横浜フロート襲撃事件は、フロートに残された残骸や爆発。その後の多数の証言や環境により、潜水艇による攻撃であると正式な発表がされた。
『この事件に対し、国土保全委員会は次のような声明を発表しました』
ニュース番組でキャスターは黙々と記事を読み上げていくと、それを聞いていた明乃は隣で好物のハヤシライスを食べているもえかに聞いた。
「あれ?この前のフロートの事件、もう原因わかったの?」
「ああ、海上安全整備局の方からも人員が出たんだって」
「へぇ〜」
横須賀のブルーマーメイド支部に勤務しているもえかから事情を知ると、納得したように食事を続ける明乃。
「でも魚雷を二発発射できる潜水艇かぁ」
「最近はFRPで作った船体とかもあるくらいだし、可潜艇とかかもね」
「まあ、基本的に潜れる船みんな柔らかいからね」
流石にバルバス・バウを衝角代わりに使った船長の言うことには説得力があるな〜、などと思いながらもえかは食事を続ける。
「そういえばこの後呼び出しを受けたんだっけ?」
そこでもえかは聞くと、明乃は頷いた。
「そうそう、基地司令からね。何だろうね」
「うーん、私も分からないかな」
もえかも身に覚えがないが、夕方にある部屋に来るように口頭で上司から言われていた。
「私もみけちゃんとは別の時間だけど呼び出されたんだよね」
「あっ、そうなんだ」
二人して呼び出しを受けていることに、特に身に覚えのないことだなと思いながら会計を終わらせて店を出る。
「ふぅ、食べた食べた」
満足げに明乃は呟くと、横須賀の駅前にあるカードを抱えた人が立っていた。
「すみません。こちらにシールを貼ってもらってもいいでしょうか?」
おそらくはバイトの人なのだろう、片手に丸いシールのシートを持って通りかかった人に話しかけていた。プラカードには『ブルーマーメイドの必要性について』と言う題目とともに枠が切られていた。明乃たちは私服姿だったので、ブルーマーメイド関係者と思われなかったのだろう。しかし、まさか駅前でこうも堂々とやられるとは思ってもいなかった。
「あっ、は〜い」
明乃は二つ返事でシールを手に取ると、そこで枠に入り切らないほどの量のシールが『ブルーマーメイド解体に賛成』の欄にシールが貼られていた。
「…」
とても見ていて気分の良いものではなかったが、彼女は『あまりそう思わない』と言う枠にシールを貼り付けた。
「ありがとうございま〜す」
アルバイトの男はそういうと明野にポケットティッシュを謝礼として渡した。
「…結構、恨まれているのかな?」
そしてもらったポケットティッシュを見ながら明乃はぼそっと呟くと、彼女の脳裏には数年前の海洋高校の時の煌びやかな日々がよぎる。
「恨まれている訳じゃないと思うけどね?」
「そう?」
そう言ったもえかに明乃は首を傾げた。
「多分、皆んなどこかで不安を抱えてるんだと思うよ。ここ最近ずっと不景気だし、地震も多いし…」
「責任転嫁?」
「そんな感じじゃないかな?」
無責任な、とは言わなかった。誰しもそう言った暗い部分は持っており、芸能人のゴシップ記事にとやかく言うあれかと明乃は納得する。
「特にブルーマーメイドとかホワイトドルフィンって、国際機関だから色々な人の目がある訳だしね」
「安全監査室だったよね?確か、隠蔽しようとしたのって」
「そうそう。まあああ言うことはやっちゃいけないんだけどね。前提として」
「そりゃあそうだよ」
明乃は頷くと、二人はブルーマーメイド横須賀基地に到着する。
基地は大日本帝国海軍と共用の場所が一部あり、港にはブルーマーメイドの艦艇のほか、海軍の保有するイージス艦や戦艦の姿があった。明乃達は停泊している艦艇の中である一隻に目が行った。
「武蔵…」
そこに鎮座しているのはかつての赤い塗装を剥がされ、艦首の紋様はブルーマーメイドの物から菊花紋章に挿げ替えられ、全体を低視認性の軍艦色に塗り替えられ、横須賀で改修を受けたモンタナを参考に同様の全面的な改修作業を経て東京の守護神となった武蔵。
かつて、旧友達と共に過ごした歴史は無かったかのようにその威容を知らしめている。まるで『お前達を見ているぞ?』と言わんばかりに。
「ああ言う大きな軍艦はみんな、ブルーマーメイド所属じゃなくなっちゃったのよね」
「そうそう。ちょうど私たちが卒業した直後からね…」
明乃達が海洋学校一年生の春に発生したRat's事件の際に、日本・アメリカ・イギリスを筆頭に戦艦の返還を要請。新たな教育艦の支給を条件に国際海洋機構は戦艦の返還に応じた。現在、日本では大和級四隻、長門級二隻が各軍港に配備されていた。
「まあ、おかげでみけちゃん達に新型艦を回せたって話だけどね」
「色々と役立ってるよ〜」
新型FFMの配備は改インディペンデンス級に慣れた熟練兵よりも、あらかじめ訓練を受けた新米を中心に配給がされていた。その配備後最初期に受領したのが明乃達であった。
「じゃあ、私はここで」
「うん、またねもかちゃん」
