あるタイミングで、再びノワールの者の気配を感じた。
しかし、今度のはさっきとは明確に違う。比べ物にならないくらい、強力かつ邪悪な異人のものだ。
「あおいさん、なんか嫌な気配を感じるんだけど…わかる?」
「ええ…どうも、ノワールの不届き者がうろついてるみたいね」
「龍神たち…とはまた違うわね。一体誰かしら?」
「わからないか?」
突然、声がした。
「!?」
「その声は!」
空間が開き、そこから現れた白ローブに身を包んだ金髪の女。
それは、あおいにとっては決して忘れられず、また、凛にとっては決して許せない者だった。
「…凛央!」
「久しぶりだな。旦那達とは宜しくやっているのか?」
「ええ、おかげさまでね!」
「そうかそうか…それは良かったな」
今まで感じていた気配の主はこいつだったのか。
「…あんたもこっちに来てたのね」
「そうだ。以前、偶然にもここを発見してな。とある怪物の力を拝借して、入り込んだのだ」
怪物、というのは何のことだろう。
しかしあおいは、薄々その意味に気づいているようだ。
「怪物、って…てか、まさかあの船の操縦士もあんただったの?」
「左様だ。しかし、まさかお前達までついてきていたとはな…」
「ええ、私だってまさかこんな世界に放り出されるとは思ってなかったわ。でも、来て正解だったみたいね。
また一つ、あんたの企みを止められるんだから」
「その威勢は相変わらずだな。だが、今度はそうはいかんぞ?」
「やっぱり何かやってるのね。今度は何が目的なの?」
「簡単に言おう、世界とルナスクの再構築だ。そしてー」
凛央が言い終わる前に、その腹にあおいは蹴りを入れ、凛は剣を突き当てていた。
「…喧嘩っ早さも相変わらずだな。だが」
全く効いている様子がない…。
「学んでいないのか?それとも、まさか忘れたのか?」
たやすく弾き飛ばされた。
「っ!凛央…!」
「私にお前らの攻撃は通用しない。…最も、弾幕でも撃てるというのなら別だが」
「弾幕!?なんでそんなもの…」
凛は驚き、疑問を抱く。
「って事は、まさか…」
あおいは察し、身構える。
次の刹那、凛央は黄色いレーザーのようなものを打ち出した。
「!」
凛は飛び退き、あおいは側転して回避した。
「今のって…!」
「何…?レーザーみたいだったけど…」
見た目はレーザーのようだったが、尋常でない程の魔力を感じた。今のは一体?
しかし、それがわからないのは凛だけだ。
「弾幕…この世界における主力の攻撃手段だ」
「今のが…?」
弾幕とは魔力を複数の球体や波動のようにして放つ攻撃手段…のはずだが、ノワールで扱う者はまずいない。かく言う凛も、話に聞いた事があるだけで見たことは一度もない。
それにノワールの弾幕は基本コスパが悪く、大抵は威力·外見と消費が見合っていないものなのだが…今のは、まともに食らっていればかなりのダメージを受けていただろう。
「そうね…でも、なんであんたがそれを使えるのかしら?」
「郷に入っては郷に従う…そういう事だ」
「そうじゃないわよ。今の、見たことある。たしか、こっちの誰かさんが使ってた奴だと思うんだけど…なーんであんたがそんなものを使えるのかしらねぇ?」
あおいは徹底的に、遠回しに責める。
「…いいだろう、言ってやる。これは、ここの住民どもから奪ったものだ」
「!?じゃ、まさかあの化け物どもも…!」
「そして、奴らから力を奪ったのも私だ」
「なんのために、そんなことを…!」
「決まっているだろう?奴らを新たな素体とするため。私はこの世界で、化け物どもをベースとした全く新しいC.S.Tを生み出す。そして、それを使ってルナスクを再建するのだ…!」
「聞いてないことまでべらべらと…要するに、今度の「異変」の元凶があんただった、って訳ね」
「おっと、勘違いするな。私を、あんな人間の娘に倒されるような奴ら…人の姿を装った、
凛央は何かの魔導書を取り出し、パラパラとページをめくる。
「奴らのような、親しい者も必要ない。[異形顕現·夢幻泡影]」
何やら強大な魔力を感じる術ー恐らく地相術だろうかー
を唱えた。
「ヤバっ、逃げないと…!」
珍しくあおいが焦り、
凛もそれにならい、走り出す。
凛央は複数の黒い悪霊のようなものを打ち出しながら追ってくる。
それは一発で1mほどの岩を軽く砕く威力があった。
あおいが、この攻撃の元?の威力を知っていたのなら、さっきの行動も納得がいく。
しかし、目の前に凛央がいるのにこちらからは何もできないとは…凛には、それが悔やまれる。
とにかく、今は逃げる他ない。
脅威は凛央自身の攻撃だけではない。衝撃で砕けた岩やら木やらが吹き飛んでくる。それらは、影を見て避ける。
今はどうにか避けられているが、早くこの状況を打破しないと…
「凛さん、あそこ!」
あおいに言われて気づいたが、左手に洞窟が見える。
一か八かで飛び込んだ。
不思議な事に、洞窟の中は薄明るい。
取り敢えず、入り口に結界を張る。
「これでしばらくは大丈夫なはず」
「ならいいけど。…しかし、面倒な事になったもんねぇ…」
事件の元凶はわかった。しかし、どう対処すればいいのだろう?
