「…!!」
女は苦しみ続け、その耳や鼻、口などあらゆるところから紫の液体が流れ出した。
そして全身が溶けるように変貌していった。
数十秒後、ねばついた紫の液体の中から浮き上がったのは、人によく似た形をしてはいるが、肌が一面紫の液体で覆われており、顔には大きな口が1つあるのみの、軟体動物のような化け物だった。
それは頭を振りながら立ち上がり、2人を見て威嚇するように唸った。
その声は若い女性のような甲高いもので、凛は恐怖を覚えた。
「わーお、ついに身体まで化け物になったのね」
あおいは言いながらアッパーを繰り出す。
しかし、渾身の一撃はさして効いていないように思えた。
それどころか化け物はあおいの腕を掴み、そのまま両腕を掴んで押し倒してきた。
そしてそのまま頭…ではなく腹についた縦の口を開き…
「はっ!」
凛が剣を振るい、化け物の体を横に切断する。
これまた紫の液体を飛び散らせ、化け物は上半身と下半身に分かれてかすかにピクつくのみとなった。
「今のうちに、ここの鍵を探しましょう!」
「いや…やっぱりさ、普通に壊さない?」
あおいがそう言ってドアを叩いたが、壊れるどころか傷ついてすらいない。
「ずいぶん頑丈ね…ん?なんか変な力感じない?」
「だから、素直に鍵を探しましょう…って言ってるのよ」
この扉には、何やら強固な魔法がかけられている。
鍵なくして、開けることは不可能だろう。
凛は、それを一目見て感じていたのだ。
「しゃあないわね…しかし、一体誰がこんなものを…あいつじゃないだろうし…」
「今は考えていても仕方ないわ。まず、鍵を探しましょう」
「それもそうね」
鍵の在処に関しては、大まかにではあるが突き止められた。
この扉には魔法がかけられている。ということは、これを開く鍵にも同様の魔法がかけられている可能性は否定できない。そう思った凛は、扉にかけられている魔法を読み取り、同様の魔力を持つものが近くにないか探してみた。すると、この階のどこかから反応があった。
「反応があった…この階にあるみたいね」
「オッケー、じゃあ捜索開始ね」
鍵の反応がある場所までの道筋は、ガイドの術を使うことで表示できる。凛が術を唱えると、空中に水色の線が現れる。これがそのガイドだ。
これをたどっていけば、鍵があるはずだ。
「何の妨害もなきゃいいけど…」
そう言いながら進んでいると、さっそく出てきた。
「…!?」
それは、さっき倒したはずの化け物。
しかも、体の半身がしっかりくっついた状態で、廊下の天井の通気口から出てきた。
「まだ生きてたの…?」
「通気口から…!体柔らかいのね!」
化け物は、今度は威嚇などせずに近づいてきた。
再び剣を振るうが、今度は一撃ではちぎれない。
振り終わった隙に掴まれそうになったので、素早く後ろに倒れ込んで回避しつつ魔弾を放って吹き飛ばす。
結構な威力と速度で壁に叩きつけたのだが、化け物は普通に起き上がってこちらに向かってきた。
頭を前後に大きく振り、若干ふらつきながら歩いてくるので速度はさして速くないが、掴まれたら何をされるかわからない。
見た限り体が柔らかく、腕や足に関節はなさそうなので、体術はまず効かないだろう。
あおいもそう感じたのか、ムチを素早く横に2回振るって化け物の顔を叩きつけた後に魔弾をぶつけた。
これでいいか…と思ったが、ゆっくりと起き上がってきた。
「いいわ、こんなのに構ってらんない!鍵探しましょ!」
葵の言うように、早く鍵を見つけたほうが良さそうだ。
そこで、ひとまず動きを封じることにした。
「霊法 [精霊の楔]!」
霊気の楔を5本打ち付け、化け物の体を床に固定した。
「これでしばらくは大丈夫なはず…今のうちよ!」
引き続きガイドをたどっていく。
だが、延々と廊下を進むのみだ。
もちろん横に部屋のドアは出てくるが、それらには用はない。
ガイドは、まだ廊下を進めと示している。
「ねえ…これ、戻れるの?」
「あの扉にも同じ魔法がかかってたでしょ?帰りは、逆にそれまでの道筋を示してたどればいいのよ」