基地司令部の施設の前でもえかは明乃と分かれて建物の中に入っていった。そして明乃は一人、北の岸壁を歩くと、指定された事務所に到着をする。
「(何でここに集合なのかな?)」
明乃は首を傾げながら事務所に入ると、そこで名前を伝えて応接室に流れるように通された。
「え…!?」
そして明乃は通された部屋のソファで座っていた女性を見て驚いた。
「サクちゃん?!」
「久しぶり〜、みけちゃん」
分かれた時と変わらない様子で挨拶をしてきたサクラに明乃は驚いてから反応する。
「わぁ、久しぶり。日本に来てたんだ〜」
彼女は留学を終えた後も何度かメールのやり取りはしていたので、その後の動向も分かっていた。彼女はアメリカの海洋大学を卒業した後にハワイのブルーマーメイド本部で働いていると聞いていた。
「ええ、みけちゃんに会いたかったからね」
彼女はそう言って明乃は反対のソファに座る。
「今は何をしているの?」
「本部で情報管理室の副室長」
「おお!凄い出世してる〜」
明乃はそう言うと、疲れた様子でサクラは言う。
「面倒ったりゃありゃしないわよ。クソ上司が引き継ぎとかなーんもしてねぇんだもん」
「あはは…」
心底恨みの籠ったボヤキに明乃も乾いた笑いしか返せなかった。
本部の情報管理室といえば、海賊や反政府組織などの所謂『ブルーマーメイドやホワイトドルフィンが対応する事件』に関する情報を精査するための部署である。軍で言うなら情報部に近い組織だ。
するとサクラはあって早々に話をしてくる。
「そういえば横浜でフロートの魚雷攻撃。現場にいたって?」
「うん。晴風の他の子達と同窓会をやってたの」
「災難だったわね…」
サクラもその当時の本部の状況を思い出して『相変わらずそういうのを当てるなこの子達』と思いながらサクラは話す。
「それで、早速で悪いんだけどさ」
「?」
その時、先ほどとは打って変わって真面目な鋭い視線を明乃に向けると、テーブルの上に一つの封筒を置く。
「何これ?」
「本部からの大事な書類。中身を開けるのはこの後にもかちゃんに会ってからだけど、口外無用で頼むわね」
「うん、分かった」
資料を受け取ると同時、明乃は少し苦笑気味にサクラに言う。
「もかちゃんなら、さっき一緒に食事してたんだけどな〜…」
「え?そうだったの?場所が違うからてっきり…」
「同じ横須賀所属だから、時間が合う時は一緒に食べたりしてるんだよね」
「し、知らなかった…」
サクラはもえかと明乃の距離を見て驚くと共に羨ましそうに呟いた。
「いいな〜、私もみけちゃん達とお昼食べたいよ」
「サクちゃんはどうなの?」
「大変よ。常に馬鹿みたいにブルーマーメイドの報告書を裁きながら、仕入れた海賊の情報とかも精査しなきゃならないんだから…おまけに上司とか部隊指揮官からひっきりなしに照会の連絡が来るからほぼ図書館の司書みたいだもん」
「うわぁ…」
明乃は容易にその光景が想像できた。もえかが今いる場所も確か、本部から情報を仕入れて作戦を考える部署だったはず。
「大変だね」
「そりゃあね」
彼女は大いに頷くと、ソファから立ち上がる。
「んじゃあ、ちょっと二度手間気味だけど…もかちゃんのところに行こっか」
「うん、分かった」
明乃は頷くと同じように立ち上がってから事務所を出る。
「しかし何年振りの日本かしらね」
「そっか、サクちゃんはもう日本よりもアメリカにいる時間のほうが長いのか」
「そうよ〜、お陰で日本語忘れちゃいそう」
「まだまだペラペラだよ〜」
そんな他愛もない世間話をしながら基地司令所に入ると、受付で軽く確認をしてから会議室に向かう。
「ここの会議室?」
「そうよ」コンコンコン
サクラは三回扉をノックしてから入ると、小さな会議室の椅子にもえかが座っていた。
「あれ?サクちゃん!?みけちゃんも?」
「さっき振りだね〜」
もえかは部屋に入ってきた二人に驚きを見せると、サクラは言う。
「久しぶり」
「久しぶりだね」
サクラはもえかと軽く久しぶりの挨拶を済ませると、彼女にも早速明乃に渡したものと同じ封筒を渡す。
「これは?」
「新しい司令書。二人とも、ここで開けて頂戴」
指示を受け、二人は渡された資料を開封する。中には多数の資料と命令書が同封されており、本部からの正式な命令書であった。
「この前の横浜のフロートへの攻撃事件。その容疑者と推定されている組織がいるの」
彼女はそう言いながらパソコンを触る。
「え?でもあの事件って、まだ何も分かっていないんじゃあ…」
明乃はそこで自分が書いた情報との相違に首を傾げる。するとサクラは言う。
「表向きはね」
そこでパソコンの画面を二人に見せると、明乃に聞いた。
「岬監察官。知名監察官から聞いたけど、フロート攻撃の際に不審な武装集団を見たって言ってたわよね?」
「え?あぁ、うん。確かに、二発目の魚雷攻撃のすぐ後に」
「その攻撃を行ったとされるのが、この組織って言われている」
彼女が見せたパソコンの画面にはロゴと写真が添えられていた。死体の写真で、思わず息を呑んでしまうと、もえかが呟いた。
「リヴァイアサン…?」