その姉は、最初は人間に友好的だった。
しかし、自分達の能力を良しとされず、迫害されたことにより、人間に憎しみを抱くようになる。
やがて催眠の術を会得し、人間を眠らせては生きたまま摂食するようになった。
その事から妹とすれ違いが起き、心を離されているが、それに気づいてはいない。
先の通路には、やはり化け物がいた。
人間由来のものと妖怪由来のものが入り混じっているようだったが、姜芽にもようやく違い…というか見極め方がわかってきた。
人間ベースのものは、腕や指など体の一部がどこかしら欠損しているものが多く、動きは鈍い。
妖怪ベースのものは体に欠損はなく、動きが少し早い。
また、人間ベースのものと比べると耐久力もある。
姜芽が斧で胸を切り裂いても、倒れなかった。
その上で棍棒や剣などを振り回してくるため、なかなかに手強い。
一応、頭を割ったり、首を落とせばすぐ倒れるが…斧を扱う以上、動き回る化け物の頭部を狙うのは難しい。
そこで、斧を剣に変形させ、頭を突く。
姜芽の斧は、剣の他に槍にも変形する。
それらを切り替えながら、相手を攻撃する…という技も姜芽は持っていたりする。
龍神は刀の他に弓も使えるので、それを使って頭を撃ち抜いていく。
「[遠当て]」
狙った所をピンポイントで撃ち抜く技を使い、動き回る化け物の頭を的確に撃ち抜いてゆくその様子は、さながらスナイパーだ。
最も、ノワールには実際に「スナイパー」と呼ばれる異人が存在するので、その意味で言うなら、彼はスナイパーではないが。
化け物を退けながら進んだ先の部屋で、何かが書かれたプリントを見つけた。
「 何者かの指示書
今回の計画は非常に大掛かりなものだ。
予想外の事が度々発生したために少々狂ってしまったが、例の二人の迎撃は予定通り行う。
奴らはいずれ城内に入ってくる。
それぞれ、該当の場所で待機するように。
既に通達した通り、奴らは手強い。
諸君らの実力を甘く見ている訳ではないが、くれぐれも油断しないように。
わかっているとは思うが、今回の計画はこの世界を根底から変える壮大な計画だ。
諸君らの力で、その妨げをする不届き者を始末せよ。
知っての通り、諸君らには奴ら並びに私の世界の能力を与えた。
奴らと対等な戦いができるだけの最大限の用意はさせてもらった。
あとは、諸君らの実力次第だ。
存分に、諸君らの恐ろしい力を発揮せよ。 」
「…」
この紙を書いたのが
そして、これがここにあるということは…。
「龍神、気を付けて行こう」
「ああ」
扉を開けた先の部屋には、後ろを向いて立つ女の姿があった。
「来ましたね」
「何者だ」
姜芽がそう言うと、女は振り返った。
その顔は、どこかで見覚えがあるようなものだった。
「その顔…まさか!」
「そのまさかだよ」
龍神は軽くそう言うと、女に向かって言った。
「お会いできて光栄だぜ、さとり様よ」
「…私こそ、あなた達に会えた事を嬉しく思います」
そうは言うが、女の纏う空気は重かった。
「さっそくだが、お前の妹は死んだ」
「でしょうね。…だって、あなた達が手にかけたのだから」
「人聞きが悪いな。俺達は…」
姜芽が言いかけた所に、さとりは蹴りを入れてきた。
「黙りなさい!…妹は、こいしは、さっきまで生きていた。少なくとも、あなた達の元に派遣するまでは」
「だから俺達が殺した、って言いたいのか?」
「他に何があるというの?」
「化け物に襲われたとか…じゃなきゃ、あいつ自身が化け物になったとか。そうは考えられないか?」
「化け物に…」
さとりは一旦言葉を切り、言い切った。
「あの子は、そうはならない」
「なんでそう思う?」
「あの子は強い。そして…いや、これ以上言う必要はありませんね。…さて」
さとりは、両手に紫の火を浮かべる。
それを見て、二人は驚いた。
「…!?」
「理力の炎…!?なんでお前が!?」
「やはり、この力を知っているのですね。私は本来の能力を失った代わりに、この能力を授かった。そして、この力で…」
宙に浮かび上がり、炎を大きくする。
「
その炎を、こちらに飛ばしてきた。
