「今日はありがとうアクアくん。前からメムちゃんの応援に来たかったんだ」
ライブの帰り道。ネオンが照らす雑多な夜道を二人で歩く。
時折吹く寒風にライブハウスでの熱狂で火照った体が冷まされ心地よい。
「付き合ってもらった形になったけど、楽しんでくれたならよかったさ」
「うん、楽しかったよ! それに一人だとどうしても来づらかったからね……」
それは否定できないな。
「ルビーちゃんキラキラしてたね。アイさんみたいだった!」
「まだまだ遠いな。歌も全然だし。そっちは要特訓だな」
「んふふ、辛辣だね」
ルビーの魅力はこんなもんじゃない。
本人だってドームに立つことを望んでいるんだ。ここで満足して貰っちゃ困る。
「メムちゃんのぴょんぴょんとした動き可愛かった! あれがメムちゃんらしさっていうのかな?」
「前まではサポートに回って魅力を伝えきれてなかったからな。俺も嬉しいよ」
「メムちゃんには甘口だね」
仕方ないだろ。そう思うんだから。
「アイドルのライブって客席との一体感が演劇とは全然違うね。熱量というか、私達観客もライブの一員に組み込まれる感じ?」
「ハコが小さくて物理的な距離が近いのもあると思うけどな」
「うーん。それもあると思うけどね。アイさんの役作りには自信はあったけど、私がステージに立って今日みたいに盛り上げられるかっていうと厳しそうだなぁって思っちゃった」
あかねの役作りが凄まじいのは知っているが、やはり舞台で演じることとはそれ以外では勝手が違うのだろうか?
お互い役者としての意見をあれこれ言い合いながら夜道を歩く。
ところでだ。
「有馬はどうだった」
「……まぁ、及第点だったかな」
嘘つけ。サイリウムめっちゃノリノリで振り回していたじゃねぇか。
先ほどからさりげなく有馬のことをスルーしていたりと、相変わらず有馬には厳しいんだな。
ああ、いやこれは──
「そうか。……よかったよな、有馬」
「…………良かった」
元ファンとして素直に褒めることができないだけか。
有馬にはあの宣言通り目を奪われた。
出だしこそ怪しかったが、途中からは私を見ろと言わんばかりの独壇場だった
ルビーもメムも良かったが、今日のステージでの一番星は有馬だろう。
「反転アンチも大変だな……」
「良かったのは認めるけど、私が今日推していたのはアイドルのかなちゃんだから! 女優の有馬かなじゃないもん!」
もん、ってお前。
反転アンチがバグってついに頭の中で有馬を分裂させやがった。
……アイドルと女優か。アイドルの有馬はさながら光の有馬とでもいうのだろうか?
そんな取り留めのない話をしながらタクシー乗り場まで歩いていると、目の前から見覚えのある女性が現れた。
俺が彼女を見つけたように彼女も俺に気づいたらしい。
「あっ」
「あら?」
その人物は、つい最近宮崎で再会したメムの母親だった。
「奇遇、ですね」
タメ口が出そうになったが、すぐ隣にあかねが居ることを思い出して口調を訂正する。
「ええ。今日はあの子の応援で」
「アクアくん、こちらの方は……?」
「メムの母親だ」
俺と彼女を見て、あかねは目を白黒させていた。
面識がないところを見るに、あの後宮崎で会う機会はなかったようだ。
「初めまして、黒川あかねです。メムちゃんとは友達として仲良くさせてもらっています」
「あら、どうも。あの子の母です」
あかねが姿勢を正して頭を下げる。ホントこういうところ真面目だよな。
挨拶を交わす様子を眺めていると、メムの母親の後ろで二人の男が彼女に付き添っている事に気付いた。
見覚えのない人物だが、困惑した様子で彼女と俺たちの間を目で行き来させている姿を見るに、彼女の家族だろう。
「後ろの二人はメムの弟さん?」
「ええ。車を出して貰って一緒に見に来たんですよ」
「ども」
「初めまして」
軽く挨拶をされたので会釈を返す。
二人を観察する。
真面目そうな新社会人と少し遊んでいそうな大学生といった、顔立ちの似た二人組だ。
俺も初めて見るし実際の年齢はわからないが、メムとは違って年相応の見た目をしているように見える。
「メムちゃんの弟……?」
隣から上がった疑問の声に顔を向けると、あかねが顎に手をやり胡乱な目つきでメムの弟達を見ていた。
目線の先にいる兄弟はしまった、といった表情をしている。
そうだった。そういえば今ガチの共演者にもメムは本当の年齢を伝えていなかったな。
宮崎の時も具体的な年齢は言っていなかった気がする。
25……いや、そろそろ26か?
