私、有馬かなは女優である。
かつては10秒で泣ける天才子役として、同年代の仕事を根こそぎ搔っ攫っていた売れっ子だ。
その女優の仕事も今となっては年に数度しかない、売れない役者となってしまったけれども。
私、有馬かなはアイドルである。
哀れにも星野アクアというホストもびっくりの女タラシの口車に乗せられて、B小町という三人組のアイドルグループに所属することになってしまった女だ。
まぁ、売れない元天才子役という自分にとってリブランディングの一環としてカンフル剤が欲しかったのも事実ではあるけれど。
こちらの仕事は絶賛売り出し中だ。爆発的な、とは到底言えないが、当初の頃に思い浮かべた未来予想図に比べれば順調といったところか。
そんな私であるが、ここのところ今一つアイドルの仕事が上手くやれていない自覚がある。
メンバーのMEMには心配されてしまったが、芸歴としては遥かにベテランの私がこんな事を言えるわけがない。
このままでは二人に食われるかもしれないという漠然とした焦り。
宮崎でのMV撮影を終えたあたりから、二人のパフォーマンスが目覚ましく良くなった。
ルビーは見る人が見ればわかるぐらいだったが、誰かの真似をしていたのかどことなく感じられたぎこちなさがなくなり、天真爛漫なキャラとしての完成度が遥かに増した。
MEMも以前までは自分を殺してでも全体を見てサポートに回ることに意識を割いていたが、今では自分自身をアピールをできるぐらいに余裕ができている。
対しての私は以前までと特に変わらず。
今はまだ女優としての場数の差で対等の力関係でやれているけれど、それもいつまで保つか。
やっぱりアクアのやつ、見る目ないのよ。
……アイツのことを思い出したらイライラしてきた。
というかなんなのアイツ!
彼女とのデートの土産を持ってくるなんてどういう神経してるの! *1
他の2人は気にしてないみたいだし、それじゃまるで私だけ意識してるみたいじゃない!
そもそも黒川あかねとは次に会うときに答えを出すとか言っていたくせに、ビジネスカップルの関係を継続しているのはどういう了見だ。
本人曰く『宮崎で色々あったから』とはいうが、まさか別れ話切り出せなかったんじゃないでしょうね、あのヘタレめ。
それにルビーは前にも増してアクアにベタベタとするようになった。
アクアもアクアでなんで跳ね除けないのよ! 信じらんない!
……百歩。百歩だ。百歩譲ってそれはいい。
所詮はシスコンブラコン兄妹の戯れ。もし万が一ルビーがその気だったとしても二人が結ばれる事はない。
結ばれないのなら私の付け入る隙はいくらでもある……ハズだもの。
ほら、法律が私の心を守ってくれる。ありがとう六法全書。
それよりもだ。
私の本能が危険を告げているのはMEMだ。
宮崎での一件から、露骨にアクアとの距離が近くなった。
たとえば、MEMが荷物を運んでいると目敏く見つけたアクアが代わろうとしたり。
たとえば、レッスンあがりに飲み物やらを渡しに現れるようになったり。
たとえば、帰りが遅い時間になったら送ろうとしたり。
なんだお前、彼氏か?
MEMの方もそんなアクアを揶揄ったり、なんというか家族に向けるような気の置けないやり取りをするようになった。
何があった!?
あのスケコマシ三太夫め。
アクアをとっ捕まえて、それとなく問い質してみたがいいように誤魔化されてしまった。
本人曰く異性としては見ていないとは明言していたけれど。
いや、本当に何があった!?
……おそらくは、MEMの父親の件に答えがあるのだろうとは思うけれど。
MEMからも何があったか聞きたいけれど、ずっと会いたかった父親の死体が見つかったなんて相手にズケズケと聞けるわけないじゃない。
アクアは何を言ったの? 弱みに付け込んでたりしてないわよね、あのタラシめ……。
私は、どうすればいいの……?
一人悶々と悩んでいると、二階から誰かが事務所に降りてくる足音が聞こえた。
こんな姿を見せる訳にはいかないと、慌てて姿勢を正す。
「よ、有馬。早いな」
現れたのはさっきまで私を悩ませていた張本人だった。
黒のタートルネックのセーターなんて、ともすればオッサンみたいな服を着たそいつは、しかしながら妙にサマになっていた。
イケメンは何着ても似合うって言うけれど、ホント無駄に顔が良いことで。
「今暇か?」
「何よ嫌味? 私、こう見えて結構忙しいんだけど」
嘘である。
まぁやることも無かったしぃ? 事務所なら暖房効いてるしぃ?
