奥の通路を進んだ先は行き止まりだった。
しかし、付近に飛び降りられそうな場所があったので、二人はそこから飛び降りた。
その先の通路には、至る所に無残な姿の化け物の死体が転がっていた。
もちろん、無数の血痕も残っている。
姜芽たちかはわからないが、少なくとも誰かがここで化け物たちと戦いつつ、駆け抜けたことは確かなようだった。
その先の部屋には、奇妙なものが倒れていた。
全身が焼け焦げたように黒く、あちこちに血が付着した、右腕のない人型の物体。
見つめていると、それはゆっくりと立ち上がった。
そのフォルムと顔を見て、あおいは呟いた。
「さとり…?」
聞くが早いか、それはこちらを向き、左腕を構えた。
そしてそれは、外見がノコギリの刃のようになっており、ヴィーンという音を立てて動いた。
「…!」
化け物はそれを振り上げ、猛烈な速度で迫ってきた。
すぐさま横にダイブし、振り下ろしを回避する。
化け物の顔は、片目が潰れており、胸にもまた潰れた目のような何かがあった。
そこからも、あおいはその正体を悟ったようだった。
「…あおいさん、近づいちゃダメ!切り刻まれる!」
凛は、魔弾を放ちながら言った。
「言われなくても、あんなのに近寄らないわよ!」
凛の放った魔弾が化け物の胸に命中し、爆ぜるような衝撃音とともに煙が立ち昇った。
だが、化け物は微動だにせず、まるでそれすら気にしていないかのように首だけをギリ、とこちらに向ける。
「全然、効いてない……?」
凛の声が震えた。
化け物の左腕──ノコギリ状の変異した腕が、再び音を立てて動く。ヴィーンという不快な金属音が狭い部屋に響き渡り、あおいの背筋が凍りついた。
「そいつ、再生するわ…!普通の攻撃じゃ止まらない!」
「あおいさん!あの化け物のこと、何かわかる!?」
凛が問うたが、あおいは答えなかった。
代わりに、左腰の鞭──いや、モーニングスターの柄を握りしめる。
「…惨めな姿になったもんね、さとり様!」
冷笑と皮肉の混じる言葉。
しかし、化け物はその一瞬すら見逃さなかった。
轟音とともに床を蹴り、音の壁を割ったかのような速度で突進してくる。
「…来る!凛さん、横に飛んで!」
あおいの叫びに反応し、凛が魔力を膨らませる。
霊力の刃を纏った剣を構えるも、間に合わず──。
バシュッ!
モーニングスターの重い鎖が唸りを上げ、化け物の脚を絡め取った。
一瞬だがその体がバランスを崩す。
そこを凛が突いた。
「[斬滅・霊断] !」
霊力を一点に集中させた剣が、化け物の腹部を切り裂いた。
紫黒い血が噴き出すが──次の瞬間、化け物は呻き声すら上げずに再生を開始する。
「っ…何なのよこの再生力…!」
凛が後退する。その間も、化け物は音を立てて立ち上がる。
切り裂かれたはずの腹部は、既に塞がっている。
「さとり…」
あおいは小さく呟く。
潰れた片目。胸に浮かぶ第三の眼の痕跡。
藪睨みの一つ目で、こちらを追う異形の存在。
それは、彼女の知っている"さとり"ではなかった。
だが、かつて"さとりだった"ものだとは、確かに分かった。
「…ここはひとつ、あたしがやろうかしら」
「えっ…!でも──!」
「いいのよ」
低く、覚悟を決めた声だった。
あおいは鞭を巻き戻し、再び構える。
そして再び、化け物が動き出す。
狂った刃が唸りを上げ、無慈悲な殺意が、静かに空間を切り裂いて迫ってきた──。
あおいの腕がしなるように動き、鞭のようなモーニングスターが唸る。
「…一回死んだんなら、黙ってくたばりなさいよね」
鈍い音と共に、モーニングスターが化け物の顔面を正面から叩き潰した。
歪んだ頭部が裂け、黒い血と骨片が四散する。
続けて凛が魔弾を叩き込み、爆炎の中にその異形を呑み込ませる。
「…やった!?」
凛が、息を切らせながらも安堵の声を漏らす。
煙の向こうに、崩れた肉塊が転がっていた。
動かない。 再生の気配もない。
「…これで、終わりよね」
あおいは冷たく言い捨てた。
だが、その視線は油断なく、しばらく肉塊を見下ろしていた。
動かない。 だが──胸の「眼の痕跡」だけが、最後に一度だけピクリと震えたように見えた。
先の通路を抜けた先は、吹き抜けになった崩壊寸前のホールだった。
天井が高く、上階からの光が微かに差し込んでいるが、まるで廃墟の中枢のように陰鬱で、どこか嫌な気配が漂っていた。
「……変ね。ここ、見覚えがある」
あおいが小さく呟いた。
彼女の記憶通りなら、ここはあるものが暴走した場所。
その瞬間──
ギギギギィィィィ……ンッ……
鉄が軋むような音が背後から響く。 さっきの通路だ。
「…まさか!?」
凛が振り返った。 そこにいたのは、ありえない姿だった。
焼け焦げ、潰れた頭部のまま。 さっき叩き潰したはずのものが、再び立っていた。
ボロボロの肉の隙間から、新しい組織が芽吹くように生え始め、すでに脚と腕は元通りに近い。
「…まだ生きてたのね。失敗したわ」
あおいは肩をすくめ、吐き捨てるように言った。
「凛さん、もう一度やるわよ」
突進切りを躱しながら、凛は魔弾を飛ばす。
近距離戦は危険なため、距離を取りながら戦う他にない。
「まさか、再生までしてくるなんて…!」
「違うわよ。あれはもう、生き物じゃない」
冷ややかに言い捨てながら、あおいは鞭を構え直す。
「あれはC.S.T.…ただの、化け物よ」
あおいは、まるで遊戯を楽しむように、うっすらと笑った。
「さあ、地獄の続き。第二ラウンドといきましょうか」
再び化け物が突進する。
叫びも、息づかいも、怒りもない。 ただ、ノコギリの刃が唸るだけ。
同時に、ここまでに現れた人間や妖怪の化け物も複数現れたが、それらはいずれも鋸の化け物に切り刻まれた。
とにかく暴れまわり、敵味方の区別なく襲うタイプのクリーチャーなようだ。
血が飛ぶ。悲鳴がこだまする。
そして、あおいの冷酷な声が響き渡る。
「何度でも叩き潰してあげる…さとり様」
冷たい瞳が、微かに笑った。
虚空から鉄球を降らせる、あおいの技。
それを受け、化け物は倒れた。
「しかしまあ、哀れなもんねえ。右腕を落とされた上に、こんな姿にされるなんて…」
あおいは珍しく、素直に憐れんだ。
「…ま、とりあえず進みましょ」
奥にはエレベーターがあったが、壊れているのか動かなかった。
なので、その左手にあったはしごを登っていった。