俺も知らなければ今頃あかねと同じような顔をしていたと思う。
「あかね。薄々察していたかもしれないが、メムはその……成人しているんだ」
「え、でも二人とも大学生以上って感じだよ……?」
「成人、しているんだ」
後生だ。
俺の口からはこれ以上は言えない。
兄弟からの助かったという雰囲気と、俺の様子になにかを感じ取ってくれたのだろう。
あかねの顔がネットでよく見かける猫のような表情になった。
「あれ、二人とも今ガチに出てた人です?」
弟の方だろう。あの番組を見て俺とあかねのことを知っていたようだ。
特に否定する理由もないので肯定する。
「今ガチってあれだよな。姉さんが出てたネットの恋愛番組」
「見てねーの?」
「姉が高校生に混ざって恋愛してるところ見たいか?」
「むしろ姉ちゃんが未成年に手を出さないか気が気じゃなかった」
言われてるぞメム。
よくよく考えたら、あのメンツの中で最年長の男は高3のケンゴだったな。
それでも7歳差か……。
よかったな、誰ともカップル成立しなくて。
ネットの炎上どころかお茶の間のニュースで逮捕される姿を見ることにならなくて本当に良かった。
……あの番組で俺にアプローチがあったことは忘れよう。
「星野くんはあの子をアイドルにスカウトしてくれた方なの」
「そうだったんですか! その、姉に言ったら怒られるかもしれませんが、俺たちのせいで諦めさせてしまった夢を叶えていただき本当に感謝しています!」
「姉ちゃんを拾ってくれてありがとうございます!」
「いえ、彼女の実力を見込んでのスカウトでしたから。あまりお気になさらず」
容姿や人格、インフルエンサーとして培ったマーケティング能力などの実力を鑑みた上で、あのときのB小町に欠けていたものを埋められる人材だと思ったから。
まさか僕の娘だとは思いもしなかったが。
「アクアくん、私メムちゃんのお母さんとお話がしたい」
「いいけど場所変えないか?」
俺もあかねも一端の芸能人だ。こんな道端で長話するのはあまり良くないだろう。
もう十分身体も冷めて、風も冷たく感じてきたし。
「あの、よろしければ夕食とかどうですか?」
「あらいいわね。私も日頃のあの娘の話を聞いてみたいし。二人はどうするの?」
「俺たちが一緒に行っても迷惑だろう。帰りはどうする? コイツと適当に時間つぶしとくけど」
兄弟は俺たちに遠慮をしてくれたのだろう。
ただ、帰りまで待たせてしまうのは申し訳ない気分になる。
「家は都内でしたよね? 俺がタクシー代出しますよ」
「そんな、悪いわよ星野くん」
「お構いなく。うちのタレントのご家族なので問題ないですよ」
正確にはアイドル業務を委託しているだけで、メムは苺プロの所属タレントではないのだが。
事務所の交通費にもできないだろうが、俺の財布から出せば問題ない。
「私が構うの。そうね、せっかくだから今日はあの娘の家に泊まろうかしら」
「じゃあ先に帰ってて大丈夫か。では俺たちはこれで」
「これからも姉ちゃんのことをよろしくお願いします!」
固辞され、話が纏まってしまった。
兄弟が軽く会釈し俺たちから離れていく。
「あの、食べたい料理とかってありますか? アクアくんも要望ある?」
「私は特にこれっていうのはないわねぇ。お任せしてもいいかしら?」
「そうだな……特にこだわりとかないならイタリアンでいいんじゃないか」
「うん、じゃあイタリアンにするね。この辺りで個室のあるところ探すよ」
そこらのファミレスじゃないということは、言外にあまり人に聞かれたくない話をしたいのだろう。
あかねがスマホで店を探し始めたところでメムの母親に手招きされていることに気付く。
なんだ?
彼女に近づくと耳打ちされる。
「あの子、今の彼女さんよね? どのくらいゴローくんのこと知ってるの?」
「あかねは推理が得意でな。僕の育ての父親が雨宮吾郎だと思われている」
「なにそのおもしろい状況」
楽しんでないか君?