あの凛央からは凛も異様な力を感じた。あれは…
考えていても仕方ないので、奥へと進む。
正直、入り口に張った結界が壊されないか心配だった。
凛は霊騎士なので、他の異人と比べれば強力な結界を張れるが、凛央は司祭。結界を破壊することは十分できるだろう。
狭い洞窟内で攻撃されたら、逃げ場はない。
「凛央のあれ…何だったのかしら」
「あれって?」
「あいつが纏ってた、異様な力と攻撃よ…あんなの、見たことない。一体何だったのか…」
「あー、あれね…」
思ったのと違う答えだった。葵ならわかると思ったのだが。
「あおいさんにもわからないの?」
「いや、わかんなくはないわよ。何なら、あいつがなんであんな力を持ってたのかも見当つく。ただ…」
「何?」
「もしそうだとすると、かなりヤバい状況。ノワールにも被害が出るかも知れない」
凛はそれを聞いて、あおいの考えが一気に気になった。
「…どういうこと?考えがあるなら、教えて!」
「わかったわかった…まず、あいつはこっちの奴の力を奪って使ってるっぽい。それと、さっきの攻撃…あれは、恐らく
「紫…言ってたやつね。でも、それだとまずいの?」
「紫の力を得たってことは、他の世界との境目を侵せるようになったってこと。つまり、こっちで作ったものをノワールに送るって事も出来る。そうなると、面倒なんてもんじゃなくなるわ」
「…なら、早く止めないと!」
「落ち着いて。凛央もだけど、紫も簡単に倒せるタマじゃない。それに、感染した奴をほっとく訳にもいかないでしょ。今は、地上がうちらの職場よ」
「そうね…」
今頃、入り口の結界は壊されているかもしれない。
そう思うと、爪先から頭のてっぺんまでが震えた。
一刻も早く、遠くへ逃げねばならない。
どうか、この洞窟が出来るだけ遠くまで続いていてほしい…
凛は、切にそう願った。
しばらく進むと、通路の奥から淡く紫色に光る蝶が飛んできた。
凛はその美しさに思わず目を取られ、同時に疑問も浮かんだ。
(きれい…でもなんでこんな所に?)
それを見たあおいは、「ひっ!」と小さく悲鳴を上げて壁に貼りついた。
凛は、後ろで何かあったのかと思って振り向いたが、何もなかった。
「あおいさん?どうかしたの?」
「その蝶…」
「?これがどうかしたの?」
凛は蝶を両手で捕まえ、あおいに見せた。
すると、あおいは身を引いて震えた。
「…や、やめて!そんなもんあたしに近づけないで!」
あおいが、蝶を怖がっている…いや、気持ち悪がっている?
