恋人に拘らなくてもよくない?って感じかなあ。別に一緒にいられるし。アクたんがお父さんだって気付かなかった間に仲が悪くなったワケでもないだろうしさ」
メムの意見はおおよそ俺の想像と一致していた。
これもダメか。やはりルビーは俺の知らない何かを抱えているのだろう。
謎はまた暗礁に乗り上げる。
別のアプローチを考えよう。
俺の女性関係に隙があるから諦められないのか?
ならばいっそあかねと本気で付き合っていることを伝えれば……。
「また、あかねと付き合えば、なんて考えてるでしょ」
「考えただけだ」
エスパーか?
有馬の件で怒られたのは記憶に新しい。この方針は無しだな。
……昔、あの子と病室で行った会話を思い出す。
「さりなちゃんは言っていた。もし生まれ変わったら元気な体になりたい。アイみたいなアイドルになりたい。……そんな夢物語は現実のものになった。望みは叶ったと言っていいだろう」
アイドルとしてはまだ駆け出したばかりだが、ルビーならアイを超えることだって不可能じゃないと思っている。
それなのに何故いまさら僕との結婚に執着する?
メムの言っている通り今生では既に兄妹という関係の家族なのだ。
先ほどの質問の逆ではないが、もし前世を話すことなく過ごし、ルビーがさりなちゃんだと気付かなかったとしても俺はルビーを妹として大事に――
――俺に『気付かなかった』?
「好きな人に、気付かなかった?」
もしもさりなちゃんが本気で俺のことを好きだったとして、そんな相手とずっと一緒にいたのに気付けなかったと知ったときに受ける感情は?
「それは……たしかにショック受けるかも。いつものルビーからだとあんま想像できないけど、ヘラる可能性も……まぁあり得なくはない、かも」
光明が見えた。
これはルビーが雨宮吾郎と結婚したがっている理由への回答ではない。だが、様子がおかしなことの手がかりになるはずだ。
あとはこれを使い、どうにかしてルビーの悩みを引き出すことができれば……。
「大事なことなんだけどさ。アクたんはルビーをどうしたいの?」
そんなことを考えていると、ふと問い質される。
どうしたい、か。それは……。
「彼女が夢として願っていたアイドルの道を応援したい」
「それはさ、お父さんの願いじゃん」
盲点だった。
「結局のとこ自分の気持ちを伝えるしかないんだからさ。アクたんがアクたんとしてルビーと向き合うなら、今の自分の気持ちを自覚しないとダメなんじゃない?」
改めて、ルビーとどうしたいのか考えてみる。
ああ、そうか。
「俺はルビーと兄妹として生きていきたい」
いつもみたいに兄妹として過ごしたい。
そんな願いを持ってるクセに、いつの間にか目的を見失っていたらしい。気付かないうちに俺は随分と前世に引っ張られていたようだ。
「その気持ち、伝えておいでよ。家族でしょ?」
……家族、か。
雨宮吾郎としての前世でそう呼べるのは祖母一人で、それも普通とは言い難いものだろう。
俺はいまだに家族というものがなんなのかよくわかっていない。
「……家族ってなんだろうな」
「自分の気持ちを素直に伝えても平気な相手」
口から漏れた疑問は、あっさりと。
そんなに簡単に答えられるものだとは思わなかった。
思わず聞き返す。
「そんなものなのか」
「私はそう思ってるってだけなんだけどね。家族なんてそれこそみんな違うし。でもそれっぽいでしょ?」
ウィンクをしながらそういう彼女は、妙に自信ありげだった。
……そんな仕草で、不思議となんだかそれっぽく思えてくるから俺も単純なものだ。
「決まった?」
「ああ。今晩、ルビーと話をしてくる」
――でも、なんだか少しわかった気がする。
「ああぁ、疲れたんだよぉ……!」
やるべき話は終わった。
空気が緩んだからか、メムの雰囲気がいつもの猫のようなものに戻る。
「アクたんはさあ、私のありがたみがわかってないんだよさあ」
「そうだな……何か買ってくればいいか?」
「そういうのいいから。もっと私のこと褒めて?」
「メム、こうやって相談に乗ってくれて助かっている。君がいなければ俺はどうなっていたかわからない。本当にありがとう」
「うーん、30点。素っ気なさすぎー」
「素直な気持ちだからな。飾らないようにしたんだ」
「……それなら、まぁ、いいけどさあ」
「俺にできるのか……?」
「できるよ。だってアクたんは私から逃げなかったんだから」
◆「16歳になったら結婚してやるよ」と言っていたゴロー。今、その時――
前編は推理パート。
本誌が暗いから明るい話を書きたいのに本誌が強すぎる。
後編は用事が出来て忙しくなったので少し遅くなります。