メムとの話し合いが終わってすぐ、今晩話をしたいとルビーに連絡をいれた。
俺はというと、都内での雑誌の撮影の仕事が終わって家に着いたところだ。
玄関に靴がある。ルビーはもう帰ってきているのだろう。
リビングの扉を開けると、そこには彼女が椅子に座って待っていた。
「話ってどうしたの、せんせ。私の気持ちを受け入れてくれる気になってくれた?」
両目に昏い光を宿したまま微笑んでいるルビーは、しかしどこか危うげで。
俺を見ているようでそうでない気がして不安になる。
このまま話をしていいものか、暫し逡巡するが意を決して伝える。
「その話だがな、ルビーの記憶違いじゃないのか?」
16歳になったら結婚を考えるとは言ったこと。
面と向かって伝えるのは心苦しいが、記憶障害を発症していたこと。
メムとの相談で思いついたことをルビーにも伝える。
「そっか、せんせはそう思ったんだね。そうかもしれないけどそれがどうしたの?」
一通り俺の話を聞いたルビーはあっけらかんとそう言い放った。
……正直、ここまであっさりとした反応をされるとは思わなかった。
「せんせは私のこと好きじゃないの?」
「……好きだけど、それは家族としてだ」
「ふーん、そうなんだ。家族……ね」
どこか、彼女の雰囲気が変わった。
物怖じしそうになるが、しかしこれは言わなきゃいけない。
「なぁルビー。君の前世がさりなちゃんだって知ったとき、俺は嬉しかったんだ」
転生という事象に思うところがないわけではない。
それでも、病気で苦しんでいた君が元気でアイドルを目指していること。
知らないとはいえ、その手伝いをすることができていたこと。
「俺と君はもう家族なんだ。こうして一緒に暮らせているだろう。それじゃダメなのか?」
──どうやら俺はルビーのことも、さりなちゃんのこともよく知らなかったらしい。
「──家族家族って、家族ってなんなの!!」
果たして、彼女は家族というものに対してどう思っていたのか。
こんなに声を荒げる彼女を見るのは初めてだった。
「そうだよね、せんせにはMEMちょがいるもんね!」
☆☆☆☆
「MEMちょはいいよね、認知もされてなかったクセにせんせに愛されてっ!」
言った。言ってしまった。
もう私は自分でも自分の口を止めることができない。
今まで星野ルビーとしてひた隠しにしてきた醜いモノがとめどなく溢れてくる。
「私のママは私を愛してなかった!」
裏切られた。
最初、MEMちょのお父さんがゴローせんせだと聞いた時にそう思った。
でも話を聞いているうちに思いなおした。
ああ、せんせらしいなって。
遊んでいただろうとは思っていたし、誰にでも優しいせんせの事だからきっと女の人から離れていってしまったんだろうなって、懐かしさすら感じた。
泣いているMEMちょをどうにかしてあげなくちゃ、なんて思っていると様子のおかしいアクアがMEMちょを連れっていってしまった。
どうしたんだろう。そう思ってしばらくすると、戻ってきたMEMちょは泣いていたのが嘘のように明るくなっていた。
アクアがせんせについて何かを知っていると確信した私はアクアを問いただそうとした。
でも事情聴取でMV撮影のスケジュールが押した都合で、結局宮崎ではアクアと話をすることができなかった。
もやもやとした気持ちを抱えたまま東京に戻ってきたとき、MEMちょの話を聞いた私はふと前世のママに会いに行こうと思った。
前世の、天童寺の家には生まれかわってから何度か足を運んだことがあった。
いつもは眺めるだけだったが、勇気を出してインターフォンを押そうとして──
家の前に車が止まった。
車から誰かが降りてくる。
その人はママと、昔の私の面影のある、兄妹らしき知らない男女だった。
買い物帰りだったのだろう。荷物を誰が持つかなんて、まるで家族のように楽しそうに喋っているママと兄妹達。
──知らない。ママのあんな表情は知らない。
呆然としていると、私の記憶より随分と皺の増えた顔が私を見て、そして──
『あら、どちら様かしら?』
あの日、どうやって帰ってきたかは憶えていない。
その晩、私は部屋で一人で泣いた。
一通り泣いて冷静になって考えてみれば私が娘だと気付かないのも当然だと思った。顔も髪も声も、年齢だって全く違う。さりなとしての面影なんてどこにもないのだから。
だけど愛していたならきっと気付いてくれるハズだなんて、そんな勝手な期待を押し付けて、勝手に悲しんで。
そう自分を納得させて、いつもの私に戻ろうと気持ちを整理しようとしていた時のことだった。
アクアから自身の前世がせんせだと知らされたとき、私の中の何かがバラバラになる音が聞こえた。
「あんなに大好きだったのに、私はずっと一緒にいたアクアがせんせだって気づかなかった!!」
私もママと一緒ではないか。
愛していると言ったのに、私を愛してなんかいなかったあの女と。
嘘つき。
嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき。
『せんせ、結婚して?』
その場を取り繕おうとして何かを言わなきゃと咄嗟に口からでた言葉は、そんな言葉で。
何様のつもりで愛を囁いたのだ、おまえは。
「私のせんせが好きって気持ちだって嘘みたいに思えて、なにもかもが嫌になって……!」
アクアがせんせなら、あの時泣いていたMEMちょが笑うようになったのは、きっとせんせが父親として告白したからだろう。
──よかった。せんせは泣いてる娘を見捨てるような親じゃなかった。
──なら、私の親は?