「とにかくその認識で話を合わせてくれ。頼むよ」
「……なんだか浮気の口裏合わせしてるみたいね」
なんでだよ。勘弁してくれ。
背中を向けて遠ざかっていくハズの兄弟の声がなぜかよく聞こえる。
「なぁ兄貴。母さんと星野さん、なんか妙に距離感近くね……?」
「いや普通だって。あの人高校生だろ。ないって。……ないよね?」
あったんだよ。
☆☆☆☆
先ほど立ち話をしていた場所からほど近い店の1室。
4人掛けのテーブルで俺の隣にはあかねが、向かいにはメムの母親が座っている。
「黒川さん、あの人を見つけてくれてありがとうございます」
席について最初の話題は俺の前世、雨宮吾郎の遺体についての話だった。
「偶々でした。アクアくんも探していたみたいですけど、見つかってよかったです」
「あらまぁ……。星野くんもありがとうございます」
口調こそ穏やかだが、お前彼女に自分の死体探させたの? という目線が向けられる。
ぐうの音もでない。
あかね頼りで探そうとしたのは事実だし、目的を告げずに頼ったのも事実だ。
自分でもどうかとは思っているが、視線に堪えられなくて目線を逸らす。
「黙って手伝わせて悪かった、あかね」
「言いづらい事だったとは思うけれど、あらかじめ教えてくれていたら嬉しかったな。……ルビーちゃんと夜に見つけた時、ほんとに怖かったんだよ?」
「すまなかった。見つかる確証はなかったから、余計なことは言いたくなかったんだ」
罪悪感を感じる。
……俺は君の恋心に付け込んで散々利用していたクズなんだ。
君はたった一度の恩で、利用されていることすら承知のうえで俺の味方であろうとできるぐらい優しい子だ。
本当は俺なんかと関わっていていい子じゃない。
こうして仮とはいえカップルの関係を続けているのも本当は解消すべきなんだろう。
もし君に本当に好きな相手が出来たのなら、その時は喜んで──
──その時、俺はどうするんだろう?
「……今日はお二人でライブに?」
意識が引き戻される。
いつの間にか話題はライブの話に変わっていたらしい。
「はい。メムちゃんたちの応援に来ました!」
「俺は同じ事務所だしな」
「……クールぶってるけど楽しんでたよね?」
「……お前も有馬にテンションぶち上ってたじゃん」
彼女達の前でアイドルのライブを楽しんでいたことを素直に認めるのは、なんというか気恥ずかしいのだ。
あかねにも彼女にも、俺のドルオタの面を見せたことはないのだから。
「ふふ、仲良いわねえ。そうね、今日のライブ良かったわよね」
「ですよね、そう思いますよね! みんな凄かった!」
今日のライブを思い出したのだろう。
ここが良かった、あれが良かったとか、そんな話をメムの母親を交えながら話始めた。
……まぁ、俺も付き合ってやるとするか。
「あの、メムちゃんのお母さんに伝えたいことがあるんです」
談笑の途中、注文した料理が届いたりもしながら続いていた会話の切れ間。
居住まいを正したあかねがそう切り出した。
話を向けられた彼女も当惑した様子だ。
「あかね?」
「今ガチの時のこと、感謝したいの」
それはあの炎上事件の事だろうか。
彼女はあの件でメムの母親に伝えたいことがあるらしい。
「いいのか?」
「大丈夫」
当時を思い出して心配になるが、あかねの中であの時のことは整理がついているらしい。
力強く返答した後、一呼吸を置いて正面に向き直る。
「私、今ガチの時炎上に耐えられなくて、その……自殺、しようとして。メムちゃんがアクアくんに連絡して探してくれなければここに居なかったと思います」
「そうだったの……今はもう大丈夫なのね?」
頷くあかね。
「それで、メムちゃんに助けてもらったことの感謝をお母さんにも伝えたくて。ありがとうございました」
「……いいのよ、黒川さんが無事でよかったわ。星野くんも頑張ったわね」
「俺はメムから連絡を受けて探しただけだよ。今の話をあの子から聞いていなかったなら後で褒めてやってくれ」
あの事件の時、警察署に俺を迎えに来たミヤコさんに褒められて俺は嬉しかったから。
君もメムの事も褒めてやって欲しいんだ。
「あの子ったら、きっと父親に似たのね」
そうだろうか?
