ダンジョンで蒼炎の勇者を目指すのは間違っているだろうか? 作:かい
私が思うに、アイクと言う子供は最初から既に、修復のしようも無い程に壊れていたのだろう。
思えば、最初の邂逅からその片鱗は見えていた。
────……迷宮は、お前が思っている程優しくは無い。お前みたいな餓鬼が足を踏み入れれば、碌に何もできずに死ぬぞ。悪い事は言わん、やめておけ。
────むしろ好都合だ。俺が英雄になる為には、そのくらいが丁度いい。
昏い目に、落ち着いた声、毅然とした態度。
彼の一挙手一投足に、子供らしさと言うものは一切なかった。
あの魔石の昇降機に乗った時も、ギルドで四方八方から殺気を向けられた時も、彼は驚きこそすれど、動揺はしない。
まだ十にも満たない子供にしては、明らかに異常過ぎた。
恐らく彼は、『英雄になる』と言う使命と、その為に必要なものだけを徹底的に叩き込まれていたのだろう。
それこそ、それ以外の要素が一切存在できない程に。
洗脳と言ってもいい。彼は生まれたその瞬間から『英雄になれ』と刷り込まれていたのだ。
しかし、そうではないかと気付いたのは、彼をホームに連れ込み、散々殴り飛ばした後。
最初、私は彼が一階層や二階層で地道にやっていけるのであれば、ダンジョンに潜ってもいいのではないかと考えていた。
だが、焦るように力を求める彼を見て、私は彼我の圧倒的な実力差を見せつけて心を折ることにした。
そうして彼をダンジョンから遠ざける事が、何よりも彼の為になると思ったからだ。
……いや、それは自分を正当化する為の理由付けだろう。
そう言った思惑は無いこともなかったが、結局のところこれは、思い通りになってくれなかった彼に対する、ただの八つ当たりだった。
何度も蹴りを叩き込み、何度も木刀で殴りつけ、何度も腹を突き飛ばした。
だが、彼は弱音の一つも吐かず、何度も立ち上がった。
全身に今までも経験した事のないような苦痛が走っているだろうに、足を振るわせながら、文字通り何度でも。
そして、私の方が先に痺れを切らした。
────辛いでしょう。苦しいでしょう。これ以上の苦しみが、私達冒険者には常に付き纏います。それでも貴方は、冒険者になりたいと思いますか?
彼が冒険者など目指さず、健やかに生きていく事を望むように。
自分でも残酷だと思いながら、わざと彼へ絶望を与えるように言った。
────英雄になる為だ、このくらいはな。
だが、返って来た返答はこれだ。
そこで、私はやっと気付いた。気付かされた。
この子は、『英雄になる』こと以外に一切の興味が無いのだと。
『英雄になる』為に必要なもの以外を全て切り落とされているのだと。
彼にとって、私も、アリーゼも、アストレア様も、果ては自分自身の身体すらも、きっとその全ては『どうでもいい』のだ。
何か思う事があったとして、精々が『英雄になる為の成長装置』くらいのことだろう。
私はこの模擬戦紛いの八つ当たりが、逆効果である事に思い至った。
どれだけ彼を痛めつけようと、彼の心は折れることなど無いと。
今にしてみれば、考えるまでも無く、私はそこで模擬戦を打ち切るべきだったのだろう。
────……少し、加減しますか?
だが、口から出て来たのはそんな甘え。
酷く情けない事に、私は嫌だったのだ。
模擬戦が終わった瞬間、ほんの少しだけとは言え関わりを持った彼にとっての私が、『どうでもいい』存在となってしまう事に。
切りの無くなった模擬戦は続いた。
私は、彼を突き飛ばす毎に止めようとするが、彼は一向に止まろうとしない。
それどころか、私の教えたことをすぐに吸収し、より洗練された動きへと昇華させて、前よりも確実に良い動きで私の攻撃に対応してくる。
正直、いくら呼びかけようと無駄だと言うことは分かっていた。
彼は恐らく、その意識が途切れるまでは、永遠に動き続ける。
だから私は、無理矢理にでも模擬戦を終わらせてやるべきだったのだ。
私が彼にとって『どうでもいい』存在になろうと、彼の事を思うのなら。
しかし、とうとう私には模擬戦を打ち切る事は出来ず、終わらせたのは、巡回から帰って来たアリーゼ達。
彼女達の帰還を知らせる声を聞いた時、私は安堵した。
これでようやく、終わることが出来る、と。
────……って、何してるのかしら!?