なんでMEMちょは初めて会ったお父さんに愛されてるの?
なんで産まれてからずっと一緒に居たママは私を愛してくれなかったの?
──私とMEMちょの何が違うの?
そんな嫉妬に狂ってしまいそうで。
そんな醜い私が嫌になる。
「こんな私が家族? 誰も愛してなんかいないのに、笑わせないでよ!!」
愛されない理由なんて決まってる。
私が噓つきだからだ。
「私は……私がやだよぉ……」
☆☆☆☆
悲痛。
テーブルに伏して押し殺すように泣いているルビーの姿はそうとしか形容できなかった。
俺が雨宮吾郎だと気付けなかったことでショックを受けているんじゃないかと予想はしていたが、まさかここまでとは思わなかった。
それに、ママに愛されていなかった、とは。もしやルビーは……。
「前世の親に会いに行ったのか……?」
ルビーの体が震える。
嫌な想像はどうやら当たってしまったらしい。
会いに行ってあしらわれたのか、それとも話しかけたのに気付いてもらえなかったのか。
とにかく、さりなちゃんの親はルビーがさりなちゃんだということに気づかなかったようだ。
──危篤のさりなちゃんに親が見舞いに来ないと聞かされたあの日を思い出す。
沸々と怒りが込み上げてくるが、この感情は今は置いてルビーと向き合うべきだ。
「そのままでいいから、俺の話を聞いてくれないか」
ルビーに反応はない。それでも構わず語りかける。
「ずっと、さりなちゃんのことを憶えてるって約束をしただろ?」
あの日、形見になるキーホルダーを渡されて。
ベッドの上で、今にも命の火が尽きそうなあの子とした大事な約束だ。
「時折、君の前世がさりなちゃんなんじゃないかと思うことがあったんだ」
アイのことを楽しそうに話す時。アイドルになりたいと輝いた目をして語る時。
そんな姿が、いつか病室で見た君と重なった。
「その度に言い出せなかった。そんな都合のいい話があるはずがない。この感傷はルビーに失礼だろうって」
もし聞いて違ったら。俺とルビーの関係が変わってしまうんじゃないか。
そう考えたら、怖くて言い出せなかった。
「憶えていたのなら、もっと素直に君に聞いておけばよかった」
言わなかったのは俺のせいだ。
気付かなかったことを、ルビーだけが悪く思う必要なんてない。
「遅い……遅いよ、せんせぇ……」
伏したままだった彼女の顔がこちらを向き、暗い輝きを宿す瞳が俺を射抜く。
ようやく、俺を見てくれたようだ。
「俺はルビーと家族でいたい」
ルビーと目を合わせ、改めて自分の気持ちを伝える。
「できないよ……私は誰も愛していないのに……」
「いいや、君は家族を愛していた」
あの時、病室の君はテレビの中のアイよりも輝いていた。
アイドルになりたいという夢を語る姿。
なにより、どれだけ苦しんでいても親への愛を信じる姿。
親がいない僕にとって君の姿は、まさに家族を愛する子供を体現していた子だった。
「それだって、親想いのいい子の演技をしていただけで……!」
「君にとってはそうかもしれない。でも僕にはそう見えたんだ」
「それは……」
「僕が病室に来たときにがっかりしていたのは、あれは見舞いに来たのが家族じゃなかったからだろう?」
七夕の願いに両親の健康を祈っていたことだって。
看護師から聞いた、母親に喜んでほしいと願っていたことだってそうだ。
「愛していたからこそ、愛されたかったんだろ?」
だからこそ僕は、君と向き合おうとしない君の両親を許せなかった。
「だって……一緒にいて欲しかった……! だって、大好きだったんだよ……!」
限界だったのだろう。
俺の胸元に飛び込んできたルビーを受け止める。
「ママに……私に気づいて欲しかった……!」
「辛かっただろう」
「アクアがせんせだってもっと早く知りたかった……!」
「ごめんな」
ルビーが安心できるように背中をさする。
そのまましばらくの間、ルビーは声を押し殺して泣いていた。
「……せんせの女たらし、唐変木、モラリスト、無責任男」
胸に顔をうずめたまま、ぽつりぽつりとルビーが話しだす。
「でも好き。大好き。勝手に死んじゃったのは大嫌いだけど大好き」
僕だって死にたくて死んだわけじゃないんだ。悪かったよ。
「アクアの陰キャ、シスコン、秘密主義者。せんせとキャラ全然違うじゃん。そんなのわかるわけないよ……!」
キャラが違うのはお互い様だろ。オギャバブランドとか言ってたの覚えてるぞ。
「……私、家族ってなんなのかわからないよ」
