その妹は人間に強い興味を持ったが、その能力故に人間はおろか妖怪からも煙たがられ、迫害された。
やがて自ら目を閉ざし、人間か妖怪か問わず標的を狩る暗殺者となった。
その目のみならず、心までも閉ざされているのだろうか。
城の通路には、地上にいたような化け物はいなかった。
その代わりに、一面に真っ黒い霧のようなものが立ち込めており、視界がすこぶる悪い。
「なんなんだこれ…これじゃ、まともに前が見えない…」
「黒い霧…か。まるで…」
龍神がそんなことを言った直後、姜芽は突然立ち止まった。
「…どうした?」
「龍神、気をつけろ。奴らがすぐそこにいる」
「え…!でも視界がこれじゃ、まともに戦えない。どうすれば…
ん?まさかとは思うが…」
「敵のそばまで踏み込むしかなさそうだな。
今までとはまた違った、危険な戦いになりそうだ」
「…わかった。注意していこう」
二人は背を任せ合った状態で、恐る恐る進む。
と、誰かがこちらに走ってくる音がした。
姜芽は斧を構える。
ところが、走ってきたのは一人の少女。
「はあ…はあ…。
よかった、間に合って…!」
「?君は…?」
その少女を見て、龍神はにわかに驚きの声をあげた。
「ありゃ、こいし様じゃねえか。なんでまたこんな所に?」
「私は、お姉ちゃんと…。
いや、それより、早く逃げて!」
「え?」
「お姉ちゃんの部下…あいつらが、あなた達を狙ってる。
この霧の中を早く抜けて…逃げないと、あなた達…!」
事情がよくわからない姜芽だが、とりあえずはこう言った。
「…わかった。忠告感謝する。
だがな、俺たちは引き下がる訳にはいかないんだ。
大丈夫だ、化け物くらい、簡単に倒して見せるさ」
「えっ…?」
こいしは不思議そうな顔をしたが、彼らの表情を見ると、少しばかり安心したようだった。
「ちっ…」
火燐は、舌打ちをした。
「あの出来損ない…余計な事しやがって。
もう少しで、奴らを闇討ちに出来たのに。
まあいいや。この闇がある限りはこっちのもん。
あんた達は何も見えないだろうけど、あたしらは違うんだよねえ。
何も見えず、訳もわからないまま、無惨に死ぬんだね」
「…」
姜芽は、斧を構えたまま歩く。
「ねえ…」
こいしが、姜芽に話しかけた。
「どうした?」
「手に持ってるそれ、何?」
「これか?これは斧だよ。…見たことないか?」
「うん。初めて見た」
そう言えば、先の館で出てきたメイドも斧を見て物珍しそうにしていた。
この世界には、斧というもの自体が存在しないのかもしれない。
人間の歴史では、必須と呼べる物の一つだったのだが。
「まあそうかもな。
…そう言えば、確かに東方で斧使いは見たことないな」
龍神もそう言っていた。
斧は何かと不遇扱いされやすいが、姜芽は普通に優秀な武器だと思っている。
確かに斧は、槍や剣と比べると重みがあり、扱いづらい所はあるが、一撃の破壊力は剣や槍のそれとは比にならない。
それに、そもそもの威力が高いので、比較的難度の低い技でも高い威力を発揮できる。
上手くいけば相手を即死させる事も容易いし、壁などを破壊するのにも使える。
パワー系寄りである姜芽には、もってこいの武器だったのだ。
「見た感じ…近接?」
「ああ。基本は振り回して使う。投げる事もできるけどな」
振り下ろし同様、ノワールではよく見られる使い方だ。
射程は弓に劣るが、予備動作が短く済むし、威力も高い。
「投げる…?てことは、遠近両用なんだね。
珍しいな、そんな武器ナイフくらいしか見たことなかった」
「ナイフか…まあ確かに投げて使えるな」
「私、近接の刃物はナイフ以外だと剣とか刀、あと槍、鎌くらいしか知らないの。
外の世界には、いろんな武器があるんだね…」
「そりゃ、まあ…な。てか、もしかして武器好きなのか?」
「うん…仕事で必要だからね」
「仕事?」
「そう。私は…」
「暗殺者」
龍神が言葉を代弁し、こいしは彼の方を見た。
「…」
「お前ら二人は
そしてそれを使って、あちこちの組織に雇われる暗殺者になった…そういうことだったよな」
「そう…私は、依頼された相手を殺して、その依頼をした人から見返りを得ている。
そうでもしないと…生活していけないから…」
「生活していけない…?」
ここで、龍神が再び説明を始める。
「こいつには姉がいる。で、姉はともかく、こいつは人間と仲良くしたいと思っている。
この二人は、他者の心を見透かす能力を持っている。
その能力故に同族からも人間からも嫌われて、暗くてさびしい地底に逃げ込むようにして住みついた。
こいつは自ら目を閉ざし、能力を捨てた。だが、その代わりに相手の盲点に入り込んだり、『無意識』を操ったりする能力を得た。
そして、自身と姉…ひいては飼っている家畜どもの生活が少しでも楽になるようにと、暗殺稼業を始めた。
こいし自身は好きなんだ…人間の事も、姉の事も。
だから、多少汚れた事をしてでも、日々頑張っている。
大好きな姉が、少しでも人間を犠牲にせずに済むように。家畜…もとい仲間達が、楽に暮らせるように…な」
「そう…なのか?」
こいしは、うつむいて言った。
「…なんで、知ってるの?」
「お前らの調べはついてる。つくづく思うよ、本当に可哀想な子だなって」
「私が、可哀想…?」
「ああ。…ま、余計なお世話かもしれんがな」
ここで、姜芽は一つ、気になった事を聞いた。
「なあ、君に聞きたい事がある」
「なに?」
「君の姉…ってのは、人間を喰うのか?」
こいしは、辛そうな顔をした。
それから、なんとなく察した。
「…見たくない」
「えっ?」
「私は、お姉ちゃんも人間も好き。
だから、見たくない。お姉ちゃんが人間を襲う所も、食べる所も…」
妖怪なる存在が、人間を喰らう化け物である、というのは事実のようだ。
だが、そればかりでもないらしい。
そして、こいつのように、感情と本能の狭間で葛藤に苦しんでいる者もまた、存在するようだ。
「そのために、暗殺稼業を?」
「私は、正しいことをしてるとは思わない。
でも、これで私が稼いで、それでお姉ちゃんが人間を襲わないで済むなら…」
「…」
正直、難しい話だと思った。
だが、今は彼女と話している場合ではない。
「それより、姉がどうしたって?」
「…あっ、そうだった。お姉ちゃんは、飼っているペットと一緒にあなた達外来人を殺そうとしてる。…あの人に命令されてね」
「あの人?」
「真っ白い服を着た、外来人の女の人。
顔は優しいんだけど、私はあの人が怖い。
平気で、みんなを…」
そこまで言った時、こいしは突然咳き込みだした。
「…!?」
「うっ…うぅっ…!」
こいしはそのまま、紫色の血を吐き、そして…