だが、顔色を変えて彼に駆け寄るアリーゼを見て、私は体が酷く冷えるような感覚を覚えた。
今のこの状況を側から見れば、どうだ?
そのようにしか……いや、それそのものではないか。
正義の使徒たる【アストレア・ファミリア】に、あってはならない暴挙だ。
アストレア様にも気を付けるよう言われたというのに、この体たらく。
私は破門を覚悟した。
────俺が彼女に頼んで、巡回を中断してまで模擬戦の相手をしてもらっていた。その時に容赦なくやってくれと言う俺からの要請に、答えてくれた結果だ。
しかし、彼は私を助けた。
私は、何故彼がそのような事をしたのか分からなかった。
彼にとって、私は『どうでもいい』存在なのではないのか?
彼にとって、私には何か価値があるのか?
そんな疑問が次々と頭に浮かべている内に、あれよあれよと話が進み、私がアイクをホームにまで送ることになっていた。
取り敢えず、私は彼に謝罪した。
彼が私の事をどう思っていたとしても、謝罪は誠意だ。
相手がどう思っていようと、誠意は見せなければ意味がない。
そう思ってのことだった。
そしてやはり、彼は気にしていないと答える。
私は、ただでさえ遠かった彼との距離が、より遠く離れたように感じた。
────……なぁ、明日はどうする。
不意に、アイクから質問が飛んで来る。
最初、私はその質問の意図が読めなかった。
────明日も俺に付き合うのか、巡回に行くのか。
だが、アイクの補足に、そうだったと納得する。
私は、巡回に行くと答えた。
彼にとって、もう私は必要の無いものだと思ったからだ。
────そうか。だったら、次に暇な時があったら、また同じように模擬戦を頼みたい。
耳を疑った。
彼は、まだ私を必要としているのか? と。
────ああ。アンタからは学ぶことがまだ残ってる。
その言葉を聞いた時、私はどうしようもなく嬉しかった。
今までに、人から必要とされた事はあれど、それは正義の使徒たる【アストレア・ファミリア】という括りに私が入っているからであって、リュー・リオンというエルフそのものを必要とする人は、そうはいなかった。
故に私は舞い上がり、是非と答えた。
────じゃあ、よろしく頼む。
しかし、その昏い目を再び見た時。
あまりにも無感動で、無機質で……間近で見るからこそ分かるその異質さを感じ取った時。
私は、自分の勘違いを悟った。
これも、彼の『英雄』になる為の行為の一環なのである、と。
これは、彼を育てた者達から叩き込まれた『英雄としての作法』なのだと。
やはり彼にとって、私はどうでもいい存在なのだと。
だがその時、同時に思ってしまった。
このままでいいのではないか? と。
少なくとも、彼が英雄であろうとする限り、彼は私を必要とする。
ならばそれでいいではないか、と。
残った理性が、それを駄目だと言う。
しかし、もう既に私の心中はその甘言に毒されていた。
もはや歯止めの効かなくなった体は勝手に動き出し、了承の言葉と共に手を────
出し切る前に、ガシッと掴まれた。
……………………え?
………………………………………え?
……掴まれた? こちらから手を握る前に? 体が反応しなかった?
思考が混乱に陥る。
何が起こったのかさっぱりわからない。
しかし、幻覚かと思って見てみれば、やはり目に映るのはがっしりと繋がれた手。
何故??????
────おい、どうした。
あまりの出来事に硬直していると、遠くから彼の声が聞こえてくる。
見てみると、彼は既に遠くにいた。
アリーゼから護送の任を任されたのだ。
見失って、
私は急いで彼の後を追う。
…………ああ、アイク。
貴方の現状を良しとしてしまった私を、どうか許して下さい。
Q: これだけやってまだ夢だって思ってるのは無理あるんじゃね? (意訳)
A: 思ってると言うより、無理矢理夢だと思い込もうとしてると言うか、これが現実だと認めるわけにはいかないと言うか……まぁ、現実逃避って感じかな? うん、俺の伝え方が悪かった。
それはそれとして、感想と評価、くれ!!!!