「……思っていることを素直に伝えても平気な人、だってさ」
俺だって家族がどんなものなのか知らなかった。
メムと会わなければ、メムが俺の娘だとわからなければ今でも知らないままだったのかもしれない。
「俺も、メムと向き合うまで家族がどんなものなのかわかってなかった」
もしかしたら、今までの俺のルビーへの想いだって家族としては歪だったのかもしれない。
でも今は胸を張って言える。
俺の気持ちを、ルビーに素直に伝えよう。
「愛してる、ルビー」
ああ、こんな簡単なことだったんだ。
──ルビーの瞳に、明るい光が宿る。
「ねぇ、お兄ちゃんはどうして私にやさしくしてくれるの?」
「俺が兄で、お前が妹だからだ」
「私、こんなに嫌な人間なのに」
「それでもだ」
「嘘つきなのに、家族でいいの……?」
そんなこと、決まっている。
「当たり前だ。俺はずっと、ルビーのことを家族だと思ってきたよ」
☆☆☆☆
「それで? 結局ルビーはお兄ちゃんにベッタリみたいだけどさあ、それはいいのー?」
「妹として考えて素直に好きだからだってさ。お手上げだよ」
一晩が経った。
事務所でソファーに座って本を読んでいると、後ろからのぞき込むような形でメムが話かけてきた。
「その割にはまんざらでもなさそうじゃん?」
あの後、改めて恋人としてではなく兄妹として暮らしていこうと伝えた。
泣き止んだルビーには前世を引き合いに出されてかなり渋られたが、最後にはどうにか折れてくれた。
その代わりといってはなんだが、かなりのブラコンになってしまったのは誤算だったが。
……少なくとも今のルビーからは危うさを感じない。
兄としてそのことを喜ぼうじゃないか。
「そりゃ嫌われるよりはな」
「そっかあ。まぁそういうことにしておいてあげるんだよぉ」
そういうメムの表情はニヤニヤと笑っていた。
俺の人間関係を楽しむのはいいが、またなにかあったときはお前に相談に乗ってもらうからな。
「うっ、なにか嫌な予感が……?」
そのときはよろしく頼むぞ、メム。
「あー! お兄ちゃんとMEMちょがいちゃいちゃしてる!」
そんな俺たちの姿を目ざとく見つけたのだろう。
戻ってきたルビーが俺たちを囃し立てる。
元気になったようでなによりだが、なんか情緒が幼くなってないかお前?
……いや、案外これがルビーの素なのかもな。
「あいたっ!」
騒いでいるルビーの頭が丸めた冊子で叩かれる。
「あんたねぇ……。ウザ絡みもほどほどにしときなさいよ。世の中にはたとえ兄妹でも変な勘繰りして見てくる奴もいるんだから」
「なに言ってるの先輩? 妹の私がお兄ちゃんに甘えるのは当然の権利なんですけど?」
「あんたこそなに言ってんの!? ……ああもう! 今度のライブでやる新曲の振り付け、まだ完璧じゃないでしょ。ほらレッスン行くわよ!」
「あ~~~~!」
ブラコンを発揮していたルビーだったが、情けないうめき声をあげながら有馬に背中を引っ張られて連れていかれた。
仲が良いようでなによりだ。
「じゃ、私もレッスン行きますかあ。またねアクたん!」
「ああ。頑張れよ」
そうして、B小町の3人はレッスンに向かった。
事務所に静寂が戻る。
「ねぇアクア、ルビーとMEMとは本当に何もなかったのよね?」
そのまま本に目を戻そうとしたとき、自分の席で黙って仕事をしていたミヤコさんに話しかけられる。
「少なくともミヤコさんが考えてるようなことはなにもないよ」
流石によく見ている。
MEMが娘だったとか、ルビーと前世からの仲だったとか。
説明が難しいことが多すぎるんだ。
「気になる言い方するわねぇ……」
こういう時にミヤコさんが踏み込んでこないのは、俺が話したがらない事は絶対に話さないことを知っているからだろう。
本当に、頭が上がらない。
……そういえば、事務所の飲み物が切れていたな。
ついでにレッスン帰りの3人の分も買っておくか。
「コンビニで飲み物買ってくる」
野球帽に眼鏡。
最低限だが簡単な変装をして身支度を済ませる。
「いってきます、母さん」
「いってらっしゃ……アクア、今なんて──?!」
ミヤコさんには余計なことまで抱えて欲しくないと思うから。
でも、今はまだ伝えられないけど。
いつの日かこの人にもすべてを話せる日がくればいいな、なんてことを思った。
原作40話分ぐらいの曇らせが圧縮されてルビーを襲う。
ラブコメが書きたいのに、どうしてこんなことに……?
シリアスはひとまずおしまい。次回は明るい話です。