「あ、そっか。しかし、思ったより広いわねこの館…」
「あおいさんも、こんなに広いとは知らなかったの?」
「そりゃね。正確な敷地面積とかも知らないし…」
そんな会話をしていると、廊下が終わって扉が現れた。
「まさか、これも開かないなんて言わないでしょうね…」
ちょっと不安だったが、ノブを引くと普通に開いた。
その先は食堂だった。
「あれ、また食堂?」
あおいのつぶやきをよそに、凛はガイドの示す方向に目をやる。
奥の壁に、鍵がかかっていた。
「あった!あれだわ!」
すぐに取ろうとしたが、その時…
「きゃっ!?」
鍵のかかっているフックのすぐ横の通気口から、あの化け物が現れた。しかもそれは凛に襲いかかるのではなく、鍵を飲み込んでそのまま引っ込んだ。
「うわっ…最低ね!」
あおいも思わず悪態をついた。
しかし、その背後にあれが現れたのを感じるや否や、すぐに振り向いて魔弾を放った。
「えっ…?まさか、2体いるの…!?」
凛がたった今見たのは、少なくとも上半身はある化け物だった。
そして、今あおいが攻撃したのは完全体の化け物だ。
念の為とガイドを表示すると、化け物の横を通り過ぎて続いている。つまり、この化け物は複数体いるのだ。
こんな薄気味悪い化け物が複数いると思うとゾッとする。
「でも、なんで…?さっき生まれたのは1体だけのはずよね?」
「その答え、今から教えてくれるみたいよ」
あおいが指さす化け物には、何やら異変が起きていた。
やはり半身に分かれていたのだが、その両方がプルプルと震える。
そして、なんとそれぞれから欠損している体のパーツが生えて…いや、再生してきた。
「なっ…!?」
「お嬢様もびっくりな再生能力ね。これで、こいつが分裂するってことがわかったわね」
「ってことは…どうすれば!」
「そうねえ…とりあえずまともに相手してもキリがないから、鍵持ってる奴を八つ裂きにしましょ?」
確かに、それが良さそうだ。
幸いガイドもあるし、敵の所在を見失うことはないだろう。
「…あれ?」
凛はふと気づいた…このガイドが、壁の中に続いていることに。
「どういうこと?通れる道のりでの最短ルートを表示するはずなのに」
「もしかして、壁の中の空間にいるんじゃない?さっきだって、ダクトから出てきたじゃない」
「そういえば。ってなると、ダクトが怪しいわね」
部屋の通気口を徹底的に調べていると、そのうちに向こうから出てきた。
ガイドはこの化け物の体で止まっている。…間違いない。
余計なことはさせまいと、あおいがムチを振るって全身をきつく縛り上げた。軟体といえど、全身をきっちり縛られて逃げ出すことはできないようだ。
この隙にとばかりにいろいろ攻撃を仕掛けたが、どれも効いている気配はない。むしろ、また分裂させそうになることもあった。
そうしている間に、後ろからも来る。
今度は、3体に増えていた。
「どうすればいいの…?」
「うーん…」
と、ここでムチの拘束から抜け出しそうな動きを見せ始めた。
そこであおいは化け物の背後から掴みかかり、首の部分を両手で絞め上げた。
すると化け物は苦しそうな声を上げ、口から何かを出した。
それは薄い黄色をした極太のヒルのようなもので、表面には真っ赤な目があった。
「これだ…!」
あおいははっと閃いた。
「凛さん!そこのテーブルから、ナイフを取って!」
「えっ…!?ナイフ!?」
凛は、3体を相手取りながら振り向いた。
確かに、テーブルの上にはナイフがある。
「それを…このヒルみたいなのにぶっ刺して!」
「!?わ、わかった…!」
よくわからないが、あおいがそう言うならば…とナイフを取り、化け物の目玉に突き刺した。
化け物は全身をくねらせ、甲高くもおぞましい叫び声を上げた。
そして、倒れて動かなくなった。
さらに、背後にいた3体の分裂体も同時に倒れた。
「…やった!」
化け物の死体は泡を噴き出しながら溶け、あっという間に紫の液体となった。
その中から、凛は鍵を広い上げた。
「やっとね。あとは、あの扉のところに戻りましょう」