姜芽は身をよじり、龍神は横に飛び退いてかわした。
この炎は、通常の炎とは訳が違う。
姜芽でも、まともに触れれば無事では済まないだろう。
「っ…!」
炎を飛ばし切った所を狙い、姜芽が斬りかかる。
さとりはそれを素早く察知し、
「理法 [
透明なバリアか結界のようなものを張って防いだ。
攻撃を弾かれてもなお姜芽は斧を押し込んだが、ヒビすらも入らない。
「ちくしょう…!」
「力で押しきろうなんて、脳筋もいいとこね」
さとりは切り捨てるように呟き、姜芽を蹴り飛ばした。
「なんで術法として使えるんだ…使った事があるのか?」
龍神も驚いたようだ。
「使うのは初めてです。しかし、使い方はそれとなくわかる。さて、今までのは小手調べ。次はこうです」
さとりの背後に、五つの緑の火球が浮かぶ。
その一つを抜き出し、合わせた両手の間に浮かべる。
「理法 [精神縛り]」
突然、姜芽の体が動かなくなった。
いや、正確には、動こうとする気力がなくなったのだ。
その直後、姜芽に向かって火の玉を飛ばしてきた。
「姜芽は!」
龍神の声が聞こえる。
危険だとわかる。
しかし、何故か避けよう、動こうという感情が湧かない。
そして、見事に食らってしまった。
「…」
ただの炎にさらされるのとは違う。
得体の知れない炎にじりじりと身を焼かれるのがわかるが、やはり動こうという気にはなれない。
(これが、精神を支配する能力の力か…)
そんな事を思っていると、
「この能力、すごい効き目ね。さて…」
さとりは二人を恐ろしいほど鋭い目で捉え…
「私の妹を殺めた報いを受けてもらいます…たっぷり苦しんで死になさい!」
と叫び、力を溜め始めた。
(やばい、けどどうすれば…)
今の姜芽はもはや何もできない。次にまともに攻撃を食らえば死ぬかもしれない。
自分もここまでに相当のダメージを負っている、肩代わりするなんて事はできそうにない。
かと言って、姜芽を見殺しにはできない。
そして龍神がした決断はー
「雷法 [月下豪雷]」
一か八かで術を放つ。
見事、浮遊していたさとりを雷で撃墜した。
「よし…」
とりあえず、姜芽への攻撃は防げた。
しかし…
「うう…」
この程度で殺せる訳もなく、向こうは立ち上がってきた。
そして、
「やってくれたわね…。
予定変更、まずあなたから始末しましょうか!」
と叫び、走ってきて噛みつこうとしてきた。
「おっと!」
龍神は左手で刀を噛ませつつ、右手でナイフを取り出し、その左耳に刺した。
向こうが怯んだ隙に電撃を浴びせつつ、突き放す。
「ぐっ…このっ…!」
さとりは龍神をにらみつけ、
「理法 [
素手の威力を増強した上で、龍神に殴りかかってきた。
龍神は拳を難なく受け止めた…といいたいところだが、そうもいかなかった。
一応受け止める事はできたが、そのパワーは明らかに人間を遥かに上回るもので、妖怪とは言えこんな力が出せるのか、と感じた。
「…ここまで強くなるとはな」
「私もそう思う。でもそれだけじゃない」
「なんだと?」
すると、さとりが突き出す拳を握っている右手が光りだし、右腕全体に激痛が走った。
「なっ…!」
龍神は痛みで手を話してしまった。
この隙を突いて、さとりは再び攻撃にでる。
「理法 [無情の波動]」
龍神は猛烈な勢いで壁に叩きつけられた。
さらに、
「理法 [
体全体に強烈な力がかかり、地面に押し付けられる。
うつ伏せに倒れた所で、後頭部に何度も踵落としを食らった。
その上さとりは、
「まだ死なせはしない。私を傷つけた分、長く苦しんでもらうから…」
と言い、小声で何かを唱えた。
龍神は、震えながらも立ち上がろうとする。
自分か相手が死ぬまで攻撃をやめない、殺人者由来の行動理念によるものか。
それとも…
その様子を見ていたさとりは、今までの敵意剥き出しだった目つきを、少し穏やかなものに変えた。
「…あんた、いい根性してるじゃないの。
殺そうとばかり思ってたけど、気が変わっちゃった」
そしてしゃがんで龍神を見下ろし、
「あなた、私の部下にならない?