メムは俺なんかよりよっぽど人ができているように思うが。
「雨宮さんってどんな方だったんですか? メムちゃんのお母さんからも聞いてみたいなって」
向かいの席の彼女と目線が合う。
──なんかいい感じに誤魔化してくれ。頼む。
はたして、俺の思惑は通じたのか。
彼女は笑った。
「優しい人だったわね。悲しんでいる誰かを見たら放っておけないような、そんな人だったわ」
「たしかにメムちゃんに似てますね。それからアクアくんとも」
「ふふ、そうかもね。でも星野くんとは違って明るい人だったわよ?」
その笑顔は揶揄ってるな、君?
君だって昔はもっと小動物みたいな感じだっただろ。こんな風に揶揄ってくるような子じゃなかったぞ。
年月は彼女を強くしたのかと、妙なところで時間の流れを実感させられる。
意気投合したのか僕との出会いの話までをあかねに教え始めようとする始末だ。
止めてくれ。
前世の元カノが今生の彼女に素性を隠して、本人の前で出会いを教えるとかどんな状況なんだこれは?
羞恥心と罪悪感にサンドイッチされて押しつぶされそうだ。
……考えるのは止めよう。
俺だって日頃から我が家や事務所での女子連中を見て学んでいる。
女子のこういう話には触れるべからず。置物に徹することにしよう。
「ところで二人は結婚とか考えてるのかしら?」
二人の会話を横目に無心でパスタを食べていると、恋バナの矛先が俺たちに向かった。
ガツガツ来るな。君は俺の母親か?
隣を見るとあかねと目が合う。気まずい。
「私たち、ビジネスカップルなんです」
「ビジネスカップル……?」
「名前の通りだよ。番組内でカップル成立したから、仕事としてその延長線上でな」
無言の圧力を感じる。
彼女にこんな目で見られるのは初めてかもしれない。
「ダメよ星野くん。こんな良い子をキープ扱いするような真似しちゃ」
あかねが良い子だなんてことは俺だって分かってるさ。
……それにビジネスという文字を消すとしても、有馬のことがあるから出来ないなんてことも言えない。
そんなことをこの場で言ってみろ。二人からどんな目で見られるか分かったものじゃないぞ。
「私じゃ、やっぱりダメかな……?」
縋るようなあかねの声。
劇団ララライのエースとしての実力をこんなところで発揮しなくていいんだ。
そんなに悲しそうに言われたら心が痛むだろう……!
「本当に安心してくれ。他の誰かと付き合う気なんてないから」
「……私、メムちゃんなら諦められるよ?」
それほどまでに俺とメムとの仲を疑っているのか?
友達だろう。俺は無理でもせめてメムのことは信じてやってくれよ。
「星野くん、あまりゴローくんの事を気にしないで……ね?」
ほら、彼女も複雑そうじゃないか。俺も娘との仲を疑われて複雑だよ。
娘であると言う訳にもいかないからしょうがないところはあるんだが。
……子供を隠さなきゃいけないとは、アイもこんな気持ちだったのか?
いや、流石にこの状況は違うか。違うよな?
「メムとは恋愛的な意味での仲になるつもりはない。気にかけないかどうかは別だけどな」
「……うん。さっきのは冗談だから。でも二股はしちゃダメだよアクアくん?」
さっきまでとは真逆の雰囲気で、ぷくーっと擬音が付きそうな感じであかねの頬が膨れる。
メムとの仲を疑っていたのは演技だったのか?
……藪をつついて蛇を出すことはない。話を逸らそう。
「……喉が渇いたな。なにか頼まないか?」
「そうね。話の続きは頼んでからにしましょうか」
デザートにティラミスを頼むかどうかなんて悩んでいる二人を眺め息を吐く
この二人と食事をするなんて、一時はどうなるかと思ったが一先ずは乗り切れた。
別に一緒に居たくないわけじゃないけど、揃うとやっぱ気まずいんだよ。
あ、俺はオレンジジュースで。
「あら、星野くんは?」
「入れ違いでお手洗いにいきました」
「……ねぇ黒川さん。あなた、彼のことを恋愛的な意味で好きなのかしら?」
「……多分、きっと。自分でもちょっと自信ないですけど」
「恋って複雑だものね。けど彼と一緒に居たいのよね?」
「はい。でも今まで色々あって、アクアくんの事を考えたら私は居ない方が良いって分かっちゃって……」
「……自分から逃げちゃったらね、取り返しがつかなくなっても後悔すらできやしないの」
「あなたは逃げちゃダメよ、黒川さん」
MEMちょ「(ママからLINEだ。ふーん、今日泊まっていくんだ。オッケーっと。ん?写真付いてる……ってなんでアクたんとあかねがママと?!ライブ来てたけどさぁ!修羅場?修羅場だったの!?)」