早く来ればもしかしたらアクアとお喋りできるかも、なんて考えはない。ないったらない。
……その癖に、自分の口から出た返しは拒絶のニュアンスを多分に含むものになってしまった。
幸いにもアクアは気にした様子はないが、今は自分の口が恨めしい。
「一緒にDVD見ない?」
「見る!」
しまった。
つい条件反射で返事をしてしまった。
待ってろ、と言ったアクアは引き留める間もなく自分の部屋に戻っていった。
……まぁ、事務所で二人で映画見るだけなら全然おかしくないわよね?
というかテレビって、位置的にこのソファーに座って見るのよね? ……隣合わせで?
何見るのかしら?
表現の研究として話題の新作? それとも過去の名作とか? もしかして恋愛ものだったりして……?
悶々としていると、いつの間にかアクアは戻ってきて事務所のテレビにDVDプレイヤーを繋いでいた。
……その片手にこの場に相応しくないものを持って。
「なんでサイリウム持ってんの!?」
えっ、嫌な予感してきたんだけど……?
あれやこれや考えてるうちに、止める間もなくDVDが起動しタイトルメニューが表示される。
テレビに表示されている文字を見て、嫌な予感は確信に変わった。
『B小町 ライブin武道館 ~FirstStep!~』
「嘘でしょ!?」
☆☆☆☆
「最近かなちゃんと何かあった?」
メムから掛かってきた通話の第一声はそんな言葉だった。
「メムと付き合い始めたんじゃないかって聞いてきたな」
以前事務所でメムと会話をしていた後、そそくさと有馬が近づいて来て問い質された。
あの恋愛脳め。
まぁ、そういうところも愛嬌があって可愛いんだが。
「かなちゃんらしいよねぇ。私は別にアクたんならいいけど?」
「いってろ」
「あはは、冗談冗談。……最近のかなちゃん、なんか元気ないんだよねぇ。その勘違いだけならいいんだけど」
有馬に元気がない、か。
言われてみればここのところのアイツは話しかけてみても返事が上の空だったというか。
ふとした時にはルビーとメムをどこか遠い目で見ていたような気がする。
「まぁ俺の方でも探ってみるよ」
「おけまる~。なにかあったら言ってねー」
「ライブ近いだろ。有馬のことなら任せろって」
「……ほんとに大丈夫?」
任せろ。
昔から一人で悩んでいる人との会話は得意なんだよ。
そんなこんなで、事務所に有馬がいるタイミングを見計らって接触したのがつい先ほど。
あれから数十分経ち、テレビの中のライブでは歌が終わり旧B小町の面々のMCパートが流れている。
画面の中央にはもちろん彼女が映っていた。
本当はこうしてライブで輝く君の姿を見るのだって少し辛いけれど。
──アイ。
ルビーは君を超えるって頑張っているよ。……その気持ちの何割かは僕のためというのは複雑だけれど。
俺は役者としては2流で君の期待には応えられないと思うけど、ルビーはきっとアイドルの頂点に立てる。
今のB小町の仲間だって、ルビーに劣らないぐらいの逸材だ。彼女達ならいつか必ずドームにだって行けると信じている。
俺も彼女達のために頑張るからさ。
だから、応援していてくれよ。
「はぁー……。というかなんで昔のB小町のライブなわけ? もっと別にあるでしょ。こう、流行りの映画とか……」
俺がセンチメンタルに浸っていると、一息ついた有馬が文句を言い始めた。
何故ライブ、か。
ならば説明してやろう。
「心の健康は体の健康に直結する。美しいものを見ると心が潤う。つまり美しいものを見ると健康にいい。そしてアイは美しい。ほら、今の有馬に必要なのはアイのライブを見ることだろ?」
「なにその理屈!?」
元医者の見解だ。
「……あんたにも、今の私はそういう風に見えているのね」
あんたバラエティー路線の方が向いてるんじゃない、なんて毒を吐く有馬にいつものキレはない。
「JIFでオタ芸やってたときも思ったけど、あんたもしかして結構バカ?」
「俺は元々こんなのだよ」
復讐に捧げたこの十数年間は楽しむことを捨てていたからな。
……そんなことを有馬に伝える気は毛頭もないが。
「それこそ、有馬に初めて会ったときとかな」
「確かに昔は天使みた、ん”ん”っ、明るい奴だなと思ったけど」
「ああ……?」
天使? そんな目で見てたのかコイツ。
その割には初対面の時のお前の態度やばい感じだったじゃん。
もしかして今のは俺の聞き間違いだったのか?