変な感じではあるけど、強い魔力を持ってるみたいだし。
何よりその精神力…あなたは十分に素質があるわ。
強くて優秀な部下になりそう」
と言った。
「…?」
「断るなら殺す。私の下につくというのなら、あなたの今後の生活は私が保証するし、その傷も手当てする。なんなら仕事も用意するけど、どうする?」
その語り口と龍神の目付き、そしてさっき奴が何か小声で唱えていたという事からして、姜芽は何が起こっているのか勘づいた。
「く…っ!く…っ!」
再び攻撃しようとしたが、動きを止められた。
「大人しくしてなさい。…あんたは大したことなさそうだし、適当に処分してしまいましょう。
そこで見てなさい…こいつが私の部下になるか、あるいは惨殺されるか、決めるのをね」
さとりは、姜芽に対して不敵に微笑みかけ、そして、龍神の方を向く。
「それで?決めたの?」
「ああ、決めたさ」
「そう。じゃ、聞かせてもらいましょうか」
「…考えてみたが、こりゃなかなかに面白そうな話だ」
「な…!?」
「そう。素直なのもいいわね」
驚く姜芽。
ニヤリと笑うさとり。
そして俯いたまま話す龍神。
「じゃ、さっさと済ませてしまいましょう。知ってるかも知れないけど、この世界では男の妖怪は雑魚ばっかりなの。だからきっと、珍しがられるわよ?
他の妖怪たちも、喜んでくれるでしょう。
…さあ、こっちに来て」
さとりがが身につけていた目玉のようなアクセサリーが、青色の光を放ち始めた。
龍神はそれに近寄る。
「そうそう…素直ね。
あとはこれに手を触れるだけ…それだけでいい」
龍神は言われるがまま、手を差し出す。
「龍神…!!」
姜芽は声にならない叫びを上げる。
丁度そこで、さとりが姜芽から龍神が見えなくなる位置に移動したため、姜芽からは見えなくなった。
龍神が目玉に手を近づけるのを、さとりはどこか妖艶な笑みを浮かべて見守っている。
姜芽は、龍神が大丈夫かとても気がかりだった。
さとりが使っているのは、恐らく「理力」の異能。
戦闘でも強いが、それ以外に相手の精神を支配し、無力化すると同時に、能力者に従わせる事も出来る。
つまり、もし彼が精神を乗っ取られていれば…
その直後、鈍く生々しい音が響き、さとりが悲鳴を上げた。
「ぁぁ…!!!!」
ここで姜芽にも様子がわかった。
龍神は手に短剣を持っていて、その刃は何か透明な液体で濡れている。
そしてさとりはというと、先ほど光っていた目玉のようなアクセサリーが潰れ、透明な液体と血が混じったものが滴っている。
そして自身は、悶絶しながら必死で龍神を捕まえようとしている。
しかし龍神は高く飛び上がり、空中で刀を抜く。
そして落下の勢いそのままに、その右腕を切り落とした。
それら一連の流れを見て、姜芽は全てを理解した。
(よかった…支配されてはなかったんだ!)