意外というか、珍しいというか。
別に、あおいは虫嫌いではないと思ったのだが。
「あおいさん…どうしたの?あなた、虫嫌いじゃなかったわよね?」
「いや、嫌いとかじゃなくて…!って、あれ?あ、そっか…」
蝶を手に止まらせてもなんともない凛を見て、あおいは我に帰った。
「何?一体何なのよ?」
「凛さん…それに触って、何ともなかった?」
「ええ、別に…まさか毒とかあるの?」
「そうじゃないわよ。それは"死"を操る亡霊が呼び出す、命を吸い取る蝶…普通の奴が触れれば即死する代物よ」
「そういう事ね」
普通の生物は「魂」と「命」を別々に持っているが、霊騎士は「霊魂」だけを持っている。
霊魂は名前に魂とついているが、実際の所は霊力の塊であり魂ではない。これに伴い、霊騎士には命や魂に干渉するタイプの即死技や能力は一切通用しない。
そもそも霊騎士は死者と生者の世界を往来し、魂の案内をするのが役目の種族。死を操る化け物だとか、亡霊だとか、そんなものに殺されていては話にならない。
「凛さんは霊騎士だから、それに触れても大丈夫でしょうけど、あたしが触ればヤバい。てか、怖いからそれ…消してくれる?」
「消す?」
取り敢えず握り潰してみる。
すると、あっさり消えた。
「よかった…じゃ、ここからも頼むわよ」
「ここから?」
少し進むと、先程のものと同じ蝶が複数匹飛んでいる場所に出た。
「なるほどね」
「凛さんがいてくれて助かったわ…てか、あいつまで…いや、紫がやられたんならあり得るか…」
あおいが何かぶつぶつと喋っているが、気にせず進む。
随所で蝶を斬り落としたり潰したりして進みながら、凛は少しばかり思考を巡らせていた。
(命を吸う蝶…か。霊騎士だからよかったけど、もし…)
その時思い出されたのは、遥か昔…二万年以上も前の記憶。
穏やかな農村で、人間の娘として平和に暮らしていたこと。
10才にして父親に戦闘のいろはを叩き込まれるようになり、やがて人間の力に限界を感じて異人になりたいと願ったこと。
戦火で住処も親しい人も失い、敵国の兵士に見つかる前に自刃したこと。
今でも時折、考えてしまう。
私は、本当に正しい事をしてきたのだろうか。
私は、存在する価値があるのだろうか。
私は、霊騎士となるべき人間だったのだろうか。
私は…
「危ない!」
あおいの声ではっとした。
…先程の蝶と同じくらいの大きさの黄色い球体が、ふわふわと漂ってきた。
(…何これ?)
そう思った刹那、あおいに押し倒された。
「ちょっと…何すんのよ!」
「今の球、見たでしょ?あれも触れるとアウトなの」
「…は?」
「あれは多分、なんでも破壊できる化け物が放つ球。凛さんも、触ればタダじゃすまないわよ」
「なんでも破壊する…」
「そう。あれだけは、よけていくしかないわ」
凛の本体は霊魂なので、最悪肉体を失う分にはいい。
だが、その霊魂も破壊されるのだとしたら、確かに厄介だ。
今の「青い長髪と瞳をした長身の女」という容姿は気に入っている。こんなことで、肉体を失いたくはない。
「厄介な能力持ちがいるものね…」
「うちらが言えた義理じゃない気もするけどね」
やがて、出口が見えてきた。
その先は、里のどこかのようだった。
「あ、あれって!」
「?」
あおいが指差す方には、古ぼけた小さな小屋があった。
「あれが、例の小屋じゃない?」
「そうかもね。雰囲気はそれっぽいし…」
近づいて扉を押し引きしてみるが、開かない。
「やっぱり鍵がかかってる…」
「鍵か…解錠魔法を使いましょうか?」
「いや、それより…本屋で取った鍵を試してみましょう」
「鍵…?あ、これ?」
凛は、例のシールが汚れた鍵を出した。
「それそれ。試してみて」
これで開けられるとは思えなかったが、とりあえず試してみることにした。
「…あっ!入った!」
「おっ!…でも、回る?」
「ちょっと待って…」
軽くひねってみると、すんなりと回った。
「回った!…開いたわ!」
「やった!これで、魔法を使う手間が省けたわね!」
小屋の中には、淡く白く光る岩があった。
「…なにこれ」
「なんか霊力を感じるわ…わっ」
突然、石が輝き出した。
そして…
「な、何…ここ…?」
空は暗いのに、あたりは明るい。そして、どこまでも平坦な大地が続いている。
「あら、ラッキー。まさか、冥界にそのまま通じてたなんて」
ここが、冥界という場所なのか…。
だが、あたりに霊力が満ちているのを感じると、それにも納得できた。
「このどこかに、姜芽達がいるかもしれない…」