「まぁお前もガキの頃からあんま変わんないけどな」
アレは1歳ぐらいのときだったか。
初めての子役としての仕事で有馬と共演した時のことを思い出す。
「はいはい、どうせ私は根っからの性悪女ですよだ!」
「あんま卑下すんなよ。素直なところもあったじゃん。『今のかな、全然だめだった』とか言って監督に泣きついていたよな」
「ちょおぉおおおお?! 今すぐ忘れろ!」
流石に恥ずかしかったのだろう。
掴みかかろうとしてくる有馬の手を適当にいなす。
そうしていると、バットで頭を叩けば、なんて物騒なことを言い出した。
どうどう。他の奴には誰にも言ってないからさ。
……監督とルビー、それからミヤコさんももしかしたら憶えているかも知れないが、とは口にしないが。
……それに、アレは俺にとっても苦い記憶だった。
転生して浮かれてしまっていたのだろう。
肉体に精神が引っ張られていたのもあったのかもしれないが、大の大人の記憶を持ってる奴が子供を泣かせてしまった。
いくらアイを侮辱されたとはいえ、大人としての経験値の差でマウントを取ろうと立ち回って泣かせたのだからなおタチが悪い。
あの後味の悪さは今でも思い出せる。
「アレはアンタに負けて悔しかったから泣いた訳じゃなくて、自分の不甲斐なさに泣いたの? わかる!? その顔信じてないわね!? ああもう、やっぱ手っ取り早くぶん殴ってやろうかしらコイツ?!」
「メンタル不安定な奴だな。ライブの続きでも見るか?」
「ライブ見て健康になるのなんてアンタだけなのよ!」
肩を掴まれて揺さぶられるが、そのままにさせてやる。
叫び疲れたのか有馬は息絶え絶えといった感じだ。
……ライブを流したのは毒抜きだよ、毒抜き。
有馬はいつもの調子では素直に話をするような奴じゃない。
暴れ疲れてちょっとは血の気も引いただろ?
「それで、なにウジウジしてんの」
良い頃合いだと思ったので、今日有馬と話をしたかった本題に入る。
「なんでアンタに悩み言わなきゃいけないのよ。あ、もしかして、あんなバカみたいなことやったのも私のこと心配になっちゃって? なーに、そんなに私の気を引きたかったの?」
……これがさっきまでちょっと凹んでいた奴の態度か?
やーねーもう、なんて言ってる姿は実に楽しそうだ。
なんだコイツ。毒抜けねぇ。
蜂でも熱加えれば毒が失活するんだぞ。フグかお前?
下手に出た相手には突っかからないと気が済まないのか?
レスバ強いとは思っているが、日頃から匿名掲示板とかで暴れてないよなお前?
……まぁいいけどな、今はそれで。
「心配だからだけど」
「……はぁ、張り合いがないわね。いいわよ、そんなに私のことが気になるってのなら言ってやろうじゃないの」
そして有馬は不安を吐露する。
ルビーとメムのパフォーマンスがどんどん良くなっていること。
自分だけ全然変わらないこと。
そんな自分がセンターを続けていること。
「それで、有馬はどうしたいんだ?」
一通り聞き終わった俺は、改めて有馬の意志を確認する。
「有馬かなは女優なの! たしかにアイドルはカンフル剤になるかもしれないって思ったけど、こんな調子じゃ……」
「二人に飲まれるって思ったか?」
返事は無言だった。
……そうか、有馬はアイドルとしての自分の能力に不安を持っていたのか。
「お前は役者よりアイドルに向いていると思ってるよ」
「あんたに何がわかるのよ……」
「そりゃ、見てきたからな」
今日あまのときも、JIFのときも、東ブレのときも。
俺が見てきたお前は、ここぞという時には必ず輝いていた。
それに前々から思っていたことがあるんだ。
「お前は私を見てって演ってるときが一番輝いてるよ」
「……適性があるからって、それがやりたいことと違うなら意味ないじゃない」
「そりゃそうだ」
でもな。
「アイドルはどんな辛いことをがあってもステージの上で幸せそうに歌う仕事だろ?」
これは、かつて病院の屋上でアイが語っていたことだ。
少なくとも彼女にとってアイドルとはそういうものだったのだろう。
「嘘だって構わない。俺たちファンは誰もが目を奪われるような、そんな推しの、有馬の姿を見たいんだよ」
そして俺たちも、たとえ演技だろうが、そんな君たちの姿が見たいのだ。
「アイドルのステージはキラキラしているようで、その実パフォーマンスでのメンバーとのぶつかり合いだ。ほら、東ブレの時と一緒だろ?」
あかねが有馬に負けたくないと思っていたように。
お前もそうだったんじゃないのか?