姜芽の隣に舞い戻り、短剣についた液体を拭き取りながら龍神は言った。
「悪かったな」
「本当だよ!さすがによ…」
「悪い演技はやめろってんだろ?わかってる。でも、これが一番確実で手っ取り早いと思ったんだ」
「?」
「こいつを相手取るなら、余計な目玉を潰すのが先決だと思ってな。近づくため、一芝居打たせてもらったよ」
龍神は淡々と話す。
そんな様子を見て、さとりは、
「なんで…?確実に、あなたの心を支配したはず…!」
と、焦っていた。
「理力の能力には、相手の精神を支配する効果もある。でもそれは、自身の精神力が相手のそれを上回るからこそ成せる業。お前は精神的に弱かったみたいだな?」
「な…!」
「そして、これでもう能力は使えまい。五分五分の戦いが出来るな」
「そうか…それじゃ、反撃開始だ!」
「ああ!」
龍神の声に呼応するように、姜芽は斧を構えた。
厄介な能力持ちだったが、もはや何も怖くない。
向こうは、食い殺してやるとばかりに牙を剥き出しにして、飛びかかってくる。
姜芽は交わすふりをして、斧を素早く変形させて剣にし、その腹に突き刺した。
さとりはわずかに血を吐きだし、起き上がる。
そして、手に小さな火の玉を生成した。
しかしこの程度、何ともない。
姜芽は火の玉を気にも止めず、さとりの足を斬りつけた。
そこに龍神も飛び込み、今度は右の耳を斬り落とした。
さとりは龍神の首を掴み、再び牙を剥く。
龍神は素早く口に短剣を突っ込み、後頭部を刺し貫いた。
「!!」
よろけたところを逃さず、額を刀で刺す。
さとりは動きを止め、血を噴き出しながら倒れる。
そこで後ろにまわった姜芽がすかさず斧を振り下ろし、背中を割るように叩き切った。
さとりは、悲鳴と共に血の海に沈んだ。
「これで…いいよな」
真っ赤に染まった斧をしまいつつ、姜芽は言った。
「だな。あとは扉が…」
突然、さとりの手が龍神の足を掴み、顔をあげた。
その顔は充血した目、怒り剥き出しの形相、鮮血がこぼれる口、剥き出しの牙…と、まさしく「化け物」のそれだった。
「!」
さとりはそのまま、龍神の足に噛みついた。
「こいつ…まだ生きてたのか!」
姜芽が斧を頭に振り下ろしたが、力尽きない。
「…!」
姜芽は驚きつつも、何度も斧を振り下ろした。
幾度も血と肉片が飛び散り、頭はどんどん深く切れてゆく。
それでも、さとりは一向に倒れない。
「なんだ!なんでそんなに…!」
思わず、姜芽は言った。
「…私は、ここで死ぬ訳にいかないからよ!」
「そりゃ、なんでだ?」
「私は…今度の計画を、成功させるのが役目…!それを、果たすまでは…!」
「計画?」
そう言えば、結局凛央がどんな計画を企んでいるのか、今の今までわからなかった。
「そう…世界を…根底から…覆す…計画…。地上を…『α』で…埋め尽くして…」
「『α』?」
姜芽は、さとりの胸ぐらを掴んだ。
「詳しく知ってるなら、教えろ。あいつは…凛央は、一体何を企んでる!?」
「…」
さとりは、途切れ途切れに話した。
「『α』…適応…できた者…に…大いなる…力を…与える…異界の…薬。それが…地上に…撒かれる時…、選ばれた…もの…だけ…が…生き残…る…」
さとりは、そこまで言って力尽きた。
「『α』…」
今回も、新型のウイルスが原因である事は間違いなさそうだ。
かつてノワールでバイオテロが起きた時も、原因となったウイルスは『b』と呼ばれていた。
「今度は
龍神はそう言って、刀を収めた。
「姜芽、急ごう。こっちで新型ウイルスなんぞばら撒かれたら、どんなC.S.T.が生まれるかわかったもんじゃない」
「…だな。早いとこ凛央を捕まえないと」
奥には扉…ではなく、エレベーターがあった。
二人はそれに乗り込み、上の階へと向かった。
『C.S.T.』
Coach Steam Type(ノワールの言語である「メテラル語」で『生体改造兵器』を意味する言葉)の略称。
ノワールでは主にウイルスや寄生虫、細菌を改良した生物兵器を用いて異人や人間、動植物を変異させて兵器としたものがこう呼ばれる。
なお生体兵器として生み出されたものではなく、偶発的に誕生した感染体はE.C.(Effort Coa、『変異生物』の意)と呼ばれる。