「ならできるだろう。俺が見てきた有馬かなって奴は、ステージの上で誰よりも輝ける奴なんだから」
作品のために自分を殺す。
たしかに演出家にとってそれほど便利な役者というのは存在しないだろう。
だけどお前の本当の魅力はそうじゃない。
それになによりだ。
「見てみたいんだよ、俺は。お前の太陽みたいな演技を」
その言葉を聞いた有馬は、ぽかんとした表情を浮かべたあとに笑い出す。
「ファン風情が上から目線で好き放題言ってくれるじゃない」
そりゃファンだからな。
後方彼氏面って訳じゃないけど、上から目線になるってもんだろ。
俺を見つめている有馬は不敵な笑みを浮かべている。
──この様子ならもう大丈夫だな。
「新曲お披露目ライブ、見に行くから。二人に食われてステージの上で泣きべそかくんじゃねぇぞ」
「見てなさいよ。お望み通りアンタのサイリウムを白一色に染めてやるわ」
俺を見て、生意気なぐらい自信満々に宣言する。
そうだ、そうしているのがお前らしいよ。
「やれるもんならやってみろよ、有馬かな」
今の俺を単推しに推し変させるのは、死ぬほど難しいぞ?
☆☆☆☆
ライブ当日。
舞台裏で衣装に袖を通し、イヤモニの動作チェックを行う。
ステージの準備を着実に進めながらも、思い出すのはこの前のことだ。
私の演技を見てみたい、か。
いつもは全然振り向いてくれないのに。
都合の良い時だけ見てるなんて。
全部わかってますみたいな顔して人の気持ちをめちゃくちゃにして。
ずるい奴。
でも、見てくれる人がいる。
できるって信じてくれている人がいる。
そんな人がいると思うと、不思議と出来そうな気がしてくる。
……そんな気持ちになる自分が、自分でも安い女だって苦笑が浮かんでくる。
今日のハコは収容人数800人程度の、都内にあるそこそこの大きさのライブハウスだ。
舞台裏に備え付けられている、客席の様子を映しているモニターに目が吸い寄せられる。
客席に居るであろうアイツを探してしまうのは何故だろうか。
画面の中を探していると、居た、アイツだ……?
──目を疑った。
え、待って。アイツの横になんかいる。
「ねぇ、お兄ちゃんの横にいるクリスマスイルミネーションみたいな人って……」
「言わないで。私達は何も見なかった。イイね?」
隣で同じようにモニターを見ていた二人も気付いたらしい。
額、両腕、胸元。
そいつは全身に大小様々な形と色のサイリウムを装備していた。
だけど、そいつが両手に持つサイリウムは私の色である白だった。
なんだアレ。
私を笑わせて邪魔するために来たのか?
「B小町の皆さん、出番でーす!」
ちくしょう、脳が状況を理解をする時間もないじゃない!
ええい、あんた一応ビジネス彼氏でしょう! 横のを止めなさいよアクア!
やるしかない……!
切り替えなさい、有馬かな!
ライブ用に編曲されたイントロが始まり、3人でステージに飛び出す。
「「「ア・ナ・タのアイドル♪ サインはB♡」」」
私たちの歌に合わせて客席のサイリウムも動き出す。
勿論、客席後方にいるアクアと妖怪イルミネーション女も視界に入ってくる。
アンタがどういうつもりか知らないけれど、やってやる。
やってやろうじゃないの、黒川あかね──!
ドルオタ「(ネットで仕入れた知識だろうけど、すげぇ悪目立ちしてんな)まぁ楽しそうだしいっか」
厄介オタク「かなちゃん!かなちゃん!有馬かな!!」
前話から間が空いてしまいました。
一回書いて見直していたら、こんな素直なのはかなちゃんじゃないよと頭の中の黒川あかねがざわついたのでボツにして書き直しました。